第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その7


「馬車を持っているとはな」


「……ホテル経営だけじゃないよ。オレは、色々と仕事をしてるのさ。鬼籍に入ったヤツの戸籍を弄くってね。オレ、この国に亡霊の子供としての生活履歴があるんだ」


 ああ。このマルコ・ロッサも、だんだん、ルードのスパイらしくなって来てるな。一皮剥けば、みんなとんでもない連中って評価でいいかもしれん。


 オレとマルコは馬車に乗っている。これがまた、いい感じの高級馬車だ。まあ、オレたち御者席だけどな。


「……これなら、帝国の大商人に雇われた、現地のバカどもってことで通じるだろう?」


「オレもバカでひとくくりかよ」


「ああ。すまんねえ。配慮した方が良かったか。君は、野獣のようだからね。スーツとか着せても似合わないだろ?」


「……そんなことはないんじゃないかな」


「いやあ。オレがスパイのせいかもしれないが……どうにも、君からは戦闘能力があふれ出てくるように見えてしょうがない。オレ、ハイランド王国で昔、クソデケー象と殺し合ったことあるけど、アレより、アンタの方が怖いよ」


「ああ。『ギラア・バトゥ』なら、正面からの力勝負で勝ったことがあるぜ」


「……マジでか。ああ、スゲ。そんなに強かったら、もっといい暮らし出来るだろ?」


「え?」


「いやあ。効率が悪いなって。オレみたいに中途半端に強いぐらいならともなく。アンタ、世界で一番か二番目ぐらいには強いだろ。なのに、なんでクラリスさまのパシリなんだ」


「パシリではない。雇用主と傭兵の関係さ」


「はあ。いいさ。そう思いたいなら」


 ふむ。冗談なのかな?……それとも、本気なのだろうか。オレは、困っちまう。


「今の暮らしには満足だよ。世界を変えていく最前線にいるからね」


「おお。熱いな。ガラムマサラのように。君はホットだ」


「香辛料で例えてくれるなよ」


 なんか、恥ずかしい。コイツのカレーマニアの世界に組み込まれていくような気がして、イヤなんだよね。カレーは好きだし、コイツのカレーは是非、今晩も食べたいが、ガラムマサラ例えに晒されるのは、なんかイヤだ。


「……そうか。カレー料理人としては、最高の褒め言葉の一つだが」


「へいへい。ありがとうよ」


 オレたちは下らない言葉でけだるい午後の日差しを誤魔化すよ。馬車はゆっくりとだが人混みをかき分けるようにして進み、やがて、大きな商館の立ち並ぶ場所へとやって来る。


「金持ちエリアに到着だな」


「ああ。なあ、役回りを決めるぞ。オレは御者。君は……そうだ、護衛」


 よく任されるポジションだ。


 しかし、変装すると、いつも下っ端だよな?二等兵とか、貴族の護衛とか。だから、たまには冒険してみたい。


「……もっと、いい役が無いのか?」


「え?なんだ、君は役者志望か何かか?」


「そういうワケではないが。毎度、同じでは芸がなくてつまらない」


「毎度任されるということは、誰しもが最適解だと思っているのではないかい」


 見た目が護衛とか二等兵とかが最適解って、イヤすぎる。


「何かあるだろ?」


「……わかった。設定を変える」


「どんな設定だよ」


「君は……ボクサーだ」


「……ん?」


「ああ。拳闘家でもいい」


 ネーミングを気にしたわけじゃないんだがな。雑兵の安い鎧とかに腹を立てるどころか、ボクサーなんて半裸じゃないか。野人よりも着ている服の面積少ないぜ。


「オレたちの主人は、『帝国人の金持ち』という設定は変わらんが。パーティ会場の下見ではなく……貴族の娯楽として提供されている奴隷の殴り合いに、君をノミネートしに来た設定にする」


「……なんだ、それ?こっちでもボクシング・ブームなのか?」


 トーポ村……じゃなくて、港町トーポでも、そうだった。まあ、ほとんど、セルバー・レパントの趣味みたいなモンな気がするけれど。


「いいや。ボクシングと言えるほど、可愛くはない。死ぬまで殴り合うんだよ。というよりも、それを強制させるのさ。だから、奴隷たちも、みんな必死さ」


「ほんと……えらく悪趣味なことをしているな」


 海賊のボクシング大会よりも残虐ってのがね?


