第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その18


 オレたちは、走った。隊長殿の馬はなかなかに良い脚をしている。先行して、風を打ち払う『白夜』の背後に、ピッタリとついて来てくれている。これなら、すぐにあの村にたどり着くはずだ。


 走りながら、オレは炎に焼ける南の村を見つめていたよ……。


 オットーもそうだったのだろう、彼の声がオレの背中を揺さぶった。


「……彼らは、ゆっくりと移動していました」


「ああ。そうだな。まだ、『あそこ』が戦場というわけではない……この連中の獲物は、もっと南だった」


「一晩かけて、歩き抜き……朝に襲うつもりだってのでしょうか。徒歩で一晩歩き続ければ……ここからなら、トーポ村にまで達します。兵士の数が、これだけとは、思えませんよ」


「……ああ。軍船で海から、騎馬と歩兵で陸から。挟み撃ちにして、亜人種の村を襲い。いくつもの村を焼き尽くすつもりかもしれん……」


「一体……どれだけ、殺されてしまうのか……ッ!!」


「……非武装の市民を虐殺するための兵力だ。多くはないはずだぜ。オレたちが背後から敵を蹴散らしていくだけでも……死者は、減る……」


 楽しい計算は出来ないがな……。


 楽観出来るハナシでもない。


 オレたちは、敵の策を見抜けなかった。


 ……いや。このタイミングで来るとは、誰も考えていなかったのかもしれない。総督の就任式典の夜に、民族浄化を仕掛けるだと?……頭が、おかしいのか、あの男は。うむ、そうだろうな。バルモアで殺しすぎて失脚しかけた男だ。まともなハズが無かった。


 焦るぜ。


 『白夜』がいくら速くても、敵は多いし、先行されている。


 どこまでの戦力だろうか?


 半島の西側には、『自由同盟』に備えるための砦が建設され、そこには陸戦用の兵士も多く配備されているはずだ。


 もしも、そいつらと連携しているというのなら……『オー・キャビタル』から時計回りに出た部隊と、西の砦たちから反時計回りに出た部隊に、南部の村々は挟み込まれるようにして、次々と焼き払われてしまう―――。


 両方向から挟むような圧力をかけて……アリューバ半島の正当な住人たちを、難民にして南へと追放するつもりかもしれない。いや、最悪それでもいい。死なないでくれたら、それもいいぜ。


 くそ、なんてことだ。


 歯がゆいぜッ!!


「……何か、出来ることはないか……?」


 オレは賢くないからな、こういうときは、バカみたいに、より賢い人に頼ることを選べるんだ。頼むよ、オットー・ノーラン。オレは必死に考えてるけど、答えが見つからねえんだ。


「何か、無いかな、オットー。危険を半島の亜人種たちに、伝える術が……ッ」


「……団長……フレイヤさんは、エルフですよね」


「ん?ああ、そうだが」


「……エルフの『魔笛』。彼女が、それを持っていてくれるのなら、もしかしたら……中継が出来ませんか?」


「……なるほど。魔笛で、村と村をつなぐ……ッ!」


 そうだ、トーポ村の連中だって、やっていたぞ……ッ。


 彼女が、今、魔笛を持っているのかは分からない。だが、もしも持っていてくれて。陸地に入っているのなら……風の少ない、この夜に、竜の背から響かせるのならば、もしかしたら―――。


「ゼファーッッ!!!」


 ―――うん!!『まてき』、ふれいや、『まてき』ッッ!!


 オレの言葉をゼファーが背中にいるフレイヤに伝える。


 ああ、頼むよ。他に、オレたち、思いつかない。頼むぜ……フレイヤ。


 ―――『どーじぇ』!!もっているって!!ふれいやには、『まてき』があるよ!!


「でかした!!ゼファー、北風に乗せて、フレイヤの魔笛を吹かせつづけろ!!今夜はゆるやかな北風だけだ!!他に邪魔な風はない!!」


 ―――うん!!かぜをよんで、とおくまで、ひびくように!『まてき』の『うた』を!!


