第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その14


 倉庫に入ったオレたちは、談笑の音を聞く。10人の仲間が殺されたことに気がついていない証だな。今夜はヤツら侵略者どもにとっては、祝うべき夜だからね……。


「新たな時代に、乾杯!!」


「おうよ、まあ……勤務中だから、酒じゃないのは残念だが、乾杯!」


「いやあ。海軍に配属された時は、『遠征師団』から漏れたと思って、死にたくなったが。剣術やって来て、良かった!」


 『遠征師団』ね。


 敵味方のサイドが変われば、認識も変わるもんだよ。オレたちからすれば、『侵略師団』なのだがな。


「本当に、報われた気がする。海賊どもとの戦いでは、腕を振るう機会も少なかった……地上戦は、もっぱら『暗殺騎士』たちに取られてきたからなァ」


「……へへへ。バルモア人も、これでおしまいだ!連中のことを、総督は信じちゃいないもんな」


「あいつら、いつまでも自分たちがバルモアの騎士だって言いやがる。とっくの昔に属州になったくせによ?……立場ってものが、分かっていないんだ」


「第七師団でも、反乱を起こしたっていうぜ」


 『ヴァイレイト』がな。オレたちの策に踊らされていたよ。君たちの結束の低さが、あの結末を招いた。


「ああ、ザクロアでは無謀な突撃で犬死にしたって噂だよ!ザック・クレインシー将軍も連中は嫌いだったのかね」


 ……それは正確ではない。彼らは、栄光を求めていただけだ。敵に己を重ねるのはイヤだが、栄光ある死を求めて、どこかのストラウスの赤毛のように、突撃しただけだよ。


「クレインシー将軍も、あの戦で負けちまったから、もう終わりだろう。元々、ファリス系の将軍じゃないんだ。劣等文化の異民族出身……戦争責任を取らされて、ポイさ」


 兵士どもが笑う。


 ほう、オレが『最高の将軍』と認めている、あのザック・クレインシーを笑うか。なるほど、覚えておくよ。その無礼をね。


「……しかし、明日から忙しくなるな。『先行部隊』の後詰めか」


 ―――『先行部隊』?


 オレの心には、殺意よりも大きな興味がわいていた。なんとも不吉なハナシだよ。オレはスパイの中年ケットシーを見た。隣の木箱の影に隠れるマルコ・ロッサは、ゆっくりと首を横に動かしている。


 否定している。


 彼も知らない情報か……総督の直接の命令を受けて動く存在。つまり、情報漏えいの心配は極めて少ない。1人は殺さずに生け捕りにする必要が出来た。オレは、仲間たちに立てた人さし指を見せる。


 ガルフ・コルテス式の指サインさ。


 まあ、意味は分かるはず。みんな頭と胴体がくっついている連中だからね!


 さてと……連中のハナシがミアの耳には聞かせたくない類いの卑猥なトークになっている。だから、もう彼らはビジネスの話題はしないだろう。


 侵略者どもの新たな歴史の始まりを、彼らは猥談で祝している。


 いいさ。


 オレは猟兵どもに合図を出した。


 左右から挟み込むようにして殲滅する。その合図だよ。オットーとマルコ・ロッサは、左回りに倉庫のなかを進んでいく。彼らが目指したのは、仮眠中の人々。10名の隊員たちが眠っている。


 魔眼が教えてくれているよ、彼らの睡眠は深い。おそらく作業疲れだ。この数日、『ナパジーニア』を立ち上げようと、かなりハイペースで働いたのだろう。


 新たな部署への異動に、この巨大な倉庫に浮かぶ、二隻の手こぎのボート。28名の戦闘員で操作する、腕力頼みの襲撃船……ペンキの臭いが新しい。秘密の部隊なら、船大工たちには頼れない部分もあるだろう。その整備と、そして、訓練による疲労。


 疲れ切っていても当然だ。


 だから、寝込みを襲われてはたまらない。オットーとマルコ・ロッサのナイフが、次から次に命を掻き消していくのが、オレの魔眼にはよく見えていたよ。


 3分もいらなかった。オットーの精緻に動く指が、ヤツらの口を覆いながら、首を掻き切ったり。二段ベッドの下のほうで寝ているヤツの後頭部には、一瞬でズドンと頭蓋骨を貫通するナイフの一撃を叩き込む。


