第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その38
さて。行動を開始する。オレたち五人は、カミラの『コウモリ』に化けて、夜空を舞った……目指したのは、あの亀裂だよ。『牙の岬』の中腹にある、侵入経路さ。
途中で、二度ぐらい休憩することになるかと考えていたが、実際はそうならなかったよ。
カミラの『コウモリ化』はレベルを上げていた。
『クルセル島』での……『氷の宮殿』での戦いのラストに、全員で『コウモリ化』しての脱出劇があったが、あのとき、力不足を感じたようだ。
その後、別行動となっていたわけだが、カミラはリエルと共に『コウモリ化』の特訓に励んでいたらしい。
例の『氷の船』による帝国軍船への襲撃作戦だが。アレはカミラとリエルの二人が組んで、行っていたようだ。
『氷の船』とは……ようは『クルセル島』を覆っていた『氷河』の一部を切り出したモノである。それを海に浮かべて、帆を立てたモノだよ。帆船と同様に、風で動く。海賊船たちで、これを五つほど引っ張りながら、アリューバ半島沖まで運んだ。
あとは帝国軍船に近づくと、帆をたたみ、リエルが起こした『風』で『氷の船』を進ませる。あとは、帝国軍船に衝突させればいい。重量が圧倒的に違うからね。一瞬で帝国軍船は粉々だよ。
その衝突の瞬間まで、『氷の船』には『風』を起こすリエルと、そのリエルを回収して海賊船まで戻るカミラが取りついていたのさ。
カミラはその時、何度も『コウモリ化』してリエルを長距離運ぶことで、翼を鍛えたらしい―――リエルは語ったそうだ、数をこなせば、きっと上達する!!……なんともシンプルだが、それだけに効果はあったのさ。
さて。この『氷の船』だが、帝国軍船を沈めたあとは、海流に乗せて放棄する。すると、半島の北部の海岸へと勝手に流れつくのさ。複数の帝国軍船に目撃されることで、『最後の霜の巨人』は完成だよ。
『霜の巨人』という存在はね、船も襲うが兵士も襲うそうだ。アリューバ半島北部にある、フレイヤたち『ブラック・バート』の拠点が、帝国海軍に占領されなかった理由の一つに『霜の巨人』がある。
『霜の巨人』はフレイヤたちを狙っていたが、近づくヒト族は分け隔てなく襲った。『エンチャント』が使えない、人間族の兵士しかいないファリス帝国の兵士は、『霜の巨人』に近づけば皆殺しになることもあったようだ。
そんな『霜の巨人』たちが、五体も海岸に流れついているとなれば……その地上ルートを通りたいと発想することはないだろう。地上に流れついた『霜の巨人』は二度と海に戻ることがなく、ヒトを見つけ次第、全力で襲いかかってくるらしいからな。
ヒトが近づくまでは氷の塊に化けて、ジッとしているそうだ。
そんな厄介なモンスターが五体もいるんだぜ?しかも、今までになく特大の氷の塊が。勇敢な軍隊だろうと誰だろうと、まともな集団なら、そこに近寄ることはないのさ。
トーマの証言によると、実際、そうだったらしい。ジョルジュ・ヴァーニエが半島全土の亜人種たちの村や町を襲わせた時でさえ、その北部の道を使うコトはなかったそうだ。
ロロカ先生は、こうすることで半島北部に、『安全に通行出来るルート』を確保させていたというワケだな。
このルートがあるからこそ、今、『アリューバ海賊騎士団』の民兵たちは、ゆっくりとだが進軍を続けているはずだ。帝国の兵士に邪魔されることなく、その進軍ペースは維持されるというわけだ……。
あとは、リエルや海賊たちが用意している『キャンプ地点』で、食事と休息が可能となる。通常の行軍に比べて、携帯食料ではなく、海賊たちの作った大量の炊き出しを食えるってわけだよ。
温かくてマトモなメシを食えることが、行軍している戦士の疲れを、どれだけ回復させることか……。
これが『アリューバ海賊騎士団』の進軍ルートだ。
伝統的なモンスター、『霜の巨人』に隠れながら進めるのが最高だろう?『ゼルアガ・ガルディーナ』を倒したから、もう『霜の巨人』は存在してはいないが、帝国人には確かめる術はない。
現実の問題として、『氷の船』を使い『霜の巨人』の被害を偽装すれば、『霜の巨人』はまだ生存していると判断するしかないだろうし、ガルディーナの生存も疑うだろう。
ロロカ先生の『策』は、ハマっているよ。
良い仕事をしてくれたぞ、リエルも、カミラも。
ああ、今度、みんなで素敵な温泉宿に出かけたい。ザクロアのあの宿でもいいし……アリューバ半島にも、そんな宿ぐらいあるだろう?
