第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その39


 『コウモリ』から戻り次第、行動に移る。オレたちはプラン通りに動いた。つまり、オレとトーマは他の兵士たちと合流し、フロア10を目指すというわけだ。細かなことだが、オレは着替えを果たしている。


 さっきのアパルトメントの屋上で、トーマが首をへし折って殺した敵がいたが……そいつから服を奪っている。だから、服に返り血はついていない。今のオレは、二等兵ではなく上等兵だ。大喜びするほどのことではないがな。


 フロア10を目指すのは簡単なことだった。敵兵に化けているのも大きいが、敵兵の数が激減していることも大きい。各階層に残っているのは、10人にも満たないようだ。その半分が睡眠中であることを、トーマは教えてくれた。


 収容者は5000名ほどだが、それを百人程度でカバーしているか。牢獄とは、じつに効率的なものだな。まあ、今は、深夜だからな。囚われた者たちも眠り続けている……ふむ。それで十分ではある。


 敵兵の数が減ったことにつけ込み、オレたちは大胆になる。巡回するのが『任務』である。つまり、フロアを一階ずつ見回りながら下りていく予定だったが……フロア6から10まで一気に下りていったよ。


 それでも良かったのさ。


 トーマの部下たちは有能だ。彼らは一度、フロアの全てを回っているが、そのときに牢屋の連中に、オレに代わって『アリューバ海賊騎士団』が助けに来るぞ、という言葉を伝えておいてくれたようだ。


 だから、オレはフロア10まで進むことを選べた。頼まれなくても仕事をこなしてくれるとはね、トーマの部下教育は有能なのか……彼らが協力的なだけなのか。どちらにしても褒める時は褒めておこう。


 さて。


 オレたちは命令書から外れた行動をしたわけだが……。


 敵には怪しまれなかったよ。敵とほとんど出会うこともないし、何よりも、『フレイヤ・マルデルの処刑』という大きなイベントが無事に済んだことで、敵の警戒心が大きく減ってもいるからな……監獄の全てが眠りこけているような印象だ。


 さてと、何事もなくフロア10についた。


 この場所は監獄としての空間ではない。小さな港と、兵士の詰め所があるのさ。『ジブリル・ラファード』の提言で監獄として復活するまでは、海軍の小さな防衛拠点として用いられていたらしい。


 その港まで、オレたちは隊列を組んで巡回していく。


 ……オレは、魔眼を指で押さえて、闇に紛れて上空を飛ぶゼファーに語りかける。


 ゼファー、敵の動きはどうだ?


 ―――『おおきなおふね』がほとんどでていったよ、『どーじぇ』。てきを、たくさんつんで。


 そうか、どれだけの数が残っているんだ?


 ―――いつつだけ、こぶねは、たくさん。


 『オー・キャビタル』からは、どれだけの歩兵が出て行った?


 ―――ごせんほど。みなみにいった『おおきなおふね』は、みっつだけ。


 その三隻の軍船で、トーポの攻撃をサポートするつもりだな……ゼファー、今、敵の動きは活発に見えるか?


 ―――さっきまでは、いそがしそうだったよ。でも、いまは、ほとんど、うごきがないんだ。みんな、ねているみたい。


 そうか。ありがとう。上空の警戒をつづけてくれ。


 ―――うん!なにか、ようじがあったら、よんでね。じゃあね、『どーじぇ』!


「……魔王サンよ、どうした?魔法の目玉を押さえながら、ニヤニヤしちまって」


 トーマが声をかけてきた。魔法の目玉フレンズとして、心配なのだろうか?……三つ目族は眼の『力』を使うと、肉体に大きな負担が出てくるらしいからな。


「……ゼファーと、つまり竜と話していたんだよ」


「そんなことも出来るのか。器用な能力だな」


「ああ。ストラウス家の伝統さ」


「大したもんだよ。それだけのテクニックを創り上げるとはね」


「竜が大好きなのさ」


「なんか、それは分かるな、竜と『お話し中』のアンタは、とてもニヤニヤしている。ヤツの、カレー好きみたいなものだろうな」


「好きこそものの上手なれという意味なら、納得してやってもいいぞ」


「なら、そう解釈してくれよ。それで……何か情報があったのかい?」


「ああ……この『オー・キャビタル』には、5000しか兵士は残っていない。まあ、軍船の要員を含めて、多く見積もったところで5500。その半数以上が眠っている」


「5500か。普段の半分だな」


「眠っていない連中は、その半分以下、せいぜい2000」


「オレたちはその百分の一だぜ。ムチャなことは……しそうなツラだ」


「ああ。これから、この港を制圧するぞ。人質は取らない。全員、殺す」


「……了解だ。部下たちに、寝ている連中を始末させる。オレは……港の先でランタン持っている二人組を仕留めるよ。詰め所にいる連中は、皆で同時に攻めるか?」


「あそこにいるのは七人程度だ。オレが襲撃して仕留める。それで、無音のまま敵を排除出来そうだ。上手くやってくれ。仕事には、必ず報酬で応えよう」


「大臣にしてくれ。あるいは……『自由同盟』のパトロンさんから、現金もらってくれると嬉しいぜ」


「わかった。報酬は心配するな、では、行動を開始しろ」


「了解だ。さてと……おーい、釣れているかー?」


 そんなことを言いながら、軍曹殿は港の先端にいる兵士たちに近づいていく。フレンドリーを装うのさ。奇襲攻撃をするには、最適だな。友人のフリをして近づき、いきなり裏切る。


