第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その27


 ―――『悪夢』は終わる。オレは、あのソファーに寝転がっていた。8時間睡眠命令を実行中のミアは、今は仰向けになり、ソファーの背もたれに右脚を引っかけている。いつものワイルドな寝相だ。


 ギンドウ・アーヴィング手製の懐中時計を見ると、11時40分……3時間半は眠っていたようだ。おかげで、体はすっかりと楽なのだが。怖いコトに、さっきの『悪夢』がしっかりと記憶に残存している。まるで、その場所にいたかのようだ。


 オレは不安を覚えて、左眼に触れる。ゼファーのアイテムパックから取り出した新品の眼帯は、オレの左眼にジャストフィットしているな。薄いミスリルのプレートが入っていて、それが魔眼の力を抑制する力もある。


 魔力は感じない。この魔法の目玉が、何か特別な能力を発揮していたわけではない……と思うが。竜の目玉について、多くのことを識っているわけではない。


 予知夢?


 バカな。そんな能力があるはずがない。


 千里眼……これは、ゼファーの視野を借りるようにすることで、疑似的に再現出来ている。でも、あの地下室には、ゼファーはいない。ありえない。ただの夢だ。オレはノドが乾いてるし、腹も空いている。疲れているから、おかしな夢を見る。


 だが。


 体力と魔力は、このわずかな睡眠でも回復が出来ていた。ゼファーと契約することで、オレは竜に祝福されているからだ―――たしかに、オレはフツーの人間族ではない。竜の目玉を継いだ上、ゼファーという別の竜の力までもが、オレの体には混じっている。


 ときおり、竜の能力が目玉に開眼することはあった。『ターゲッティング』もそうだし、『ディープ・シーカー』もそうだ。おそらく、それよりも以前から、魔眼そのものには宿っていた力だったのだろう。


 それが、何らかのきっかけで使えるようになっただけ。


 もしも、コレが千里眼とか予知だとするのなら……キッカケはなんだろう?ここ数日の呪眼の多用か?……かつて無いほどに呪眼を使って来た。その反動で、能力が出て来たとでもいうのか……。


 分からない。


 確信を持って言えることは、この竜の魔眼については何もない。未知の力なのだ。竜騎士の伝説にも、こんな目玉の物語はないのだ。ときに死者とも語り合う、不思議な力など。シャーロンが……死んじまっていたら、化けて出るか?……オレに会いに来る?


 少しでも情報を伝えに来るだろうか。


 うん……あいつは、そうするような気がする。


 ……オレはソファーに深く座り直し、深呼吸をする。両手の指を合わせながら、精神集中の『印』を指でつくる。精神が落ち着けないときは、肉体で落ち着けるように誘導するのだ……。


 この指のおまじないが効いたのだろうかね。


 オレは慌ててしまい、思わず忘れていた事実を思い出す。


 訊けばいいのだ、ゼファーに。


 オレはまぶた越しに魔眼へ指を当てながら、ゼファーへと問いかける。アリューバ半島の上空を飛び回りながら、ゼファーは敵を監視している。西部での戦いで、敵に竜の存在がバレた以上、身を隠す必要はないのだ。


 今は心地よさそうに鳥たちと並んで飛んでいく。ゼファーの翼が生み出す風に乗ることで、鳥たちは楽して空を飛んでいるのだ。心が和む……本来ならな。だが、今のオレはやや神経質になっている。鳥と竜の編隊飛行を楽しめないほどにね。


 ゼファー。


 ―――なあに、『どーじぇ』?てきのうごきは、ほとんどないよ?


 いいや。それじゃない。昨夜、お前が『ヒュッケバイン号』に運んだ『ヤツ』についてのことだ。『ヤツ』は……たしかに、海賊船に届けたんだよな?


 ―――うん。『ひゅっけばいんごう』にとどけた、『まーじぇ』にわたしたよ?


 そうだよな……ゼファー、シャーロンは、元気そうだったよな?


 ―――げんきだったよ、わらっていた、いつもみたいに、にこにこ。でも……。


 でも?


