第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その15


「おつかれー。みんな、スゴいね。正義のために殺しまくりだ」


「ウフフ。褒められましたわ、リングマスター」


 そう言いながら上機嫌にも見える踊り子さんは、オレのほほにキスをしてくれる。


「おお。ラブラブだ。不倫現場見ちゃった。でも、3人も4人も一緒だよね」


「これはそういのじゃないよ、レイチェルのキスは、親愛の証さ」


「そうよ!さすが、リングマスター、私のことを、よく理解してくれているわ」


「まあね」


 君とは心にある闇がね、共鳴するのさ。この感覚は独特で、おそらく他の人々からは理解されがたいことの一つだろう。


「でも。したくなったら、お金次第ですので」


「変な形の誘惑をしないでくれ」


 君が夫以外を受け入れるわけがないと知っているよ。大人の照れ隠し?なのかね、まあ、彼女が普段の心理状態に戻ったのはいいことだ。闇の彼女は、毒を放ちすぎる。ミアがビビる数少ない存在の1人だもんな、レイチェル・ミルラは―――。


「……さて、冗談はさておき。不吉なことを、彼は口にしていましたわ」


「そうだな。『南部の村』を襲うか……それの後詰め」


 言葉通りに解釈したら、もう攻撃は開始されているようにも取れる。


「……亜人種の口減らしさ。理由は後からでもつけられるからね……とにかく、殺しまくるというわけだよ。反乱の芽を摘むために、民間人を焼く。それがジョルジュ・ヴァーニエという保守強硬派だ。国内の『純度』を保つ。人間第一主義の権化の一つかもね」


 血なまぐさい男だ。反吐が出るぜ。


「団長、ゼファーは?」


「……半島から、出ている」


「悪いタイミングですね。彼がいたら、救援に迎えるのですが。呼び戻せませんか?」


「……しているが、間に合うかどうか微妙だ」


「竜を呼んでいるのか。スゲ、ホント、魔王サマの所業だ」


「スパイさん、彼らの動きは読めないのかしら?」


 観客相手の過剰なほどのスマイルで、スパイさんに近寄るよ。スパイさんは悪い予感がするのか、その超絶美人の接近から、後ずさりする。


「こ、こいつらは八時間ずつ、働いている。彼らは3時間前から勤務しているね。予定表を見つけたから、分かったよ。そして……名簿もね」


 勤務表に名簿。色々と手の早い男だ。


「つまり、出撃したのは3時間前……ってことですの?」


「そうだよ、おっかない美人の姉ちゃん。この手こぎの船はね、帆船とロープで結ばれて運ばれるんだよ。獲物の近くにまで行くと、この黒塗りの船は闇に紛れて力強く接近し、浜に上陸すると殲滅を開始する」


「帆船の補助も受けるのか」


「ああ。移動手段としてだけじゃなく……兵士のサポートもある。『ナパジーニア』が突撃した後は……彼らも上陸する。あるいは、他の場所から上陸させておいて、『ナパジーニア』と連携するもいい。もしくは……地上部隊との連携もある」


「とにかく攻撃的な戦術を取る集団というわけですね」


 オットーがまとめた。そうだ、攻撃的な集団。その手段に変化はあろうとも、こいつらは村を強襲するための部隊である。それが肝心なことだ。それ以外は、些末なことかもしれないほどに。


「……馬は手配出来るか?」


「……もちろんさ。お馬ちゃんくらいは簡単。貴族仕様の馬車があるよ?」


「あれか。死体は処分したのか」


「ああ。捨てるべきところに捨てた」


 どこに捨てたのかね?


