第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その29


 敵を見つけたゼファーは見張りたちに報告する。地上に降りて、彼らに直接話したというわけだ。伝言ゲームのスタートだ。見張りたちが、警鐘や警笛を鳴らす。


 それを聞いて、トーポに避難して、村を守ろうと武装していた若者たちに緊張が走る。避難してきた人数は多く、村の人口はすでに7000を超えている。健康な亜人種の男たちだけでも、2000はいるが……武装は貧弱だ。


 サーベルが100本前後に、あとは急ごしらえの弓と、棍棒……当然ながら、鎧をつけた者さえいない。まあ、鎧は重い。使いこなすためには、それなりの経験がいるものだから、素人向けではない。


 海上戦力は『リバイアサン』の海賊船が4隻だ。帝国海軍の軍船と数は同じ。サイズはあちらの方が大きい……。


 とはいえ、数だけならば、こちらの方が圧倒的に多い。その事実が、オレを苛立たせるんだよな。


 『竜鱗の鎧』を身につけていきながら、オレは副官ロロカ・シャーネルに語る。彼女はオレの脚に鋼を巻き付けてくれている。鎧を着るのを手伝ってくれているのさ。


「……魔笛で、他の土地からの連絡はあるか?」


「はい。エルフの娘たちが、聞いています」


「……だろうな。たったアレだけの戦力。少なくはない。民間人だらけの村を破壊するには、ある意味で十分な戦力ではある……だが、もっと多くの戦力を投入すれば、より容易く勝てたはずだ」


 それをしていない理由は、ただ一つだけ。


「……他の場所も、同時に攻撃している。だから、このトーポに攻めてくる敵の数が、たったアレだけということだ……ッ」


「残虐な敵です。味方サイドにも不評を買うほどの破壊行為……だからこそ、内部からの圧力で行動が取れなくなる前に、攻撃してきた。半島の全土にある、亜人種主体の村を、同時に攻撃しているはず……」


「虐殺の嵐か……」


「あるいは……捕縛に方針を変えてくれているかもしれません。『カール・メアー』は拷問をして、ヒトの罪過を女神イースに告白させる任務を帯びた宗派ですから」


 さすがはオレのロロカ先生。インテリだ。『カール・メアー』についての情報も、たくさん持っている。


「なるほど。それが上手く作用すれば……死者の数は減るかもしれない」


「はい。おそらく、死者の数は減る。ですが……多くの村が焼かれてしまうでしょう」


「野垂れ死にをさせるか。男だけでも捕らえてしまえば、戦闘能力は皆無……」


「……もしかしたら」


 ロロカ先生が暗い表情をしている。


 あまりイイコトを思いついたって顔ではないのは明白だよ。


 それでもオレは彼女の夫であり……『パンジャール猟兵団』の団長である。


 聞かなければならない。


「ロロカ、何に気づいた」


「……帝国本土では、亜人種たちの逃亡が相次いでいます」


「そうだな。難民たち……前回、オレが行ったハイランド王国にも大勢が逃げてきていたよ」


「はい。その多くに奴隷たちも含まれている。帝国は今、労働力不足が起きつつあるわけです。だから……ジョルジュ・ヴァーニエは、この半島の亜人種の女子供を、奴隷として本国に売りつけるかもしれません」


「……奴隷貿易か」


「可能性に過ぎません。ですが、国境の南は、相当な戦力で固めています。大した武装をしていない民衆では、とても突破することは難しい……しかし、『カール・メアー』の戒律に従うほど、殺せる数も減る……女性と子供たち。抵抗力のない存在が残ります」


「……そうだな。捕まえるのは、容易い」


「ジョルジュ・ヴァーニエには商才はありません。残酷な殺し屋でしかない。ですが、経済的な危機を回避しつつ、このアリューバ半島から亜人種を排除するには……奴隷として本国に亜人種の女性と子供たちを売りつけるのが、手っ取り早い」


