第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その13
「……よう、遅かったな」
そこは港さ。要塞そのものに見える、『オー・キャビタル』の総督府の足下に広がる、軍港と民間港の境目さ。
マルコ・ロッサは海から吹いてくる夜風が寒いのか、ずいぶんと震えていやがった。年寄り臭い動作だな。本当にルード王国のスパイなのだろうかと、疑問が浮かぶほどに、彼はときおり頼りない。
「仕事はしていたんだろうな?」
「……ああ。火薬の場所は、ちゃんと突き止めたよ。やっぱり、『七番倉庫』だった」
「ふむ。『ナパジーニア』も、そこにいるんだな?」
「うん。彼らは常に倉庫で強襲用の船と待機しているのさ。三つのチームに分かれての交代制さ。チームの一つが、必ずそこに存在している。メンバーはほとんど替わっているだろうけど、ジョルジュ・ヴァーニエが作った哲学は継承され、徹底されている」
「彼らは、火薬を船に積んでいるの?」
レイチェル・カミラが人懐っこい笑顔を作り、マルコ・ロッサに訊いていた。衝動的な殺意の昂ぶりを押さえるための、レイチェルなりの工夫だろう。その笑顔の裏側に潜む攻撃性に気づいたのか、彼女から一歩離れながらマルコ・ロッサは返事した。
「あ、ああ。海賊船対策さ。カタパルトで、火薬を詰めた樽をぶん投げるつもりさ。バルモアでは、ヤツらの得意戦術の一つだった」
「なんとも豪快な戦術ですわね」
「うん。ホントだよね。それで、船の喫水線以下を狙うのさ。当たれば大打撃。外れても、機雷として浮かぶ。進路にばらまけば、敵の動きを止めるよ」
「なるほど、元々はそういう足止め用の武器か」
「多分ね。ただの機雷さ。でも、ジョルジュ・ヴァーニエは発明した。あれをぶん投げるというアホな戦術と装置をね。まあ、当たるところに当たれば、『ブラック・バート』の中型船なんて、一撃で沈められてしまうかも?」
想像したくもない光景だよ。『ヒュッケバイン号』には、もはや愛着を持っている。あの船が壊される瞬間なんて、絶対に見たくない。
「だけど、『リバイアサン』の首領の船は、耐えるかも。アレ、船底に鉄板が入れてあるんだってさ」
「まあ!カレーの天才は、海賊船にも詳しいのね?」
「海賊は情報のセキュリティが甘いからね……残念だけど、知性が乏しい」
さんざんな言われようだが、たしかに思い当たるフシは多々あるから、なんだか海賊たちのフォローをしてやれないね。
「……でも。『リバイアサン』の腕はいいんだ。『ブラック・バート』のように帝国軍船を攻撃することは少ないが……攻撃し始めれば、そこそこ簡単に勝つんじゃないか?」
えらく評価されているな、ジーン・ウォーカーくんのところの海賊団。
「そんなに強いのか、『リバイアサン』は?」
「ソルジェ・ストラウスくんと比べると弱いよ、きっと」
「そういうハナシじゃなくて、帝国軍船を圧倒出来るのか?」
「うん。まあ、元々、そういう評価をしていたから、アイリス・パナージュさまは、『私掠船免状』をジーン・ウォーカーに送りたかったんだろう」
「元々、ジーンが本命か……それはそうか」
アリューバ半島の海賊を、『私掠船』として『自由同盟』に引き入れる。それが『アイリス・パナージュ・レポート』の要旨だ。
事実上、同盟騎士団の哲学を継承している『ブラック・バート』は、政治的な使命がある。『私掠船』としての契約に乗り気はなかっただろう……。
だが、実力はあり、政治的な使命のない『リバイアサン』は、簡単に『自由同盟』の提示するエサに釣れるだろう。
そんな評価を、前々からマルコ・ロッサは、アイリス・パナージュに報告していたのかもしれないな。いや、あるいはクラウス・パナージュにか。
「……でも。欲張りな魔王サンが絡んで来てね。ハナシを大きくしちまっている。オレは作戦の全貌を聞かされちゃいないけど……アンタ、また国盗りをさせるつもりだね?」
「ああ。そうだ。この国はフレイヤ・マルデルに返却されるべきだ」
「……姫騎士殿の国になるか。まあ、あの差別主義者のはげ頭より千倍いいね」
「比べる時点で失礼さ」