 刻んで下水道か。あるいは、この土地に潜んでいる他のルードのスパイに渡したのだろうか。だが、馬車があるのはありがたい。


「前の総督殿のサインを偽造して、シャーロンくんが作っておいた書類もある。この書類があれば、君らは亜人税の徴収のために雇われた、身分の低い暴力でメシを食うタイプのクソ役人に化けられるよ」


 毎度ろくでもない変装だな……。


 まあ、いいさ。


「……レイチェル。君は海上から進んでくれ。妨害工作を頼めるか」


「イエス・リングマスター」


 そう言いながら、彼女はまたほほにキスをしてくれる。今夜はサーカスの仲間たちのことを思い出してさみしいのだろう。


「行ってきます」


「……ああ。頼む。『ナパジーニア』の船を見つけられたら、仕留めてくれ」


「はい。お任せあれ。オットー、リングマスターがムチャをしないように見張っていてね」


「ええ。もちろんです。貴方もお気を付けて」


「ええ。それでは、紳士さまたち。ごきげんよう」


 そう言いながら、彼女は上半身をしならせて、サーカス芸人の大げさなお辞儀をしてこの場所から出ていったよ。倉庫を出て、海上を行く。


 1人でこの場を出て行くレイチェルを見て、中年スパイは唇を突き出していやがる。中年がしても可愛くない仕草だな。むしろ、ムカつく。


「……レイチェルちゃん、ひとりで行かせちまって大丈夫かい?」


「危険だとでも思うのか?」


「……ううん。そう言われると、全然。まあ、いいや。こっちの爆破処理はオレに任せておけよ。30分後に、爆薬を積んだ『ナパジーニア』の船は二隻とも大爆発」


「あとは……56人の強兵と、船一隻か……いや、ヘイズワースを殺しているから、55人か」


「海軍最強の戦士たちを選んだのだろうね。それは……アンタらからすれば、なんというか、ただの犠牲者に過ぎなかったようだけど」


「いいえ。彼らはよく鍛えあげられていました。才能と練度を感じましたよ」


 オットーの言葉は正しい。


 奇襲だからこそ、あれほど容易く勝利しただけ。試合形式で戦えば、負けることはないが、それなりに粘られるのは明白。帝国軍の兵士にすれば、かなりの上級者だ。『暗殺騎士団』の連中と、同等の強さがあったかもしれんな。


「オレたちは強すぎるだけだ。だが、彼らも十分に強かった。並みの戦士では勝てやしない」


「ああ。いい反応していたよね、奇襲じゃ無いと、オレじゃムリかも」


 中年はやる気のない瞳で、死体を見下ろしていた。オレは、彼がこの若者たちに負けるような存在とは、とても思えやしないがね……。


「殺しのベテランには敵うまい。だが、戦場であの強兵たちがいるのは辛いだろうな」


 強兵のみで構成されたチームは、揺るぎなく頑強だ。戦局を覆す力にもなり得る……どうにかして、排除するべき連中だった。


「イイコトをしたね、アンタら。『ナパジーニア』がいるといないでは、半島の民たちの被害は天と地ほど違う。三交代制を作り直すにも、ちょっと時間がかかるだろう。何より、真の強者から格落ちする……そして、特別製の強襲船は一隻だけになるね」


