第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その16


 馬車を走らせながら、オレはゼファーの視野を『間借り』する。ゼファーは、まだ黒い海の上を飛んでいる。背中にはミアとロロカ先生、フレイヤとジーン、そしてターミー船長がいたよ。


 いい人選だ。さすがはロロカ先生。


「……オットー、馬車の運転を任せられるか?」


「ええ。ゼファーと通信するんですね」


「そうだ。フレイヤに確認を取りたいこともある」


「あの『策』に、参加するかどうか……」


「……ああ。帝国海軍が半島南部を襲撃している。そのことを、海賊の長たちは知っている。だから、このタイミングで質問するのは卑怯な気もするが……」


「時間がありませんからね。彼女があの『策』に参加すれば、南部を含め、各地の襲撃が弱まる可能性がある……総督にとって、彼女こそが最大のターゲットなのは明白だ」


「……『生け贄』ですね、まさに。ああ、僕が……あんなことを言い出さなければ」


「気にするな。『策』に乗るか乗らないかは、皆の自由意志で決めたことだ」


「そうですが、責任を感じます」


「……ならば、フレイヤが喜ぶことをしよう。彼女を『生け贄』にしたとしても、オレたちは帝国海軍を潰す。海軍軍船を減らして、『オー・キャビタル』さえ落としてしまえば……連中はこの半島から南下するしかないだろう」


「……南下して逃げ延びる。そうでなければ―――『自由同盟』に殲滅させられますからね」


「ああ。疲弊するリスクを承知して、『オー・キャビタル』の奪還をしてもいいが……その後で半島を駆け上ってくる『自由同盟』に一瞬で殲滅されるだけになる。『自由同盟』が丸儲けだ」


 それだけは、戦争に詳しいファリス帝国の軍人は選ばないさ。


 まあ、選んでくれたら、ルード王国のスパイたちは満面の笑みだろうね。


 クラリス陛下はその形の勝利を望みはしないだろうけど。スパイたちは、そうでもないはずさ。彼らからすれば、ルード王国が守れるのならば、それで及第点だし、アリューバ半島をルード王国が支配するというのも、まんざらではないだろう。


 ルードのスパイ。彼らはルード王国の愛国者だ。愛国者であり善人ではない。


 この乱世で、ルード王国のような小国を生き長らえるのは、あまりにも困難な道を歩む必要がある。そのために必要な汚れ仕事をしてくれている彼らにとって、ルード王国の飛躍は望ましいことだろうよ。


 ……だが、最良の道は、そうではない。


 クラリス陛下も侵略者の道は望んではいない。


 オレたちは解放者であるべきだからだ、そうでなくては『自由同盟』という大義の名が腐る。腐った大義の旗になど、真の英雄が集まることはない。


 人々の心を集める、英雄がいるのだ。


 大陸の95%を支配するファリス帝国に挑むためには、オレたち5%が真の結束を帯びなければならない。正義を体現する英雄がいる。フレイヤのような、身命をなげうつほどの愛で、祖国を守ろうとする者たちの心がな。


 そうでなければ、巨大な敵を前にした時にさえ、ヒトは手を組むことも出来はしない。


 『共通の敵』がいるから結束する?


 ……そうじゃない。


 同じ哲学に共鳴したからこそ、無心のまま共に在ることを選べるのだ。それが真の結束というものであり、それが無ければ、5%のオレたちは仲間になることさえ出来ない。


 なあ。ゼファーよ、伝えてくれるか、フレイヤに。


 ―――うん。いいよ、『どーじぇ』。


 ……フレイヤ・マルデルよ。


 まだ若い君にこんな問いをするのは、心苦しい。


 オレには君が自分の身を大きな危険に晒すこの『策』を、すぐに受け入れることを予想しているからだ。あのときのボートで話したことよりも、さらに、君にはリスクが大きい。


 これは君を守るための『策』でもあるが、帝国とジョルジュ・ヴァーニエ総督を討つための、攻撃的な『策』なんだ。


 上手く行けば、君も、オレの部下であるシャーロン・ドーチェも、その他大勢が助かる『策』だが……リスクは大きい。誰かがその役目を失敗すれば、修正を余儀なくされるし、修正しているあいだに崩されるかもしれない。


 しかし、オレは現状で取れる最高の『策』が、それだと信じている。これが最も被害が少なく済む方法だろう。『自由同盟』の軍を招集してこの半島から帝国を追い出すよりも、はるかに多く、半島の人々の被害が少なくてすむだろう。


 最高の『策』だと思う。君の命を、大きな危険に晒すが―――いいや、下手すれば、君の命を生け贄にしてしまうかもしれないが。このリスクを、受け入れてくれないか?


 ―――はい、おっけーです、だって。


「軽いな!?」


「団長?」


「あ、スマン。想像より、はるかに軽いノリだったから……」


「彼女らしいかもしれません」


「そうだな……」


 ゼファー……分かった。オレは彼女に気を使いすぎていてよ。フレイヤに伝えてくれるか?オレとオットーとロロカと……あとシャーロンが作った―――ああ、そうだ、一言でいいな。『パンジャール猟兵団』を信じてくれて、ありがとう。


 ―――うん。こちらこそ、よろしくおねがいします、だって。


 くくく。そうだな。後は、お互いにやれることをやるだけだ。ゼファー、急げ。オレたちは今夜、敵の最強戦力を潰すぞ……。


 ―――らじゃー!いそぐね、『どーじぇ』!!


