第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その21


 ゼファーが寝返りを打つために、その身をゆっくりと揺らしたおかげで、オレは『悪夢』から現実に引きずり上げられていたよ。


「……悪い夢だな」


 そうだ。


 たしかにオレは夢を見ていたのだろう。夕暮れに染まりつつある、砂浜で、竜に背を預けながら眠っていたから。


 オレは左眼を触るよ。眼帯の下にある、魔法の目玉には、またしても反応はない。そうだ。アレは、ただの夢なのだとオレは分析する。『策』の成否に対するストレスがあるのだろうな……。


 少なくとも、現実ではない。


 フレイヤが乗っているはずの『船』は……『ヒュッケバイン号』ではないからだ。オレは、きっと不安なのだろう。まあ、仕方のないことだ。


『くえー!くえー!!』


「ん?……フクロウか」


 オレは北の海岸線を、大慌てで飛んで来る黒いフクロウを見つけていたよ。見覚えのあるフクロウだな。どこか、せっかちなトコロが覚えやすいよ。


 マルコ・ロッサのフクロウだった。


 オレはゼファーに背中を預けたまま、左腕を伸ばした。黒いフクロウはせわしなくバタバタと羽ばたきながら、オレの左腕に止まる。このフクロウは、ヒトの腕に爪を突き立てることを楽しまないから、非常に好感が持てた。


「よしよし。いい子だ、脚輪を外してやるぞ」


 そう言いながら、オレの剣士の指が器用な仕事をして、フクロウの脚から魔銀の輪っかを外していたよ。


『くえー!くえー!』


「よし、戻れ!」


 左腕を空へと向けて跳ね上げる。マルコ・ロッサのフクロウは、オレの動きに合わせて、夕闇が迫る空へと飛んでいたよ。翼を羽ばたかせながら、黒いフクロウは素早く北へと向かっていく。


 闇に融ける翼の色をしているから、すぐに見えなくなるだろう。さて、あれだけ急いで運んでくれたものだ。オレもすぐに聞かなければなるまい。気になることは、多いよ。この時間まで眠れたことで、問題は無かったことは分かるけどね……。


 スパイの指輪を右手の指でつかまえて、オレは左手で呼んだ『風』を、その輪っかへと送るのさ。『風』を注がれた指輪が、あの中年ケットシーの声でしゃべり始める。


『―――こちらは、マルコ・ロッサ。端的な質問だけど、本当にこの状況は君の『策』であっているのだろうか?オレは、もっと、マイルドな『策』だと考えていた……大丈夫かな?オレなら、この状況はどうにもならない。君のおかしな目玉とか、不思議な仲間たちが、特別な解決策を持っていることだけに期待している』


「……あるよ、特別なメンバーたちばかりだからさ」


『―――すまないな、取り乱してしまった。さて……スパイらしく、情報を君に送るよ。時系列に沿って話そう』


 そうだな。そっちの方が理解しやすそう。オレは、寝起きの頭なんだしね。


『―――昨夜、君たちが『ジブリル・ラファード』を襲撃したのには、驚いた。彼女は誰かさんと同じく左の目玉を失ったようだ。彼女、総督を庇ったとか?さすがは、『カール・メアー』の巫女戦士だな。身体能力は、海軍の精鋭よりも上か。海軍新聞は、君たち海賊の卑劣さと、彼女の勇敢なる負傷を記事で紹介しているよ』


「『復活の聖女』サマの伝説に、また花が添えられたようで何よりさ」


『―――彼女は、ジョルジュ・ヴァーニエに気に入られた。命を救ってくれた美しい乙女には、あんな中年でも男心をくすぐられるようだ。ちなみに、彼女、タフな女だね。壊れた目玉を、その場で抜いたそうだよ。自分でね。そして、傷口も自分で縫ったらしい』


 ワイルドな女だなぁ……。


 さすがは『カール・メアー』の女狂戦士さんか。『異端審問官』の伝説としては、悪くないが……力強いエピソードだよ。ていうか、ちょっと力強すぎるかもしれない。


『―――今では、仮面をつけている。美しい花が描かれたものだ。ヴァーニエが、職人たちを叩き起こして、わずか3時間で作らせたそうだぞ。ロマンスがあるかもしれないと、女中どもが騒いでいるが、どうだろうな。たんに、理解されることが少ないサディスト同士の友情ではないかと、オレは見ているがね』


 サディスト同士の友情か……なんか、可愛さが足りない友情かもしれない。


 だが、その指摘は正しいんじゃないか?


