第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その28


『―――ヴァーニエには悪いタイミングだった。経済の停止は想定していただろうが、後詰めの『ナパジーニア』の二番隊は殺害され、二番隊と三番隊の強襲船も爆破されてしまうことまでは、さすがに想定外だろう』


「そりゃそうだ」


 オレも昨日の昼まで、そんなことしちまうつもりはなかったのにな……死ぬほど冴えてるカレー作りの天才と、『ダベンポート伯爵』のニセモノを殺しに行っただけなんだがよ。


 情報収集から、即行動。


 戦場とは、迷わぬ者が有利となる。


 なにせ、あらゆる軍事作戦は―――『攻撃的な策』とは、緻密な計算の上に成り立っているのだ。それを防ぐためには、その大きく精密なシステムの、どこかたった一つを徹底的に破壊すればいいってわけだ。


 ―――だから、強い敵はさっさと殺しておけばいい。


 ―――有能な者は、『頼られてる』んだよ。


 ―――だから、排除しちまえば、多くの戦略が一気に破綻しちまうってわけだ。


 ガルフ・コルテスの教えのおかげだな。あるいは、強敵を求めるストラウスの血が帯びた気質ゆえのことか。


『―――この『ナパジーニア』の壊滅は、ヴァーニエにとって、象徴的な敗北だった。海軍の兵士から寄り集めた有能な兵士の大半が、死んだ。この損失は大きい。『ナパジーニア』を創るための、大きな努力が水泡に帰して、最も有能な人材が消失したんだからね』


 強いヤツから殺す。


 それが、戦場を支配するコツってのは、マジだな。


『―――現状、帝国勢力の所属者の全てに、得るものが無かった。ただ無意味にヒトが死んだだけで、政治的・経済的・軍事的なメリットを、『オー・キャビタル』の誰も手にしてはいない。それだけに……海軍新聞は、『彼女』を称えている』


「なるほど。想像通りか」


 シャーロン・ドーチェの『読み』の通りだな。


 『ジブリル・ラファード』。


 ファリス帝国皇帝ユアンダートの新たな政策。『新たな血狩り』。それを実行するのが、イース教の宗派『カール・メアー』……現世の苦しみに、『死』という名の『慈悲』を与えるという、かなり恐ろしい宗派の巫女戦士たちだ。


 彼女に与えられた職業は、『異端審問官』。とても恐い存在だよ。


『―――就任してから、たった一晩で、町の嫌われ者になってしまったヴァーニエ総督には、皇帝の威光とイース教の代行者であるジブリル・ラファードが必要だ』


 『後ろ盾』がいるということか。


 ご自慢の無敵の殺戮部隊が、ほとんど壊滅状態だからな。二つはオレたちが昨夜仕留めてしまった。28人で一チーム、殺したのは、それが二つで56人か……いや57だな。


 オレが三番隊のヤツを1人殺している。ヘイズワース中尉だ。『ダベンポート伯爵』かもしれない男の内の1人……彼も、そこに組み込まれる予定の猛者だった。


 筋骨隆々の大男だったからな。


 奇襲で瞬殺しちまったが、アレが武装して、薬物で強化された日には、なかなか戦い甲斐のある狂戦士が完成していただろうな。もしかしたら、ジーンくんあたりなら、一対一で殺されていたかもしれない。


 あと、最も厄介な敵は、27人のみか……。


 多いような少ないような。


『―――なあ。ジブリル・ラファードの『価値』を分かっているかな、ソルジェ・ストラウスくん。まあ、君が知っている以上に、今この、『オー・キャビタル』では彼女の価値が跳ね上がっているんだぞ。美談がそえられたよ。いや、戦場の伝説かな』


「戦場の伝説ねえ……」


 ……オレは、あの『悪夢』を思い出していたよ。


 ナイフで、オレの友シャーロン・ドーチェを刺しまくっている姿だ。


『―――港を爆破テロで巻き込んだ『ブラック・バート』たち。この極悪非道な連中に捕らわれていた、ジブリル・ラファード。彼女が、犯人である海賊を斬り殺し、仲間を救って脱出した』


 『ブラック・バート』ではなく、うちの猟兵にしてルード王国のスパイの犯行なんだけどね。シャーロン・ドーチェ・パナージュの……まあ、帝国的には海賊にした方が、分かりやすくていいのか。