「……頼むぜ。ゼファーよ」


「通信は、終わったのですか?」


「ああ。彼女は、あの『策』を受け入れてくれたよ」


「そうでしょうね。セルバー・レパント氏が語っていました。彼女は、この半島のためにいつでも死ぬ気だと」


 オットーは昏い森のあいだを走る馬車の上で、苦しげな顔をする。


「『クルセル島』の戦いで実感しましたよ。レパント氏の言葉は真実です」


「ああ。そうだな……『ゼルアガ』に挑むことを、即決できる若い娘を、オレは猟兵以外には知らない―――彼女はきっと、死んでも、ガルディーナを仕留めるつもりだった」


「……はい。だから、今度も、彼女は自分の命の危険を顧みないんです」


「……そうだな」


「だからこそ、せめて我々は勝利をもたらしましょう。もしも、彼女を失ったとしても、彼女の願いだけは叶えてあげたい」


 オットーの口から出た『それ』を、悲観的な言葉だとは思わないよ。


 たんにリアルな言葉だ。


 オレたちは、フレイヤ・マルデルを失う可能性がある『策』を採用したのだ。ハイリターンを目当てにして、ハイリスクを選び取ったんだ。悪魔と契約するようにね。


 だからこそ、オレたちは、『彼女が死ぬ可能性』も背負いながら、これからの戦いを考えるのが道理というものだ。


 己の命を捧げてくれたのだからな、フレイヤは。


 ならば、オレたちには、彼女の『願い』を絶対に叶える義務がある。仲間の命を背負うとは、そういうことだからだ。


「―――この半島を、アリューバ半島に生きるべき人々の手に取り戻させるぞ!!」


 そのためには多くのことをしなければならないが……オレたち『パンジャール猟兵団』がすべきことは決まっている。


「戦で勝つぞ!!敵を強烈に破壊して!!少しでも、このアリューバ半島に、本物の『自由』が来るように、ファリスの豚どもをぶっ殺してやるッッ!!」


「……はい!!」


 オットーの言葉と共に、オレたちは森を抜けていたよ。


 オットーが馬の尻を鞭で打ち、加速を強いる。


 左手には海が見える。アリューバ半島とハイランド王国のあいだにある内海だ。そこは穏やかにも見える……だが、悪意と殺意の命令を帯びた、『ナパジーニア』どもが、泳いでいった後の海だ。


 今、その海はとても暗い。


 たんに夜だからか。


 それとも、オレの悪い予感を反映してのことなのだろうか。


 どれぐらい、今夜、半島南部の人々の命が失われることになるのか……。


 オレは奥歯を噛むぞ。


 割れんばかりの力を込めて。


 四頭引きのこの馬車が、横転しそうになるぐらい飛ばしながら、オレとオットーは半島の道を飛ばしていったよ……時間の流れが粘るように感じた。ゆっくりと時間が流れているように感じて、オレは焦りばかりが募っていた。


 二時間か、三時間か……馬が汗をかき、その心臓に限界が見え始めた頃。オットー・ノーランが叫んでいたよ。


「……団長ッ!!」


 オレより目のいいオットーが、先に気がついていたよ。オレも、そのすぐ後に気がついたけどね。


 夜空に赤を見る。真っ暗な、夜空の一部が、明々とした熱に焦がされていた。闇を塗りつぶすその赤い色……炎の色に、オレは激怒する!!


「クソがッッ!!……外道どもが、村に火をつけやがったかッッ!!」


「……ッ!!団長、騎兵がいますッ!!」


 オットーの言う通りだった、騎兵がいる。その数は多くない。たかが二十騎程度。歩兵を伴い、ゆっくりと海岸沿いの道を歩いていた。


「ヤツら、後詰めの部隊かッ!!」


「そうでしょう。おそらく、『ナパジーニア』が海から上がり、散々に暴れたあと、生き残りを殲滅するための部隊ッ!!」


「性格が悪いにも程があるッ!!就任式の盛大なパーティーの裏側で、民間人の虐殺なんて仕掛けて来やがってッ!!クソがッ!!」


「このまま馬車で突っ込みますか!?四頭引きの馬車です。突撃してやれば、騎兵たちも崩せる。こっちも大破は確実ですが、あの一団を止めなければ、亜人種の村が、全滅してしまいますッ!!」


 オットーにしては特攻とは面白いことを考える。実に、ストラウス好みだ。オレはその策に乗ろうとしたが……そのとき、『彼女』がやって来ていた。


 水晶の角で、夜の闇を切り裂きながら、そのユニコーンがオレたちの馬車の隣りに、足音を鳴らしてやって来る。


「……『白夜』ッ!!」


 オレはその名を呼ぶよ!!オレたち『パンジャール猟兵団』の仲間!!そして、我が第二夫人ロロカ・シャーネルと魂を通わす、聖なる霊馬だ!!ロロカに伝えられて、オレのために半島を駆けて、この場に参上したんだな……っ。


 闇のなかに、そのうつくしい白い馬体を輝かせながら、『彼女』は聖なる歌を暗い夜の風を打ち払うたまに解き放つ!!


『ヒヒヒイインンッッ!!』


「―――おうよッ!!」


「こ、言葉が分かったのですか!?」


「ああッ!!来いよ、ソルジェ・ストラウスって、言っているのさッ!!」


「たしかにッ!!訊ねるまでもありませんでしたね!!」


「先に行くぜ、オットー!!」


「はいッ!!」


 オレはとんでもない勢いで走る四頭引きの馬車の側面にぶら下がる、そして、そのままオレを待ち構えるユニコーンを目掛けて飛んだのさ。ユニコーンは、オレの体重を浴びてもビクともしない。


 当たり前だ。


 コイツは『白夜』だ。ロロカ・シャーネルの駆る、最強のユニコーン!!


「行くぞおおおおおおッッ!!走れええええッ!!『白夜』あああああッッ!!」


『ヒヒヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンンンンッッ!!』

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