 あの二人のあいだの絆は、恋愛ではなかろう。お互いの野心や衝動を満たすために利用している存在のように思える、少なくとも『ジブリル・ラファード』にはヴァーニエへの愛情は無いだろうが―――。


『―――まったく、『異端審問官』サマはタフだ。目玉を抜いて、自分で処置した直後から、不眠不休でお仕事をしている。覚醒剤の類いでもやっているのかもしれないな。まあ、とにかくだ……彼女は『海賊』に対してご執心だ。君たち『海賊』が、彼女のうつくしい目玉を切り裂いたせいで』


 マルコ・ロッサは不機嫌そうだ。オレたちの行動を軽率だと評価しているのかもしれない。あるいは……殺しそこなったことへの注文か。


『―――どうせなら、殺しておけば面白かったな。彼女は『カール・メアー』のゲストだからね。どことも知れぬ道ばたで誘拐されたのならともかく、総督のお膝元である『オー・キャビタル』で暗殺されたなら、ジョルジュ・ヴァーニエへの政治的圧力になったのだがな。それを、あえてしなかった。つまり、君らの『策』は最大の敵である、あの二人をも利用しているということか……』


 分析されると、近いうちに看破されてしまいそうだな。


『―――本分を忘れるところだったな。そうだ、スパイとは分析屋ではない。オレたちは情報を仕入れるだけ。それも、現地で手に入れた素直な情報をね。そうだよな、ソルジェ・ストラウスくん』


「くくく。オレは、スパイじゃないはずだぜ……」


『―――自分の目玉を奪った『海賊』への復讐心は壮絶らしい。彼女は『串刺し棒』なる名前がついたアイテムを、『バッサロー監獄』に運び込んだ。彼女が前任地で、愛用していたアイテムらしい。名前から分かるだろうが、串刺しに使う棒だ。『何』を串刺しにするつもりかは、オレの口で言わなくても分かるだろう?』


 ……『嘘つきさん』たちを、串刺しにする道具だろうな。つまり、『異端審問官』として、『正道』と認めなかった全て……亜人種や『狭間』の連中を、ジブリル・ラファードは串刺しにしたかったのか。


 前任地の人々は、狂気のクソ女がどこかへ消え去ってくれて、さぞや気持ちいい日々を過ごしているだろうよ。ジブリル・ラファードちゃんがいなくなるだけで、町の空気が美味しくなりそうだ。


『―――その棒の犠牲者は、出たのか、出ていないのか。彼女は、その仕事風景を、護衛の兵士にさえ見せなかったらしい。まあ、護衛の兵士も見たくないだろう。ヒトの体にあんなクソデカい鉄の棒を刺すんだぜ?……サディストってのは、きっと、日常生活がヒマすぎて楽しめないだろうな』


 過剰な暴力でしか快楽を得られない。そうだとすると、たしかに平和な日常生活に向いていなさそうだ。侵略者には、ある意味で向いている側面を持っているのかもしれない。


『―――とにかく、そんな血に飢えた『異端審問官ジブリル・ラファード』の前に、海賊のお姫さまが連れて来られるってわけだ。君たちは、これを許容したのか?……そうだ。君らが西岸部の砦を竜と一緒に焼き払ったという知らせがね、総督府を慌ただしくさせた後だ。フレイヤ・マルデル捕縛と、『ヒュッケバイン号』拿捕のニュースが入った』


「……そうか。こちらの予定通りだよ」


『―――フレイヤ・マルデルは檻に閉じ込められたまま、市中を馬車で回ったぞ。彼女が若く美しい女性でなければ、ロープで引きずられていただろう。だが、結果としては檻と馬車だった。君たちがそこまで計算していたのなら、感心するよ。さて。彼女は、その屈辱的な行為を微笑みで耐えていたそうだ』


 オレたちがフレイヤ・マルデルを『守れなかった』ことに、マルコ・ロッサは怒っているようだな。『最も守らなければならない存在/フレイヤ・マルデル』を敵に捕らえられたのだ。そのそしりは甘んじて受けよう。


 皮肉と怒りと失望。


 中年スパイの声から、それらを感じるのはオレの被害妄想ではないだろう。


『―――彼女は、ヴァーニエと会ったらしい。どんな対話だったのかは分からない。おそらく建設的な言葉が交わされることはなかったのだろう。結果として、ヴァーニエは三十分後に、『異端審問官ジブリル・ラファード』へ、フレイヤ・マルデルを引き渡したぞ。マルデル嬢は稀代のサディストに拷問を受けることになるだろう。オレは……救助すべきかな?……その命令を受けていない。オレは動かないことを選んでいるが、それは本当に正しいことなのか……』


 スパイは感情的になっている。


 そうだな、フレイヤ・マルデルが拷問を受けるという現実は、あまりにも心苦しい。マルコ・ロッサならば、彼女を『バッサロー監獄』からでも連れ出すことをやれるかもしれない。


