第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その6
そこはホールと呼べるほどの広さは無く、ジャガイモの箱とかが置かれたその狭い場所。その客を招くにはあまりにも雑すぎるスペースにオレは連れて行かれたよ。
そこに置かれたテーブルと背の低いソファー。そんな色気がゼロのトコロに着席を促されたオレの目の前に、とても香ばしいかおりを放つチキンカツカレーが運ばれて来たんだよね。
「うお。スゲー、美味そう」
「……だろう?」
中年ケットシーが、その無精ヒゲだらけの顔にドヤ顔を浮かべる。うん、リエルがいたら腹を立てて殴りそうなレベルだ。彼が調子に乗っているだけで、なんかムカつくのが不思議だよ。
でも。目の前のカツカレーは空腹の男には、耐えがたい魅力を放ってくれている。オレはそのカレーにスプーンを伸ばすよ。なんか、中年ケットシーに血走る目玉で凝視されているけれど、オレはあまり細かいコトを気にしないタイプだから、平気!
そのカレーとライスをスプーンですくい取ると、口に運ぶ。
ああ!!
美味い!!
空腹と本当にマッチするよな、この食べ物は!!罪悪感をも感じさせるほどに、それは美味かった。家族たちに食べさせずに、オレは、何故、こんな中年ケットシーに見守られながらカレーを食べているんだろう?
そんな罪悪感だよ。
これは、家族にも是非に勧めたい味だ。
「どうだ!!美味いかッ!!」
「うん」
「そうか!!……ッ!!よしッ!!」
命がけの仕事を達成した時のように、その中年ケットシーは熱かった。なんか、そのリアクションは面白い。この狭い空間で、男二人で何をしているのか?……それについては当事者にも分からないことは多々ある。
でも、分かっていることはあるぜ。
このカレー、超美味え……ッ。
まずは風味から攻めてくるのさ。香辛料を多量する食べ物ってのは、風味で先制攻撃してくるもんだ。胃袋がきゅーって鳴いちまうほどに、香ばしい。食欲が無理やりに目覚めさせられるよね。
ああ、オレ、これからカレーを食べるんだって認識できる。
そして、カレーとライスをスプーンですくってからが本格的に楽しい。お腹減っているから、スプーンにガッツリと乗せるよ!米と、カレーを!この米は細い米。うん、カレーには当然こっちのがいい。
その米とカレーが織りなすコントラストが、とてもワクワクを感じさせるよね。ボリュームとスパイス!食いしん坊にはたまらない光景だよ。この色合いの断面図は!!
口に運ぶと、熱さと一緒に、まずはフルーツ由来と思しき甘さが広まり、時間差で辛さが来る!激辛ではない、そこそこの辛さだが、それがフルーツを融かして創り出した甘さを破壊しなくて良い。
塩気はやや多いが、それは米を食うための必須品でもあるな。ああ、あと、こんがりとキツネ色に仕上がった、チキンカツと、このカレーソースが合う。オッサン、芸が細かい。チキンカツの中にチーズが入っている。美味くて、辛くて、脂の甘みがしっかり!!