「そうだな。戦力を大きく削れたはず」


 虎の子の部隊を全滅とまでは行かなくとも、半壊させている。一晩であげるには悪くない戦果だと思うぜ。


 オレはそう前向きに思うことにした。


「うん。あと……グッドニュースというか、いい偶然というか……オレたちは、『ダベンポート伯爵』の容疑者の二人目を殺してるよ」


「え?」


「あんたか、あの姉ちゃんがぶっ殺している、そこらの死体のどれかが、ジョナサン・『ヴァイス』のはずなんだ。勤務表と名簿によるとね」


 オレはそこらに転がる死体を見たよ。戦輪で顔をえぐられたヤツもいる。確認作業をする情熱は起きなかった。モチベーションがわかないよ。そいつは『外れ』なわけだしね。


「……なるほど。どれかは、分からんが。これで、『ダベンポート伯爵』の名前は確定したということか」


「うん。『ルービット』ってヤツさ……ああ、オレたちは運が悪いぞ。容疑者を二人も殺したのに、外れが二連続だぞ。運が悪すぎるよ」


 三分の一で当たりを引くはずが、二連続で外れだった。たしかに、そういう考え方もありはするな―――。


「……スパイは『ナパジーニア』には入れない。だが、そのルールは、あくまでもアンタの説が正しければのハナシだ。間違っている可能性もある」


「まあね」


「……だが、オレは経営者の癖が身についている。より悪い方を考えちまうな」


「リスク管理としては正しいんだよ。オレも勘を外したことはあるよ?……でも、その回数は多くない。悪い予感は、どうにも当たるものさ」


「ああ。世界は……とくに軍事作戦は悪意により、合理的にまとめられたものだ。相手の不幸と破滅を望むように動く。最悪を想定するのがベターだよ」


 その哲学で渡っていくべきなのが、乱世の道。


 猟兵らしくていいよな、ガルフ・コルテス。


「だよね。それじゃ、馬車の隠し場所は分かるよね?」


「ああ。任せろ。『ホテル・バルバロッサ』の裏手にある、馬飼いサンだな」


「そうさ。あの巨人族の老人は、スパイじゃないが、オレの長年の協力者だ。夜中に起こしても問題はないだろう。こういう政治的な夜には、オレたちのために待機していてくれる。いい男だ。早く行け」


 ……長年の協力者か。


 帝国に反抗心を抱く亜人種は山ほどいるだろう。自分たちを世界にとって不必要な存在として見るような連中を、受け入れられるような者は皆無だろう。


「よし。行くぞ、オットー」


「ええ。行きましょう団長。馬車ならば、船よりも速い」


「……この三時間の遅れを、取り戻せればいいんだがな」


「……よりマシな状況を目指しましょう。あきらめては、いけません!」


「―――そうだな」


 オレたちもレイチェルに続いて、その倉庫を後にしたよ。爆破作業をあのケットシーの中年に任せてね……。


 30分後に爆破か。なにか、意味のある時間かもしれない。何かを彼がちょろまかすためとかね。火薬……盗みそうだな。手癖の悪い彼は。まあいい。物資の現地調達はスパイの基本的方針らしいからな。


 オレたちが巨人の老人から馬車を借りて、『オー・キャビタル』の門番に例のニセ書類を見せて、ほんの二分後のことだったよ。帝国の軍港が、爆発していた。一カ所ではなく、三カ所ほど、立て続けに爆破が起きていた。


 混乱が起きるだろうし……おそらくあの爆発で、帝国の軍港にもオレが想定している以上のダメージを与えたのだろう。


「……さすが、ルードのスパイですね」


「ああ。やってくれるじゃないか。これで、あの新総督も大激怒必死だな。就任式典は、これで台無しだ」


「はい。ですが、その分、怒りが強まる……」


「そうだ、だからこそのシャーロン・ドーチェだ。ヤツの策なら……フレイヤを守りつつも、『オー・キャビタル』を奪える」


「……くわしく、お聞かせ願えますか」


「ああ。そうだな。馬を道なりに走らせるのは簡単だ。君にも詳しい状況を知っていて欲しい」


 おそらく、君は苦い顔になるだろう。


 例の『策』について、言い出しっぺは君だから。


 だが……すでに君の『策』の範囲は超えている。


 『異端審問官』ジブリル・ラファード、『彼女』を利用する予定では、全くなかったのだから。


「……本気ですか?」


 オレの説明を受けたあとで、彼は聞き返してきたよ。


「そんな言葉を口にされると思っていた。もちろん、フレイヤには確認を取ってはいない。だが、シャーロンの方はおそらく『策』を実行中だ」


「危険過ぎますね。シャーロンくんが……殺されるかもしれません」


「戦場で命のリスクは、誰しも背負っている」


「……分かりました。もう、彼は始めているのですね、そんなムチャな策を」


「……失敗しなければ成功するさ。アレは、運がいい。どうにか成し遂げると信じているぞ、オレは」


「そうですね。失敗しなければ、多くを助けることが出来る……」


「そういう意味では、悪くない策だ。とにかく、オレたちは各々が、最善を尽くすしかない……どうにか、南下するぞ。ゼファーと合流出来れば、オレたちにだって多くを救える」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る