「たしかにね。さて……あの総督殿の手足を、一本ずつもいでいこうぜ?手始めに、就任早々、肝いりの懐刀をバキッと魔王サンがへし折ってやってよ。陛下にいいご報告が出来そうだ」
「ご褒美に定年が早まるのか?」
「それはないだろうね。活躍するスパイは定年が延びる。ソルジェ・ストラウスくんは、オレの師匠である、クラウス・パナージュに出会ったんだろう」
「なかなかジイサンだったな。定年までは、長そうだね、マルコ・ロッサ」
「……君らが帝国をさっさと潰してくれると、早くルードに戻れそうだ。やってくれよ、オレも、君の見てる『夢』の実現を、応援しているんだ。カレーのためにね」
「わかった。さて、オットー、敵の数は分かったな」
オレは、この物陰から『七番倉庫』を三つ目モードで偵察しているオットー・ノーランに話しかける。彼は会話に参加することもなく、静かに戦場を把握しようとしてくれていた。
「……はい。28人です」
「おお。スゲ。資料とピッタリだ。オットーくんの目玉も、オレの同僚の目玉も、優秀すぎて、プレッシャーになっちゃうよ」
マルコ・ロッサはだらしなく口を開きながら、あの死んだ魚の瞳で右手に握る手帳を見つめていた。
「おい、資料があるのなら教えてくれよ?」
「……いいや。あまり役に立たない可能性もある。これは、フレッシュな情報じゃない」
「……そうか。たしか、バルモアでの運用についてか」
「そうそう。これは、2年も前のバルモアでの情報。『ナパジーニア』は新生されたのだから、28人と既成概念を持って調べるのは、良くない。実は32人いて、4人、特別な事情があっていないとか、あるじゃないか?今夜は政治的なイベントの日だもん」
何だかんだで、マトモなコトを指摘してくれる。頼りにはなるんだよな、このカレー・マニア。
「……でも。変わっていないのですね。パターンが」
うちの踊り子さんが、瞳を細目ながらつぶやくよ。彼女はもう28人の獲物に夢中なんだろうね。どうやって殺すかを。
悪いが、全員は殺させない。『暗殺騎士団』が殺したという証拠をねつ造しないといけないからね。死体に、東方流派の傷を刻むことで……。
「……うん。パターンが変わらない。完成されたシステムだと、総督は考えているってことだよ。自信がある。今回も同じ戦術と戦略で動くさ。ああ、血なまぐさくなるねえ。バルモアでは、ヤツは殺しまくったんだぜえ……」
「―――それを予期してのシャーロン・ドーチェだ。『そっち』の対策は十分だろう」
「……ホント。よくやるよ、エリート・スパイさんたちは」
そう言いながらベテラン・スパイは煙管を取り出す。火をつけないが、その歯でガジガジと煙管の口を噛み始める。ストレス解消のまじないかもしれない。彼は同僚のスパイたちの活躍に、プレッシャーを感じるらしい。
難儀な性格をしているな。やる気はないけど、同僚に負けるのもイヤ。ずいぶんと精神が不安定な人物のように見受けられる。
さてと、いつまでもマルコ・ロッサを見て楽しんでいる場合じゃないな。
「オットー。敵の配置の報告を頼む」
「はい、団長。『七番倉庫』の28人のうち、倉庫の外の見張りは10人います。東西南北全ての面を、2人一組がそれぞれ守っています。そして、倉庫の北と南にある物見やぐらで、海と陸側を監視していますね」
「オーソドックスだな」
「古典的なのは、完成されている証だよ。兵士の体力の消耗を考えると、複雑な挙動は可能な限り外す……以前盗んだ、帝国海軍の教本にはそう書いてあったよ」
「その教本の執筆者の1人か、ジョルジュ・ヴァーニエ総督は」
「……ああ。帝国海軍の歴史は浅いからね。戦略的なストックは少ないのさ」
「消耗を低く抑えるという発想は、持久戦に向きはしますよ」
オットーはそういう守備的な発想を好む。探検家だからかね、あえて危険な場所に好んで足を運ぶが、それゆえに生き残るための方針を徹底する―――。
「『ナパジーニア』は戦闘能力の水準が高いからね。つまり、オーソドックスな守りをしているだけでも、普通の襲撃者には十分に対応が出来るはず。普通の襲撃者にはね」
「私たちは普通ではありませんけどね」
「そうだ。ヤツらに猟兵との実力差を見せつけてやるぞ。まずは、北から攻める。物見やぐらの監視をレイチェルが排除してくれ」