『―――死地から脱して、なおかつ瀕死の仲間まで救い出した、勇敢なる女戦士。海軍の新聞は、このジブリル・ラファードを『復活の聖女』としてもてはやしている』


「ほう。たいそうご立派な名前だな」


『―――軍人あたりが涙を流して喜ぶエピソードだ。もちろん、そういったエピソードの多くは、ねつ造されているものだけどね』


 マルコ・ロッサも夢のない男だな。


 たしかに、人生はそんなに甘くない。戦意高揚の物語の多くは、おそらく嘘話だとは思っていたが―――長年、スパイをやっている男の口から語られると、ちょっと胃が痛くなる。オレも、戦場での英雄物語は嫌いじゃないのだがなぁ……。


 世の中の知らない方がいい真実を知ってしまうのも、大人になるということか。


 しかし……あの攻撃を『ブラック・バート』のテロ攻撃と断定か。『ブラック・バート』への敵意は剥き出し。間違いなく狙われているだろうな、フレイヤ・マルデルは……。


『―――まあ、この『異端審問官』さまが、そんな英雄物語を実行したのかどうかはともかく。海軍の新聞はそう書いて、朝からあちこちに配布しまくっている』


「ふむ?」


『―――なんでもいいから、ヴァーニエへの文句を消せる話題が欲しいということだろう。雑な情報操作だが、『異端審問官』への悪口は、勇気がいることだからね?……彼女らの政治的裁量権は大きい。『合法的に誰でも殺せる』ような存在だからな』


 疫病みたいな女を『解放』してしまったな。シャーロンみたいな空気を読まない人物が、『被害者の遺族から文句が出そう』と口にするのも分かる。


「誰でも殺せるか、すさまじい権力だよ」


『―――『異端審問官』、つまり、誰でも拷問して、誰でも殺せる『生殺与奪の特権』を手にしたヴァーニエ。ヤツの『絶対的な権力』に、そのうち、皆が気づくだろう。彼女は……もう仕事を始めているぞ。脅威的なスタミナだ。おじさんからすると、うらやましいね』


 働き者の、サディストの『異端審問官』さまか。


 皆が、怖がるような仕事っぷりだろう。


『―――彼女は、内部調査と称して、『暗殺騎士団』の宿舎を奪った。そこに陣取りながら、『血の杯』で、亜人種と人間族のハーフ、つまり『狭間』を13人ほど見つけている。『暗殺騎士団』の内部からね。割合としては平均を超えて、異常に多い数字だが……おそらく、ヴァーニエへの忖度だろう。いや、もっと直接的に言えば、ヴァーニエの願いを聞いているのかもしれない。彼女は、拷問できる肉があれば、いいのかもな』


 拷問できる肉……恐い言葉だよ。


 だが、ジブリル・ラファードの存在感は強くなっているのか……『予定通り』だな。『暗殺騎士団』へ、ヴァーニエの憎悪と疑いは向いている。オレたちの行動も、いいアシストにはなった。


『―――ソルジェ・ストラウスくんが、東方流派の剣術で、殺しまくったおかげだね。ヴァーニエは、全く『暗殺騎士団』を信用していない。彼ら1000人は、本国への強制送還の憂き目に晒される予定らしいよ……陸上戦力としては、『ナパジーニア』よりも練度が高い部隊だが……ヴァーニエは、戦力よりも、裏切らない忠義者を求めているらしい』


 忠義を求める者が、いわれなき迫害を行う……負のスパイラルだ。


『―――ジブリル・ラファードは、『オー・キャビタル』の北東部、通称『牙の岬』の地下にある、『バッサロー監獄』の解放を申請している。これは500年も前に作られた、『海賊王バッサロー』の『地下後宮』とも言うべき場所か……バッサローはここに10000人の美女を幽閉して、ハーレムを作っていた』


 ザクロアにも、盗賊王のダンジョンがあったな。なんで、そういう組織犯罪者の王たちは、壮大で醜い己の欲望を形にしたがるのか……。


『―――ハーレムと言えば聞こえがいいが、ジブリル・ラファードは、そこを亜人種や『狭間』たちの収容施設にするつもりだな。十中八九、ヴァーニエは彼女の願いを聞くだろう。虐殺による経済的損失を、政敵に突かれて失脚させられるよりはマシだ』


 そうだ。ヤツは一度、バルモアで失敗しているからな。


 狂暴すぎて失脚。時代がヤツに追いついてしまって、まさかの再登板だが―――いきなり狂暴すぎた上、失敗もした。


『―――次の失脚の時は、断頭台や絞首刑送りになるかもしれない。皇帝の直々の指名だからね。ヤツの失敗は、皇帝の失敗。それは帝国の理屈が認めない。ヤツ1人に責任を取らせるだろう。ヤツは失脚するわけにはいかないんだよ』


