第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その23


 だんまりを続けるつもりならば、それでも良かった。この耳の仕掛けだけで、コイツが敵であることを裏付ける証拠になるだろう。


 オレたちは、フレイヤ捕縛の影響を受けるであろう、エルフ族たちの魔笛の連絡網だけに、『重要機密』を伝えていたよ。


 ……『我々には、フレイヤを利用する策がある。フレイヤに何が起きても慌てるな。そして、この『策』を知っても、エルフの魔笛以外では表現することは厳禁である』。


 いくら、ウワサ好きのアリューバ半島の民たちだって、現在がどれだけの危機的状況にあるのかぐらいは理解出来ているだろうからな。あちこちの村が襲われて、亜人種の民は捕らえられているのだ。このルールは守られたようだ。


 だから、フレイヤ捕縛のショックを最も強く受けるであろう、彼女と同じエルフ族の連中だけは、パニックにならなかったというわけさ―――。


「―――オレをハメたのか、ソルジェ・ストラウス」


 『ダベンポート伯爵』がオレを睨みながらそう語る。どうやら負けたことを認めたらしい。まあ、殺意と不審に満ちた瞳が、ここには200以上ある。あきらめるべきだ。逃げられないぜ。


「……そうだ。君を利用したくてね?……『慰謝料』みたいなものだよ。君は、色々と画策してくれたものな」


「……オレを、あえて泳がせていたか」


 腹立たしげに顔をしかめる。そして……折れた脚の骨を整復しようとでもしたのか、両手で触っていたよ。だが、ムダだと悟る。右の大腿骨の骨は、破裂するように割れていたからな。そいつは、どうにも手のつけられない傷だ。


 太ももの肉のあいだを走る、太い血管が、割れた骨のギザつく先端に裂かれている。ムダに動かさない方がいい。動脈の破綻が進み、死が早まるだけだ。


「……ちくしょうめ!……オレは、死ぬな……」


「両脚の大腿骨が折れている。どちらからも大量出血中で。遠からず、意識を失う」


「……生殺しか?」


「いいや。会話を楽しんでやってもいい。君のことを聞きたくもある」


 君のことをよく知りたい。君がヒトをどんな手法で脅していたのかが分かれば、ここにいる海賊たちにも有益だろうからな。他にも、『ダベンポート伯爵』のような存在が、海賊たちを狙っているかもしれない。敵を理解することは、防御に役立つ。


「そうかい……なら。先に、オレの質問に答えろよ。お前は勝者だ。だから、弱者に余裕を見せてやってもいいじゃねえか?」


 口の上手いスパイだな。


 騎士道の体現者としては、彼の言葉を拒むことは出来ない。


「いいぜ。そのルールでいい。お前は、もう虫けら一匹殺せないだろうからな」


「……アンタ……オレを、泳がせていたのか?」


「ああ。仕事が早くて助かったよ。君が町のみんなに、フレイヤ捕縛と、ターミー船長の裏切りの噂を流したのだろう?」


「そうだ。混乱を起こせた。フレイヤさまはカリスマだし、ターミー船長は、『ブラック・バート』にも『リバイアサン』にも信頼されている……しかも、元・同盟騎士だ。彼の裏切りは、あまりにも罪深い。この集団に大きな揺さぶりを与える」


「そうだな。もしも、彼が本当に裏切っていたならだが」


「……なに?」


「……『ダベンポート伯爵』。お前は、二人の噂を流した。このトーポにね。そして、その成果として混乱が起きたことを、ヴァーニエのに部下へ報告しに行ったんだな?」


 その部下は、全速力で北へと走っていた。オレとゼファーが、お前を確保したことに気づきもしないままな―――。


「そうだ……オレは、仕事の出来を報告した。くそ……報告させられたか」


「ああ。そうなる」


「フン。踊らされて偽情報を上官へと伝えることになるか!しかも、アンタに捕まってしまった。スパイ失格だ、どこまでも!」


「『隠れ続ける』。それが君らのセオリーのはずだな。たしかに、君の敗北だよ」


「そうだ。オレの負けだ。クソ!……どうにも、エルフ族の食いつきが悪いとは思ったが……魔笛で、オレには聞こえない何かを流していたのか」


「察しが良いな。その通りだ。エルフの耳に似せたところで、魔笛までは聞こえないようだな」


「……当たり前だ。そこまで、豚の皮と軟骨で、高性能な作品が出来るか」


 見た目は完璧にエルフの耳にしか見えなかったがな……。


 まあ、エルフの聴覚機能を再現することなど、ヒトの作品では不可能だろう。


「魔笛が聞こえない。そうだと思ってはいたが……それで、よくバレなかったな、ニセ・エルフだと?」


「……1%ぐらいの数で、いるからな」


 『ダベンポート伯爵』は、左手の指を一本だけ立てていた。左脚の傷の深さを、それで計っていたのだろう。指は血だらけだ。そっちの脚も、手の施しようがない。


 オレはその人差し指の意味を考える。


 1%?……まあ、こんなところだろう。


「―――『魔笛が聞こえないエルフ』の割合か」


「……そうだ。エルフの全員が、魔笛に対する感受性を持っているわけじゃない」


「だろうな。聴覚は、繊細な領域だ。そういう者もいるだろう」


「意外と多いと思わないか?じつは、1%もいるんだぜ?……だから、オレがそうだと語っても、周りの連中は、不思議がることなく納得しちまったよ」


 ふむ、色々と調べている男だな。


 エルフに化けるのだから当然か。そうだ。『種族の特徴』だからといって、種族の全員に現れるとは限らない。何事にも『例外』というものは存在する。手足の指が多かったり少なかったりするようなもんさ。そういうこともある。


