第四話 『その海は、残酷な生け贄を求めて』 その2


 20人のあいだに秘密の誓いは施され、オレたちの漕ぐボートは『クルセル島』へとたどり着いていた。海賊たちは全員が緊張しているよ。オレの言葉のせいでだが……まあ、今この時であるのなら、ガルディーナとの決戦に備えてのことだと思われるだろう。


 他のボートの連中にはね。


「フレイヤさま!遅れてすみません!」


「ゴメン、フレイヤ、オレもちょっと遅れたよ!!」


 太っちょのターミー船長と、イケメン・ヘタレのジーンも仲間たちを連れて、この丸っこい石が転がる浜辺にボートを到着させていた。ボートを流されないようにするために、海賊たちは10人がかりでボートを持ち上げると浜の奥へと運んでいた。


「……ジーン」


 恋心を覚えたばかりの姫騎士は、暗い顔で恋しい者の名前をつぶやいていた。ふむ。ジーンは大慌てだ。さすがは安定のヘタレ海賊青年。


「ど、ど、どうかしたの!?ふ、不安なのかな!?」


「いいえ……それが、その……いえ。大丈夫です」


「だ、大丈夫なら、よ、よかったよ!あは、あはは!!」


 ボードに乗っていた海賊と、うちのリエルが舌打ちしていたよ。


「まったく、ヘタレだな、ジーン・ウォーカー!」


「お前のヘタレには、いい加減、腹が立つぜ!」


「一度、全員でボコっちまうか?」


「いい案だ。私も、そいつを殴ったり、蹴ったりする行為を楽しめそうな心境だ」


「ちょ、ちょっと待て!!殺気立つのは分かるけど、オレを攻撃している場合じゃないだろ!?」


 ジーンくんがそう言った。正論だな。ここは悪神の支配する邪悪な島だ。いつ、どこからヤツの眷属である『霜の巨人』が現れてもおかしくはない。上空をゼファーが旋回してくれているから、サポートは十分だが、戦場での油断は不必要な行為だ。


「よし。行くぞ。ミア、オットー。フレイヤをガードしろ」


「了解、お兄ちゃん!」


 ミアはこの船旅では定位置だったフレイヤの左側に回り込む。ナイフと手甲から伸ばした爪を光らせる。うん!万全だな。


「了解です、団長」


 オットーも棒を肩に乗せて、フレイヤの前に出る。鉄壁の守りを体現する達人だ。グラーセスで拷問を受けたオレの背中を守ってくれた日を思い出す。


「オレとロロカとカミラは前衛だ。先頭を歩く」


「はい!了解です」


「了解っすよ!」


 二人の妻たちがオレの左右に並ぶ、ロロカ先生は左、カミラは右だ。ロロカ先生の槍術は、攻防一体。『白夜』がいないのはさみしいが、ロロカ先生とは『水晶の角』でつながっている。


 今、ユニコーンは森と山を走りながら、ロロカ先生のためにアリューバ半島の地理情報を集めまくってくれているのさ。地理情報の把握は地味だが、戦略を立てるには重要だよ。


 カミラは完全回復した吸血鬼としてのパワーがある。海では、海中に落下した者を『コウモリ』で救助しようと待機していたが、幸いなことに出番はなかった。バリスタの矢を備える仕事をしていた。


「リエルは後方で全員のカバーだ。そして、レイチェルはリエルに帯同して、状況次第で臨機応変に対応してくれ」


「うむ。任せろ、ソルジェ団長!」


 群れの全体をカバーする。リエルの矢と魔術なら最適。リエルとフレイヤが武具にコツコツかけ直した『エンチャント』。その恩恵は今、全員の装備に付与されている。


 ゼファーが船のあいだを飛び、武器を運んできた。あとは二人がオットーの情報から強化された、というか特化させた『エンチャント』をかける。そして、ゼファーがまた運ぶ。そんなことをしたよ。


