第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その31
ロロカ先生と『白夜』の突撃に圧倒されて戦場は沈黙する。
だが、オレたちは少数精鋭。数を活かした敵と戦うのは辛くてね。だから、連携しなくちゃならない。そうさ、もう一人の天才が襲いかかるぞ。これは波状攻撃。木石の雨、竜の劫火、無双の騎兵の突撃―――それだけじゃない。
「さあ、行きますよ!」
敵から奪った黒馬に乗ったオットー・ノーランが、ロロカに切り裂かれた戦場をさらに引き裂きにかかるんだ。あの長い四節棍を馬上で踊らせるよ、霊馬の突撃に寸断された敵兵の群れに、馬上から棍を振り回しながら、敵を打ち崩していく。
さすがにユニコーンほどの圧倒的な破壊力はないが、陣形が崩れて、かなり密度が薄くなっている敵の群れに襲いかかって行く。空にいる竜に、背後へと突破されたユニコーン、それに比べると、威力はないが……脅威的な武器が一つだけあるのさ。
三つ目が開いている。
サージャー族の能力、『絶対的な空間把握』だよ。
揺れる馬の背にありながらも、オットーの振り回す四節棍は異常な精度を誇り、敵兵の頭を打ち抜いていく。ああ、なんという効率の良さなのか。
オットーもまたたく間に16人仕留めるが……馬の脚が限界と判断したのだろう、オットーの体は影のように気配乏しく動き、ぬるりと馬から下りていた。並みの兵士には、彼がどうやって馬から下りたのかさえ分からぬだろう。
腹ですべるようにして、高速の馬から下りる。とんでもない曲芸だ。しかも、恐ろしいことに、オットーは飛び降りた次の瞬間には全速力で走り始めていた。身体能力の高さも、彼の武器だよ。
敵兵の視界が、二手に分かれてしまう。戦場を駆けていく無人の馬にさえ、視線が誘導されていた。
……あのオットー・ノーランから、視線を外したというわけさ。
愚かなことにね。
そうだ。オットーは敵陣の完全な突破をしたかったのではない。敵の『中央』に移動する『ついで』に、敵兵を掃除していただけにすぎない。
敵の中央部を、オットーは駆け抜けていく。身を低く屈めながら、四節棍の薙ぎ払いが敵兵を2人の頭を同時に打撃する。それだけじゃない、オットーは、その敵兵たちを投げ飛ばしていたよ。
とんでもない剛力なのさ。鍛え上げられたあの肉体は、脂肪がゼロ。下手すれば細く見えてしまうが、その肉体は強靱な筋肉の塊である。投げ飛ばされた敵どもが、敵の群れに落下する。兵士たちが下敷きになるよ。
それもオットーの予測の通りさ。三つ目を全開にしている時のオットーは、戦場の全てを見ている。敵の動きの全てを見切っているんだよ。だから、オットーにとって戦場の中心なんて場所は、何の苦にもならない場所である。
「ころせえええええええええッッ!!!」
「この地味な男から、ころすんだあああああああッッ!!!」
「しねえええええええええええええええええええええッッッ!!!」
そして、兵士たちは『パンジャール猟兵団』で、最も『堅守』なる人物を誤解する。威力は少ない。だが、誰の攻撃も当たらない。そして、最小限の動きで反撃を加えていく。敵が死ぬか戦闘能力を喪失する程度に、ギリギリまで抑えられた一撃でね。
『全てを見切っている』。だからこその、最適なカウンターさ。避けながら、軽い一撃で壊していくよ。槍を耳元から一センチだけ外して避けながら、伸ばした棍で敵のノド元を破壊する。
斬りかかられた剣を、回転しながら躱しつつ、裏拳じみた掌底ひとつで、そいつの側頭部を打って首を折る。なんとも見事だ。アレは、オレにもマネ出来ないな。あそこまでの省エネで敵を殺しまくる。三つ目がないと、きっとムリだ。
どの攻撃も『最低限の動作でしか避けていない』。それゆえに、敵は攻撃を当てられそうだと誤解してしまう。だから、兵士たちは血気盛んにオットーに迫るのだが……またたく間に15人が殺されていた。オットーは、もちろん無傷だよ。
