第四話 『その海は、残酷な生け贄を求めて』 その3


 そこは大きな入り江だったよ。一キロ近くの奥行きがある、なかなかに広い空間。そこには、無数の船が寄せ集まるようにして固まっている。何十、いや、何百の船が氷に呑まれているぞ。


 新しいものは海に近く、わずかな氷に囚われただけのように見える。奥に行くほどに、船は壊れて、より深く氷に浸食されているようだな。


 他の場所よりも、はるかに冷たい空気が流れてくる。あんなに寒気を感じた海上よりも、この場所は冷えてくる。あまりに寒すぎて、肌が痛いほどだ。異常な低温は、あきらかにこの氷床が原因だろう。


 奥を見れば、氷河へとつながっている。分厚い氷の塊だ。『氷縛の船墓場』の奥には巨大な氷河がある。その白い場所には、いくつもの尖塔が突き出ている。氷で出来た尖塔だ。あきらかに一般常識からは、遠くかけ離れた存在。


 『氷の宮殿』。


 そう呼ぶに相応しい物体が、せり上がった氷に呑まれて縦積みになってしまったような、無数の古びた船を『骨格』にして、製作されているように見える。生きて蠢く氷に、朽ちかけの船団が呑まれて、あんな形になっちまった……?そんな考えが浮かぶ。


 オレたちは目の前にある異質な存在を、確かめるために立ち止まり、しばらく観察を続けていたね。オレとオットーはそれぞれの特別な目玉を使い、この異常な空間に脅威が潜んでいないかを確認していく。


 氷に呑まれた船のなかに、あの動く氷で作られた怪物の仲間がいないかが気になっていたのだが、オレの魔眼も、オットーの三つある眼も、敵影を感知することは無かったよ。


 ただし……奥の部分にある、氷の宮殿には、邪悪な『気配』を感じられた。『ゼルアガ』は、オレたちの世界の理からは逸脱した存在。異界から、この世界を浸食している邪悪な悪神。


 異界の存在ゆえなのだろう、通常はオレたちが感じられることもない存在なのだ。それなのに、『気配』を察知出来るのは、ヤツが攻撃性を露骨に向けてきているからだろう。


 戦う気なのさ。隠れるつもりがないから、オレたちは特殊な魔術も、錬金術の秘宝も使わずして、ヤツの存在の一端を気取ることが出来ている。戦いを好む悪神なのか、追い詰められたと悟っているのか……。


 それとも、ただの罠なのかもしれんな。


 誘われている気持ちにもなるぜ。


「しかし……あの氷の塊が、夏には船ごと消失しているのか?」


 にわかには信じられないことだな。これだけの巨大な物体が、ここから消えているなどということは。


「ああ。船と宮殿は無くなるんだよ。だよな、フレイヤ」


「ええ。氷河は残るのですが、その上に乗っている、『氷縛の船墓場』と氷の宮殿は消えています」


 ジーンとフレイヤの言葉は一致している。『ブラック・バート』と『リバイアサン』が共通の認識を築いているということは、間違いのない事実ということか……。


「へー。この氷が、動いちゃうんだねえ?カミラちゃん、どう思う?」


「え?ミアちゃん?どうって?」


「率直に、この氷さんが動くって、どー思う?」


「……えーと?……どこに行くのかなあって、思うっすね?」


「だよねー、どこに行くんだろう?」


「熱さが問題なら……より北とか、寒い場所に引っ込むのかもしれませんっす」


「熱いの苦手な『ゼルアガ』なんだねえ」


「みたいですねえ。『霜の飛び船』というハナシもあるらしいっすよ」


「なにそれ?お空を飛ぶの?『これ』が?」


「……こ、『これ』が飛ぶのかは知りませんっすけど……悪神ですから、そういう力もあるのかもっす」


 『これ』が丸ごと、空に浮かぶか。


 なかなか、壮絶な光景だろうな。


「移動方法は気になるが……時刻はすでに午後四時を回った。このまま時間が過ぎれば寒さが増してくる。オレたちには良くない環境だし、おそらく、『ゼルアガ・ガルディーナ』にとっては、動きやすくなる環境だ。さっさと仕留めに行くぞ」