……祝勝会のことを考えながら、無数の『コウモリ』に化けているオレは笑ったよ。
だが……集中を取り戻さなければならない。
まだ戦の前だからな。
『……あそこの崖ですね、ソルジェさま?』
『……そうだ。あの中腹にあいている裂け目から、侵入出来る。狭い通路だが、『コウモリ』を維持出来るのなら、そのまま侵入してくれ』
あの狭い道を蛇やモグラのマネでもう一度進むのはシンドイ。
『分かりました。大丈夫です!修行の成果を、見せるっす!!』
『ウフフ。頼もしいです、カミラさん!』
やっぱり女子がいると旅の空気がいいぜ。
『……その後は、オレとトーマは、トーマの部下たちと合流し、フロア10まで下りる。そこで、状況次第では港の兵士を皆殺しにするぞ。マルコ・ロッサは単独行動で大丈夫か?』
『当たり前だ。『バッサロー監獄』の天井は高い。兵士が来たら、そこに飛び付く』
さすがはケットシー族の現職スパイだな。ミアほどではないが、頼りにしても大丈夫そうだ。現に、カミラ以外にはその存在を気取られなかったわけだしな。ミアに、稽古をつけて欲しいかもしれん。
技巧だけでなく、知識や経験値をミアが喰えば、今よりも数段強くなるだろうからな。
『しかしよ、魔王サン。かなり兵士がいたが……マルコひとりで大丈夫か?』
『大丈夫だ。12時が過ぎている。フレイヤの処刑は終わったんだ。海賊たちはもう来ない。警備は引いているさ』
『そうですね、私、世の中では死んだことになっているのですね?』
『楽しそうっすね?』
『はい!『おたずね者』ではない状況なんて、何年ぶりでしょうか……ストラウスさまたちは、私にこの安心感を下さろうとしていたのですね』
『ああ……最初に想像していたことよりは、かなり違ってはいるんだがね』
『それでも、とっても嬉しいです。いいえ、さらに言えば、長年戦って来た帝国との決戦にも挑めるのですから……これ以上の幸せはありません』
『そうだな。勝つぞ、フレイヤ』
『はい!』
『……なるほど。つまり魔王サン、この監獄は、手薄になるってわけだな?』
『そうだよ、だからオレみたいな役立たずの、くたびれたスパイでも一人で平気さ』
『マルコ、いじけるなよ』
このオッサンたちはいいコンビになっているな。トーマは脅迫されたみたいに語っていたが、なんだかんだで馬が合うんだろう。いいことだ。仲間は結束していた方が強い。
『まあ、このくたびれたスパイさんの予測ではね……手薄になるのは、『オー・キャビタル』の全てだよ』
『ああ?どういうこった?』
『兵士たちには、そろそろ『出撃命令』が出るのさ。警備に疲れている兵士たちは、船に乗せられる。そこで休みながら移動出来るな?そして、今まで眠っていた連中は、叩き起こされて強行軍で陸路を踏破、トーポを攻める。これ、とある大佐殿への秘密の命令書』
『大佐殿に回るレベルの密書じゃあ、軍曹どまりのオレには回らんな』
『トーポを攻めるよ、きっと国境からの部隊と連携して挟撃さ……』
『まあ!すごいですわ、ロロカさん。読み通りですわ!』
『……フレイヤちゃんが喜んでいる。その様子だと、トーポは空か。なるほど……つまり北から回り込んで、帝国軍を迂回させたわけだね。トーポが空だと気づいて引き返しても、クソ疲れた状態になっている……走らせまくるって寸法だな』
何だかんだで、情報を少しでも与えると、ほぼ戦況を分析しきってしまうのが、ルードのスパイの脅威的なトコロだよなあ……ロロカ先生やガンダラとは違い、ご当地の情報を満載しているというアドバンテージは大きい。
逆に言えば……『ダベンポート伯爵』のような有能なスパイを持つヴァーニエに、この土地での経験値を積ませる前に挑めたことは、オレたちにとって、とんでもない幸運だよな―――ヤツは、残酷だが、無能ではない。この好機を逃していたら、厄介な敵になっていただろうな。