うめえ。
ミアだったら、これ、叫ぶレベルのグルメだぜ……ッ。
「……やるな、オッサン」
「いや、まだ君は、このチキンカツカレーを味わい尽くしていない」
まるで暗殺者のような鋭い視線で、無精ヒゲのオッサンは言った。
「どういう、ことだ」
「フフフ。悪いな、そのカレーは、まだ100%ではない」
「……こんなに、美味いのにか!?」
「ああ。秘密はコレさ!!」
オッサンはそう言いながら、後ろ手にして隠していた容器を取り出す。
「そ、それは……その黒い中身は……なるほど、ソースか!!」
「ああ。特製ソースさ。この『炎の猫』、『マルコ・ロッサ』のな!!」
なんかカッコいいのか抜けているのか分からん二つ名と、オッサンの名前が判明していた。まさか、カレーを食べながら、自己紹介をされる日が来るとはな。人生とは、奥深いものである……。
「で。マルコ・ロッサよ」
「分かっている、ソースをかけろってことだな?」
「ああ」
―――あと、慣れ慣れしく肩に腕を回すのはやめて欲しいが、まあ、いいや。
マルコ・ロッサはドヤ顔でオレのチキンカツカレーに特製ソースをかけていく……ッ。
「十七種類のフルーツと、二十種類の野菜を煮込み。この酸味たっぷりのソースを作りあげたんだぜ?」
「……なるほど、美味そうだ」
「ああ。とくに、酸味が合う。辛さが主役になりがちなカレーに、また違う価値観を与えてくれるだろう。ノーマル時の味と、比べて欲しくてな……スマンな、竜騎士よ。カレー料理人としての、ワガママだ」
「カレー料理人?」
「ああ、もちろん、一生カレーしか作らないと魂に誓った料理人のことだ」
「……そんな、もっと違うモノも作っても、許されるハズだぞ……」
「神々が許しても、オレの魂が許さない。オレの指は、ルードの敵を斬り裂くためと、カレーを作るため。そのためにだけあるのだから」
「よくわからんが、美学を感じる!!」
「ああ。これは、まさに美学だよ、竜騎士!!さあ、食べろ!!まず、カツだけで!!」
「……おう。よくわからんが、ちょっと感動している。食べる!!カツからな!!」
そして、オレはそのカットされたチキンカツを、オススメされた通りに先に食べる。うむ。ぱりっとしたころもの中に、熱くとろけるチーズの甘みを帯びた鶏肉の淡泊な味に、この酸味ベースのソースが、宇宙一合うッッ!!!
「うまッ!?なんか、こんな言葉しか出なくてスマンが、美味いぜ!!」
自分のグルメを表現するためのボキャブラリーの少なさが、悲しくなる!!ミアみたいに、表現出来ればいいのだが……ッ!!スマン、マルコ・ロッサよ!!
「いいのだ、カレー料理人は、その言葉を聞くためだけに、色々と犠牲にしているのだからな!!」
……色々と犠牲にしている!?
もしかして。カレーの研究とかし過ぎて、疎かになり、傾いちまっているホテル経営のことかな!?だったら、お前、なんて面白いヤツなんだ!!
このカレー、ウルトラ美味いだけじゃなくて……面白いんですけどッッ!!!
「さあて。竜騎士!!」
「な、なんだ!?」
「どうした、笑っているぞ!?カレーの精に脇腹をコチョコチョされているのか!?」
絶対にいない!!
そんな精は、きっといない!!
間違いなく、このカレー作ることしか能が無いダメなスパイが、勝手に言い出した言葉に決まっているぞ!?いるわけねえよ、『カレーの精』とか!?
「い、いいや、大丈夫だ」
「なら、いいんだ。ほら、オレの人生を注いで煮込んだカレーを、ソースを浴びたチキンカツと一緒に食べてくれよ?」
「じ、人生を注いじゃったんだな」
「ああ。注いでしまった」
こ、後悔してるじゃないか!?……それ、後悔しているヤツの言い方じゃないか!?オレは爆笑をガマンするため、顔の筋肉へ必死になって力を込めながら、食欲の方へ意識を集中するよ。
このカレーは本当に美味いんだ。まあ、面白くなってしまったけどさ?味は、超一流だ。半島一どころか、世界で一番美味いかもしれない。
だから、ちょっとマジメに楽しもう。
ソースを浴びたチキンカツと、カレーとライス。ほんと、この組み合わせをスプーンに乗せると、本当に罪深いレベルで美味しそう。
笑いが引っ込み、食欲が脳みそを占拠する。舌が美味いってことを予想して、口のなかに唾液が湧いてしまう。
