第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その55


「作戦を説明する!!……といっても、こんなものは、作戦でもなんでもなくて、ただの無茶なんだけど!!でも、頼むぞ、みんな!!フレイヤを、死なせたくないんだ!!だから、ワガママを承知で頼む!!オレのために、命を賭けてくれ!!」


 ジーンは海賊たちにそう叫んだ。海賊たちは、雄叫びで答える。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」


「いいぜえええ、ジーン船長ッッ!!」


「フレイヤちゃんのためにッッ!!」


「ひゃはは!!帝国の侵略者なんぞに、舐められっぱなしで、たまるかあああッ!!」


「そうだ、この海で最強なのは、ヴァーニエじゃねえ、オレたち海賊騎士団だッ!!」


 なかなか、一体感こそない言葉の嵐であったが、それでこそ『自由』を尊ぶ海賊であると言えるのかもしれんな。


 言葉の色こそ違えども、皆がジーン・ウォーカーへの協力を厭わないという事実が、この集団の絆の強さと言えるだろう。


 さて、ジーンよ。オレたち『パンジャール猟兵団』と、君の海賊船、『ケストレル』をどう使うというのだ?


「―――端的に言えば、『火薬樽』の群れが邪魔なだけだ。それが大量に海に撒かれてしまったから、オレたちは動くに動けない」


 ふむ。そうだな。ジーンの海賊船団は、ここから北東に陣取るヴァーニエの艦隊に接近し、攻撃を加えたい。東からこちらに向かって来るフレイヤたちの船団を援護するために。


 両船団で挟撃し、混乱を生む。


 この海戦で勝利するためには、その方法しかない。他の手段は最悪だ。フレイヤの特攻が成れば、帝国軍船は撤退を開始するかもしれないが、それだけは避けたい手段である。


 被害が最も少ないであろうという意味では、いい策だが、フレイヤ・マルデルの腹が産む子供は、オレの子供の許嫁だ。フレイヤを死なせるわけにはいかない。


 もちろん、彼女の血だけが欲しいわけじゃない。


 彼女を死なせることを、オレがこれっぽっちも望んじゃいないからだ!!


「―――だから、ようは『火薬樽』を突破出来れば問題はない」


「……突破って?」


「どうするんですか、ジーン船長?」


「あの樽、当たったら爆発するんすよ?」


「しかも、空の樽と混ぜてて、どれがどれか分からんです」


「避けられそうにねえっすよ」


「そうだ!!」


 ジーンが甲板で叫ぶ。ふむ……イヤな予感がするタイミングだな。「避けられそうにねえっすよ」と口走ってしまった、出っ歯の海賊に、ジーンは一差し指を向けていた。


「その通りだ!!」


「な、なにがっすかあ!?」


 出っ歯の海賊が慌てている。


「避けられない!!ならば……避けないッ!!!」


 海は広くて大きいし、今は海戦の真っ最中だった。それなのに、このときオレの耳は、浜辺近くを飛んでいる、カモメの鳴き声まで聞こえてしまうほどの静けさを感じていた。


 絶句している。


 海賊たちは、皆、無言を選んでいた。


「……ど、どーいう、ことっすか!?」


「シアン姐さんの言葉で気づいたんだ。道が無ければ、作ればいいってな!!」


「よ、避けなきゃ、いくら『ケストレル』でも、沈んじまうっすよ!?」


「そ、そーだぜ、ジーン船長!?そりゃ、『ケストレル』の腹回りは分厚い。鉄板も仕込んであるけど……何発もあんなの喰らっていたら、沈んじまう!!」


「そうだ。でも、一発では沈まない!!」


「だけど、無数にあの『樽』は浮かんでいるんすよ!?」


「ああ。そのための『ケストレル』だ!!『ケストレル』で『火薬樽』の浮いている海域を突っ切り、その後ろを他の海賊船が通る!!」


 なるほどな。つまり、この巨大な海賊船を……『リバイアサン』の旗艦である『ケストレル』を、海賊船たちの『盾』にするということか。


「ムチャだ!!」


「ムチャっすよ!!」


「さすがに、もたないっす!!」


「―――沈む覚悟があるのだ。ならば、沈むまでの時間を稼げば良いだけだ」


 シアン・ヴァティ姐さんが、琥珀色の瞳に殺気をあふれさせながら、怯む海賊どもを静かな口調で脅していたよ。


 海賊どもは、シアンの活躍を見せられたのだろうな。畏怖の感情を露わにしながら、恐る恐るといった口調で反論を始めた。


「で、ですが、姐さん。いくら『ケストレル』でも、すぐに沈んじまいますよ!!バッサーの船は、一発で沈んじまいましたぜ!?」


「無策のまま突っ込むとは言っていない。私がいるのだ」


 黒くて長い尻尾が風に揺れる。ちょっとだけ、イライラしているときの尻尾の動きのようだぜ。物わかりの悪い海賊に、キレかけているかもしれないな。


「え……?」


「そうだ!シアン姐さんの『ピンポイント・シャープネス/一瞬の赤熱』で、『ケストレル』を瞬間的に補強する!!」


 ジーンが仲間たちにそう叫んでいた。リエルが、なるほど!と語る。オレは驚いた。武器や『バリスタ』にはかけられるが、海賊船そのものにか―――その発想はなかった。


 いや。


 思えば、『ヒュッケバイン』も『ケストレル』も、アリューバ半島の海賊船の多くが、エルフの祝福と魔術を受けて走る船である。『船に魔術をかける』という壮大なコトを、彼らは日常的に行っている。


 だが、シアンの『ピンポイント・シャープネス』に、そんな使い方が出来るのだろうか……?


