第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その22
フレイヤが帝国海軍に捕らえられたことを、すでにこのトーポに集まった多くの人々が知っている。民衆は大慌てだ。この混乱を、マルコ・ロッサは懸念していたし、『ダベンポート伯爵』は望んでいた。
だからこそ、その情報を『ダベンポート伯爵』はトーポにばらまいた。この半島には、魔笛の情報網があるからな……『オー・キャビタル』でフレイヤをさらし者にしたことで、エルフ族の魔笛が、その事実を伝えてきた―――その嘘のストーリーに破綻はない。
さて。
オレも動くとしよう。
これだけ『村が混乱する様子を見せたら』、君は喜ぶだろう。
そして、ヴァーニエに報告しようとするはずだ。ヴァーニエには時間がない。フレイヤを夜中の12時に処刑するんだからな……トーポがどれだけ混乱するかを確かめて、もしも混乱が起きなければ、彼女の使い方を変えるつもりだろうから。
交渉に持ち込む可能性もありえた。『最高の人質』の選択肢は、本来は多い。だが、最も端的な、『即座に処刑』という道を選んだ。戦略として悪くはない手段だが……逆効果を生むかもしれない。
フレイヤ捕縛や処刑が、半島人の心を折る?
スパイのマルコ・ロッサもそう判断をした。ということは、事実なのだろう。半島人の文化や心理に詳しいベテランのスパイの分析なんだからね。
でも。
ヴァーニエがそう考えられるとは、オレには思えない。
オレは『リーダー』が殺されるぐらいで、全ての牙が抜け落ちるようなゲリラ組織など知らないからだ。レジスタンス、ゲリラ、テロ組織……何でもいいが、それらの反体制派組織のリーダーは、常に命を狙われている。
それゆえに『遺言』や『後継者』を用意しているものだ。
その地位に就く者は、殺される覚悟など最初からしている。自分が殺された後の組織運営について、どうあるべきか……その方針ぐらいは残していて当然だ。
だが、フレイヤと『ヒュッケバイン号』を焼けば、半島人の心を大きく挫くと、この土地に詳しいスパイたちは分析するらしい。
マルコ・ロッサもそうだし、『ダベンポート伯爵』もな。
この土地に長年潜み、住民の心理を観察しつづけて来た両者はそう判断する。それだけ半島民の心は、疲弊しているのかもしれない。戦意を維持できる、限界寸前まで、もはや追い込まれているのかもしれん―――。
だが。
それは現地に詳しいスパイどもの発想だよ。
フレイヤと『ヒュッケバイン号』の『火刑』……そいつは、あくまでも『ダベンポート伯爵』由来の『策』だ、ヴァーニエは完全にはアリューバ半島の文化を把握してはいない。このオレが半島人の心理を理解できていなように、ヴァーニエも理解してはいないだろう。
だから、心配になって確認させるはずだ。
この『策』が有効なのかどうかを。
可能な限り、すみやかにね。
何故なら、時間がないから。12時には、フレイヤと『ヒュッケバイン号』を焼いてしまうつもりなのだからね―――この『策』が有効そうなのかを、『ダベンポート伯爵』に確かめさせる。有効でなければ、変えるだろう。
この件に関して、ヴァーニエが最も信用する人物は、『ダベンポート伯爵』だ。
ヴァーニエと『ダベンポート伯爵』は、『師弟関係』でもあるらしいからな。海軍の上司部下という師弟関係だけではなく……もっと個人的な関係もあるだろう。
あのナイフ技術を見る限り―――まちがいなく同郷の者さ。腹を裂く動作は、戦闘技術ではない。『狩り』の技巧だ。
連中、山深い土地で育ったのだろうよ。仕留めた獲物のはらわたを、素早く抜き取り、肉を保存するための技巧……それにしか思えん。内臓を抜くためのナイフさばきなど。