 ―――やせていたね。たぶん、ごはんをたべずに、ちもぬいたのかも……。


 作戦のためなら、何でもするだろうからな……他に、変わったことはなかったか?


 ―――なんにもないとおもう。


 そうか。すまない。見張りを続けてくれ。今日は、いい風が吹いているな。


 ―――うん!いくさがなければ、みんなといっしょに、とんでみたいひだよ。


 可愛い言葉を口にして。オレとゼファーの『通信』は終わる。そうだ。ゼファーは確かに『ヤツ』を確保したのだ。固定し、簀巻きにした『ヤツ』を『ヒュッケバイン号』に運んだはず……考え過ぎているな。


 そうだ……うん。


 『死体の数を数えたか』……『巫女の部下に女がいないことを不思議に思わなかったのか』……たしかに、あらためて思うと、その点を確認し忘れていた。


 シャーロンは言ったはずだ。『ジブリル・ラファードの『護衛』を14人殺した』あの地下には生存者たちの数は『3人』……オレが確認したのは死体の山と、ジブリル・ラファード本人だけだ。あとの『2人』は……よく分からないな。


「……クソ。疲れすぎているだけなのか、この不安の原因は……ッ」


 悪い予感はよく当たる。だが、これは悪い夢だ。経験則を反映する予感などとは、同列にすべきでない現象だ―――。


「……オレたちは『ヤツ』を……『ジブリル・ラファード』を確保していたはずだ」


 そのはずだ。だから、オレは何も不安に思うことはない―――。


『くいー!!くいー!!』


 唐突に鳥の鳴き声が聞こえて来た。心理状態のせいか、こんな些細なことにも、オレは驚いてしまう。窓の外に、フクロウがいた。黒いフクロウ。オレの知らないフクロウだったが、羽ばたきなから、窓ガラスを突いている。


 オレのフクロウの指輪に反応しているんだろうよ。


「ほら。どうした、お前、どこのフクロウだ」


『くいー』


 窓を上にスライドさせて開いてやると、黒いフクロウは身をよじらせながら、室内に入ってくる。そして、オレの差し出した左腕に向かって、ピョンと跳び乗っていた。


「……なかなか、躾けられているな。うちのフクロウと違って、爪を立ててこないのが偉いぞ。さーて、足輪を外してやる」


『くい!』


 オレの指が足輪を取ると、黒いフクロウは、せわしなく窓の隙間に頭を突っ込むと、身をよじらせながら脱出していった。ずいぶんと働き者のフクロウだな……しかも、皮肉なことに、アイツのフクロウか。


「……マルコ・ロッサ。君は死んだ瞳をしているのに、あんないいフクロウを持っているのだな……まあ、いいけどね」


 オレのと替えたいとは思わない。ヤツはヤツで愛嬌があるんだから。


 さて……この輪っかは、どんな魔術だ……『風』の魔力を注げ?ロロカ先生考案の、うちの暗号が鋼に彫られているな。ふむ……この小さなリングに、『風』を入れるのか?面白いな……。


 オレは右手の親指と人さし指をつかい、そのリングをつまむように保持する。そして、手のひらのあたりに小さな『風』を発生させると、リングの『空洞』に風を送り込んでみたよ。


 面白い仕掛けだな。『声』が聞こえて来たぞ。


『―――ああ。こちら、マルコ・ロッサだ。いい暗号を使っているな。あれは、オレでも解けないよ……さてと、報告するよ、ソルジェ・ストラウスくん』


 ふむ。『風』を動力に『声』を再生するのか。面白い発想だな……オレたちも覚えてみたいところだ。マルコ・ロッサの『声』はつづく。当たり前だが、会話が出来るというシロモノではなく、たんに呪術でリングに刻んだ『声』が出ているだけか。


『―――これ、『予定通りのタイミング』ってヤツなのかな……?『ジブリル・ラファード』が帝国軍に発見されたよ』


 過敏に反応してしまう名前だったな、『ジブリル・ラファード』。まあ、いいのさ『解放』されるタイミングとして、シャーロンが選んだのならな……選んだはずだ、シャーロンが……。


『―――嘘か本当かは分からないが、ラファードは、『誘拐犯』を斬り殺して、護衛である2人の若者を救助して、海岸線を『オー・キャビタル』へと向かい歩いていたらしい』


 『彼女』と2人の若者。


 合わせて3人。


 数はこちらの計画の通りだが……その『内訳』まで、正しいのか……?