 ロロカ先生は表情を濁らせている。


 自己嫌悪もしているのだ。


「……こんなことを、想像する自分が、イヤになります」


 唇を噛みながら、彼女は立ち上がる。


 オレは『竜鱗の鎧』を身につけ終わっていたのさ。


 だから、オレも立ち上がり。曇る彼女の頬を撫でる。篭手の分厚い革越しだけど。心は通じるだろう。


「君は分析してくれているだけだ。ジョルジュ・ヴァーニエの行動を」


「……ソルジェ団長っ」


「おそらく、その分析は当たるよ。ヤツには政敵が多い。失脚経験のあるヴァーニエは弱い。すり寄ってくる者には、徹底的に甘くなる。人買いのクズどもが寄ってくるのなら、アリューバ半島を出発する船は、奴隷船ばかりになる―――」


「……はい。そうだと思います」


 彼女は暗い顔だった。


 そうさ。


 彼女の聡明な頭脳はね、本当はもっと学術的なことを考えていたいはずだ。彼女の子供のように純粋で、とんでもなく深い好奇心は、世界の秘密を解き明かすことに必死になりたいはず。


 そこらにある地下の遺跡を見つけても喜ぶ。


 土器の欠片に、オレたちには到底分からぬ意味を見つける。


 鳥を見て、花を見て……オレには違いも区別もつかぬ、草木の名前さえも把握している。


 その知識と頭脳は……きっとね、侵略者の総督が、難民となった亜人種を捕まえて、奴隷商で財を成すなんてクソみたいな予測を弾き出すために使うべきではないのだ。


 だが。


 すまないな、ロロカ・シャーネル。


 君の頭脳が、オレには必要だ。


 いや、オレだけではない。このアリューバ半島を生きる、亜人種たちや、それと共存して行こうとしている人間族のためにも、必要なんだ。


 オレは悲しそうな彼女を抱きしめてやる。


「ゴメンな。戦いのことばかり、考えさせて」


「……いえ。いいんです。私は、ソルジェ団長の副官ですから。それに……ソルジェさんの妻ですから」


「ああ。だから、今は……戦術をくれ。陸上戦力から、片付けようと思っているんだ。ヤツらの方が、早くこちらに届く」


「……いい判断だと思います。すでに、固定式の大型バリスタとカタパルトが二基ずつ、計四基ほど完成しています。トーポの東の岬と、北の丘の上。ほとんどの角度を狙えます」


「さすがだな」


 セルバー・レパントの執念が形となっている。たった数時間で建てたか。つまり、出荷する予定の『材料』があったということだろう。だからこそ、ジョルジュ・ヴァーニエは、このトーポを破壊しようともしていたのかもしれないな。


 だとすると、目論見は外れたな。


 ざまあみろだぜ。


「バリスタとカタパルトの材料はまだあります。ですが……バリスタの方は、まだ『矢』が数本しか完成していません。カタパルトで、岩の破片を放り投げることは出来ます」


「……弾数に不安が残るな。今後のサバイバルを考えると、あまりムダ撃ちは避けたいところだな……」


「はい。敵兵は、細い道を進んできています。カタパルトで岩の雨を降らせ、直後にゼファーちゃんの火力で打撃しましょう。そうすれば……敵は分散して動きます。その薄さならば、私とオットーさんの騎馬の突撃だけでも突破し、切り崩せます」


