第四話 『その海は、残酷な生け贄を求めて』 その1


 その島の率直な感想は、『寒い』。


 その一言に尽きるだろう。


 まあ、北極圏の島だからな。予想はしていたが、とにかく寒い。猟兵女子ズは皆厚着していて、とても寒そうにているよ。ミアはネグラーチカのカラフルなコートを着込んでいる。だが、さすがは猟兵。戦いを前に文句を言わない。


 『クルセル島』の沖に海賊船を待たせて、オレたちは大型の手こぎボートで島へと向かっているよ。20人も乗れるボートさ。捕鯨の際に使用するらしいな……オレも一度は鯨をモリで突き殺してみたい。


 あんなに巨大な魚……いいや、ロロカ先生の見解によると『ほ乳類』らしいな。たしかに、ゼファーが食べた後の骨格を見るに、獣のそれと同じようだった。魚の骨などではなかったが―――。


 まあ、いい。


 この半島をファリス帝国から解放することが出来たら、そういうハンティングをする機会にも恵まれるだろう。アリューバ半島の食文化を楽しみたい。海をあの巨大生物の血で赤く染めながらな。


 とりあえず魚狩りよりも、『ゼルアガ/侵略神』狩りに集中しようじゃないか。


 オレたちはフレイヤ・マルデルの指揮下のもと、ボートを全力で漕いでいる。下っ端みたいでダサいかもしれないが、正直、この運動に従事している方が寒くない。船長殿も大変な仕事だな。ボートの先に立ち、警戒に当たっているが……かなり冷えるはずだ。


 口を開くと体のなかに極寒の冷気が入ってくるが、仕方ない。彼女の話し相手を務めてやろう。


「フレイヤ」


「はい。なんでしょう?」


「……船を求めてこの『クルセル島』まで来たが。君たち一族と、ヤツの因縁をまだ聞いていなかった。なぜ、君たちマルデルの一族と、『ゼルアガ・ガルディーナ』は戦っているのだ?」


「ガルディーナが、マルデルの一族の長の娘を氷の彫像に閉じ込めたからです」


「……その復讐からか」


「はい。伝え聞くところによると、それが私たち一族と、ガルディーナの因縁の始まり」


「ガルディーナは、何故、そのようなことをしたのだ?」


「そこまでは分かりません。ガルディーナには思惑があったのか、なかったのか……ですが、一族はその戦いのために、何人も何十人も犠牲になりました。その犠牲が、私たちとガルディーナの因縁を深めていきました」


 数世代に渡る復讐の物語か……ふむ。ガルディーナが好戦的なことは、この旅路で思い知らされたよ。オレたちは100体近くの『霜の巨人』を倒してきた。おかげで、戦闘用の物資はほとんど尽きかけている。


 だが、オレは理解している。この航海は伝説的な偉業と歌われるに相応しいものであるが、オレたち以外に不可能な冒険とは思っちゃいない。有能であれば、ここまでは来れるはずだ。


「フレイヤ、オレは思うのだが」


「はい?」


「マルデルほどの有能な血筋のエルフ族が何人も、身命を賭す覚悟をして、かつての半島を防衛していた同盟騎士団の力があったとすれば……十分にガルディーナを討てたのではないだろうか?」


 ヤツは好戦的だ。つまり、戦いを挑めば逃げることはないのではないか?何世代にも渡る戦いがあったというのだ。ここまで来た存在が他にいないとは思えない。いたはずだぞ。


「……幾度か、先祖たちは戦士と共に、この土地を訪れました。それでも、ガルディーナには勝てませんでした」


 不吉な言葉だ。だが、海賊たちに動揺はない。彼らも、その物語は知っていたようだな。その物語を知って、なお逃げずにここにいる。怯えることもない。ふむ、このボートの乗組員たちだけは、信じてもいいのかもしれないな。


 しかし、思っていた通り、ここまで来た戦士たちはかつてもいた。だが、勝てなかった。それほど、ガルディーナ自身が、強いということだろう。くくく、楽しみだぜ。


「……ガルディーナは、私たちマルデルの一族の炎にさえも、耐えてしまったのでしょう」


「そうか。だが、今回はオレたち『パンジャール猟兵団』がいる。必ずや、ヤツの首を落とし、君の先祖たちに報いよう」


「……はい。ですが、私は、先祖たちの復讐の物語が勝利で飾られることより。私たちの半島を苦しめる脅威の一つが、永遠に無くなることを誇りたい」


「……気高い言葉だ」


「いいえ。私は気高くはありません。ただ、アリューバ半島のために、この命を捧げると決めたその日から、どうせなら、大きなことをしてみたいと、願ってきたのです。だって、そっちの方が、カッコいいじゃありませんか?」


 彼女は笑うよ、無邪気な少女のように。


 あの熾烈なまでの戦闘指揮を行う姫騎士殿とは、とても思えないほどの無垢でね。子供のようだ。死地にあるというのに、その笑顔を浮かべることの出来る強さは、何だろう。いや、問うまでもない。そうだな、死ぬことを前提にしているからだ。


