第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その30
ゼファーは植林地の丘を目指す。丘の頂上には、立派なバリスタとカタパルトがあった。ロバが荷車を引いて、そこに岩のかけらを集めていた。投げつけるものが足りないとみたのか、木こりたちは大急ぎでそこらの木を切り倒している。
なるほどな。
岩と混じって、丸太を手頃なサイズにカットして弾にするってわけだ。岩と飛距離の違いが出て、いい散弾っぷりを発揮するかもしれない。カタパルトの便利なところだ。何でも投げられる……もちろん飛距離の調整は難しくなるが。
そこはベテラン。
長い人生でこんなことを何千回かやって来た男の指揮なら、どうにかなるだろう。
ゼファーが空中で翼を激しく羽ばたかせ、カタパルトの上空に『浮遊/ホバリング』する。
「ジイサン!!カタパルトで攻撃してくれるか!?その散弾を浴びせた直後に、オレがゼファーで突撃をかける!!敵を寸断させて、猟兵が蹴散らす!!そのあとは、森にいる弓兵たちが、各個撃破だ!!」
「ハハハハハハッ!!面白い!!竜と無双の猛者どもと連携するか!!これほど、楽しそうな戦は久しぶりだッ!!」
「ああ。楽しませてやるよ。たかが300すぐに沈めるぞ。準備は出来たか?試射はしたのか!?」
「試射などいらん!!こちとら、年中木と対話している!!」
「そういえば、彫刻家だったもんな!!」
「そういうことだ。彫刻であり、騎士だ!!ワシは、このカタパルトちゃんを、自分親指のように知り尽くしている!!この美しく太い木は、狙いを外すことなど無いッ!!」
「いい自信だッ!!一撃、喰らわせてやれ!!レパントの一族の、力を見せろッッ!!」
「おうともよ!!野郎どもッ!!いくぞおおおおおおッ!!綱を引けええええッッ!!」
「わかったジジイ!!」
「引けえええええええええええええええええッッッ!!」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
力自慢の頭の悪そうな木こりどもが、知性の代わりに養ったバカみたいにデカい筋肉を躍動させて、カタパルトの綱を引いていく。カタパルトの出力源が、クソデカい岩の固まりが、男たちの腕力と体重に引っ張られて、グングン空へと向かってせり上がる。
『うわあ。おおきい!ひとのちからで、あんなおおきな、いわが、あんな、たかくに!』
「そうだぜ、竜ちゃんよッ!!ヒトの力を舐めるんじゃねえッッ!!片腕ドワーフの腕力だってなああ、十分に、帝国の邪悪で貪欲な豚どもを、ぶっ殺せるんだああああッッ!!」
ジジイが笑うよ、復讐鬼のスマイルで!!
「一族の魂たちよッ!!半島の風に混じり、海の白波に遊びながら……ワシの執念をおおおおおおおおお!!見るがいいッッ!!皆の衆、ロープを放せええええええええええええええええッッッ!!!」
セルバー・レパントの隻腕と、木こりたちの指が、その荒縄を手放していた。物理学の時間だ。あの天へと向かってそそり立つ、荒々しい巨岩が、星の引力に惹かれて落ちてくるぜ。
ああ。長い柄が、その巨大な重量に引き下げられる。アリューバ半島の強い木ならではの頑丈さだ。こんなパワーに耐えられるとはな。いや、エルフたちの祝福が刻みつけられているな。
なるほど。アリューバ半島の知恵と力と種族の結集した一撃か。復讐と反撃の狼煙となるには、これほど相応しいものはない。
「いけえええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
大地を揺らす、雷鳴のような叫びが、歌となって半島の風に力を与える。
レパントの一族の執念が、大型カタパルトの柄をスイングさせて……持ち上げられた巨岩の位置エネルギーが、暴力的な加速へと化けていく。柄の反対側にあった魔獣の革に包まれた岩と木片どもが、空へと解き放たれていた。
