第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その37
「どうして!?」
「うるさいぞ、敵がうろついているんだ」
「あ、ああ。すまない……だが、オジサンの口から出ちゃった言葉はおかしいかな?」
マルコ・ロッサはフレイヤの生存が嬉しいやら理解できないやら、なんだか不安定な心理状態らしい。
「まあ、オレの愛する第三夫人を紹介すれば、状況を察してもらえるだろうよ」
「……第三夫人?そんな紹介をしたら、うちのヨメだったら生爪を剥がされそう……」
トーマ・ノーランが自分の指を撫でながら、そう語った。彼のヨメは恐いらしい。良かった、うちのヨメは、戦闘能力こそ高い連中ばかりだが……オレ、どうにか生きている。
「そういう文化もあるってことさ。ガルーナとアリューバは、ほんの少しだけ違うってことだよ」
「そういうもんかな」
「そういうものですよ、三つ目族のおじさま。ストラウスさまたちは、とっても素敵な四人夫婦なんです!」
「ああ!?三つ目って、バレてる!?……ああ、目玉、開きっぱなしだ……ていうか、そっか。やっぱり、アンタか。オレがボートでひっくり返っちまった時、助けてくれた子だ」
そういう縁から、トーマ・ノーランの存在は、オレたちにバレたわけだが……もしかして、トーマがフレイヤを心配していたのは、そのコトがあったからかね……。
まったく、縁とは不思議なモンだな。
「あのときは、ご無事で何よりでしたわ」
「……いや。なんていうか、こっちのセリフっていうか……君、矢が刺さってるし、燃やされていたし……マルコじゃないけど、どうして助かったんだい?」
「カミラ。こっちに来い」
「はい、ソルジェさま!」
カミラは嬉しそうにオレの側にやって来る。仕事の達成感か、それとも愛する旦那さまの側にいられるのが嬉しいからかね……?
「彼女が、オレの第三夫人のカミラ・ブリーズだ」
「は、はい。自分、ソルジェさまのヨメの一人で、カミラ・ブリーズっす!」
「彼女は、いわゆる『吸血鬼』だ。第五属性とされる、『闇属性』を使いこなす有能な女性ってことだな」
あと可愛くて、胸がそこそこ大きくて、脚線美がとても魅力的。あと、ベッドの中では情熱的だけど……可憐な乙女のフレイヤがいるから、そういうセクシャルな言葉は使わない。
「とにかく、有能な猟兵だ。カミラ、ドヤ顔だ!」
「ど、ドヤ顔……っ?……こ、こうっすか!?」
己の有能さを示すために、オレのカミラはドヤ顔にチャレンジだ。
うむ。
笑顔が、引きつっている。なんというか、努力賞ってトコロだな。
「はうー……む、難しいっす。リエルちゃんは、どーして、あんな風に出来るんでしょうかー?」
引きつった頬を指でマッサージしながら、カミラはドヤ顔の達人についての考察を巡らせているらしい。
「なんていうか、向き不向きの性格があるのさ。さて、ドヤ顔チャレンジはともかく、彼女の有能さは分かっただろう?『第五属性』を使いこなすんだぜ」
「ドヤ顔が得意な自己主張のカタマリのヨメか。いいヨメを持ったじゃないか、ソルジェ・ストラウスくん」
「……まあね」
「他のヨメも変わっていそうだが……なるほど、『吸血鬼』。だからか……オレの三つ目でも、魔力の流れが、ほとんど見えなかったよ。違和感ぐらいは、分かったんだがな」
違和感でも、分かれば大したモノだろう。オットー・ノーランいわく、サージャーはそれぞれの目で、『炎』、『風』、『雷』の三大属性を把握しているだけで、それ以外は見えにくいということだったが……。
「とにかく、『吸血鬼』の『闇』の力……『コウモリ化』を使い、今日の昼からカミラはフレイヤを護衛していた」