『―――当然ながら、ジブリル・ラファードの帰還を、ジョルジュ・ヴァーニエは喜びまくっている。元々、思想に共鳴を怯えるところがあるから、ヤツは『ラファード異端審問官』を呼んだ。ラファードはサディストだからね。気性が合うんだろう』


 村を焼くのが好きな侵略者と、サド気の多い『異端審問官』。


 まったく、とんだゴールデン・コンビだな。


『―――それに、昨夜の『海賊たちによる爆破テロ』が効いている。ヤツの大事なエリート部隊『ナパジーニア』が崩壊させられた上に…………』


「ん?リングが、壊れたか?」


 無言がしばらく続いた。


 オレは大切な情報源が壊れてしまったのかという、イヤな不安に駆られる。『風』が強すぎたのだろうか?心配になるが、壊れてはいなかった。


 たんに……声をコレに封じ込めるときに、あのベテラン・スパイでも、感情があふれて声が詰まっていただけだったらしい。


『―――あと……これは、本当にすまなく思うが、南部の村への攻撃情報を察知できなかった。すまなかった……君らが、多くの人命を救えてくれているといいんだがな……』


「アンタは悪くないさ、悪いのはヴァーニエだ」


 そう声をかけてやりたくなる。


 でも、こっちの声は届かないのだろうな……。


『―――だが、村を焼いた強行策に、強烈な『副作用』が出ている。当然ながら、現在、『オー・キャビタル』の経済は混乱している』


 それはそうだろうな。


 アリューバ半島は亜人種の人口が多い土地だ。帝国人に『上』から経済的な支配をされているだけで、亜人種が担っている実質経済は大きい。


 彼らとの関係性を、完全に破綻させてしまえば、アリューバ半島の経済活動は壊れて当然だよ。


『―――事実上、南部の村との『内戦』が起きてしまっているのだからな……南部の生産物を頼っていた、『オー・キャビタル』の経済は停止状態だ。船で運ぶ商品もない。軍人というのは、戦での勝利しか考えていないのかな』


 そうかもしれんな。


 だが、ヤツの行動は、一種の危機感の表れかもしれない。


 西部の砦は完成しちゃいないんだ、『自由同盟』に、いつ弱点を攻められるかもしれないという不安……それが、ヤツを強行策に走らせた。


 たとえ、生半可な『攻撃的な政策』を採っていても、海賊たちという内部の不穏分子を追い詰めることは出来ないだろう。


 勝つために、ヴァーニエは攻めた。海賊をサポートしている南部の町を破壊すれば、海賊は確実に弱る。海賊さえ狩ることが出来れば、あとは、ゆっくりと『自由同盟』との戦に備えるだけ。


 海賊と『自由同盟』が手を組み、海賊が西岸部への『自由同盟』の上陸を手助けするというシナリオこそが、ヤツが最も恐怖していた結末だろう。それなれば、アリューバ半島は『自由同盟』に容易く征服されるだろう。


 勝ちに行った。


 ……それだけは、軍人としてはある意味で、正しい。


 しかし、職業倫理を欠いてしまえば、軍人の正義の価値など崩れ去る。そして……その悪を使った上で敗北をした日には、なおさらのことだ。恥を知るほどの誇りがあるのなら、自決でもしているだろうよ。


 倫理無き正義に動く軍事力など、ただの暴力に過ぎない。騎士道とは真逆の在り方だ。戦う者には、命を奪う存在に、相応しい哲学というものがある。


 貴様はユアンダートの犬だ。しかも狂った犬。それでも軍人なのかもしれないが、騎士ではないな、ヴァーニエ総督。オレは、そんなクズは嫌いだよ。

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