 だが、いい判断をしてくれている。


「―――何もするなよ、マルコ・ロッサ。フレイヤにとっては、『その場所こそが、最も安全なんだ』……」


 『ジブリル・ラファード』の『拷問室』こそがね。


『―――オレはスパイだ。君らへ提供する情報を集めるだけの仕事だ。でも、今、その哲学を徹底させていることが、かなりキツい。オレは無力なわけではない。彼女を助けてやろうと思えば、助けてやれる。だが……オレは、君を信じている。『策』があるのだな?フレイヤ・マルデルを犠牲にしない方法で、君は行動していると信じている……』


「……ああ。信じてくれていいぞ、マルコ・ロッサ」


 この言葉を輪っかに閉じ込めただけの、いわば手紙みたいなモノに、オレはそんな言葉を捧げていた。なにせ、彼があまりにも苦しそうな声をしていたから。


 彼には、話しておくべきだったのかもしれない。


 だが……君は敵地に潜入している身だからね。


 まさか、うちのフクロウどもは、速度優先でね。堂々と君のもとに飛んでいくのさ。そいつは、君を窮地に追い込むかもしれない。だから、こっちから連絡を入れることは出来ずにいる。


『―――失望させないでくれよ。ソルジェ・ストラウスくん。オレは、君の主張する『未来』のファンでいたいんでね。はあ……ヒトを信じようとする行為は、なんて難しいんだろう。君を疑って、己で行動したい欲求との戦いは、胃腸に悪い』


「ああ。そうだろうな」


『―――だが、それでも君を信じる。それは、オレが、ルードのスパイであり、君は、女王陛下の寄越した騎士だからだ』


 くくく。


 いい言葉だ。


 クラリス陛下への忠誠心を感じさせるよ。君の魂は、どんなに磨り減ったとしても、やはりルードのスパイとしての鋭さを失わないのだな。


『―――君を信じた上で、プロフェッショナルとして、情報を提供する……フレイヤ・マルデルの処刑の時刻は、今夜12時と決まったぞ。彼女は、帝国軍船を37隻沈めた『凶鳥』、『ヒュッケバイン号』ごと焼かれる』


「船ごと……?」


 そうか、アリューバ半島の葬儀の形式だったな。オレは見たな、『ブラック・バート』の『砦』で……死者たちは酒で清め、胸元に花を捧げられ、船に乗せられる……そして、フレイヤ・マルデルは『炎』を呼び、彼らを海賊船ごと火葬したな。


『―――この土地の伝統的な葬儀をモチーフにした、処刑方法だよ。メッセージ性が強い。海賊たちの抵抗運動の『死』……それを、表現する方法だ。アリューバ半島の民には、その処刑方法は、心に響くぞ。その処刑の光景が広まれば、民衆の闘争心を、大きく挫くだろう。君が想像している以上に、『ヒュッケバイン号』ごと彼女を火葬するという処刑方法は、大きなインパクトがあるんだよ』


「……抵抗の『象徴』の『死』か。なるほどな。たしかに、それは大変な影響を及ぼすだろうよ」


『―――処刑は、12時だ。それだけは忘れるな。そして……この急すぎる処刑の意図も考えてくれよ。ヴァーニエは、『自由同盟』にビビっている。君らが西の砦を焼いたからね。だから……軍を動かす。国境に集めて、守りを固めるつもりだ』


 フン。『力』で砦を壊すなんて、ムチャなマネをした甲斐があるぜ……。


『―――国境の守りに全てを集める。そのために、『邪魔モノ』を消したいんだ。トーポに集まっている抵抗勢力を仕留めにかかるっことだぜ。トーポの抵抗勢力を挫くために、フレイヤ・マルデルは今晩処刑されるんだ。明日には、トーポは再び戦場になるぞ』


「……ああ。ぜんぶ、想定の範囲内さ」


『―――オレの言葉を聞いて、想定の範囲内とか言いながら、悪者みたいなイヤな笑みを浮かべてくれていることに、オレは全力の期待を捧げるよ。オレに用事があるのなら、ホテルに行け。『新たな協力者』がいる。オットーくんの身内がな。それじゃあ。頼むぜ、ソルジェ・ストラウスくん……』


 その言葉を最後にして、その輪っかは沈黙するのさ。オレは魔術を止めて、指を曲げて、スパイからのその情報を握りしめる。砂浜に立ち上がるよ。


 トーポの民衆が騒ぎ始めているから―――敵サンのスパイも有能だ。フレイヤ捕縛のニュースをばらまきやがったな、『ダベンポート伯爵』さんよ。だが……墓穴を掘ったな。『エルフ族だけは動じていない』。


 そうだ。この情報戦は、オレの勝ちだ。フレイヤと『合流』する前に……貴様を仕留めておくよ、『ダベンポート伯爵』……本名レイ・ルービットくん。


 いや、君にはまだ名前があるらしいな……『マケット・ダービー』。『ブラック・バート』の海賊よ。



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