第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その53


 帝国軍船どもも角笛で歌う。ヤツらはゆっくりと旋回する。救出作業のために、停船させていたことで、スピードに乗るのが遅れたようだが、後方の軍船どもを犠牲にして稼いだ時間で、彼らは再び波と風に乗った。


 連中が選んだのは進むことだった。


 前進し、海賊船から距離を取り、『バリスタ』の射程から逃れるつもりか。北風の加護を受けなければ、『バリスタ』の『矢』も、それほど長くを飛ぶことは難しいだろう。ヴァーニエの艦隊は、射殺されることから逃れようとしている……。


 いい判断だな。


 風を計算に入れて動くのは、あちらも同じか。たしかに『矢』が当たらなくなったぞ。動いていない敵を射るのは楽だが、動く敵を射抜くのは難しい。まして、お互いが交差して動くような場合はな……。


 海賊たちはヴァーニエの艦隊の後ろに回り込み、そのまま敵船どもを追いかけた。『ケストレル』の『矢』は、相変わらず破壊力がある。次から次に、敵船へと刺さっていく。しかし、貫けなくなっている?


 帝国軍船の構造の問題かもしれないが……船尾にある船室が邪魔をしているのかもしれないな。その空間が、『矢』を受け止めることに役立っているのだろうか。


 あるいは、後方の部屋に『盾』を集めたのかもしれん。タンスだろうが、机だろうが、あるいは水の入った樽でもいい。とにかく、『矢』を受け止めるためのモノを持ち込んだのかもな。


 船室の途中で『矢』が止まったぞ。障害物がないと、ありえない現象だ。


 ……なかなか、考えたではないか。単純なことだが、意味は十分にある。近づき、威力を上げようとしても、そうはさせまいと帝国海兵たちは甲板から弓を撃ってくる。海流の加護を受けているのは、今は連中の方だ。


 東へと流れるこの海流は、ヤツらの矢には事実上の飛距離を与え、追いかけるジーンたちの矢からは飛距離を奪う。不用意に近づけば、『ケストレル』の甲板にいる海賊たちが射殺されてしまうだろうな。


 たった一隻の軍船が、海賊船たちの動きを遅くしている。風と潮の読み合いか。海戦というのは理詰めだな。オレは海戦に向いていなさそうだぜ。敵の矢を消費させるために、ゼファーで敵艦隊のあいだを飛び回りながら、オレはそんなことを思っていたよ。


 ―――そして。


 オレたちは、ヴァーニエが動き始めていたのは、しばらく前からなのだと気づかされることとなる。


 『ケストレル』の船首にいる海賊が、ジーンに大声で何かを叫ぶ。ジーンが、舵を思いっきり切ったのか。『ケストレル』が大きく右に曲がろうとしていく。ジーンが叫ぶのが聞こえた。


 後続の海賊船たちに、何かを叫んでいる。だが、手遅れだった。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッッ!!!


 海水から巨大な水柱が上がった。海賊船が攻撃されたのだ。オレは何が起きたのか、一瞬、理解出来なかった。


 無様な貌をしていたはずだ。口を大きく開けて、目の前で起こった現象に納得することが出来ずに……ただ、海中に放り出されていく海賊たちを見ていた。


「……ッ」


 呆気に取られる自分を戒めるために、奥歯を力一杯噛む。


 集中しろ、ソルジェ・ストラウスよ!!


 猟兵に理解できない攻撃など、あるわけがない!!


 事実、避けたのだ。ジーンたちは、避けた。つまり、ヒトの視力で捉えられる何かがある―――海上に……オレは海を睨む。帝国軍船の航跡に、オレは『火薬樽』を見つけていたよ。


「そうか、連中、海に『火薬樽』を流したのか!?アレは、衝撃でも爆発するんだ。船にぶつけた衝撃で、炸裂する仕組みかよ……ッ」


「う、『海に浮かぶ地雷』というわけだな!?な、なんと、厄介な!?」


 ああ、とんでもなく厄介だ。


 ……オレたちがいなければ、ジーンくんたちは停船するか、速度を犠牲にして北に逃げるしかなかった。あくまでも、オレたちがいなければ、だがな。


「ゼファー、リエル、やるぞ!!」


『え?』


「海面を焼いて、『火薬樽』どもを、爆破してやるぞ!!」


『ッ!!わかった……ッ!!』


 ゼファーが大きく息を吸い込み、炎の息で海面を掃除する。炎に炙られた『火薬樽』が、あちこちで爆発していく。かなりの数をばらまいていやがるな。


「ソルジェ団長、我々も続くのだ!!ゼファーだけでは、魔力がもたない!!」


 エルフの視力が海上の樽を見つけ出す。そして、その漂う獲物を目掛けて、『エンチャント』の矢をリエルは続けざまに放つ。爆発が起きる……だが。リエルは、なに!?と声をもらしていた。


