第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その19


 エルフの耳を持たないオレには、エルフの魔笛が夜空を駆け抜けてくれているのか……まったく、分からなかった。リエルがそばにいてくれたなら、聞けたのだが。いないのだから仕方がない。


 オレは、少しは冷静さを取り戻している。


 誰よりも紳士で、いつも冷静な男、オットー・ノーランのおかげでな。オレは怒りをコントロール出来ているよ……計算する。敵の動きをね。


「……一カ所ずつの村を、わざわざ船で襲撃していくとは思えない」


「ええ。浜に面していない村もあるわけですしね……効率が悪いですよ、それは」


 命と死を計算することは、悪趣味だよ。でもね、それをすることで殺戮者の動向が読めるのであれば、しなければなるまいさ。


「オットー、この地方の地図を記憶してくれているか」


「ええ。もちろん。好きですからね、地図の暗記」


 さすがは、探検家だよ。頼りになる。


「さっきの兵士たちと出会ってから、陸上戦力とは出会っていない。オレたちの道には、いないのかもしれない。他の道には、いるのかもしれないが、そいつらは無視するしかない。救援に行く時間がない」


「ええ……私たちに出来るベストの選択は、あちらの主力戦力である『ナパジーニア』を潰すこと」


「……無視していい村はどこか、分かるか?」


「え?ええ……おそらく、フェル村と、アビー村……そうですね、おそらくそれらの村は浜から強襲をかけるには向いていない。接岸が難しいですからね」


「崖のような立地では、あの黒い襲撃船でも上陸は出来んな」


 ムリに接岸しようとすれば、船なんて木のかたまり、岩場に叩きつけられたら穴が開いて沈むだろう……。


「そういう村は、さっきオレたちが潰した兵士たちで、焼いてしまうつもりだったのか」


「ええ。50人も武装した男たちに奇襲されれば、小さな村なんて、一瞬で終わりです」


「……ならば、オレたちが気にすべきは、『ナパジーニア』の動きだけ。オットー、ヤツらは次にどこを狙う?」


 オットーは考える。そして、十数秒後には、その引き算を完了させたらしい。


「港町トーポ……接岸しやすく、何よりも亜人種が多い村です」


「ふむ。いきなり最南端か……」


「そこから北上し、アリューバ半島の西の海岸沿いの亜人種の村を殲滅する気なのかもしれませんね……あるいは、西から来ていそうな部隊と合流し、『リバイアサン』狩りを行うつもりかも―――」


「―――つまり、トーポ村に向かうのが、最良ということでいいんだな?」


「……はい。合理的には」


ならば、安心。悪事というのは合理的に行うものだ」


 だからこそ、読める。


 意味のない悪事などない。軍事行動とは、人類が行う最低の悪事だからな。読めるんだよ、合理的な予想を立てれば。


「戦略に柔軟性をもたせることを考えても、港町トーポを押さえるのは理に適う。そこでいいはずです、団長!」


「ならば……なあ、オレの『白夜』よ。ロロカに言われて、この半島中を『下見』するために走っていたはずだ。お前になら、トーポ村に行くための最短コースが分かるな。地図に無くてもいい。最悪、お前とオレが走れる道でいい」


「……単騎駆け。かなりリスキーですが、でも、そうですね。今は、団長だけでも合流すべき……レイチェルさんとも合流すれば、二つの方向から猟兵が攻撃出来る。数が多くても、戦い方次第なら勝機は十分ですね」


「ああ。オットー、君に抜け駆けするようで悪いがな」


「いいえ。この馬も、かなり体力を使っている。ユニコーンに合わせるのは、さすがにこのいい馬の脚でも、そろそろ限界ですからね」


 そうだな。明らかに汗をかきすぎているし、呼吸も荒い。あまりムリさせたら、心臓を破裂させてしまうな。


「行って下さい!」


「……了解だ。道は、分かるな、『白夜』?トーポ村だ。いや、港町トーポ」


『ヒヒンンッッ!!』


「よし!!行け!!」


 さすがユニコーンだ。『白夜』には人類の言葉が全て理解できているようだ。彼女はいきなり、道を右に回り、林の中へと入っていった。


 体中に木の枝がぶつかる。痛いが、構わん。このうつくしい白馬の乙女が、その身を枝で傷つけることも躊躇わないというのだから。


 オレは誇らしい。


 さすがは、オレのロロカ・シャーネルのユニコーンだ。最高の霊馬である。『パンジャール猟兵団』のユニコーンとして、君の勇敢さが、オレには嬉しいよ。馬の肌はとても繊細だ。ヒトの肌よりも、はるかに繊細。