 侵略者どもにも、色々と事情があるようだが。侵略者の事情に気を使ってやれるほど、オレは無節操な善意を持ってはないよ……。


『―――ヴァーニエには『後ろ盾』がいる。『皇帝が直々に命じた『血狩り』の代行者さま』なんて、彼にとっては最高に都合が良い。だからこそ呼んでいたわけだしね。『異端審問官』による、『緩やかな虐待死』でも、ヴァーニエの攻撃性は満足するだろう。どうせ二度と出ることはない予定の監獄にいれる。それが、『バッサロー監獄』の仕組み』


 『バッサロー監獄』に皆を閉じ込めて、拷問三昧のあげく……殺しちまうのか。


 なかなか、いいセンスしているじゃないか、『ジブリル・ラファード』ちゃんよ。


『―――つまり、『そこ』が君らの『策』の狙いというわけだな』


「……当たりだ」


 その地下後宮こそが……『バッサロー監獄』こそが、オレたちの狙い。じつはシャーロンから言われて『バッサロー監獄』の名は知っていたが、そんな歴史までは知らなかったよ。


『―――君らの『策』の全貌は分からないが、やりたいことの一つは分かった……協力するよ。オレは、信念をしばらく捨てる。カレー以外を作るかもしれない危険を承知で……『魔銀の首輪』をつけて、調理場に潜入するよ。一度は、ジブリル・ラファードの拷問を受けるかもしれない覚悟をしてな』


 なんだか、奴隷に化けて、敵地に単独で潜入するっていう緊張感が、あんまり伝わってこないな。『カレー以外を作るかもしれない危険』。なんて、色々と台無しにする言葉を挟むからだ。


 しかし……オレたちの『策』を読んだあげくに、敵地に潜入を即決か……マルコ・ロッサは本物のルードのスパイだな。命を張りすぎだぜ、どいつもこいつもよ。一番恐いところに飛び込んでいく。ハイリスク・ハイリターン。聞こえはいいが、リスクが強すぎるな。


 命がけの情報戦か。


 嘘がバレたら、即終わり。しかも、そんなことを『1人』でやるのかよ。


 ああ、その孤独な戦いに比べれば、戦場で仲間に囲まれての生き死にを、一喜一憂できるってのは、幸せなことなのかもしれないなあ……。


『―――だが……これが、君たちの『策』だとしても……フクザツ過ぎるぞ。全貌を知らない者が語るのは失礼なことかもしれないけどね。オレもカレー作りだけに捧げる老後が欲しいんだよ。だから、老婆心から言わせてもらうよ、ソルジェ・ストラウスくん。もう一つ、印象をつける『策』を足すんだ……そうじゃないと、失敗するかもしれない』


 ……じつは、もう失敗しているんじゃないかっていう、イヤな予感に満ちた『悪夢』を見たことは秘密だよ。とても言えない。きっと、彼は野菜や皿を洗うために、敵地に侵入してしまっているころだろうしな。


『―――ではな、健闘を祈るよ。というか、マジで、頼むぜ。オレが『異端審問官』に虐待されて殺されるよりも先にな』


「ああ。それではな」


 そう言いながら、リングは言葉を話さなくなった。面白い仕組みだ。呪術で、ヒトの声帯を模倣したというところか。輪のなかを通る『風』を、呪術で刻み、『風』を曲げたり裂いたり、潰したりすることで『声』を作っている……。


 器用な作品だな。


 オレはそれを無くさないように上着の内ポケットに入れる。あとから、ロロカ先生にも聞かせてやらないといけないな……。


 そして……。


 ベテラン・スパイのアドバイスがある。


「もう一つ印象をつけろ……か。たしかに、それもあるが……オレは、シャーロン・ドーチェの生存を確認したいものだ。接触するしか、無いな。会えば、色々と分かるだろう。『復活の聖女』さんよ―――」


 ―――もしも。


 あの『悪夢』が正しくて……シャーロン・ドーチェが死んでいたらどうしようか。オレの悪夢を、誰か分析して、どういう性格のモノなのかを診断して欲しい気持ちだが。


 夢占いの達人は、こんなところにはいないだろうしね。


 それに……。


 まだまだ、今日も忙しくなりそうだな。


 ゼファーが、オレの左眼に映像を送ってくれるよ。それは、敵の軍勢……西からは、細い街道をゆっくりと歩兵と騎馬の群れ……数は総勢で300……。


 そして、北北東の海からは、軍船が4隻か。


「……なかなかシンドイ、戦いになりそうだが……」


 眠れるミアの幸せそうな顔を見てしまうと。どうにも、やる気が湧いて来ちまう。


 オレは、二度とさせない。


 オレの『妹』がいる村に、火をかけることは、絶対に許さないぞ―――。


「……ゼファー。まずは、陸のヤツらから片付けるぞ」


 ―――りょうかい、『どーじぇ』ッ!!このまちを、まもるんだッ!!

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