 ああ見えてオットーは、指一本で一時間近く自重を支えるよ。サージャーってのは、体力やバランスの制御が、どの種族よりも優れているんだ。見えるのは相手の魔力だけじゃなく、己の魔力をも見えるから……。


 でも、オットーの力はコツに頼るだけじゃない。彼は中肉中背に見えるが、脱ぐと、とんでもない筋肉質の体を持っているよ。いつか、サウナでオットーの筋肉を見て、うおおお!と感嘆の声を上げたのを覚えている。


 オットーが完璧な仕事をこなしていく隣で、あのケットシーも何かをしている。彼は資料を漁っているようだ。あと金目のモノを盗んでしまうのだろうな、あの手癖の悪い指で。スパイとして潜むための軍資金は現地調達。ルードのスパイってのも、厳しい生き方だ。


 さて……あとは、たった8人。


 これまで無音だったけど―――これからは少し、事情が変わる。オレは左眼の偽装を解くよ。青い瞳から、竜の金色の魔眼に戻した。ついでに髪の色も赤毛に戻す。


 未亡人の指が、オレの頭を撫でていたよ。


 あのセクシーな踊り子の声で、オレは褒められちまうのさ。


「……こちらの方が、いいですわ。炎のように、血のように……深くて強い赤」


「……だよね。オレもそう思う」


 ストラウスらしい赤毛を、オレも誇りにしているよ。オレは……魔眼の力を使うのさ。呪い眼の力―――地味だが使える『ターゲッティング』だ。


 狙うのはね、ランタンさ。この倉庫を照らしている六つのランタンに、オレは金色の紋章を施していく。すぐに終わるさ。そして、連中は無音の作業に気づかずに、どの体位が女にとって最高なのかを熱心に議論していた。


 若い男が集まっていると、本当に下らない。


「……行くぞ。闇の中でも、『諸刃の戦輪』と踊れるな?」


「ええ。この子との付き合いは長い。むしろ、目を閉じていた方が、最近は呼吸が合うんですのよ」


「愚問だった。では、いくぞ。1人残して、他は殺す」


「イエス・リングマスター。多く殺した方が、ご褒美を」


 帝国兵を殺すこと。それがレイチェルに許された、最愛の夫への唯一の愛情表現だ。愛の絆は死別の悲劇によっても結び目がほころぶことはなかった。だが、触れることも出来ない者へ、愛を表現することは難しい。


 オレには分かる。


 レイチェル・ミルラが浮かべる愛の貌が、とてもうつくしく共感できる理由がね。


「……『風』よ」


 オレは六つの『風』を召喚するよ。それらは極小の弾丸となり、ランタンの炎を掻き消していた。不意に暗黒が訪れる。


「―――え?」


「風か?」


「でも、しつな――――」


 室内。それが彼の遺言だろうね。状況把握能力に長けていたのか、それとも鈍感の域からは出ないのか。レイチェルが闇のなかで跳ねながら投げた『諸刃の戦輪』の一つが、彼の頭部に命中していた。


 もう片方の戦輪も1人の頭を破壊していたよ。


 闇のなかで、オレも踊りたい。


 レイチェルと競走だし……オレは、帝国人を殺すのが、大好きだ。家族への愛と、故郷への愛……そして、アーレスとの約束を果たしているという実感が心にやって来るからね。


 ―――ファリスを殺せ、あの裏切り者どもを殺せ!!


 血に刻まれた願いのままに、オレはアーレスの『角』と魂が融けている竜太刀と一つになって暴れるよ。魔眼の闇をも見抜く力に導かれ、オレは暗闇のなかでも獲物を見失うことはない。