「了解、リングマスター。行くわね」
言葉を残しながら、彼女は走り始めていたよ。あのしなやかな肉体を風のように走らせる。物見やぐらまで接近すると、急減速さ。そして、ゆっくりと歩き始める。闇に融ける技巧だよ。
速く動くよりも、静かに動いた方が効果的なときもある。警戒している敵に近づく時には、それを選ぶべきだ。夜の闇のなかではね、人間族は視覚よりも『音』に頼りがちになるものさ。
だから、見張りは無言。視野には頼らない。じーっと耳をすませているからこそ、レイチェルは無音の歩法で忍び寄る。中腰になって物見やぐらのハシゴへと回り込むと。鳥の巣の卵を狙う蛇のように、その身を無音でしならせながら、ハシゴを登っていった。
見張りの兵士の背後を取ると、彼女の長い腕はスピードと技巧を帯びる。
あいての口を押さえて言葉を封じながら、ノドをナイフで切り裂いていたよ。一瞬の早業だ。血が抜けて倒れそうになる帝国兵の体を未亡人は、自慢の肉体で受け止めていた。抱き寄せるようにして、死んだ兵士が倒れて音を発することを防いだのさ。
「行くぞ」
オレたちも静かに港を歩いて行く。ゆっくりと、闇に一体化しながらね。
『七番倉庫』に向かうのさ。ホント、大きな倉庫だ。まあ、倉庫に偽装しているだけというか、もともともは海運業者の倉庫そのものらしい。海に面していて、クレーンも備え付けてある。内部には船を収納出来るように改造している。
『ナパジーニア』は大切に扱われている。その存在を敵に気取られないように、多くの注意を払われているようだ。
ジョルジュ・ヴァーニエの大切な部隊だ。
それを今から斬り殺し、あげくに爆破してやるのだと思うと、ワクワクが止まらない。オレはまだまだガキの心を忘れることが出来なくてね。
広場で、ヤツの演説を聞き、ヤツの傲慢そうな顔を見てしまってから怒りが止まらない。侵略者のドヤ顔なんて見ちまったらね、殺意ぐらいわくってもんだろ。体から熱がもれ出しそうなほどに激しい攻撃性を、心は宿しているんだよ。
獲物を狙うのはオレとオットーだ。
マルコ・ロッサはボウガンを構えて、オレたちのフォローに回るが、必要ではなかったさ。
オレとオットーは闇の中を無音で動いた。イメージは、やはり蛇だ。眠そうにときおりあくびをしている連中に、オレたちは近づいていく。オットーは三つ目を開いている。敵だけでなく、オレの動きを全て見ている。
そうだ、オットー・ノーランはオレの攻撃と同時に全力で走り、カバーしてくれる。オレは一人目を殺すだけでいいってことさ。竜太刀を抜き、脚を肩幅に開く。魔力を脚に帯びさせたよ。
『雷』をね。『チャージ/筋力強化』だよ。グラーセスの王族たちから習得した技巧、『雷抜き』だ。オレの体は、まるで雷のように速く、敵との間合いを詰めていた。
槍を持つ獲物の目前に踊り出ると、あらゆる反応を起こされるより先に、竜太刀を胸に突き刺す。東方流派の突きだよ。ヤツらは、身を跳ねるように弾ませながら、相手の心臓へ突き上げるように刃を刺して殺すのさ。
殺しながら、オレはその死者の槍を指で掴まえる。槍が転がり、音を立てることを嫌ってね。でも、完全に無音ということにはいかなかったし……さすがは新総督殿の情熱が注がれた特殊部隊か。
となりにいた兵士がオレを見ていた。驚愕し、その身を大きく揺らしていた。突然、大声を上げるというのも難しい。敵を見つけたその瞬間、恐慌反応に身は竦み、ヒトは声を失うよ。
その言葉なき瞬間のあいだに、オットー・ノーランは間合いを詰めて、その見張りの背後へと取りついていた。彼はスピードと無音のために素手を選んでいたよ、オレにはムリな精確さで、その左手の指は敵の喉笛を引き裂いて……右手は槍を捕まえていた。
サージャー族ならではの、絶対的な空間把握能力だな。
無音の仕事を果たしたオレたちは、その死体と槍をゆっくりと地面に転がしたよ。それからは順番に、見張りの排除に取りかかる。
仕事は簡単だったさ。海上にいる船が、花火なんて打ち上げ始めたからね。夜空に炸裂する音と光に混じり―――オレたちはあっという間に見張りを全滅させていた。
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