「はい!『偽ヒュッケバイン号』の船倉で、ブツクサ愚痴るターミーさんと一緒に、隠れていたっすよ。その後は、帝国の軍船の倉庫に隠れていましたよ。あとは、天井の裏とか、壁の裏側とか……なんか、地味に辛い任務でしたっす……」
「……ん。じゃあ、君かい、カミラ・ブリーズくん。君が、オレの首を締め落とした?」
「そ、その節は、も、もうしわけありませんっす。でも、作戦が邪魔されそうだったので仕方がなかったんですよう!?」
カミラはすまなさそうに謝罪する。
だが、ベテランのスパイの方こそ首を横に振っていた。
「いや、すまん……あのときは、つい感情的になってしまい……こちらこそ、迷惑をかけてしまったよ。プロとして、あるまじきことだ」
マルコ・ロッサはかなり落ち着きを取り戻しつつあるようだ。カミラは、自分の暴力行為に対して、正当性が認められたことを喜んでいる。相変わらず、マジメで可愛い娘だよ、オレのカミラ・ブリーズは。
「安心しましたー。怒られなくて、良かったっす!」
「それで……フレイヤの矢だが……」
オレはそう言いながら、フレイヤの胸に突き刺さっている矢を引っこ抜く。まあ、突き刺さってはいないんだがな。正しく言うと、先端に付着している『トリモチ』で、彼女の服にくっついているだけだ。
『トリモチ』はフレイヤのことが好きなのか、びよーんと伸びて、しばらく粘ったが、ようやく外れた。
トーマ・ノーランが、それを興味深そうに見つめていたから、手渡してやる。彼は三つ目を開いて、そのオモチャみたいな矢を分析していった。
「……ほう。『トリモチ』の下は、ゴムか。これなら、多少は痛いかもしれないが、死ぬことはないな……刺さらんだろう」
「はい。おかげで、へっちゃらでした!」
フレイヤは太陽みたいな笑顔だ。やはり、彼女はこうでなくてはな。
「……で。コレを仕込んだヤツだが―――」
「それは、いいよ。ソルジェ・ストラウスくん。さすがに分かったから」
「なんだ、分かったのか、つまらんな」
「スパイを舐めるな。まったく……オレを信じていなかったのか?『君たち』は、ルードのスパイ仲間だろ?」
「オレはルードのスパイじゃないけどな」
「同じようなモンだ。竜騎士も魔王も、猟兵も、スパイも、みーんな同じさ」
「くくく。どうにも乱暴なチーム分けのような気もするが、それで君が納得してくれるのならいいさ。とにかく、ヤツには、このままコッソリと活動してもらう」
「ああ。そうすればいい。スパイが『ホウレンソウ』なんて守るわけないもんな」
「スパイさんは、お野菜が嫌いなんですか……?」
カミラが首を傾げていた。
「あ、ああ。すまない。『ホウレンソウ』ってのは、『報告』、『連絡』、『相談』の頭をつなげた造語で……チームプレーに欠かせない要素をまとめた言葉でな」
「なるほど。たしかに、『ホウレンソウ』っす!賢い人が、作ったんすね!」
ああ。うちの『吸血鬼』サンがなんだか可愛くて、抱きしめてしまう。
「うひゃあ!?そ、ソルジェさま。皆さんの、前っすよう!?」
カミラが恥ずかしそうに身をよじるが、ほとんど力を入れて抵抗しない。スキンシップ大好きだもんなあ……って、そんなことを考えている場合でもない。まだ、戦は終わっちゃいないんだもんな。
オレ、ジョルジュ・ヴァーニエを、まだぶっ殺していないもん。
「―――カミラよ、オレの首から血を吸え。栄養補給だ。これから、また飛んでもらうことになるぞ」
「……は、はい!!では、ま、参りますっ」
そう言いながら、カミラがオレの首筋に、カプリと牙を突き立てる。痛いといえば痛いが、美少女のヨメに噛まれていると思うと、なんか口がニヤリとするから余裕だろ。
オッサンズが、オレたちのコトを、じーっと見ている。なんか不愉快だが……それよりも心苦しいのは、フレイヤの視線だ。フレイヤは、オレたちの行為を見ながら、恥ずかしそうに顔を赤らめていく。