 あいかわらず彼女の貢献は素晴らしい。


「わかりましたわ、リングマスター」


 レイチェルは戦輪と呼ばれるリング状の武器を構えている。あれをブーメランみたいに投げつける。刃が付いてるからね、肉を切り裂けるよ。そのまま打撃武器にしてもいい。


 魅力的な腰には魔獣革のムチも装備しているな。戦いも美しく。それがアーティストとしての哲学らしい。まあ、強さは発揮してくれるから問題はない。スピードも技巧も十分。


 自由に動かした方が、オレの想像を超える働きをする。そういうポジションだよ、レイチェルはね。


 そうして、猟兵たちはそれぞれの配置につく。オレは、集団の先頭で、海賊の首領たちを見つめたよ。


「悪いね、『ゼルアガ』討伐の実績と、地上戦での戦闘能力は、オレたちがはるかに上でな。最良の結果を求めると、こうなる。指揮を任せてもらってもいいか?」


「ええ。お任せします、ストラウスさま」


「お、おう。頼むぜ、サー・ストラウス。犠牲者は、可能な限り出したくないんだ」


「もちろんだ。ジーン、お前は、オレたちと同じ、最前列だ」


「……ああ。分かったよ!そうでなくちゃな、オレは、『リバイアサン』の団長だからなッ!!」


 黒髪の青年海賊はニヤリと笑い、あのそこそこ切れ味があるサーベルを腰に差し直して走ってくる。だが、彼が選んだ武器はボウガンだった。


「サーベルは使わないのか?」


「オレの腕で、アンタらに混じって剣で敵に跳びかかると、邪魔しちまいそうだ」


「よく自分を知っている男だ」


「ああ。残念だが、アンタたちは本当にバケモノだ。オレは、正直、あの航海で一隻は沈むと考えていた。だから、うちは一隻だけしか連れてこなかったんだ。一番沈みにくいオレの船だけさ」


 なかなか考えてはいたようだな。


 消極的で後ろ向きの考え方ではあるが、現実をよく見た上での判断でもある。たしかに『パンジャール猟兵団』がいなければ、死亡者ゼロは無かっただろう。やはり、ジーンは戦術家の才はあるようだな。


「最小限の犠牲で済ますつもりだったか」


「悪くはない考えだろ?」


「気に入ったよ。そこそこな」


「そこそこ?素直に、褒めてもいいんじゃないか、オレの判断」


「負けを考え過ぎている。勝ちを知らねば、まだお前は完璧ではない」


「……痛いところを突かれるね」


「ボウガンとサーベル、どっちでもいいから戦力になってみせろ」


「当然だ。仲間は守る。も、もちろん、ふ、フレイヤも……ッ」


 ヘタレが顔を赤らめる。こんなヘタレが、あの姫騎士の心を射止めているのか。世の中には不思議なこともあるものだが、もう慣れっこだ。


 さーて。


 今日も不思議な悪神さんと、遭遇しに行くとしますか。オレは竜太刀を抜き身にして、肩に担いだよ。そして、海賊どもへと振り返る。まったく、どいつもこいつも傷だらけの顔をした、厳つい不細工ばかりだぜ!!くくく、最高だなッ!!


「さて!行くぞ!!オレに続け、海賊どもッ!!」


「イエス・サー・ストラウスッッ!!」


「おおおおおお、腕がなるぞッッ!!」


「ガルディーナを殺して、今までヤツに殺された連中に、首を捧げるんだああッッ!!」


 海賊どもは元気が良かった。疲れ果ててはいるだろう。あの過酷な航海のあとに、ボートを漕いだばかりだから。それでも、空元気だとしても、行動力を伴ってくれるのであれば問題はない。


 ここは敵地のド真ん中だ。


 立ち止まることは、最も愚かしい。敵地ってのは、敵に囲まれる可能性を減らすためにも、とにかく歩き続けるのもだぜ。敵に捕捉されることも、囲まれることも、どちらも回避出来るからな。