「森にはエルフの弓使いもいるか」


「ソルジェ団長も、弓を使えますよね」


「ああ。もちろんな。武芸の基本だ」


「ソルジェ団長は長距離移動と、連戦で体力が減っています。肉弾戦を減らすためにも、西から来る歩兵を減らすには、弓矢で上空からの攻撃に徹してください」


 肉弾戦の禁止命令か。


 たしかに、体力と魔力に疲弊を感じる今、それをやれば……明日からの戦いにも差し支えが出そうではあるな。


 そして、何よりも副官の命令だからね。


「わかった。君の言う通りにする。だが、状況次第では、ゼファーと別れて肉弾戦もするよ」


「もちろんです。ですが……極力、疲れないようにして下さい。あなたは、もう疲れすぎているんですから」


「……ああ。体力の管理もプロフェッショナルの仕事だ。ありがとう、オレは猪突猛進すぎるから……君の知性がないと、やはりダメだ」


「えへへ。そうです。私、なかなかやり手の副官なんですよ」


 ようやく彼女の笑みが見れたよ。


 だから、もう準備は完了。


「行動を開始するぞ」


「はい!」


 オレは眠っているミアに、指を振る。行ってくるぞのサインだ。気配を感じたのか、ミアの耳が一瞬だけ動く。でも、睡眠をつづける。それが仕事なのだからね。彼女こそ、真のプロだ。今夜の警備と、暗殺任務に備えているんだよ。


 町長の家から出ると、そこにはゼファーが待機していた。道ばたに現れた黒ミスリルの鎧を身につけた黒竜に、子供たちの視線が集まっている。それに、ユニコーンの『白夜』もいるからね。彼女も子供たちからは珍しい存在だ。


 竜とユニコーンを同時に見られるなんて、この故郷が焼かれる悲しい状況にある子供たちにとっては、せめてもの楽しい時間になってくれたなら、幸いだ。


『……『どーじぇ』、いこう!』


 そう言いながら、ゼファーがオレのために身を屈めてくれる。だから、オレは走って、その竜の大きな背に跳び乗っていた。


「ガキども、風が吹くぞ!飛ばされないように、家の影に隠れてろ!」


『うん!はばたくよ!』


 子供たちは素直なもので、オレの言葉にしたがい、そこらの家の影に隠れていく。でも、壁から恐る恐るこちらを見ている。好奇心一杯の、幼い探求者の視線で。世界の不思議に触れているのだ。


 戦場であったとしても、まだ彼らの心には日常が生きていてくれる。それが、嬉しいものだ。奴隷の子供たちの、大人の容赦ない搾取に疲弊した瞳……それを思い出す。ああは、させてなるものか。


 オレはきっと、あの古竜アーレスと同じような貌をしているな。正義のための戦いに空に向かうとき、アーレスは世界で一番恐い貌をする。子供を喰らう、オークの群れがわいた時。はるかな北の地へと、子孫たちと共に、老いた竜は引退しているはずの翼で飛んだ。


 竜騎士は乗せず、1人の飛翔だ。


 それでも……アーレスは子孫たちよりも、多くのオークどもを焼き殺した。


 敵のいる北の地をにらむとき、古竜は、あまりにも恐ろしい貌をしていたものさ。オレはビビったよ。10才には、なかなか衝撃的な迫力だったから。でも、次の瞬間、アーレスが何のために怒っているのか、ちょっと分かった気がしてね。


 だから。


 がんばって来いよ、アーレス!


 ……って、偉そうな口調で、そう言っていたのさ。


 名も知らぬ、だが、勇敢な子が、空に舞うゼファーとオレに、がんばれえええええ!!と叫んでくれた。あのときのオレよりも、大きな声だ。いつか、世界の空に竜があふれる日が来たら―――君も竜騎士になれるさ、黒い髪の、ドワーフ族の少女よ!


 オレは笑う。


 そして、ゼファーが大地を蹴って、その大きな翼で空を叩いた!!


 翼によって風が生まれ、ゼファーはまたたく間に空へと昇っていく。青い空だ。うつくしい山々の連なりと、右手には温かな青さを放つ内海が見えたよ。オレはこの景色が大好きだな。


 近いうちに、平穏を取り戻した、真のアリューバ半島を拝ませてもらうぞ。だからね、今は敵をぶっ殺すよ。片っ端からな……。


 守るための誓いを込めて、眼下の田舎町を見つめる。守るさ。今日の戦いでは、町にいるガキどもを、1人だって殺させるかよ!!


「ゼファー、歌ええええええええええええええええええええええええええッッ!!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッ!!!』


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