レパントの英雄たちのように、それらはまっすぐと空へと突撃したよ。
木片と岩が空で別れていく。物理学は継続しているよ。丸い岩の方が、意外と岩よりも遠くへと飛んだ。空気抵抗の問題だろうな。重いか軽いかよりも、形状が問題。ギンドウ・アーヴィングは語っていたな。
オレはまた一つ世界の不思議に触れた気持ちになりながら、鉄靴の内側をゼファーの黒ミスリルの鎧にぶつけて、カチンと澄んだ鋼の歌を奏でる。
『わかった!!』
ゼファーが飛んでいた。渦巻く風を丘の上に残して。その漆黒の翼で、オレと共に、あの高速で飛来していく岩と木の弾丸を追いかけるのさ。波状攻撃だからな、この突撃は。
『ちゃくだんするッ!!』
「ああ、楽しみだぜええッ!!」
高速に縮む世界のなかで―――オレは復讐者の一撃を見物するよ。落ちるのは岩の方が早かったな。帝国兵士の300人の隊列は、この村にカタパルトがあるのを知らなかったようだな。
そのあたりもジイサンが計算している。植林された背の高い杉がブラインドになる。目隠しさ。地上を歩く者たちからは、丘の上にあるカタパルトなど見ることが出来ない。
森を歩き、復讐の計画と共に、ブツクサと口で独り言を漏らしていたジイサンは、いつも貴様ら侵略者の頭をかち割ることばかり考えていたのだろう。最高の仕事だったよ。
岩の欠片が、侵略者の頭上に降り注ぐ。
300人の群れの後半にいる連中が、復讐の執念を帯びた岩の頭を潰されていく。兜など、この威力の前には紙も同然。威力は鉄を引き千切りながら、薄い鉄にに守られた頭蓋骨を潰していく。
丸い石を選んでいるからね。殺人を果たした後も、その石は地面を転がり、帝国兵の細脚をへし折っていくよ。
さらに第二陣が迫る。ムチャクチャな軌道で回る木片だ。こいつは手前の敵たちを打ち殺していく。そして、石よりもさらに転がりがいい。地面を跳びはねながら回る丸太の欠片が、ヤツらを轢き殺していく。
帝国兵の陣形をも、ジイサンは見切っていた。
いい訓練をするし、組織としての規律は高いからね、帝国の兵隊どもは。それだけに、読めるというわけさ。
ジイサンは、この道が緩やかな傾斜地であることも計算していた。丸太がよく転がり300人の敵兵は、大きく慌てている。
「大チャンスだ!!ジイサンの……いや、セルバー・レパントの一族の復讐に、花をそえてやろうッ!!」
『うん!!』
「ゼファー!!歌えええええええええええええええええええええええええッッ!!!」
『GAAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHッッ!!!』
竜の歌と共に、灼熱を帯びた、金と赤の輝きが激しく踊るように混ざる。超高熱量のブレスが、風を起こして巻き上がるように躍動している。灼熱の輝きが、混乱する敵兵の頭上から降り注いでいく。
主に狙いをつけていたのは、前方と後方に降り注いだ攻撃に、怯んで止まり、固まった中央さ。そこに、竜の劫火が爆熱を加えた!!
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッ!!!
大地が焼き払われて、熱を浴びた兵士の体がヒトの形を失っていく。これでまた数十人の命が消し炭になった。
ああ、大混乱だよ。血肉が焦げた黒い臭いと煙が、焼けてとろける大地から、湯気と混ざり風に融けていく―――。
敵陣を飛び越えたゼファーの背で、オレは冷酷なハンターになる。
弓を引き絞る。狙いは、どれでもいい。動いているヤツだ。オレは矢を放つ。リエルほどではないが……オレだって、たかが200メートル先の的を外すほどの下手クソではないのだ。
誰かが背中を射抜かれて、倒れる。気にしない、次を殺すために、矢をつがえるぜ!