 オレたち『ボブ・オービット隊』は、隊長を置いて踵を返す。兵士の詰め所と、仮眠施設がある場所へと向かうのさ。トーマたちの会話が夜風に乗って響いてくる―――そいつを盗み聞きしながら、オレたちはこの小さく質素な港から遠ざかり始めた。


「……ハハハ、釣れちゃいませんって」


「そもそも、仕事中ですよ、軍曹殿。釣りなんて、してませんよ、僕ら?」


「そうかい。まあ、今夜はもう海賊は来ねえだろ」


「でしょうね。拍子抜けです」


「夜間の戦闘があると、手当が出て、個人的には嬉しいんですが……」


「はあ?死なないのが一番だろ?……なあ、煙草あるか?」


「あ、ありますけど……いいんですか?」


「いいさ。深夜帯の任務なんて、メシ食うか、猥談するか、カードゲーム……あとは煙草ぐらいだろうよ?居眠りするより、ずっとマシだ」


「そりゃ、そうっすね」


「君らも吸っちまえって。オレ一人だけ悪党にするなよ?皆で、楽しくサボろうぜ?」


「あはは。そうっすね……上官が来たら、軍曹、誤魔化して下さいよ」


「了解、了解」


 煙草を吸わせるね。ランタンを地面に置かせて、煙管の準備を始めたときに殺しにかかるつもりだろう。いいテクニックだな。


 あっちは任せておいてよさそうだよ。


「……仮眠施設の方は、任せていいな?」


「は、はい。お任せ下さい、サー・ストラウス」


「……緊張するな。君たちは、正当な行為をする。生き残り、幸福を追求するための行為だ。そのために敵を排除する。罪に思うことはない。そうしなければ、生き残れないから、するだけだ」


「はい……」


「彼らにしてやれる唯一のことは、速やかに殺すことだ。口をふさぎ、ノドを掻き切れ。うつ伏せの男はマクラに顔をおしつけながら、心臓を刺せ。もう一度言うぞ。苦しませるな。それが、かつて仲間であった者たちに、君らが選べる、唯一の慈悲であり、友情だ」


「……イエス・サー・ストラウス」


「頼んだ。君たちを信じている」


 オレはそう言って、兵士たちを送り出す。『狭間』の兵士たち。元々、『狭間』であることを知っていた者もいれば、今度の『新たな血狩り』騒動で、自分が『狭間』あることを知った者もいるという……。


 帝国人として生きていた彼らには、ショックなことだと思う。


 だが。現実というのは容赦のないものだ。帝国と亜人種の血は、あまりにも仲が悪い。生き抜くためには、どちらかが暴力で相手を排除するしかない……乱暴だが、この乱世を支配するルールだ。


 迷いなく行動することは、おそらくムリだろう。


 今夜の返り血を、彼らは長く記憶して、悪い夢に見るかもしれない。


 彼らとは、この戦が終わったあとで、酒を酌み交わし、ねぎらいの言葉をかけてやるべきだろう。オレが、命じたのだから。


 ……今は、生き残るためと、勝利のために全力を使う時間だな。


 オレは、兵士たちの詰め所に近づいていく。


 気さくな言葉で話しかけ、タイミングを見計らい、サクッと殺す。それはトーマが使ったし……オレは、帝国人が嫌いでね。それは選ばないことにする。


 オレは魔眼で詰め所にいる敵の位置を確認するよ……そして、トーマとその部下たちが殺人任務を完遂するのを見計らう。彼らは、心のなかの迷いの有無はともかく、その行動は澄み渡っていた。


 トーマは、世間話のあげくに笑いを誘いながらサーベルを抜き、またたく間に二人を斬り殺したし……仮眠施設に入った『狭間』たちは、オレの語った慈悲を信じてくれたのか、敵兵たちを眠らせたまま仕留めていった。


 呻く声が風に混じったが……このぐらいの音では、詰め所の兵士は気づかなかった。


 このフロア10にいる敵は、目の前の詰め所にいる連中だけになった。


 だから、オレは走っていた。


 開け放たれている詰め所の入り口に向かって走る。机の上に、大きなランタンが見えた。それが、雑談をする若者たちの顔を赤く照らしていたよ。だから、それに呪いをかけた。


 『ターゲッティング』さ。揺れる炎を宿したロウソクの先端に、その黄金の紋章が刻みつけられる。オレは『風』の刃を放つんだ。


 ガラス越しにロウソクが切られて、灯火は一瞬の揺らめきを残して、かき消える。唐突な暗がりが生まれ、兵士たちはその現象を不思議に思ったようだ。


「どうした?」


「風か?」


「新調したばかりだが―――」


 オレは彼らの言葉を聞くつもりもない。闇に紛れて詰め所へと乗り込んだオレは、竜太刀を暴れさせる。アーレスがくれた魔法の目玉は、今夜も闇のなかでも視力を確保してくれたからな。


 正確な攻撃が出来たよ。


 敵の首を刎ねた。暗闇のなかで、まったくの抵抗をさせぬまま、オレは斬りまくったよ。死体が転がり、イスも倒れる音が響く。だが、兵士たちはマヌケな同僚が暗闇のなかでドジをこいたぐらいにしか思わなかっただろう。


 オレは……冷静に、刃を振るう。


 肉を切り裂き、骨を断つ。返り血の熱と、飛び散る脂肪と骨の欠片。命を切り裂く、死の音。色々な物体と音を浴びながら、闇のなかでの剣舞は七つの命を奪い取る。


 返り血の雨を浴びながら、消えゆく敵の命を感じつつ……オレは復讐者のみが抱ける闇色の充足にひたるのさ―――。

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