「しかし、器用な嘘つき野郎だな。魔笛が聞こえないことを、嘘で誤魔化したか」


「知的だろ?」


「いい風に言えば、そうかもしれないな」


「スパイだからな、オレは、賢いんだよ。ヒトを欺き、騙すのが、上手でね……でも」


「でも?」


「それがなあ、分からないコトがあるんだがよ」


「なんだ?」


「ソルジェ・ストラウス。なんで、お前は……『あの夜』、『砦』に来たんだ」


「ほう、それが一番、気になることか?」


「そうだよ。冥土の土産に教えろよ……どこから、あの作戦の情報がバレていた?」


「くくく!!」


「なにが、おかしい……ッ」


 本気の質問だったか。死にかけの男に睨まれちまったよ。そうだな、笑うのは、確かに失礼だったかもしれない。


 彼は知りたいらしい。あの夜の失敗が起きた原因を……だが、あまり多くを説明する必要もない。


「いいか、『ダベンポート伯爵』よ。あれは本当に、運命的な偶然だったのさ」


「偶然だと……?」


「そうだよ。オレは、あの夜、ジーン・ウォーカーをフレイヤ・マルデルに会わせて、ジーンがどんな反応を見せるのかを試そうとしていた。つまり、遊びに行っただけのつもりが……『暗殺騎士団』の襲撃現場に居合わせちまったのさ」


 そうだ、全くそんなつもりはなかった。


 ただの偶然だよ。


 『ダベンポート伯爵』は、しばらく無言で考えていたが、やがて数回うなずいた。


「……そうか。オレたちの情報が、漏えいしていたわけではなかったのか。オレは『暗殺騎士団』のヤツらを疑っちまったが……バルモア人どもには、二重で悪いことをしたな」


「援護するという約束を反故にしたらしいな」


「……何でも知っているんだな」


「ちょっと小耳に挟んだだけさ。『ジブリル・ラファード』に拷問を受けていた暗殺騎士が、お前のことをチクっていたぜ」


「……そうかよ。クソ、評価が下がっちまうな……」


「お前もバルモア人嫌いか」


「はあ?ちがうぜ。オレはプロフェッショナルだ。好きだとか嫌いでは動かない。とはいえ、自分のボスの意向には従う」


「ボス……ジョルジュ・ヴァーニエか?」


「……ああ。彼に、あの夜に確保したフレイヤさまの身柄を、捧げるつもりだったのだがな。新しい上官が、見知った顔の男だ。だから、張り切りすぎた。感情論を仕事に持ち込んだせいで、ミスを招いたと考えていたが……まさか、ただの偶然だと?」


「そうだ。信じられないかもしれないが、アレはただの幸運だよ。フレイヤ・マルデルに運命が与えた幸運に過ぎん」


「……分析しても、理由が見当たらないわけだ……」


「だろうな。理由など、ない。それが答えだ」


 フレイヤ・マルデルは強運の持ち主だ。あの夜、オレとジーンが『砦』に向かわなければ、彼女の命はとっくに無かっただろう。もはや、運命と評するほかない。ただの素敵な偶然が、悪意を砕いてしまっただけだよ。


 『ダベンポート伯爵』は、眉間にシワを寄せて考え込む。オレの言葉を信じていないのかと考えていたが……そうではなかった。


「……たしかに、フレイヤ・マルデルには……理解を超えた幸運が訪れることがある。お前も、その一つだったのか、ソルジェ・ストラウス」


「そうらしいよ。運命は、いつも彼女の味方らしいな」


「……これまでは、そうだとしても。でも、終わりだ。今夜、彼女は死ぬ。『ヒュッケバイン号』の伝説と共に……『オー・キャビタル』の港で、火刑に処される」


「そうとは限らんぞ」


「……彼女を、竜で、助けるつもりか」


「そんなところだ」


「やめておけ。弓隊だらけだぞ?さすがの竜騎士にだって、突破は出来ないはずだ」


「ふむ。情報をくれるとは、ありがたいね」


「……そんなつもりではないが……そうだな。オレは……アンタに邪魔されたくない」


「状況を覆されるそうだからか?」


 無言になる。


 負けを認めたからといって、男がどこまでも敵になびくことはない。


 『ダベンポート伯爵』はしばらく黙っていたが、どうにかこの居心地の悪い話題から離れたいのだろうか、下らない質問を口にしていた。


「……ソルジェ・ストラウス。いつ、オレが『ダベンポート伯爵』だと気がついたんだ?」


「この状況に至った。その時点で、お前には分かっているだろう」


 答える価値のない質問だ。


 そんなことには、オレは答えてはやれない。


「……ああ。『彼』は……『裏切り者』ではなかったようだな」


「そうだ。『彼』の……ターミーの家族は無事か?」


 『ダベンポート伯爵』は出血が過ぎて、青くなり始めた顔を動かした。縦に二度。もちろん、肯定の意味だろう。


「……無事に、再会出来ているはずだ」


「子供たちはドコにいる?」


「『オー・キャビタル』にいる。オレが山中の隠し砦から連れ出し、部下に渡し……『オー・キャビタル』へと運んだ。安心しろ、あの三人には、ケガ一つさせちゃいない」


「それなら良かった。いい仕事をしてくれたな、『ダベンポート伯爵』。おかげで、オレは多くを守れたようだ」


 そうだ。


 ターミー・マクレガーは、裏切り者ではない。むしろ、最大の功労者と言える。

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