 そうだな、おかしい……リエルは二本放ったのに、爆発は、一度?あんなゆっくりと漂う獲物を、逃すはずがないの。事実、矢が当たった樽を、オレの魔法の目玉がみつけていたぞ。


「ば、爆発しないぞッ!?ど、どーなっておるのだ!?」


「……あわてるな。フェイクが混じっている。ニセモノだ。おそらく、水を抜いた、空の樽だ」


「な、なんと、ちょこざいな!!」


「ふん。コイツは、オレたちが『処理』をすることを見込んでのことかもな……竜との海戦を、ジョルジュ・ヴァーニエも考えていやがったか」


「私の『エンチャント』や、ソルジェ団長の呪眼では……効率が悪くなるな」


『ぼくが、がんばればいい!!』


 ゼファーの炎の息が、海面を焼き、ニセモノの樽と『火薬樽』ごと焼き払っていく。水柱が、あちこちで上がる。だが……これでは、ゼファーの体力がもたない。それに……樽がどこから流れてくるのか、分からん。


 海賊船たちの速度が遅くなる……ッ。


 ヴァーニエの『策』に、ハマってしまった気がするぞ。


 海賊船たちは、爆破を浴びた船から脱出してくる海賊たちの回収をしながらも、周囲を漂う樽を見つけると、命中精度の良くない『ファイヤー・ボール』で遠距離攻撃をしている。


 だが……魔術は消耗が激しい。個人の戦いにはともかく、戦場向きではない。リエルやフレイヤのような上位のエルフならば、膨大な魔力を行使することを血が許しているが、それは、あくまでも特例的な存在だ。数万人に一人、いやそれよりも希少な存在だ。


 数百は漂っている樽を、一々、魔力で処理していたら埒が明かない。それに、おそらくだが、フェイクの方が多いだろう……ッ。樽が10個は浮いている海上を、ゼファーの炎が走り抜けたが……爆発は、たったの二つだけだった。


 ジーンは決断する。


 より浅瀬に近い、南に海賊船たちを走らせるのだ。北に逃げれば速度をより失い、ヴァーニエの艦隊に好きなようにされると考えたのかもしれない。


 だが。


 南に回るということは、風上を取られることだ。間合いの取り合いでは、ヴァーニエの有利になってしまうぞ。


「……オレのミスだぜ。『火薬樽』の投下に、気づけなかった」


「そんなことは、ない……少なくとも、ソルジェだけの責任では、ない」


『そうだよ、『どーじぇ』……きづけなかったのは、みんなだよ……』


「……ああ。そうだな」


 海戦ってのは……厄介だな。


 失敗したときは、どうすることも出来ないまま、悪い方へ転がり続けるしかないのか。海が、粘るように絡み、オレたちの動きを遅くする。戦略という名の沼に、足からハマってしまったような気持ちだよ。


 自由を奪われて、同じ種類の後悔ばかりが、頭のなかで何度も繰り返されていく。


 歯がゆいぜ。


 だが……海戦については、オレたちは素人同然だが、戦については専門家だ。しかも劣勢なんざ慣れている。


 後悔を喰らうことで、絶望を呑み込むことで、道ってのは開けるもんだということを、『パンジャール猟兵団』は知っているのさ。


 考える。


 今すべきことを、探す……『火薬樽』の処理はもうしなくていい。樽は浮いているだけだ。船のように走っているわけじゃない。回避しようとすれば、それでダメージは避けられるだろう。


 オレたちがすべきことは……海賊船を守るためにすべきことは、可能な限りの選択肢をくれてやることだろうな。


 間合いの取り合いと読み合いが、海戦の肝要だとするのなら、素人のオレがそこに参加することはムリだ。オレは海も知らないし、船も知ら過ぎる。


 だから、ジーンやフレイヤに、より多彩な策を使わせるために……この邪魔な最後尾の船を仕留めておこう。


 この船は、さっきよりも速度を落としている。コイツが海に投げる樽と『バリスタ』を警戒していたら、敵の主力船団との間合いが開きすぎてしまう。それは、ヴァーニエにとって有利なことなのだろう?