 もちろん、罠に誘導されてなければだが。


「……サー・ストラウス。この道で、いいんだよな?つまり、浜をまっすぐ歩くだけ」


「君らは夏場に漁りに来るんじゃないのか、『氷縛の船墓場』を」


「……じつは、夏場には『氷縛の船墓場』も移動しちまっている」


「移動?」


「ああ。どういうことかは分からないけど、ガルディーナと共に、その『氷縛の船墓場』も消えてしまうんだ。夏になるとね。せいぜい、残骸しかない」


「それでは、こんな世界の果てまで来る意味がないな」


 『ゼルアガ』もいない、漂着船もない。だとすると、この島は灰色の石が転がるつまらん地面と、白い氷河だけの殺風景な空間でしかないぞ。


「まあね。だから、フツーは来ない」


「フツーじゃない行為を、ヘタレの君がするとはな」


「うるせえって。オレだって、フレイヤのためになりたいし……それだけじゃない」


「なんだ?」


「船がいる。戦力を確保したい。あとは、逃げる時の足も欲しい」


「どういうことだ」


「……アンタは、知っているんじゃないのか。ルードのスパイと仲良しなんだろ?」


「さあな。オレもスパイの一種かもしれんぞ?」


「赤毛で片目の大男が?いつも馬鹿デカい剣と一緒にいるのに?」


「意外性を狙うタイプのスパイかもしれんだろうが」


「なるほど。たしかに、スパイとは疑われないから、スパイの適性があるのか……?」


「で?なんだ、どんな情報を手に入れている、君は?」


 目新しい情報なら嬉しいが。シャーロン・ドーチェ直々のフクロウ便の情報よりも、素晴らしい情報を教えてくれるのなら、嬉しいんだがな。


「……新しい総督が来るって噂だ。二万の兵力も来るんだってよ!」


「そうか。そうなれば、君はフレイヤを置いて、遠くの海に逃げるのか?」


「……ッ!!……正直、仲間たちはそう言い出している。だって、今よりも二万も多くなるんだぞ?……どうしようもねえ。戦力差がありすぎるってな」


 ふむ。『ブラック・バート』の知り得ていなかった情報を入手済みか。やはり、海賊の能力としては『リバイアサン』の方が優れている。だが……逃げ出すのなら、共には戦えんな。


「逃げる。ああ、妥当な考えだ。海賊らしく合理的な判断だろう」


 ジーンは奥歯を噛む。怒りか?オレに対するものではないらしい、自分への怒りだろうな。このヘタレはまだ悩む。


「ああ。言い返せなかったよ。皆の言葉は、どう考えても正しい。犬死には、イヤだぜ」


「ならば、好きに生きるがいい。どこに行こうとも、君らは上手に世渡り出来るさ」


「……いいや。オレは、ダメだ」


「顔もいいんだ。ヨメでも貰って、好きな土地で新たな人生を送るのも、有りだ」


「……アンタは、オレをどうしたいんだ?」


「友情を感じているからな、君に。死んでは欲しくないぞ」


「オレだって、死にたくはないよ。犬死には、ゴメンだ……でもさ」


「なんだい、ジーン?」


「犬死にって、何だっけ?」


 君まで、フレイヤちゃんみたいに、不思議な言葉をオレの耳の穴に突っ込んでくるのか?オレはちょっとため息を吐く。うつくしい不思議ちゃんはいいが、ヘタレで美形の不思議ちゃんなど、男のオレは楽しめない。


「辞書でも引け」


「いや。アンタの言葉を知りたい。顔も知らない学者じゃなくて、アンタの考える犬死にって、何なのかを!」


「意味なく死ぬことだ」


 辞書に載っているのと、そう変わらないのではないか。


「意味なく、とは?」


「自分がその死に、意味を見いだせないことを言う。逆に言えば、たとえ誰からも犬死にに見えたとしても、本人がその死に意味を持てるのならば、それは犬死にではない。戦士の聖なる死にざまだ」


「……納得出来る、死に方なら、犬死にじゃないのかな」


「そうだと思う。お前は……人生最期の日に、誰と逢いたい?いや、言わなくていいや」


「言わなくても、バレバレなのか?」


「そうだ。トーポ村のガキでも知っているだろうから」


「港町トーポだ。あそこの連中、村あつかいされるとキレるぞ?」


 田舎者の変なプライドか?あんなものは村と呼ぶに相応しい規模のはずだが……お気に入りの酒場があるんで、リスペクトを払ってやるか。


「わかった。港町トーポだ。あれは、立派な町だな!」


「……それでさ。ハナシは戻すけど、人生最期の日に、逢いたい彼女に、オレはどうすべきっていうんだ?」


「彼女にどんな言葉を吐きたいかによる。そのとき、自分の人生を悔いていたとすれば、君の人生は下らない選択のあげくに消費されたのかもしれない。怠惰で、プライドもない、ダラダラとして過ごしただけの人生だったのかもな」