オレはワクワクしながら、その一口を大きく開いた口のなかへと誘うんだ。
風味と熱気を感じるよ。そして、歯が噛むカツのころもとチキンの固さを楽しむ。ソースの酸味に祝福されていたチキンに、カレーのフルーツさと辛味が混ざる。カツを噛む音が、耳へ届く。舌からは痺れるような美味さが伝えられていた……。
それから先は、もう夢中になって、それらをモグモグと食べ続けていた。
勝利を確信したのだろう。
カレーに色々と注ぎすぎてしまい、なんか色褪せてしまった中年スパイは、ニヤリと笑いながら、あの定位置と思しきカウンター席へと帰還していった。
ヤツは……マルコ・ロッサは、その席に座ると、長い煙管を口に咥えて、指を鳴らして魔術で『炎』を呼んでいた。極小の火種が踊り、煙管のなかにある煙草に火を点けたようである―――。
オレは、自由な昼下がりを過ごしているマルコ・ロッサを放置して、そのチキンカツカレーに夢中になったよ。
ああ、100点満点のカレーを食べた。
食後、ソファーに腰を深く下ろしていたら、マルコ・ロッサがコーヒー片手にやって来てくれた。
「煙草の時間はもういいのか?」
「ああ。煙草は体にクソ悪いからね。こないだ血痰が出たよ」
「そいつはいけない。病院に行け」
「行ったさ。本格的に悪いヤツじゃないが、煙草の吸い過ぎで、気道とかが炎症しちゃっているらしいよ」
「それは煙草を控えるしかないな」
「おいおい。オレに、死ねと?」
「健康を目指せと言っているのさ」
「健康か?儚い言葉だぜ……もうすぐ、この半島には殺戮の嵐が吹き荒ぶってのに」
「……そうだな。だが、戦以外でもヒトは死ぬぞ。健康には気をつけろ。ルードのスパイとして、その年まで生き延びたんだからな。定年までがんばれよ」
「……そうだな。定年すれば、今以上に、カレーが作れる。至高のカレーを追求する、オレの本物の人生が始まるんだ!!……生きていたくなったよ。煙草、控えるかも」
本物の人生が始まるか。
まったく、いい言葉だぜ。
オレは彼の煎れてくれたコーヒーを飲みながら、本題に入る。
「オットーたちはまだか?」
「ああ。彼らは4時過ぎに戻る。もうすぐだな」
「……それで。アンタは、何か情報を掴んでいるのか?」
「色々とあるよ。聞きたいことはあるかい?カレーの旅人よ?」
初めて聞いた単語が耳に入ったが、スルーしよう。一々マニアに付き合っていたら日が暮れるというものだ。
「……『ダベンポート伯爵』。そいつの動向は掴めていないのか?」
海賊どもを密かに脅迫している帝国海軍のスパイ。コイツをオレは見つけられるのならば、可能な限り早く、ぶっ殺しておきたい。これから始まる『策』において、ヤツほど邪魔な存在はいない。
「……なるほどお。聞いていた通り、君もグルメなヤツだね」
「カレー好きな姿しかさらしていないけど?」
「『サイコーに美味しい敵ちゃん』……『ダベンポート』を除去しなければ、この半島での情報戦は不利になる。そう判断したんだろう?」
「カレー以外にも詳しいんじゃないか、『炎の猫』さん」
「まあなあ。先々代の頃から、ルードに仕えている、大ベテランのスパイだぜ」
「アンタも……パナージュ?」
「いいや。あれほどの『名門』とは違う。オレは、クラウス・パナージュにスカウトされた口だよ。元々は、ルードの山道をうろついていただけの、つまらん盗賊さ」
「くくく。色々な人生があるもんだな」
「ああ……ホントね。で。肝心の『ダベンポート』についてだが、実は取って置きの情報がある……アンタ、食後の運動を兼ねて……ある高級酒場に出かけないか?」
「……昼間から酒―――じゃなさそうだな」
「当たり前だ。オレがスパイス以外に金を突っ込むと思うか?……じつは、煙草だって自分で栽培しているんだぞ?……違法だけどな」
「色々と器用なヤツだ。で。その酒場に行けば、会えるのか?」
「……『ダベンポート伯爵』の容疑者である一人にな」
「3人の内の1人か……なら、殺しちまえば、容疑者が減る」
「おー。そういうスマートな思想するヤツ。好きだよ」
「オレもアンタのカレーは好きだぞ、マルコのおっさん」
「じゃあ。お出かけだ。アンタの部下が戻る前に、サクッと仕事しちまおうぜ」
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