「そうですね。それでは、ソルジェ団長。アタック・チームと作業班に別れましょう」


 ロロカ先生がニコニコしながら提案してきたよ。


「ふむ。二チームに分かれるか」


「ええ。このまま全員で突撃しても、あの宮殿のサイズでは、動きが悪くなる。行くのであれば、少数精鋭。屋外のような広い空間ではともかく、狭い空間では、守りながら戦うことは難しい」


 海賊どもの大半は、足手まといということか。たしかにな、猟兵の水準から見ると、はるかに能力が下だ。


「それに、ガルディーナは『霜の巨人』の視野を通じて、我々を何度も『見て』来ましたから……つまり、この宮殿の主である悪神は、遠くを見通す力を持つ存在。そして、この船たちは、彼女の『コレクション』です。なので!荒らすと、気になってしまうはず」


 眼鏡の下にある水色の瞳で、ロロカ先生は『氷縛の船墓場』を見つめている。オレもそれに倣うよ。『コレクション』。ふむ、たしかに収集しているように見えるな。


 以前、ジーンくんの直感も同じことを語っていたな。


 そうだ……たしか、『新しい種類の船』が就航すれば、必ず一隻はガルディーナに鹵獲されると。その行動から、ジーンは『コレクションかも?』と語っていた。


「どうあれ、この船たちは彼女にとって大切なモノなのでしょう。『それ』を海賊の皆さんで荒らせば?……彼女は、その様子を『見つめる』のでは無いでしょうか?意識を分散させてもらえれば、アタック・チームへの脅威が軽減します」


「くくく。さすがの発想だな、ロロカ。たしかにな。ヤツにとって、コレは労力を惜しまずに、わざわざ夏になれば、いずこかへと持ち去るほどの存在……ないがしろにしているとは、思えんな」


「ええ。『宝』と考えているのか、それとも、もっと違う考えを持っているのかは、我々には想像が及びません。ですが……重要な存在であれば、略奪行為を放置できないはず。『霜の巨人』を呼ぶか、その戦力が残っていなくても、視線は誘導出来る―――」


 ―――ロロカ先生は『霜の巨人』を狩り尽くしたと考えているようだな。たしかに、アレだけ『霜の巨人』に襲わせておいて、本拠地では一体も現れなかった。もう、残っていない可能性もある。


 あるいは……この島での戦闘行為を嫌っている?


 戦闘に、この『コレクション』が巻き込まれることを恐れてでもいるのだろうか?だとすれば、この『コレクション』を露骨に略奪してしまうのは、いい嫌がらせになるな。


 さすがはオレのロロカ・シャーネルだ。悪神の癖まで、予想してしまうか。


「つまり。オレとフレイヤの部下たちが、この船墓場を荒らしまくれば、ヤツの集中力は削がれる。千里眼みたいな力で、盗み見るから……だから、『陽動』になるってことだな!」


「なるほど!さすがは、ストラウスさまの副官であり、第二夫人のロロカさんです!」


 海賊団の首領どもがオレの妻の頭脳を褒めてくれているよ。


 ロロカ先生は、少しだけ照れているのか、コホンと咳払いをする。不自然な咳だから、話術のテクニックの一つだろう。やはり、照れておられるようだな。


「で、では。チーム分けをしましょう。ガルディーナの視野を、より多く奪うために、複数カ所の船を、氷から削り出そうとして下さい」


「わかった。ドギー、ハウスマン!部下を8人ずつ連れて、東と西に別れて、ガンガン、削り出せ!!あの帝国船の新造艦は、オレたちが欲しい!!」


「了解ですぜ!」


「へい、分かりやした、ジーンさま!」


 『リバイアサン』の海賊どもが、略奪者の笑みを浮かべて、二手に分かれた走り去る。悪神と戦うよりは、マシだと考えているのかもしれないな。まあ、いい。せいぜい略奪行為に励んでくれよ。


 ジーンくんはオレたちと悪神狩りに参加する覚悟があるようで、何よりだ。ガルディーナを狩りたいというよりは、フレイヤを守りたいというのが本音だろうが。それでいい。君は迷うしヘタレだが―――いつでも彼女への愛情だけはブレない。


 さて、『ブラック・バート』はどう出るか?