 ユニコーンはそういう平常の生き物とは、かなり異なっているだろうが、このうつくし肌が繊細であることは明白で、事実として、今、枝がぶつかることで、その肌は傷つき、出血を起こしているではないか。


 撫でてやりたいし、かばってやりたいが。


 この道無き道を、跳びながら走る今、オレは君のためにしてやれることがない。必死でその偉大な背中にしがみついていてやるしか出来ない。どうすべきかね。ホント、オレ、君に頼りっぱなしだ。


「……すまないな。だが、頼らせてくれ。オレには、必要なんだ、君の脚が」


『ヒヒン!!』


 皆まで言うなか、なるほどな。


 たしかにそうだ。


 『白夜』よ、君もオレの仲間だもんな。


「任せた!」


 それだけ言って、オレは『白夜』の脚に全てを委ねた。あきらかに、ユニコーンにとってもその道は過酷であった。林を抜け、道に出て。しばらくすると、また木々が生い茂った場所へ『白夜』は突撃していく。


 その呼吸が荒れる。


 その白い肌が傷つき、赤い血があふれる。


 至高の軍馬は、それでも走りつづけていった。オレも、ますます獣じみて加速する彼女の背中にしがみついているので必死だったよ。


 何度か落馬しそうになってしまうが、竜騎士のプライドと『白夜』の助力が重なって、どうにかこうにか、オレはその過酷なルートを走破していた。


『ヒヒヒヒンンッッ!!』


 『白夜』が何かを訴えるように鳴いた。そして、彼女は森から飛び出していたよ。オレは開けた空間を感じ取り、生物としての本能的な解放感にひたる……そして、オレは見た。


 海だった。


 そう、オレの知るおだやかな内海だ。アリューバ半島とハイランド王国のあいだにある、あのやさしげな海……そこに、帆船がいた。


 帝国の軍船だよ。帆船が、引っ張っていく。『ナパジーニア』の黒い襲撃船は、そういう運用だと聞いたぞ、マルコ・ロッサに。あの船が……それだな。


 そして……オレは悲鳴と怒号を聞いたよ。


 トーポ村の浜には、すでにあの倉庫で見た黒い襲撃船が乗り上げていた。村のあちこちに、敵影が見える……ッ!!


「くそがッッ!!行くぞ、『白夜』ッッ!!戦場に突っ込めッッ!!」


『ヒヒンッッ!!』


 『白夜』が、うむ!!と納得してくれながら、村へと向かう崖に、迷いなく突撃していく。『白夜』はその程度の崖を駆け下りることなど朝飯前だ。まったく、背中に乗っているオレへの負担はなく、安定していたよ。


 竜太刀を抜いた。


 そして、住民を殺戮しようと村を走り回る侵略者のクズどもを牽制するために、空へと歌う!!


「我こそは、ソルジェ・ストラウスッッ!!魔王と呼ばれる、ガルーナの竜騎士ッッ!!ファリスの豚どもよッッ!!貴様らの軍勢を!!三つもの侵略師団を打ち砕いた、このオレの首が、欲しくないのかあああああッッッ!!!」


 竜のように歌ったからな。存在感を示せたようだ。住民たちを斬り殺そうとしていた兵士どもが、オレと『白夜』の方に視線を向ける。おれは左眼を閉じるぜ。片目の男を演出するためになッ!!


 『白夜』が浜を駆け抜けていく。蹄が砂を蹴散らしながら、蹄にからむ砂を蹴散らして、血まみれのサーベルで二刀流をしている兵士に襲いかかった。バカがサーベルの二刀流を交差させながら、防御の姿勢を作ろうとする。


「サーベルなんぞで、うちの『白夜』の蹴りが、止まるかよッッ!!」


『ヒヒンンンッッ!!』


 荒ぶる『白夜』の蹴りが、『ナパジーニア』の兵士のサーベルを打ち抜いて、顔面へと叩き込まれる!!その男の首の骨が破綻して、即死していた。


「角の馬だ!!ユニコーンだ!!魔物だと思ええええええッッ!!」


 『ナパジーニア』の兵士が、そう叫び、背負っていたボウガンに構え直す。サーベルでは間合いが足らないからな。ヤツはオレを狙って矢を射る。いい精度だが、それだけに読める。竜太刀で、その矢を叩き落とした。