「……な、なんだ、こいつ……ッ」
「あたらねえ……?」
「それどころか、ど、どんどん、オレたちが……こ、殺されていくうううッ!?」
歩兵たちが怯える。そして、彼らはこの静かなる怪物を仕留めるために、騎兵を頼った。崩壊しかけている騎馬兵たちが、オットーを殺すために連携し、戦場を駆ける。その程度でオットーに手傷を与えられるとは思わない。
だが……オットーにもムダな体力を使わせるわけにはいかないのだ。オレは命じるよ、森のなかに潜み、敵に狙いをつけている狩人たちにね。
「今だ!!敵の騎馬を射殺せッッ!!」
狩人たちが、この道に生える杉林から矢を放ったよ。ウサギや鳥を射る連中だ。騎兵に矢を当てることなど、容易いことさ。
30人ほどの狩人たちが、矢を一斉に戦場へと放っていた。オットーに迫ろうとしていた騎兵たちが、その矢の雨に射殺される。
「そ、そんな……ま、まだ、潜んでいたのかよ!?」
「いかん、総崩れだ……て、撤退だああああああああッ!!」
敵兵たちが、逃げ始める―――ふむ。悪い判断ではない。だが、投石兵器のことを知られるのはつまらんな。この場所は、最も敵を容易く殺せる場所だ。現に、たった3分の内に、230人は殺してる。殲滅させてもらうぞ。オレは、狩人たちに命じるよ。
「撤退させるな、帝国人どもを、背後から射殺せ!!」
狩人どもが森からあふれて、次々と矢を放つ。容赦はない、帝国人は、昨夜、彼らの町を焼き、襲い、大勢殺した。この狩人たちは、復讐心が強いんだよ。殺意に満ちた歌が、この森に響き渡っていく―――。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
「撃ちまくれええええええええええええッッ!!」
帝国兵どもの殲滅が始まる。だいたい、撤退出来ると思うなよ?君らの背後には、ロロカ先生と『白夜』がいるんだぜ。そして、オレもさっきから矢で、人殺しを続行中だ。地味に12人も射殺しているけど……あんまり、目立っていないのかな。
とにかく矢攻めは続行さ。逃げようとした帝国兵を、矢が射殺していく。そして、ロロカ先生と『白夜』は、その逃亡を許さずに、踊りながら暴れて、蹄と鋼と『雷』で殺していくんだよ。
狩人たちを殺そうとして、反転した兵士には……守護神オットー・ノーランが襲いかかる。オットーは、狩人たちを守る『壁』だ。彼の後ろに、帝国兵士が進むことはなかった。撃たれた矢さえも、オットーの四節棍が伸びて、空中で叩き落とした。
だからこそ、戦の素人である狩人たちも、ただ敵を射殺すことに夢中になれたのさ。
無敵の盾に守られながら、一流の射手が矢を撃ちまくる。
こうなれば一方的な殺戮は加速するよ、けっきょく、この戦闘は5分もかからなかった。
「ロロカ!!オットー!!敵の装備を回収し、使えるモノを引っぺがせ!!」
「了解です!!ソルジェさん、こっちはカタパルトの痕跡を処理しておきますから、海の方の援護に回って下さい!!」
「わかった!!オットー、敵の隠密がいないか、探っておいてくれ」
「お任せ下さい。森にも、罠を仕掛けておきましょう。偵察兵が入りそうな場所に」
「頼んだぜ」
さすがは猟兵たち。オレの指示など不要だったか。
だが……狩人たちには指示がいる。
彼らは皆、兵士ではないのだ。
「みんな!あの2人に従ってくれ!そうすれば間違いはない。それと、良い腕だったぞッ!!君たちとなら、この戦に勝てるッ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
「竜とアンタもスゴかったああああああああああああああああああッッ!!」
「サー・ストラウス、海の仲間たちも、助けてやってくれええええええええッッ!!」
「ああ!!行くぞ、ゼファー!!」
『うん!!海に向かう!!』
オレはゼファーに指示を出して、翼で空を叩かせる。