「豊かさと、知性ある教養を身につけた大人たちのすることとは、とても思えないね」


「そうかい?」


 中年のケットシーは首をゆっくりと傾げていた。オレの言葉が意外でたまらないといった表情をしている。


「オレの経験則だけど。どうも金持ちってのは、貧乏人が殺し合うのを見ているのが、たまらなく好きだぞ。昔ながらの悪習さ。七つの国に潜入したが……どの国でも、どの種族でも、みーんな、同じようなことをする」


 人生経験に裏打ちされた悪意か……反論しにくいよ。


「それで、ソルジェ・ストラウスくん。『それ』でもいいか?」


「ん?」


「いや。ボクサー役だ。奴隷じゃなくてもね、有能な戦士を参加させることもある。勝てば死なない。己の腕に自信があるヤツなら、喜んで参加する。君も、そういう血に飢えた戦士って設定さ」


「ああ……まあ、二等兵とか護衛よりも、さらに位が低くなっちまった気もするけどね」


 死ぬまで殴り合うことを強いられる、悲しいボクサーさんの役か。つまり、オレ、闘犬ちゃんになっちゃった。


 ヒトを闘犬代わりにするなんてね、なかなか悪趣味だ。そもそも、闘犬だって悪趣味だよ。あんな下等で弱い生物のケンカなど、下らんよ。ゼファーとマッコウクジラのバトルとか、最高に良かったなあ……ッ。


「着くぞ。デケー刀は持ち込めない。大勢と大立ち回りってのは、ナシ。アンタはともかく、オレは潜み続けたいから、定年までね?」


「分かっている。アンタの人生に幸が多いことを願っているよ」


 最高のカレーを作る指だ。失いたくない。今度、ミアにも食べさせてやりたい。他の仲間たちにもね……。


「……よし。すぐに行って、すぐに仕事をして、すぐに出てくるぞ。スマートに行く」


「わかった。オレはどうすればいい」


「門番は殺さなくてもいいぞ。オレがハナシをする。お前は、そうだな、知性の乏しいバカの顔をしていろ」


「はあ?」


「聞こえただろ?知性の乏しいバカの顔をしていればいい。無言でな」


 ……つまり、無言でいいか。いや、オレのフェイスがバカを帯びているとかいう自虐めいた考えはしていない。バカな顔だろうが凜々しかろうが、無言でも別にいいかって思っただけのことでね。トークはプロのスパイさんに任せて、猟兵さんは沈黙しとこう。


 そして、馬車は目的地にたどり着いたのさ。車輪はゆっくりと回転運動をやめていき、やさしげに止まる。金持ちの馬車の設定だからね、優雅さが大事だろう。金持ちってのは、そういう所に敏感に気を使うものじゃないか。


 マルコ・ロッサは馬車から飛び降りたよ。そして、高級酒場の門番たちが、こちらに接触してくる。怪しい中年ケットシーにね。


「なんだ、お前ら?」


「オレは、ビオーネさんところの使いさ。上等な『闘犬』が入ったんで、エントリーさせに来たんだよ。ほら、あの『黒髪』さ」


 オレの変装魔術はまだ機能しているよ。つまり、頭の赤毛は、黒髪に化けてくれている。


「……ほう。たしかに、タフさを感じるな」


「ああ。狂暴だ。知性も品性も低いが、ゴリラみたいに強い」


「たしかに、そんなカンジだな」


 なんか散々、悪口を言われてオレはふてくされちまう。もっと読書量を増やしたりしようかね、中身の知性が外にもれ出し始めることを目指して?……それとも、やはり知性の象徴である眼鏡を装備すべきか……。