「くうッ!!やるぞ、達人級だッ!!」


 そう叫びながら、ボウガンに矢を番え直そうとして。彼の右手の指が、オレの『ファイヤーボール』の直撃で吹き飛ばされていた。『ターゲッティング』で補強された、破壊力抜群の一撃だよ。


 くくく、か細い指の骨なんざ、耐えられるワケがねえ。


「ぎゃああああああああああッッ!!ぐうう、おおおおおおおおッッ!!」


 『ナパジーニア』兵が、叫びながらもボウガンを捨てて左手でサーベルを抜き直した。久しぶりに気骨のある戦士を見つけたか―――いいや、この男の目と、口から吹き出す泡は……薬物摂取か。


「ころすううううううううううううううううううううッッッ!!!」


 薬物で恐怖と痛みを克服して、達人に近づいたところで。オレたちには勝てない。『白夜』が跳ぶ。『ナパジーニア』の無謀な突撃を、『白夜』は高跳びするように回避していた。バランスを失ったそいつが揺らぐ。


「『白夜』、次だ!!」


『ヒヒンッッ!!』


 オレはそいつを無視して、村の中央へと上がり込む。ヤツが叫ぶ。痛みと怒りと、薬物に荒れた声で叫んでいる。軽んじられたことを屈辱に感じる男かね。


 いいさ、トドメを刺してやる。君のノド元には、『ターゲッティング』を刻みつけた。


 オレは『風』を呼ぶ。小さな真空の刃が明るみ始めた空を駆け抜けて、その呪われたノド元真一文字に切り裂いた。血の赤を放ちながらも、ヤツは、オレを追いかけて走ろうとしたが、三歩目には失血の闇に堕ちるように倒れ込んでいた。


 『ナパジーニア』……鍛えられているだけじゃない。装備も遠距離近距離に対応している。さらに、怪しげな薬物摂取もしているのか。なんて厄介者を、戦場に解き放つ!!まして、こんな狂戦士を民間人の村に対して使うとはッ!!


 ……ジョルジュ・ヴァーニエ。


 貴様が亜人種をそこまで憎むように、オレも貴様が、憎くて仕方がねえぞッ!!


「『白夜』、走れ!!ヤツらを蹴散らすぞッッ!!」


『ヒヒヒヒンンンンッッ!!』


 いななく霊馬で、オレは戦場となったトーポ村を走って行く。あらゆるところに『ナパジーニア』の薬物強化兵がいる。そいつらは興奮状態にあるのか、あまりにも乱暴で狂暴だ。中には、殺した村人の死体を、延々にサーベルで斬りつける男がいたよ。


 目障りに過ぎる!!


 『白夜』もオレに同意見のようだ。独特なステップで加速し、その狂人に襲いかかった。ヤツを抜き去ると同時に、オレの竜太刀が走り、その首を叩き落とす。


「くそ!!分散していやがるッ!!集まってこねえッ!!」


 オレは奥歯を噛む。そうだ、ヤツらは襲撃のプロだ。それぞれの戦闘能力に自信があるせいで、間合いを広く保って戦っている。ボウガンで、遠距離攻撃に徹するヤツもいるな。オレを再々、矢で狙うが―――竜太刀で叩き落とすか、『白夜』のステップで躱す。


 当たりはしないが、ウザいな。『ターゲッティング』と『雷』を合わせて、そいつを仕留める。そして気がつく。連中、オレを避け始めている。オレの戦闘能力を脅威だと認めて、無視してやがるんだよ!!


「作戦を継続するぞ、村に火を放てッ!!」


「おおお!!燃やせ!!燃やせッ!!燃やせええッッ!!」


 薬物強化兵は興奮しながら叫び、トーポ村のあちこちに、火をつけはじめる。


 オレは奥歯を噛むぜ。


 こっちに来やがらないッ!!一匹ずつ、殺していたら、時間がかかり過ぎる!!それでは、被害が広がってしまうぞッ!!