「……それが、犬死にってこと?」


「『満足出来る死に方』をしたいのなら、それに相応しい生きざまを選ばねばならんだろうという、さして難しくもないハナシだよ」


「難しいハナシじゃないか?……そうか、アンタには、難しくないのか」


「ストラウス家の男はシンプルだからね。ああ、そうだ、教えてやる。ガルーナの鬼畜物語を覚えているか?」


「え?あれか、女をさらって無理やりヨメにするってヤツ?」


「ああ。実は、あれ、オレの両親の話だ」


「ハハハハハハハッ!」


「敵地で爆笑とは、いい身分だな」


 フツーの戦場なら、オレは君をブン殴って躾てやるところだぞ。敵にこちらの居場所を悟らせるようなものだ。まあ、『ゼルアガ』ならば、あちらから仕掛けて来てくれたら、全員で返り討ちにしてやれるのだがな。


「ゴメン。でも、いや。なんか、そうかもって思っていたけど、なるほどな」


 その納得の意味はどういうことだろうか?君のなかでは妻は3人も持つような男は、鬼畜カテゴリーの住人なのかな。だとすると、君はちょっと誤解をしている。うちの夫婦4人は、とても円満である。


「―――ちなみにだが、オレのお袋は、いつもオレたち四兄弟に厳しかったが……笑わない日は無かったぞ」


 いつも笑っていた。強く、太陽のように。厳しくて、美人だったよ。親父が死んだ日でも、兄貴たちが死んだ日でも。オレに強く在れと、泣きながらでも言うんだから。オレはね、おかげで泣かずに済んだ。


 ストラウスを全うする。


 それが、オレの生きざまであり死にざまだということを教わった。


 笑顔は『強さ』なのだということも、オレに教えてくれた。


 だから、戦場でもオレは笑える。


 ストラウスは強く在るべきだからだ。そして、強くなければ、この乱世では『未来』など、その指に掴むことなど出来ない。うちのお袋は、オレに『未来』をくれている。


 悩めるジーンが、口を開く。


「……オレは、どうしたらいいんだ?」


「好きに生きるがいい。オレは、友の人生に、それだけを望むよ」


「なんか、オレに厳しくないか?」


「友には厳しくあるべきだ。真剣に悩んでいるときは、特別にな」


「……そうかもな。ありがとう」


「礼には及ばん」


 そうだ、オレはズルいのかもしれないからな。


 結局、悩みながらも、お前はここにいる。世界の果てのような、悪神が君臨する邪悪な島なんぞにな。


 お前がとんな道を選びたいのかなど、とっくの昔に分かっているのだ。お前は、仲間を巻き込みたくはないのだろうが……それでも、お前の心は、フレイヤとアリューバ半島からは離れられない。


 逃げられないことを知っている。それなのに、自由に生きろと言っている。罪深い行為をしているような気持ちになるが……己で選ばなければ、道を進めぬ男もいるんだよ。


 ジーン・ウォーカー、君はまさにそういう人物だ。願わくば、君の心が過酷な定めに耐えられることを祈るよ。新たな総督はな、とても残忍な男らしい。ジイサンに次ぐ、『情報提供者2号』によればな。


 悪神と殺し合うこの日が終わったところで、君の故郷の半島は、動乱に置かれるのは必至だ。『自由同盟』にとっても、正念場になる。帝国が半島の支配を固めれば、『自由同盟』は窮地に立たされかねんからな。


 オレたちは、それからは黙ったまま浜を歩いたよ。それから五分ぐらいすると、大きく左に浜が曲がっている。オレたちはそのカーブに従った。そして、その光景と出くわすのさ。


「……ソルジェ団長。目的地のようです」


 ロロカ・シャーネルが、静かに語った。そうだ、『氷縛の船墓場』に、オレたちはたどり着いたよ。悪神の寝床は……この奥にあるのだろう。氷河が見える。そこに、幾つもの尖塔のような物体が見えた。氷で作られている。不気味だな、悪神の住まいにしては、相応しい場所だ。

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