 ああ、頼むよ。どうにか届いてくれ。


 オレは、もうあんまり焼き殺された村人なんて……見たくねえ。戦場で焼かれるわけじゃない。無力のままに、家屋に閉じ込められて、焼き殺される連中なんて……見たくねえんだよ!!


 『白夜』は走り抜いて、その炎を放たれた村へと入る。


「酷い!!どこもかしこも……村中の家屋に、火をつけているッ!!」


「……クソが」


 見たくもねえと祈る光景が、オレの網膜を焼くんだよ。


 記憶とかぶる。


 ガルーナのオレの村。セシルと、お袋と……オレの名前と顔を知り、オレが名前と顔を知る者たちが。老いた者も、幼い者も、女も病人も……皆、竜教会に閉じ込められて、焼かれていた!!


 同じ光景が、そこにあった。


 教会ではなくて、納屋だったけれど。


 『白夜』が、人々の魔力を辿り……その場所へとたどり着いていた。


 天にも昇る勢いで、その岩と木で作られていた大きな納屋が、火に包まれていた。奇襲だったのだろう。海から上がって来た、クソどもが、邪悪な鋼で人々を切り裂いた。生き残りを捕らえて、この納屋に押し込んだ。


 そして……連中は、油をしっかりとまいた後で、この納屋に火を放った。


 あの日の、オレの村みたいに。


 命の気配は、感じない。竜の怒れる金色をたたえた瞳が、オレの左眼が、事実を告げるんだ。この村に、生存者などいなかった。山や森に隠れた者が、奇跡的に数名いるかもしれないが……。


「……『風』よ」


 オレは、その納屋の扉を召喚した突風で破壊していた。内部は燃えていた。そして、ひとかたまりになった、黒い固まりを見つけるよ。


 皆が寄り添うようように一つの場所に集まって、侵略者どもに怯えているように、縮こまり、その場所で黒く焦げていた。


 ああ、そうさヒトの死体さ。みんなが一つにあつまるようになって、もう黒く焦げていた。足下から頭の先まで、ただ、黒く、その一色だけに全てが―――。


 炎から逃れようとしたのか、それともヒトの体で、彼らは自分の子供たちを守ってやろうとしたのだろうか。


 オレの魔眼が、叫び声を伝えてくる。あついよう、あついよう!!たすけて、たすけて!!その幼い者たちが泣き叫ぶ声を。


 魔眼は見せてくれる、その黒くなり固まった一つの肉塊……その奥に、小さな者たちの焼死体があり、それもまた黒く焦げているという事実を。助けてと叫んだ子供を、親たちは抱きしめていたが、炎は、ただ、彼らの全てを呑み込んでしまった。


 祈りの言葉は救いをもたらさず、ただただ、絶望の残響をこの小さな村に響かせていたんだよ―――知っているさ、それを聞きながら、兵士たちは笑うんだ。男ってのは、そういう獣だ。嫌いなヤツが死んでいくサマを見ると、心から楽しくて、笑えるんだよ!!


 アーレスが、怒り狂っている。


 あの屈辱の日を思い出しているのだ。9年前に、全てを奪われたあの痛ましく空しいだけの時間を思い出して……ただ、オレの左から、屈辱の歌を放ち、オレの竜の眼が痛みと共に、赤い血の涙を流すんだよ。


 だから、竜の魔力が左手には宿り……偉大なる古竜アーレスの名において、オレは『風』をぶっ放す!!


 渦巻く風が、その燃える閉鎖空間から瞬間的に酸素を押しのけたのさ。だから、そこから炎が消える。


 闇が訪れ、うなる炎の歌など消える。残るのは、熱量に焦げる、悲劇の残骸だけ。オレが名前も顔も知らない、罪無きただの無力な人々の焼死体だけだった。


 オレの体がね。


 とんでもなく熱いのさ。


 魂から、漏れる熱量のせいで、炎よりもオレの肌は熱い。竜の涙を、オレは左手でぬぐい捨てうる。袖を血で赤く染め、オレのほほを血の痕で汚したよ。知ったことか、そんな些細なことを気にしている場合じゃねえんだよッッ!!!