 色々と思索しているオレを尻目に、ベテラン・スパイは仕事をこなす。


「いいか。うちの馬車を預かっていてくれ。いるんだろ、ヘイズワースさん」


「……ああ。だが、その名前を口にするなよ。怒るぜ、彼。そして、うちのボス」


「うんうん。分かってるよ。オレたちは、そういうのも知っているから、ね?」


「……わかったよ、馬車は預かる。粗相が無いようにな」


「ああ。行くぞ、ドーン」


 オレの名前かな。オレは無言のまま頷いて、マルコ・ロッサについて行く。門を超えたよ。そして……オレは海を見る。


 その高級酒場は、なんていうか『海上に突き出てる立地だ』。巨大な桟橋を二つほどくっつけて、その上に白くてオシャレな建物を建てているよ。


 キレイな海を楽しむための作りかもしれん。


「女子ウケしそう……こんなとこで、素手の殺し合い大会とかをやっているのか?」


「ああ。やっているよ。週三回。火、金、日の真夜中だ。違法の賭博も兼ねてね」


「殺し合いのケンカに賭けるのか。違法すぎるな」


「そうだよ。でも、海軍のお偉いさんの息子が経営しているんだ、ここ」


「ほう。権力に歪められて、法律が機能しない空間というわけだ」


「そうさ。それで、その経営者さんと組んでいるのが……ヘイズワース中尉」


 シャーロンが言っていた、『ダベンポート伯爵』候補の1人か。


「どんなヤツだ?」


「頭がいい。海軍の士官学校を出ているらしいね。平民出身の人間族で、かなり体を鍛えている。闘犬どもを手配している胴元のくせに、エキシビションと称し、賭けボクシングに選手としても出場している」


「素手での殺し合いが好きなのか。それに、殺されない自信がある」


「みたいだね。あと、ゲイだ」


「……ゲイ?つまり、彼は同性愛者か」


 愛の形は色々だ。好きに人生を歩めばいい。だが……オレは、その体を鍛えあげた屈強なゲイに会うのか、これから?


「引くなよ。ゲイなんて、海軍兵士の7割はそうだぞ」


「はあ!?」


「大声を出すな。あくまでも潜入中だ」


 船乗りにゲイが多いというのはよく聞くが、7割ってのは、多すぎるんじゃないだろうか。このスパイの情報を、信じても良いのだろうか……。


「……さて。ほら、見えるか?あの屈強な金髪の青年将校が?」


 オレは一人の男が海を眺めている姿を見つけるよ。


 うん。たしかに、ゴリラみたいにデカい背中をしているな。あれと素手で殴り合うのは、人間族の骨格ではキツそうだね。


 だけど、分かるよ。


 素手で殺し合っても、ヤツはオレに勝てるはずがない。かなり強いが、オレの敵になりえないな。ああ、闘争意欲が無くなる。別に、彼の性的趣向に文句があるわけじゃない。彼が、想像していた強さの水準に達していないからさ。


 蟲使いのギー・ウェルガーくんと、同程度の戦闘能力を期待していたんだが……その気配はまったく無さそうだ。彼から、あの異常な蟲が湧いて来たら、ハナシが変わってくるけどね。


 かなりのハードワークでなければ、ヤツほどの筋肉は体に積み込めない。己の体で戦うことを誇りにしているタイプだろう。蟲使いでは、なさそうだ……。


 そのヘイズワース中尉の隣りに、若い兵士が二人いる。彼らは軽装ながら胴と手足に鎧を着けて、サーベルを携帯している。


 ヘイズワースもサーベルを腰の左右に差している。帝国海軍の標準装備ということか。サーベル、あの短く貧弱な刀なら、船上での斬り合いにも使いやすいということだな。


 さて、仕事の時間か……『ダベンポート伯爵』。フレイヤを誘拐しようとした罪は、償ってもらうぞ?……彼だといいが、彼がそいつじゃなかったとしても―――ヒトの命で闘犬ごっこをして来た悪人だ。殺しても、オレの魂が汚れることはないだろう。


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