第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その17
霊馬の脚が、大地を踏み抜くように走るのさ。その気高き白に染まる身を、勇ましく揺らして。オレからすれば、あまりにも遅く感じるスピードを、ぶち抜くのさ!!
加速する!!
四頭引きの馬車が創り出してくれていた、荒々しい速度を、あまりにも洗練された足運びと、馬とは比べものにならない強烈な脚力をもって、それは風を突破し……空を飛んでいるような神速へと至る!!
ユニコーンがその額から生えている『水晶の角』に魔力をたぎらせる。戦場で敵を殺しまくりながら、槍と踊る、オレのロロカ・シャーネルのように―――戦いへと向かう霊馬は、水色に輝く角の軌跡を夜の黒に残す。
生命の中では、間違いなく最速の『走り』を見せつけながら、ユニコーンの『白夜』が敵の騎馬の列へと向かう。
オレは背中の竜太刀を抜いたよ。長いこの刃と、オレの腕ならば、馬上で使うのにもリーチは十分。
「『白夜』よ、突っ込めッッ!!」
『ヒヒヒインンンンンッッ!!』
いななきながら、『白夜』はその白い首を前に倒して、さらなる加速で敵へと迫る。名乗りをすべきか?いいや、民間人を殺すようなバカどもに……騎士の礼儀で応える必要なとはどこにもない。
こいつらファリスの豚などに、我が友たちの半島を奪った侵略者などに、名乗る価値などありはしないッ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!」
その代わり、殺意の歌を夜に捧げよう。
オレの魂からあふれる怒りの熱量が、その歌声となって夜空の闇を震動させる。
敵が気づき、馬の背で、動く。
だが、あまりにも遅いぜ。オレたちは、もう貴様のすぐそばにるぞ、馬に乗るファリスの豚めッ!!
「死ねええええええええええええええッッ!!!」
率直な感情を刃に込めて、オレは竜太刀を振り抜くよ。最後尾を歩いていた騎兵の胴体が真っ二つになる。鎧の薄い鉄を切り裂いて、ヤツの肉と骨をも切り裂いた。即死者からは一瞬の血の臭いが放たれる。
白い脂肪と血の赤が、竜太刀の刃を汚すが。かまわない。帝国人の血肉は、竜の大好物だからだ!!とくに、オレのアーレスは、貴様らの血肉にまみれて遊ぶのが、何よりも好きでねッ!!
帝国軍の騎馬隊を背後から貫きながら、オレは『白夜』の上で竜太刀を振り回した。ディアロス族の知性を帯びる『白夜』は、オレの竜太刀を敵に当てやすい場所を目掛けてステップを踏む。
そうさ、オレと『白夜』はこのとき、アーレスの竜太刀と一つになった戦場を踊りながら、敵を突破したのさ。血と悲鳴が宙に融け、オレたちは騎兵を先導するように歩いていた歩兵を轢き殺していった。
歩兵は、三十名程度か。オレたちは、述べ五十人の敵を背後から貫きながら突破していたのさ。魔王と霊馬のコンビが、背後から闇と共に、襲撃してくるのだ。貴様らのような雑魚では、どうにもなるまいよ……。
オレたちは敵の群れの最前列で、余裕を帯びた優雅な動作で減速し、最強の霊馬はぐるりと反転し、敵を見下すような視線で睨みつけるのだった。
帝国の兵士たちが、口々に叫んでいた。
「な、なんだあああッ!?」
「敵襲ッ!?」
「強いぞ、ムチャクチャだああ、い、いったい、何人が殺されたんだあああッ!?」
「隊長、ど、どうしましょうかあッ!?」
「何者だあああああッ!?」
隊長と呼ばれた騎兵が、闇のなかで馬上槍を構えながら、オレたちへと叫んだ。
「黙れゴミがッ!!騎士道を捨てた貴様らなどに、訊かれたといって答えるかあッ!!亜人種たちの村を焼き、生き残りを殺すつもりかッ!!」
「我らが帝国臣民の聖なる任務を愚弄するかッ!!我らは、この未開の半島に、皇帝陛下の聖なる願いのままに、大いなる文明都市を設立するッッ!!劣等種族どもを、排除することの、どこが悪いと言うのだああああああッッ!!」
侵略者の正義をのたまいながら、歪んだ忠誠と正義に準ずる騎士は、部下どもに命じるのだ。
「ヤツを、殺せええええええッッ!!我ら、神聖なるファリス帝国臣民の、大いなる浄化の任務を、邪魔させるなああああああッッッ!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
「行くぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
「全員でかかれば、お前なん――――――」
バゴオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!