 小さなテーブルを囲うように集っていた帝国の兵士どもを、ファリスの豚どもを、剣舞、が切り刻む。『太刀風』の連発さ。鋼の牙はオレの意志と共に、殺戮の軌道で踊ったよ。


 手首を跳ねて、胴体を斬る。腹を切り上げて、痛みにその身を屈めた男の首を落とす。飛び付きざまの大上段で、頭から胸元当たりまで深くに、刃を叩き込む。


 そうしている間に、闇のなかで戦輪を回収したレイチェルが、獣の貌になりながら、6人目を戦輪の刃で斬り裂いていた。


 ……殺していいのは、あと1人。


 オレと彼女は同時に、その獲物に跳びかかり、武器の鋼を叩き落としていたよ。鋼が同時に頭を潰した。


「―――こういう場合はどうするのかしら、リングマスター」


「―――仕方ない、引き分けだ」


「あなたと、はんぶんこですわね、うれしい」


「そう言ってくれると、オレもうれしい」


「だ、だれだああああああああッ!?な、なにが、おきたんだあああッ!?」


 闇の中で目がくらんだままだろう。


 最後の男は立ち上がり、サーベルを抜くと、あたり構わず振り回していた。


 オレはうつくしい女性にサービスするよ。騎士道の体現者、ソルジェ・ストラウスとして当然のことさ。


「生きていればいい。口が動くなら。他の部分は、好きにしろ」


「まあ、ありがとう!帝国の兵士に、私の友だちは腕と脚を切り刻まれたの……」


「な、なんのことだ!?」


「サーカスの娘。売られて来た娘だけど、お客さまの笑顔が好きだった。だから、あの腕はね、ジャグリングを極めようと頑張った。あの脚は、踊りを極めようと。楽しいことよ、苦しいけれど、あの日々は……幸せでした」


 闇のなかに一礼し、アーティストは闇に踊った。


 生きたまま手足を切り落とされた同門の娘のために、復讐者はその見知らぬ男の手足を呪われた戦輪の刃で切り落としてやったよ。侵略者には当然の暴力だ。オレは地面に転がり、短くなった手足を動かす彼のもとに歩き、言葉を吐いた。


「……なあ、『先行部隊』って、何のコトだよ?」


「……こ、ころさないで」


「殺すよ。痛めつけて、殺す。生きたまま皮を剥いでもいい。君は帝国人の兵士だ。帝国人の兵士が、彼女の仲間たちにしたことを、全てされる義務が残っている」


「はい。皮を剥がれた娘もいる。全身を刃物で刺されたドワーフも。私の夫は、鈍器で殴られ続けて、死んだみたい。体中の骨を砕かれていたの。抱き上げたとき、軟体芸人のように軟らかくなっていたわ」


 闇のなかで、復讐者はオレ以外が見るべきじゃない貌になっていたよ。オレ以外が見るとね、彼女を悪人と誤解してしまう。そんな貌さ。オレは理解しているよ、彼女は愛が強いだけ。


「……や、やだあ、お、おれじゃ、おれじゃないよおおおおッ!?そ、それ、おれじゃないよおおおおお!?」


「いいや。帝国の兵士だから。君も同罪なんだよ。オレたちは時間と余裕と強さがある。君に対する大きな憎しみもある。それを成すための理由もたっぷりね。どうせ死ぬしかないが、このまま拉致して四日間ほど苦しませることだって出来る」


「ウフフ。死にそうになったら、私が人工呼吸してあげてもいいわ!何度だってしてあげるわよ。がんばって、苦しみ続けてね!」


「おいおい、よかったな!暗闇で見えないかもしれないが、彼女はとんでもなく美女だ」


「やだああ……やだよおお」


「ハハハハハッ!泣くなよ、オレを爆笑させるな。なあ、もう一度聞く。次に質問するのは、拷問をたっぷりした後だ。よく考えてしゃべるんだ。『先行部隊』って何だ?」


 泣きじゃくる侵略者は、ファリス帝国の豚兵士は、語るんだよ。


「……南部の村を、幾つか……襲うんだ……南部は、亜人種だらけだろ?……お、オレじゃないよ……オレは、そんなことを、しない。そ、総督の、指示なだけ!悪いのは、あのハゲだよ!!」


「……南部の村を、襲う……クソが」


 海賊ゆかりの地でもある、トーポ村もか!……可能性は高いぜ。ジイサンよ……殺されてるんじゃねえぞ……ッ。


「は、話した!!話したから、た、助けてくれ!!」


「レイチェル。約束を果たす。彼を楽に死なせてやれ」


「イエス・リングマスター!」


 そう言いながら彼女は侵略者に近づき、そいつの首を踏み込みながらへし折ったのさ。慈悲深く、一瞬の死を与え。彼女は、まったく笑っていなかった。


 だから、オレは彼女に近づき、抱きしめる。肩を抱いて、背中を撫でた。


「よくやったぞ、レイチェル」


「……ええ。リングマスター」


 闇の中の沈黙に、彼女は、復讐者の貌を渡すのさ。オットーがランタンに火を灯したときには、いつもの笑顔に戻っていたよ。そうさ、彼女は光のなかでは笑うべき女性。闇のなかの貌は、オレだけが知っているのでいい。


 オレは、彼女の『リングマスター/殺された夫の代役』だから。

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