「……『白夜』ああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


『ヒヒヒヒイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンンンンッッッ!!!』


 オレの祈りと願いを聞いて、白の霊馬がいなないき歌う。


 そして、オレたちは大地を走って行くんだよ!!


 南だ!!南に向かうッ!!


 ふざけやがって!!


 焼き殺されるより前に、オレが……ッ!!


 帝国の侵略者どもを、引き裂いているッ!!


「……名も知らぬ村の者たちよッ!!我が声を聞けッッッ!!!」


 命が炎に焼かれて焦げるその村に、オレは叫ぶんだ。


「我が名は、ソルジェ・ストラウスッッッ!!!騎士道に生きる、ガルーナの竜騎士だッッッ!!!罪無く、ただ焼き殺された命たちよッッッ!!!我の背負う業火に、その怒れる魂の熱を託せッッッ!!!魔王の黒き業火に融け合い、我と共に歩めッッッ!!!」


 竜太刀を焼かれて明るむ空へと掲げて、オレは騎士として―――いいや、残酷無慈悲な復讐者として、彼らの魂に訴える。


「これは約束だッッ!!オレは、君たちの『炎』を使い……必ずや、君たちの仲間を、君たちの同胞を殺そうとする帝国の豚どもを、焼き尽くすッッッ!!!だから、オレの魂が背負う、業火と共に征こうッッッ!!!」


 誓いの歌を残して。


 オレはその名も知らぬ村を後にする。


 時間も、魔力も、体力も……もうムダに出来ない。この身を流れる血の一滴にまで、命じるよ。オレは戦う……この半島から、帝国人を1人残らず、追い払う。いいや……焼き尽くして、殺してやるぞ。


「―――団長」


「……なんだ」


 黒い質を帯びた声だった。低く、暗く、自分の口から出たものなのかと、思わず疑ってしまうほどに、狂暴さに歪んでしまった声であったよ。


 そうだ。


 まるで、憎悪した敵を罵倒するときの、アーレスみたいな声だった―――。


「……我々は、猟兵です」


「……ああ、そうだね」


 とりつくろうように、やさしさを声にまとわせようとしたよ。だってね、オレは、オットーに怒りも憎しみも、もっちゃいないんだからさ。オレは、あんな声を仲間に、『家族』に使ってはいけないのだ。


「怒りを背負って下さい。悲しみも、苦しみも。ですが……我々は、猟兵……戦場における最高のプロフェッショナルでなければなりません。そうでなければ、より多くを救うことは叶いません」


「……っ。ああ。ホント、その通りだよ」


 怒りに黒く塗りつぶされて、オレは自分さえも忘れそうになっていた。そうだな、そうだ、すまない、オットー・ノーラン。


「ああ。理解したよ、オットー。オレは……『パンジャール猟兵団』の団長、ソルジェ・ストラウスだ。最強の猟兵……猟兵は、戦場でも心を見失わない」


「はい。もう大丈夫ですね」


「……スマンね、心配をかけて」


「いいえ……ですが……」


「……なんだい?」


「……私は、魔力は見えますが……ですが、アレは……先ほど、団長に集まっていたのは……おそらく、竜に惹かれる……魂たち」


 ふむ。オットーには、オレに見えない何かが見えたらしい。オレは、ニヤリと笑うよ。とんでもなく嬉しくてね。


「そうか。オレと共に行くか、『ポエリ村』の魂たちよッッ!!」


『ヒヒイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッッ!!』


 『白夜』が『水晶の角』に美しい光を宿らせたまま、勇ましく歌う。歓迎しているのさ、オレの影に融けた、『ポエリ村』の勇敢なる復讐者たちをね。


「……どうして、この村の名前を?」


「分からんが、間違いなく、そうだ。急ぐぞ、オットー!!」


「……フフ。さすがは、団長です!!」


「どういうことだね?まあ、いいや。とにかく、行こう。オレには守るベき約束がある」


「イエス・サー・ストラウス!!」


 竜とした約束と、哀れな魂たちを交わした約束さ。


 悪しき帝国を焼き尽くせと、仲間たちを守るために、この業火を使うと。


 我が名はソルジェ・ストラウス、ガルーナの竜騎士―――『魔王』だ。

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