「海兵隊を、呼べええええええええッッ!!赤毛の賞金首を、殺すんだああああッッ!」


 角笛が鳴らされる。


 そして、沖合に待機していた帆船の側面から、クレーンに吊られたボートが降ろされていくのが見える。朝陽を浴びながら、そのボートが右舷と左舷から降りてくる。まずいな、それぞれに20人は乗れる大きさだ。


 ここで……来られると、村を守れねえッ!!


 襲いかかって来た薬物強化兵を竜太刀で斬り捨てながら、オレは燃えていく村を睨み、浜へと迫るボートを見た。そして、『彼女』を見たよ―――朝陽の中、彼女は海から舞い上がる。


 海で遊ぶイルカのような自由さで、その『人魚』は海から跳び上がる。


 宙でくるりと何度も回転するその身は、あまりにもしなやかで。白銀の長い髪は流麗で、褐色の肌は生命力に満ちていた……そしてね、青い瞳は残酷に笑っていたよ。


 ボートの上にいる帝国の海兵どもが、大きく口を開けていた。『伝説の存在』と対面すると、ヒトはそんな気持ちになるのだろう。その美女の下半身は、紫色のウロコに覆われていて、長く流麗な尾ひれがある。


 彼女は―――『猟兵レイチェル・ミルラ』は宙高く回転しながら、そのあまりにもダイナミックな動きをつかい、『諸刃の戦輪』を投げ放っていた。サーカスの空中ブランコで、宙に踊ったときの姿のままね。


 うつくしき『人魚』の戦士は、ヒト型のときに比べて数倍は強いパワーで、その呪われた武器を投げていたんだよ。空気をギュルギュルと切り裂く音を立てながら、『諸刃の戦輪』は、残酷なまでの仕事をする。


 7メートル近く宙に舞い上がり、宙で三度も回転しながら加速をつけた二つの戦輪は、ボートの乗り手を容易く切り裂いた―――いや、ボートまでも切り裂いていたのさ。ボートの上で、切断された人体とボートが、同じようなタイミングでズレていく。


「あああああああああああああああッ!ジョンが、ジョンが真っ二つにいいいいッ!?」


「う、うわああああああああああああッ!!なんだ、なんだよ、あれ……ッ!?」


「に、『人魚』だああああああああああああああああああッ!!」


 海に戻った『人魚』は切り裂かれて沈みかけていたボートに、あの強靱な尾ひれで打撃を加えたらしい。


 まるで爆発するようなドゴオオン!という音が響いて、ボートを構成するの木の板が細切れになりながら宙を舞ったよ。


 ボートは沈んでいく。あまりの衝撃に、空中に吹き飛ばされていた船乗りたちが、その恐ろしい海へと落ちていった。


『アハハハハハハハハハッ!!』


 魔性を帯びたような美しい声が、浜に響いていたよ。鎧を着けて海に落ちてしまった兵士どもは、サメの八倍は速く動く、海の支配者の影を見たのだろう。オレなら絶望するよ。


 ああ、『人魚』レイチェル・ミルラの、あまりにも恐ろしい『サーカス』が始まるよ。演目の題名はいつも決まってる、『残酷な復讐』。彼女の存在意義だよ。


 『人魚』の時の彼女は、その爪が鋼のように硬いのさ。そんな怪物が、超高速で水の中で超高速で襲いかかってくる。それは地獄だよね。海に悲鳴が轟いていた。海に落ちた誰もが叫び、恐怖と共に血しぶきを放つ。


 海中に引きずり込まれていく男たちは、帝国兵士を心から憎む復讐者の爪に、その肉を切り裂かれて、青い海を赤で穢す。


 うちの『人魚』さんは、愛する夫を殺されて以来、とんでもなく残酷だからね、すぐに殺すコトはしない。痛めつけるように切り裂き、出血多量と溺死の二重苦で殺しにかかる。帝国の兵士は叫び苦しむことが義務なのさ、だって、彼女から夫を奪ったのだから……。


 兵士たちは、愛を失った彼女の、海より深い憎悪の暗がりへと沈んでいくのさ―――希望はないよ。あの海のなかにあるのは、殺意の渦と、死へと至る深い痛みだけだ。海は赤く血に染まり、絶望の歌は、浜辺に残響する……。


 それが、『人魚』、レイチェル・ミルラの本領だ。


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