ゼファーはまたたく間に空へと昇る。
褒めるために首を撫でてやるのさ。
「……よくやった。300人仕留めて、こっちは死者ゼロ。いい仕事だった」
『えへへ!みんなのおかげ!みんなで、ちからをあわせたからだよ!!』
至高の存在。生態系のピラミッドの頂点に君臨する、最強の生命体、竜。その中でも、『耐久卵の仔』であるゼファー……竜族の中でも、最も闘争心と孤高の魂を持つはずの存在。
その仔が、ヒトの力を褒める。
ヒトとの共存を認めている。
その事実が、うれしくてね。
オレは指でゴシゴシとゼファーの首根っこをなで回したよ。
『あははははっ!くすぐったいよ、『どーじぇ』っ!!いま、せんとうちゅうだから』
「ああ。そうだな。あんまり遊ぶと『マージェ』に怒られちまう」
うちの正妻エルフさんは、ふざけてると、ちゃんと怒ってくれる、いい女子だ。
『うん。いま、きっと……『あのふね』で、てきのふねを、しずめているんだね』
「間違いなくな。そうすることで……オレたちは、『最適の進軍ルートを確保できる』」
『さくせん、すごく、だいじだね!』
「ああ」
『それがあるだけで、てきのうごきも、あやつれる!たくさんを、まもれるよ!』
ゼファーが、ヒトごときの作戦の重要性まで、理解し始めてくれている。竜にとって、それはなかなか難しいコトだ。強すぎるから、作戦を嫌うものも多い。力に溺れれば、竜とてヒトの滅ぼされることもあるというのに……。
知恵の持つ『強さ』、それを最強の生命体が理解することってのは、難しい。戦えば殺せるんだ。だから、知恵や策略を理解することに対して、本能的に興味が薄いんだよ。
でも、幼いゼファーは、すでに理解している。
知恵の持つ『強さ』をな。
……『ドージェ/父親』として、こんなに嬉しいことはないぜ。賢さを帯びた竜は、戦で死ぬことは、ほとんどないからだ―――今後の戦は、敵も竜を研究してくるだろう。だからこそ、ヒトがどんな策略を使い、強敵を仕留めようとするのかを識ってくれ。
そうすれば、きっと……お前は戦場で死んじまう確率が、より低くなるんだからな。
「……そうだ。オレたちは、数が少ない。だが、作戦を使いこなせば、より多くの敵を倒すことが出来るんだ。作戦を使って、この大陸にウジャウジャいる帝国の兵士どもを、片っ端から、皆殺しにして行くぞ!!」
『うん!!』
ゼファーは敵を睨む。金色の瞳に力を込めて。
そうだ。今度は東の海の上にいやがる。帝国の大型軍船が四隻だ。
海上での戦いは、『霜の巨人』たちとの経験がある。
だが……今度はヒトが相手だ。しかも軍人。弓矢もあれば、バリスタもある。至近距離でカタパルトを撃たれると、なかなか笑えないダメージを負いかねない。
難敵ではあるぞ。
だからこそ……とんでもない数との艦隊戦をする前に、たったの四隻を相手に戦えるのが嬉しいね。
『リバイアサン』の海賊船が四隻いる。その指揮をしているのは、ジーンではないが。ジーンに勝るとも劣らない知略を持ち、その精神力はジーンをも上回る、海賊船長女子、姫騎士フレイヤ・マルデルと一緒だ。
なんとも、心強いじゃないか。
フレイヤは、ジーンが着ていたコートを着ているな。なんか、ぶかぶかだけど、そこが可愛いね。船長代行という意味かな……?ジーンくん、あのコート着てもらえて、死ぬほど喜んでいそう。
ああ。ハーディ・ハント大佐、あのヘタレを待っている女子がいるんだぜ。早めにヤツを返却してくれると嬉しいんだがね……。
「……ゼファー、フレイヤのところに行くぞ。今度の戦いは、彼女の指揮で学ばせてもらうぞ。オレたちは、海での素人。彼女のアドバイスを聞いて、より強い竜騎士と竜になるぞ!」
『うん!!ふれいやのところに、おりるよ!!』
ゼファーの体が右に傾いて、オレたちは空をすべるように降りていったよ。
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