『……ああ、ソルジェ・ストラウスくんが細かな情報を教えてくれていたら、もっとサポート出来たはずなのに……何てコト、言ったとしても冗談だから気にしなくていいよ』
『くくく、嫌味なヤツだぜ。こっちも、アンタに気を使った。こちらからの連絡が、潜入中のアンタの負担になるといけないとね』
『オレの身を案じてか……はあ。年は取りたくないもんだなあ……』
いじけ出すと長い男だな。そこが、からかい甲斐があるところでもあるが―――。
『つまり、魔王サンよ、この『オー・キャビタル』の全てが……軍船も兵士も出払った状態になる?まあ、全部じゃないだろうが……半減するな』
『狙いたくなるだろう?美味しいエサのガードが開いた』
『そういう言い方をされるとな……帝国相手の戦に、しかもエリートの『遠征師団』に三連勝か……いや、『侵略師団』にね。魔王サンは、ホント、戦上手だ』
『オレとつるめて嬉しかろう』
『まあね!ガチなハナシ……オレたちは亜人種や『狭間』であったとしても、帝国の兵士だった身だ。この『戦』が終わった後、オレたちの人生の物語がまだ続いているとすれば……アンタに口を利いてもらって、この国から亡命するのが良策だろうな』
『……フレイヤは、受け入れるぞ』
『はい。私は、過去を問いません』
『……だからこそさ。アンタには、以前、命を助けてもらっちゃっているからね?……オレたちみたいな、厄介な立場は、遠ざけるべきだ。結束が揺るげば、国も弱い。オレの母国は、結束しなかったら、帝国の弱兵なんぞの前に、たやすく壊されたぜ』
ノーラン家の母国。
サージャーたちの国か……小規模な国だろうが、もしも、単独でも、これだけの高い能力を持つサージャーたちが結束していたら、そう簡単に滅ぼされることは無かったのではないだろうか……。
『……分かった。他でもないオットーの兄貴だからな。オレがそのうち取り戻す、ガルーナに来てくれよ』
『ハハハハッ!ヒトに国盗りさせるだけじゃなく、アンタも国を盗るのか!?』
『ああ。取り戻す。オレの故郷だ。侵略者などに、いつまでも踏み荒らされてなるものか』
『そこの兵士になっちまうのかい?苦労しちまいそうだぜ……』
『イヤか?オレの創るガルーナでは、『狭間』も亜人種も、そして人間族の差などない掟で動くぞ。苦労はさせるが、やり甲斐はあるはずだ』
『……考えとく。部下の多くは若い。アンタの情熱的な『夢』に、命を賭けたがる男もいるだろうよ……オレは、部下たちの意志に従うぜ』
『来てくれると嬉しいよ。敵に詳しく、商売上手なアンタは、是非とも欲しい人材だ』
『へへへ!大臣さまにもなれるかね、王サマにコネがあれば?』
『なれるかもな』
『……いい『夢』だ。だが、とりあえず、今はフロア10まで行こうぜ?』
『……そうだな』
オレは『未来』を考えるのが好きだよ。『バガボンド』に、このトーマ・ノーラン。色々なヤツらを、オレのガルーナに招いてみたいぜ。
だけど。今は、たしかに『未来』よりも『今』だな。さて、あの狭い穴を『コウモリ』が抜ける。もうすぐ作戦開始ってことさ。
『カミラは、フレイヤの護衛につけ。そして……フレイヤは、あの拷問部屋の近くに並べてあるモノに、『エンチャント』をかけてくれるか?……『兵士』の『武器』にしたいんだ』
―――なにせ、アレは事実上の『槍』だ。ここに並べさせたのは、それを『槍』として使えということだろう、我が友シャーロン・ドーチェよ。
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