戦闘技術としては、あまりにも貧弱だ。ムダに動きが多い。両腕が使える者ならば、即死させることさえ出来ない。あふれる内臓を抑え込むことで、命が多少は持つのだからな。
動作と労力の割りに、一撃で仕留められないナイフ技など……軍隊が教えるわけがない。軍隊以前に習得した動きだろう。本来は対人戦闘用ではなく、狩りで仕留めた獣の腹を裂くためだけの技巧さ。その面でだけは優れている。
……『ダベンポート伯爵』を、ヴァーニエはよく知っている。長年の関係があり、それなりに頼りにはしているようだ。
とくに、今は頼りにするはずだぞ?……なにせ、フレイヤと『ヒュッケバイン号』を捕まえることが出来たのは、『ダベンポート伯爵』の『策』のおかげなのだからな。総督就任以来、悲劇ばかりに見舞われたヴァーニエからすれば、最高の贈り物だ。
だから……今ばかりは、『ダベンポート伯爵』への信頼は、かつてないほど高まり……この件の判断を依存するだろう。
その役割を果たすために……『ダベンポート伯爵』はこのトーポにいるのさ。
「ゼファー、スパイ狩りに行くぞ」
『……うん。わかったよ、『どーじぇ』』
オレの言葉に、数分前から起きていたゼファーは返事をくれた。オレはゼファーの背に跳び乗った。ゼファーは砂浜を蹴り、空へと舞い上がる。翼で空を叩き、高さを増していく……。
夕焼けの空に浮かんだオレは、体力と魔力の充実を感じている。
眼帯をずらして、魔眼を使う。
『ディープ・シーカー』。夕焼け色が消失して、色彩のない白と黒のコントラストだけの世界が始まる。色を失った世界のなかで、オレは探すんだよ。
どこもかしこも、というわけじゃない。
探したのは4カ所だけだ。
ロロカ先生は、防衛網にあえて『穴』を空けている。本職の偵察兵が探りを入れれば、その『穴』に気がつき、そこを侵入のための『道』に選ぶようにね。『穴』といっても大勢が通ればすぐにバレるような場所だ。
だから、大勢の敵は通れない……通るのは、偵察兵か―――連絡要員、そしてスパイの『ダベンポート伯爵』だけだよ。
……見つけた。
エルフ族だな……あくまでも『見た目』のハナシだが。そのエルフ族は、こちらに向けて戻って来ている途中だよ。そして……四百メートルほど先に、小走りで駆けていく人間族の姿が見える。
民間人に化けようと、武装をしていないが……『ディープ・シーカー』で見れば、鍛え上げすぎた首がよく分かる。戦士の首だよ。一目で分かる。鋼を持ち上げ、振り回して行くうちに、首は太くなるものだ。
間違いなく、あの人間族は、帝国の兵士だな。
つまり、こちらに戻りながら、火をつけていない煙管を口に噛むエルフ族に見える男こそ、『ダベンポート伯爵』だよ。
『ディープ・シーカー』を停止する。いつもの視界と時間の流れに戻ったオレは、ブーツの内側でゼファーのウロコを叩いたよ。ゼファーは空の中で身を躍らせて、急降下していく。
林の中にその身が沈む。新緑が芽吹き始めた若い枝だと葉っぱを切り裂きながら、この飛行は進む。オレはね、色々と器用な男だ。ロープも使える。ガルーナ人は野蛮な狩猟民族だからね。美人のヨメを縄で縛って誘拐してくる日だってあるんだよ。
だから?
投げ縄とかでヒトを捕まえるのも得意だ。先端を輪っか状に結んで、竜から身を乗り出して、その煙管を加えた人物を目掛けて、垂らすように投げるんだ。竜の飛行に連動させるのがコツでね。
縄を見るオレと、獲物を見るゼファーの視界を共有するのも大事だよ。ゼファーが微調整してくれるから。ヤツはオレたちに気づいたが、驚きのあまり身を固める。それとも、賢い頭脳で、この場で逃げると怪しさが増すとでも思い、体をあえて動かさなかったのか?