「団長!我々は、この日を待ち望んでいました!!」


「どうか、お供に選んで下さい!!」


「たとえ、命が果てたとしても、本望です!!」


 『ブラック・バート』の連中は、とくに、あのボートに乗っていた連中はガルディーナ狩りに情熱を見せているな。死をも厭わぬ覚悟か。好みではあるが、君らの命は、今日使ってくれない方が嬉しいんだがね。


 さて、フレイヤ・マルデルは考え込む。海賊船長の大きな帽子を、右に左にと、ゆっくりと傾けながらのシンキング・タイムだよ。それは十数秒も続き、彼女は、うんうん、とその小さくて可愛らしい頭を縦に振る。


「そうですね。決めました、行くのは、ターミーと私。他の者たちは、船を略奪して下さい」


「そ、そんな?」


「オレたちも、お供に……」


「―――ダメです。皆は操船で体力も失っている。船長職は、肉体労働が少ない分、体力には余力があります。ですね、ターミー」


「はい!フレイヤさまは、オレがお守りします!」


 なるほど、冷静な判断でもある。ターミー船長は、トーポ杯の『ファイナリスト』だった。あの場に選ばれていた時点で、海賊の中では最高の腕前の持ち主なのは明白。他の連中も、身をもって知ったのだろうな、『予選』で彼に殴り倒されることで。


 そして、船長職という地位と、体力の残存か……。


 こうまで理屈がそろっていれば、海賊どもは反論することも出来ないだろう。


「それに、陽動も立派なお仕事です!与えられたお仕事を全うするのが、大人としての振るまいなのですから。だいじょうぶ、皆、一緒に戦っています。戦術で、私たちは共に在ります。だから、みんな、任せましたよ!!」


 あの威力満点の笑顔と共に、フレイヤ・マルデルは敬礼をする。海賊の流儀というよりは、どちらといえば騎士の流儀に近いかもしれない。


 海賊どもは首領の敬礼に、敬礼で応じていたよ。騎士時代を思い出したヤツも少なからずいるのかもしれない。そうだ、彼らは海賊であり騎士でもある。それが『ブラック・バート』なのだ。


 海賊騎士どもは、もはや文句を言わなかった。


 団長の命令に従い、団長と共に悪神と戦うために、氷に囚われた船を取り出すための作業にかかる。氷を砕き、あるいはノコギリで切断しながら、船の回収作業を始めるよ。素晴らしいペースだな。


 そして、この忠誠心は見事だ。やはり、姫騎士殿には生き抜き、この半島の象徴となってもらわなければな―――さて。この姫さまのために、悪神の首を狩ろうか。いや、この半島に住む人々のためにか……。


 気高く黒き海賊旗をなびかせて、『ブラック・バート』は騎士道を進む。憎しみよりも博愛を帯びた大義のもとに、その歩調を合わせてか。


 ……いいね。オレは、本当に君らのことが好きになってきたよ。オレは、オレには出来ない尊い正義を貫ける者たちを尊敬しちまう男なのさ。


「さて。アタック・チームは決まったな」


「はい。我々、『パンジャール猟兵団』と、フレイヤさん、ジーンさん、そしてターミーさんですね」


「ああ!頼むぜ、『パンジャール猟兵団』!!」


「お願いします。半島から、悪神の脅威を取り除きたいのです」


「任せてくれ。ああ、ターミー船長」


「なんだい、サー・ストラウス?」


「フレイヤの左側を守ってくれるか?彼女の盾になってくれ」


「わかった!任せろ、護衛任務は長年やっていた……ドーラさまは守れなかったが、フレイヤさまだけは、守る!」


「いい言葉だ。信じているぞ、必ずや盾になれ」


「……ああ」


 罪悪感を背負う男は仕事をよくする。ガルフ・コルテスの言葉だ。君はドーラ・マルデルも、そして……自分の妻までも守れなかった。ならば、せめて。このお姫さまを守ってみせてくれ。


「よし。行くぞ!全員、警戒は怠るな。ミア。最後尾で退路の確保を。オットー、オレと最前列だ。オレたちのよく見える目玉で、『ゼルアガ/侵略神』の動きを読むぞ」



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