 敵に囲まれて殺される危険があるのに、この軍船の兵士たちは速度を落とした。多分だが、ヴァーニエたちに北に上がらせる時間を稼ぐという魂胆なのかもな。ああ、素人にはよく分からんが、あえてしたのだ。敵の利になることだろう。


 ならば……排除させてもらうぞ。


 間合いが読めるのは、船乗りだけではない。


 理解している。スピードが遅れたこの軍船は、他の軍船からも離れ始めている。周囲から、この船の上空をカバーしてくれる矢の群れは飛んで来ない……。


 海戦の流れならば、これで十分なのだろうが……今は、空に竜がいるのだ。


「……リエル、ゼファー。あの船だけが離れている。ジーンたちの頭を押さえるためだろう。だが、ヤツは孤独となった」


「……む。そうだな、この距離ならば、隣の船からの矢が届かん」


『なら。ぼくたちを、たった、あれだけのせんりょくで、あいてするんだね』


「ああ。ある程度までなら、近づける。あの軍船を、瞬殺するぞッッ!!ジーンたちに戦略の幅を確保するためにな!!ゼファー!!リエル!!三人の魔力を合わせるッ!!」


「……おう!!威力ならば、アレだな!!」


『でも、ちからがなくなっちゃうかも……』


「飛ぶ力だけを残せばそれでいい。オレたちは追い立てる役だ。あくまでも、主力は海賊船たちだ。ジーンとフレイヤを信じろ」


『……うん!!なかまを、しんじる!!』


 ゼファーが口のなかに魔力を集めていく。『炎』に『風』を混ぜて、威力を高めていく。「……ふむ。力の使いどころだな!……『わだつみの風よ、邪悪なる侵略者たちに、裁きを与えよ』―――」


 森のエルフの王族が、古精霊たちに呼びかけている。北から吹く風が、ゼファーの周囲に集まっていく……。


「……いいか。船ってのは、風穴開ければ沈むんだ……ヤツの後部だ。散々、バリスタの『矢』が刺さって、壊れかけてはいるはずだ。あそこを粉砕するぞ」


「うむ!!」


『りょーかい!!』


 威力はゼファーとリエルの魔力に頼る。オレの魔力は、制御するためだけに使うんだ。爆発ってのは、海水で反射する。つまり―――大地と同じようなもんだな。ああ、そう言えば、水面に石を投げたら、なんでか跳ねる。


 あのイメージだな。


 水ってのは、衝撃を弾いてくれる。ならば、問題はない。『バースト・ザッパー』も、おそらく水面に使える……ゆえに、このオレたちの合体奥義もなッ!!


 オレは『呪眼』で『ターゲッティング』を仕掛けるのさ。『ターゲッティング』ってのは、強い魔力を誘導するほど疲れてしまうが……仕方がない。矢を浴びずに、この距離から瞬殺するには、これをするだけのことだ!!


「いくぞッッ!!ゼファーッ!!リエルッ!!『必殺』……ッッ!!『ドラグーン……」


「……ザッパー』ああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 三者の歌と魔力が融け合って、ゼファーの口が特大の劫火球を撃ち放つ!!


 その劫火の球体は、リエルの呼んだ竜巻の道により、回転と加速を得ながら飛翔する。真紅の軌跡は、オレの魔眼に制御される。制御するだけで、オレの血が沸騰して、全ての魔力を解き放って死ぬのかと不安になるぜ。


 だが、死ぬにしても、コレを命中させてからだ。スピードと威力を、制御して、破壊的な力を、前面に向けてぶっ放すッ!!それが……『ドラグーン・ザッパー』ってもんだッ!!


「いけえええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


 オレは歌と共に魔力を放ち―――その火球は狙いのとおり、敵船の背後に衝突していた。海に反射して、爆風が産まれる。オレは、その暴れる神風に、ただ前に向かえと命じるのみだ!!


 爆風が、一点に集まり、灼熱と衝撃波が幾重にも折り重なり、威力を跳ね上げる!!


 竜と弓姫と魔王の魔力が融けた、その煉獄の爆撃が、その敵船の後ろ半分を砕きながら焼き払っていく。


 帝国兵どもが、千切れて飛んで、空を汚す。


 消し飛ばされた敵船の欠片が、海上を転がりながら、どこまでも遠くに吹き飛んでいた。


 船が沈む。半分になってしまった、その船は、容易く海に呑まれてしまう。生き残りは、おそらくいなかっただろう。オレたち三人は、意識を保っているものの、疲れ切っている。相当量の魔力を捧げた一撃だった。


 アレを浴びて、生きていられる人類は一人としているはずがないな。


 その船は、最期に船首を空に向けた。


 女神に祈るために、指を組ませたその船首像は、とても美しかったよ―――。

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