計算か怯えなのか、あるいはそれの混ざったものか。よく分からないね。でも、そんなことはどうでもいい。オレの放ったロープはヤツの頭から入り、首にハマった。ゼファーが林の上で羽ばたいたその瞬間、そのロープには強烈な上昇する力が加えられた。
スパイの首の骨が折れても、別に構わないからな。
だが、ヤツは器用だった。本能的な反射を見せて、ロープの内側に指を入れていたよ。首つり状態で、その人物をオレの腕力が吊り下げている。ゼファーはグルルとノドを鳴らしながら、空中で旋回した。
遠心力が生まれて、ヤツは空のなかで弧を描く。投げ捨ててやるのも一興だが、オレは浜辺に向かったよ。浜には、オレたちの動きが気になったのか、『アリューバ海賊騎士団』の民兵たちが集まっている。
そこが、公開処刑の場所だぞ、『ダベンポート伯爵』よ。
オレは砂浜の上空に来ると、ロープを手放す。5メートルほどの高さからヤツは落下していった。素人なら死ぬ可能性が高い、だが、訓練されたスパイならば生き残るさ。ヤツは、生き残ったよ。その代わり、両脚の骨がへし折れていたがね。
ゼファーが、悲鳴をあげるそいつの近くに、着陸したよ。オレは歩く、そのエルフの耳を持つ男のそばに向かってな。砂浜の上でうめくその男に、民兵たちが近寄ろうとする。だが、オレはそれを制止させたよ。
「そいつに近づくなッ!!離れていろッ!!」
「りょ、了解です!!」
民兵がオレの怒声に怯えて、ヤツから離れたよ。ヤツは、オレを睨みつけてくる。
「ぐ、うう!な、なにを、なにをするんだよ……っ。サー・ストラウスッ!?仲間に向かって、こんなことを―――」
「黙れ、貴様は仲間などではない!!帝国のスパイ、『ダベンポート伯爵』。いいや、レイ・ルービットよ!!」
「……ッ」
ヤツは言葉を漏らさなかった。周囲にあつまる民兵たちの中には、オレの言葉に衝撃を受けている男たちもいた。『ブラック・バート』の海賊たちだ。動揺しているな、それも仕方がない。ヤツは2年間も君たちの群れに潜んでいた。
「ほ、本当かい、サー・ストラウス!?」
「ああ。ヤツこそが、ビードをそそのかし、フレイヤを誘拐させた男であり……ターミー船長にフレイヤを裏切るように迫った男だよ」
「……そんな!?……でも、マケットは、半島人だぞ!?エルフ族だし……ジイサンの代から、同盟騎士の家系だぜ……?」
「知っているさ。ロロカがフレイヤから確かめた。2年前、祖父のガルシス・ダービーの遺言で、『ブラック・バート』に合流したんだよな。ガルシス・ダービーは実在の人物だが、コイツはニセモノだ」
「オレは、じいちゃんの遺言に従っただけだ!!」
「でも、貴様の『耳』はニセモノだぞ」
「……ッ!?」
「オレの目には魔力の流れが、くっきりとよく見えるんだ。魔力とは血肉に宿り、体を巡るものだ。もちろん、耳にもな……知っているか?エルフは体温が高く、エルフの耳は温かい。血が多く通っているからだ」
「……それが、どうした」
「貴様の耳からは、魔力の流れが見えてこないのだ。ふむ。長くボサボサの髪で半ばかくしてあるな。なかなか手の込んだ男だよ。実在の人物を登場させるストーリーと、その下らん変装技術で、貴様はエルフ族に化けたか」
オレはヤツの目の前に近づいていくと、その長い耳を指で掴み、思いっきり引っ張った。耳が、取れた。オレが耳を引き千切ったとでも思ったのか、民衆から小さな悲鳴が上がる。
それは誤解だよ。オレは耳を外しただけだ。いいや、正確には……耳に擬態させただけの、豚の革で作った変装用具のようだな。
そのつまらない道具を、オレは砂浜に投げたよ。
「に、ニセモノの……耳?」
「あれは、作り物だぞ!?」
「……くくく。よく出来たオモチャだったな?よく二年も騙せたものだよ」
そして、オレはヤツのボサボサの髪を指で押し上げるようにして、側頭部を確認する。そこには興味深い努力の跡があったのさ。
「ほう。お前、自分で耳の上半分を切り落としやがったんだな」
そうさ。ヤツの耳は半分無かったよ。その上部は切断されている。下半分は『エルフの耳』をつけるために『土台』として残したのだろう。ピアス用にしては大きな穴が複数あいている。これの穴に、変装用のニセ耳を引っかけるようにして取りつけるのか。
「耳を切り落とすとは、なかなかの根性だが……『これ』は潜入者の証拠になるだろう、『ダベンポート伯爵』よ?」
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