『ファイヤーボール』をオレは放っていたよ。突破しながら、竜太刀を振るうだけと思ったのか?このソルジェ・ストラウスさまが?
そんなわけがないだろう。
この闇に浮かぶ、金色の竜の怒りが、見えないのか。
帝国人を殺せ、殺せと、オレの魂のなかで、暴れてうるさい古竜の歌が!!その歌が帯びる黄金色を帯びる殺意の光が、貴様らには見えていないのか。
「な、なんんだああああああッ!?」
「か、火球が、矢よりも速くッ!?」
「だ、だめだあああ……ビジョウのヤツ、あ、あたまが、ふ、ふきとんでるよおおおう」
オレは呪眼、『ターゲッティング』で敵兵の頭部を呪っていたよ。数を減らさなくてはならん。コイツらは、メインディッシュではない。まだまだ殺さなければならない敵は、大勢いる。
「―――踊りながら焼け死ね」
左手を星も無く暗む宙へと向けて、次から次に火球をぶっ放す。曇って星の輝きの少ない夜空のなかに、紅くかがやく七つの太陽が生まれていた。小さな炎を、帝国の兵士たちは怯えながら見つめている。
さっきの一撃を知っているからだ。
「み、みんな!!身を守れえええええッ!!」
兵士がそう言った。その言葉を合図にしたように、どいつもこいつもが、慌てて剣や槍で身を守ろうと防御の姿勢を選んだが―――何か勘違いをしているな。
くくく。あんなに速く火球を放てるのに、こんなスローな火球で、君らを狙うかよ?
「―――『天を焦がす無双の悪鬼よ、その殺意まといし荒ぶる威力を、ここに示せ』……『雷槍・ジゲルフィン』ッッ!!」
オレの『本命』が炸裂するよ。左腕に溜めてた紫電の雷が、敵の群れの間を光の速度で駆け抜けていた。
槍や剣で受ける?……あるいは、盾に隠れたとしてもムダだ。我が悪友が、帝国人を殺すためだけに作ったこの紫電の槍は……鋼を伝い、肉を焼き骨をも爆ぜさせる。
「ぎゃああああああああああああッッ!!」
「ふぇ、ふぇいんとだああああああああああッ」
「ひ、ひきょうものおおおッ!?」
それも誤解だ。
ちゃんと、あの火球も君らへと襲いかかるぞ。炎の球が夜空から降ってきて、帝国人どもはそれに怯える。死の威力を持つものではないかと心配したのだ。不安に怯えるヒトの群れは、どういった行動を取るか?
一カ所に集まるものさ。彼らは今、往来のど真ん中に集まっている。指揮官の戦闘指揮ではなく、ただの怯えによる本能的な反応だ。だから、オレみたいな戦術を企てている男の前に、君らは敗北するよ。
「い、今のは、強く無かった。少しは、火傷するぐらいで、威力がない」
「あたりまえだ、あんな強力な魔力を、何度も、つかえねえって」
「なら……反撃のチャンスだ」
「―――そう思っているのなら、大馬鹿者だぞ」
『白夜』も、オレの言葉に賛成してくれる。ヒヒン。と敵を小バカにするために、罵りの鼻歌を聴かせてくれたよ。いい声だね、ユニコーンの姫さまよ。
「強がりを!!」
「行くぞ!!ヤツを殺せえええええッ!!」
帝国兵たちは、後ろを見ていない。前向きなのは歓迎するが、オレは君らの背後から来たのだから考えるべきだ。脅威はまだいるぞ?
『ヒヒヒヒヒヒヒイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンッッッ!!!』
馬のいななきが聞こえていたよ。そうさ、オットーが操る四頭引きの馬車が、道のまん中にいる帝国の兵士たちに背後から襲いかかった。気づいたときには遅かったよ。とんでもない事故が起きる。
騎兵を背負った馬に、四頭引きの馬車を軽やかに躱せるようなステップは踏めなかった。雪崩込むように突撃したその馬車が、兵団と混ざるようにして衝突していた。馬車が宙にひっくり返る、何人もがその崩壊に巻き込まれる。
馬車に轢かれ、馬の蹄に踏みつけられ、転げた馬の下敷きになっていく。混沌が産まれ、兵士たちとマルコ・ロッサの馬車は、ぐしゃぐしゃに混ざりながら傷ついてしまっていたよ。
「な、なにごとだ……っ!?馬が、と、特攻してきた!?」
隊長サンは幸運にも難を逃れていたらしい。だが、この瞬間を生き延びたからといって、彼に襲いかかる不幸が消えたとは限らない。オットー・ノーランは、大クラッシュを発生させるその瞬間に、馬車の屋根を蹴り、遙かな高みへと飛んでいた。
光が乏しい夜空のなかに、三つ目の戦鬼が瞳を輝かせている。
『炎』を見る目、『風』を見る目、『雷』を見る目。
赤い瞳、緑の瞳、琥珀色の瞳。
三つの瞳が光を帯びて、差別主義者の頭部を狙っていたよ。無音のまま、オットー・ノーランの慈悲が宿った処刑は執行される。空中高くから降下しながらの、棍の一撃である。その破壊力は、鋼の兜をも通して、その中身を打ち壊してしまうのさ。
恐怖なき即死の技巧。
なんていう慈悲なのか。優しいオットーは、慈悲をつなげた。まだ戦場に生きている男たちに、やさしき戦鬼は、容赦なく襲いかかる。
地を這うような棍の薙ぎ払いで、兵士の胴を砕き、肺腑を破裂させた。神速の突きにより、ノドを打たれた者は、即死する。回転する棍の威力は、サーベルを容易く打ち砕き、反抗的な兵士の側頭部を殴りつけていた。
慈悲を帯びた、瞬殺の舞踏。
オレは彼のやさしさに敬意を払いたい。
オットーはまたたく間に、生き残りたちを仕留めていた。全てを殺し終えた男は、三つの瞳を閉じた。主を殺されて、怯えている馬に彼は近づくよ。それは隊長殿の馬だった。
まだその背には、頭がおかしな方向に曲がった騎士が乗っていたが、オットーは棍を振り、騎士の死体を馬の背からどかしてやった。オットーの手が、馬の顔に伸びた。馬をやさしく撫でる指は、馬に安心を伝えたのだろうか。
殺意はあったとしも、憎しみはないよ、オットー・ノーランには。
彼らが亜人種の村人を殺戮するための任務を持っていなければ、殺さないように手心を加えたかもしれない。この殺戮は、ただ人々を守るための戦いであり……彼の正義を貫くために必要な行為であっただけさ。
「……お願いがあります。たくさんの人々の命を、救うために戦場へ行きたいのです」
馬は、己にそう語りかけた、やさしい男を受け入れたのか。
その背にオットーが乗ることを許していた。
それがこの黒い軍馬の答えであったのだろう。
「さあ!行きましょう!!村が、焼かれているッ!!」
「ああ。行くぞ、オットー!!『白夜』ッ!!」
『ヒヒヒイイイイインンンンンッッッ!!!』
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