オレと目が合う。
彼女は、ビクリ!と体を揺らして、明後日の方向へと体を反転させる。
「す、すみません、夫婦の、その、あの、営みを盗み見してしまって!?」
「……いや。そういう営みじゃないから大丈夫」
照れてる黒髪エルフさんがいるな……なかなかウブなようだから、ジーンくんが肉欲を成就するのは、ずいぶんと後になるのだろうか。
さて。そんなことを考えていると、オレの首からカミラの牙が抜かれたよ。うっとりと蕩けた表情になっているし、半開きの口とオレの血を舐め取ろうと動く下がエロい。うん、ミアとかフレイヤには見せたくない光景ではあったな。
「ソルジェさまの濃い魔力が、たくさん入って来ているっす!」
「……なんか、卑猥だな」
トーマ・ノーランの精神構造にはデリカシーとかの分布は少ないようだ。色々と大人な女子であるはずのカミラが、顔を赤らめる。
「そ、そんなことないっすよう!『吸血行為』は、愛情を確かめ合いながら、ゴハンを食べるカンジで……そうです、もはや、アットホームなお鍋のような!?」
そのたとえはイマイチ伝わりにくいのかもしれない。
この場にいるオレたちは、みんな目を細めながらシンキング・タイム・モードに入るが、皆が中々、納得出来ないでいた。『吸血行為』を……『鍋料理』……?彼女の夫であるはずのオレでさえ、納得は行かなかったよ。
「あうう……っ。なんか、たとえ話を間違えてしまった予感がするっす……っ」
まあ、別にいいさ。
「……とにかく、魔力の補給は万全だな?」
「は、はい!!魔力は十分です、ソルジェさまの濃くて、熱いのがたくさん、入っているので!!なんだか、自分、とっても元気っす!!」
「そいつは何よりだ。さて……プチ・ミーティングだ」
「作戦会議かい?」
「そうだ。トーマ・ノーラン……ここから先は、帝国海軍との殺し合いになる。つい先日まで仲間だった連中を、殺せるか?」
「……抵抗はあるが、オレはとっくに選んだよ。アンタについて行くよ。フレイヤちゃんも守れた。不可能だと思っていたことを、達成しちまった……アンタやマルコとなら、楽しくやっていけそうだ」
「ありがとう。君の軍曹としての知識や顔の広さは、十分に役に立つ。そして、腕前にも期待しているぞ」
「オレは、そんなに殺しの方は上手じゃないんだが」
「君の弟もそうだ。だが、ヒトを護らせたら、彼の右に出る者はいない」
「へー……あの自己中な歴史オタクがね」
「世界を巡って変わったのは、君だけじゃないということだ」
「たしかに、そうらしい。とにかく、オレは協力する。命令通りに動くよ。『狭間』の部下たちも、オレと同じ気持ちだ」
「助かる……マルコ・ロッサ」
「なんだい?オレも何でもするよ。ソルジェ・ストラウスくんの仕事は……見事だった。今後は大きな失敗をしでかすまで、君のことは疑わないよ」
なんだか辛口というか、彼らしい評価かもしれない。
「オレは、何をすればいい?」
「オレたちが『バッサロー監獄』でする行為に、見当はついているんだよな?」
「ああ。それは大丈夫。ていうか、その矢のおかげで、さらに確信が出来た。手の傷も、フェイクってことだろ」
フレイヤは自分のことだと気づいて、手のひらを見せてくれる。赤い『血のり』は固まっているな。フレイヤが指を握ったり開いたりしていると、ボトリと落ちて、綺麗なままの肌が見えた。
「……オレは、『逃走ルート』を……いや、『出撃ルート』を確保する。ゲートを開きっぱなしで固定する。それでいいか?」
「時間を指定すれば、そのタイミングでやれるかな?」
「このマルコ・ロッサも、君らと同じく、ルードのスパイ仲間だってこと、教えてあげるよ」
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