兵士たちが、焼ける大地の熱風に苦しみながら、空で踊る殺戮者を見上げてくる。いいぜ。オレたちを見ていろ。それでいい。視線を、後方に向けろよ。注意と意識をこちらに寄越せ。
いいねえ。
オレたちを射殺そうと弓を構えている……そうだ。それでいい、それを誘うために、オレとゼファーはわざわざ低空でいる。
「竜だあ!!」
「ほ、本当にいたぞおおおッ!!」
「い、射殺せ!!」
「同時に撃てば、あの魔物どもだってッッ!!!」
怯えながらも攻撃を考える。訓練に頼った動作だ。悪くない集中力でこちらを見ているな。
だからこそ、貴様らは気づけない。神速を帯びて突撃してくる。オレの愛するロロカ・シャーネルにな!!
「でやあああああああああああああああああああああああああッッ!!」
『ヒヒヒヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッ!!』
裂帛の気合いを帯びた、ユニコーン・ナイトが戦場を襲撃する。地上を最も速く走る巨大な生物が、史上最強クラスの天才槍術を振るう美女と共に戦場を走る。
走りながら踊る『白夜』の上で、ロロカ・シャーネルの腕と、しなる背中があの長い馬上槍を自在に暴れさせる。
右にいる兵士の頭を刃で切り裂き、左にいた兵士の頭を石突きで破壊する。槍の突きを素早くラッシュさせて、疾風を帯びたその突きが、風と共に敵兵の肉体を一瞬で破壊させていく。
回る槍が数名の肉体を切り裂いて、振り落とされる槍が敵を兜ごと斬り捨てる。
先端をおさげにまとめた長い金色の髪が、禍々しいほどの殺戮が放つ血霧のなかを駆けていく。ディアロスの『突撃槍術』は変幻自在だ。突き刺して切り裂いて、回転して打撃して、ユニコーンの蹴りで敵兵を打ち崩す。
『水晶の角』による、完全な連携が、その究極の武術を実現させるのだ。
敵兵は悲鳴を上げる時間さえもなく、肉体に致死の破壊を加えられる。馬上にあることで、器用さを失うのは、せいぜい超一流の槍術家の常識だ。
『それ』ごときよりも、はるかな高みにいるディアロスたち……さらに、その中の頂点と謳われる『天才ロロカ・シャーネル』は、愛馬と一つになることで、その器用さを増す。ユニコーンに命じているからね、どう動けば、戦場で敵を効率良く殺せるかを。
突撃しながらの、槍術の舞いだ。
接近戦であれを崩すのは、オレでも至難の業だろう。
だから、多くの場合……。
「―――弓で、撃てえええええッ!!」
「あのディアロスを、射殺すんだあああああああああッッ!!」
……当然の対策だ。
そいつは有効だよ、とんでもなくね。
だけど……『白夜』がロロカを守っているのさ。
『ヒヒヒイイイイイイイイインッッッ!!!』
隊伍を組んだ弓兵たちに、『白夜』の『水晶の角』が『雷』を撃ち放つ。『雷』は肉と大地を伝いながら、その4人の弓兵を一瞬で焼き殺していた。それに、オレも、上空から弓兵をメインに射殺しているのを、忘れるな。
「でやあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
最強の女騎兵が『水晶の角』と、あの水色の瞳を必殺の闘志に輝かせながら、霊馬の『雷』をその突撃にまとわせて槍のラッシュを速射する―――崩れかけていた敵陣を、破壊しながら戦場を突っ切っていた。
人類史上最強の突撃の一つだろうな、間違いなく。雷神をまとう神速の騎馬が、至高の槍術で鋼の五月雨を放ってくる。生き残れた者は、たんに幸運なだけのことさ。
「ば、ばけものだああああああああああああああああっ!!」
「つ、つよすぎるううううううううううううううううッ!!」
バケモノではなく、魔王の后の1人なだけだ。
とてもやさしく聡明な大人女子だ。
ロロカ・シャーネルと『白夜』は、この突撃だけで47人も殺してみせたよ。さすがは『パンジャール猟兵団』における、最強の槍術家とその愛馬ってことさ。
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