「『昨夜もやっただろ』!?衝角で敵を突いたとき、シアン姐さんはこの船を一瞬だけ、鋼に変えたんだ!!」


「た、たしかに!!」


「あれは、すごかった。一撃で、大穴があいたもんなあ……」


 ……オレは黙って見守ろう。昨夜の戦で、もうこの『ケストレル』は、すっかりシアン・ヴァティ姐さんの『武器』と化していたのだな。


 経験が活きる。いいことだぜ。


「つまり、船長!!昨夜のアレを、攻撃じゃなく、防御に使うってコトですかい!?」


「そういうことだ!!」


「―――むろん、私の『ピンポイント・シャープネス』とて、木を鋼に変えるのは、せいぜい一瞬。そして、たとえ鋼に迫る硬度へと変化したからといえ、やがては穴が開いてしまうだろう。それゆえに―――」


「―――沈みかけても、無理やりに走らせてやる!!この私の『風』がな!!」


 リエル・ハーヴェルがそう主張する。


「『氷の船』を、私は走らせたのだ!!『ケストレル』程度、走らせられる!!」


「か、『風』で……?」


「そうだ!!沈みかけても、前にだけ走らせればいい!!よいか?この船の底には、もともと『風』の術式が刻まれているではないか。そこに『風』ですべる力を与える。そうすれば、沈んでいても、それなりには前に進む!!」


「なるほど……ムチャクチャだが―――」


「―――やれそうかもしれない!!」


「ムチャクチャ上等さ。『ケストレル』は、必ず『死ぬ』……」


「せ、船長!?……いいんですか!?」


「コイツは……船長の親父さんの船を、改造して造ったもんっすよ?」


「……構わない。戦場で死ぬんだ。騎士の……いいや、海賊騎士団の船なら、その死にざまが最も相応しい!!」


「―――決まったな。それでは、実行に入るぞ」


 シアン姐さんがそう語る。なんだか、シアン海賊団みたいな雰囲気だ。海賊たちが返事をして、作業に取りかかる。リエルは深呼吸をして、精神を集中させる。オレは、そこらの若手海賊を、数名ほど通せんぼして捕まえる。


「な、なんですか、サー・ストラウス?」


「い、今、忙しいんですが?」


「お前ら、松ヤニ持って来い。それに、矢と……あと、たいまつ用の布きれだ!!さっさとしろ!!必要なものだ!!」


「は、はい!!」


 海賊が走っていく。彼らは行動の早い、良い海賊たちだ。オレの言った品をすぐに揃えて持って来てくれたよ。


 オレは、工作の時間だ。


 矢の先端に布きれを巻いて、それを松ヤニにつける。そして、指を鳴らして極小の『炎』を呼び、松ヤニを燃やせば?


「おおおおおおおおおッ!!」


「ほ、『炎』の矢っす!!」


「な、なるほど!!こ、これなら、『エンチャント』の矢じゃなくても!!」


「―――ああ。『火薬樽』の排除が出来る。少しでも、『ケストレル』のダメージを防ぐぞ!!これを大量に作れ!!」


「りょ、了解っす!!」


 オレはゼファーに積んである自分の弓を取り出す。ゼファーが目を覚ます。だが、分かる。体力も魔力も万全ではない。


「……ゼファー。ミアを見習え。休むときは全力で休む。竜のお前なら、これからの十数分でも、体力がかなり回復する。そうすれば、『ケストレル』に『大きな仕事』をさせてやれるぞ。オレが合図するまで、全力で休むんだ」


『……りょうかい、『どーじぇ』……』


 そう言いながらゼファーの瞳が閉じていく。そうだ。これは最悪の作戦。大きな犠牲を強いる作戦だ。最強の海賊船、『ケストレル』を失ってでも、後続の海賊たちを戦場へと送り届ける悲壮な任務だ。


 だからこそ、戦士はこの偉大なる巨船に敬意を尽くすべきであろう。『ケストレル』よ。オレも、可能な限り、お前を守ってやるぞ。松ヤニの矢を背中に背負い、オレはシアンと共に『ケストレル』の船首に立つ。


「……ふむ。さすがは長だ。それで、船を守る気か」


「全部はさばけねえ。それでも、一個でも多く排除する。地味だが、オレが貢献できるのはこれぐらいのことだ」


「……助かる。私も、かなりのムチャだとは、承知していた」


 意外なほどに素直な言葉が耳に届いたよ。シアンも、この作戦のムチャを知っていたか。それは、そうだろうな。こんなことは、ムチャ過ぎる。皆、分かっているよ、戦のプロだ。でも、いいぜ。バカを通して戦に勝つ。最高の快感だよ。


「……ムチャでもいいさ。オレたちは、クライアントの意向を最優先するべきだろ?」


「……たしかに。我々は、『猟兵』なのだからな。行くぞ、長よ。この船を、導くぞ」


「おうよ!!」


 戦闘狂体質の猟兵コンビが、『ケストレル』の船首から身を乗り出すように配置した。オレたちを見ていたジーンが、腹の底から叫ぶのさ!!


「行くぞ、『アリューバ海賊騎士団』よ!!『ケストレル』、最後の航海だッッ!!びびって、無様を晒すんじゃねえぞッッ!!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「『アリューバ海賊騎士団』、ばんざああああああああああああああいいッッッ!!!」


「行こうぜ、『ケストレル』!!最高の船だったぞおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 『アリューバ海賊騎士団』の歌が、海に響く。角笛を鳴らして、海賊船たちに『ついて来やがれ』と伝えたのだろう。さあて、行こうぜ、『ケストレル』。オレは、お前に乗れたことを、誇りに思うぞ。

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