 ―――この半島のために命を捧げる。


 やはり、君の言葉は気高いと褒めるしか、オレには出来そうにない。愛国心に偽装した、ただの自己顕示欲から来る英雄願望や、追い込まれた者のヤケクソの死にたがり、あるいはただの復讐心。


 そんな悪意や邪心によって紡がれている偽りの愛国心ばかりを見てきたが、君の故郷への愛こそが、真に愛国心と呼んでいい、ただ一つのモノのように思えるよ。


 憎しみに由来した愛国心など、どこかやはり偽りが混ざっているだろう。憎しみの影が無ければ成り立たない愛など、クソつまらないモノだ。


 その点、君は憎しみがない。


 ただただ愛しているようだ。全ての罪を許すことが出来る者が、聖者というのなら。オレが知るあらゆる存在の中で、君だけが真の聖者であるような気がするよ。


 心が洗われるようだ。『憎しみを持たない故郷への愛』……オレには、一生かかってもムリなことだろう。妻たちと愛し合った夜でさえ、セシルの叫びを聞いてしまう夜がある。オレは、憎しみを忘れることは出来ない。


 魂の底に憎しみが刻まれている。ガルーナ、それを思い出す度に、懐かしさと共に苦しみと憎しみが巻き起こるよ。


 君は一族を帝国に殺された。苦しみに耐えながら、戦いつづけている。それでも、何故に憎しみを持たずにいられるのだろう。その愛の大きさに、オレは追いつくこと出来ない。


 だから、思うよ。


 オレは君を守ろう。『どんなことをしても』、君を守ってみせるさ。君を守り、このアリューバ半島を君に託すことが……オレの生まれて来た理由の一つのような気がする。君のために、敵を排除しよう。


 そして……結局、仲を取り持つことは出来なかったが、あのヘタレ野郎にも君を守らせる。ヤツは、君が『ヒュッケバイン号』で突撃を果たした時、船乗りの大声で、君の名前を呼んでいた。


 空にいるオレにも聞こえたほどだ。


 君にも聞こえたか?


 きっと、聞こえているだろう。


 あの声は、頼りになる。ヤツは、操舵輪をぐるぐる回して、『霜の巨人』に自分の海賊船をぶつけてやろうとしたな。指揮官としては、自分の船を守ることを優先すべきだと思うが、あの瞬間だけは君のために動いていた。


 『ヒュッケバイン号』の衝角が折れてしまっても、きっと、ヤツの海賊船の衝角が、『ヒュッケバイン号』が壊されるより先に、あの『霜の巨人』を突き崩していたと思う。


 ひょとしてだが……軍事的な知恵の回る君のことだから、突撃を仕掛けるその時、ヤツの船の位置を把握していたんじゃないのかな。だから、迷わなかった。ジーンならば、君のために必ず反応すると、考えていたのではないだろうか。


 オレは君が執った指揮の全てが成功していることを、幸運が招いた結果などと考えられるほど、運命論者ではないさ。


 勝利とは、知恵と強さの証明でもある。


 今まで、これだけの手勢で生き抜けたことは、君の力ゆえのことだと思う。


 オレが知る偶然は……運命のような偶然は、ただの一度だけ。君がさらわれた夜に、オレとゼファーがあの場にいたことだ。


 ジーンを告白させようと、面白半分であの崩れかけている古砦に向かった。それは本当に偶然だと思う。いいや、あえて言えば『運命』だ。


 甘ったるくて、粗暴な男の口には合わない言葉だけど。


 アレは、そう呼ぶのに相応しい。アレが無ければ、君は拷問と陵辱と処刑に晒されていただろう。今ごろは生きてはいない。『オー・キャビタル』に連行され、そこで『半島を荒らした海賊』という不名誉な罪を被せられ、吊るし首か、斬首の刑に処されただろう。


 でも、なんだか『運命』とやらが、それを許さなかったような気がしてね。


 ……ああ。もちろん、アレはオレの『運命』ではないぞ。オレはただのオマケだと思う。君とジーンの『運命』に巻き込まれたような気がする。そう思いたい。もしも、そんな『運命』とやらがオレ自身に与えられていたとすると、恥ずかしさで心が苦しいからね。


 さて……オレの『運命』じゃないと思うが。


 オレの役目には違いない。


 だから、守るよ、フレイヤ・マルデル。君のことをさ。


 そのためには、『本当に信頼出来る仲間がいる』。


 ちょっと、それを君に答えてもらわなければならない。


「……フレイヤ」


「はい。いかがなさいましたか、ストラウスさま?」


「いや。急に黙りこくってて、すまなかったね。ちょっと、君の生きざまに感動を覚えていたんだ」


「ウフフ。褒められてしまいました」


「……ソルジェ。妻が三人勢揃いしているんだぞ?口説くなよ」


 リエルがそう釘を刺す。ボートの戦士たちが笑っていたよ。


「まあ、私!口説かれているのですか?」


「いいや、気高い君のことは大好きだけど、君のことを妻に娶る気はない」


「あら。フラれてしまいましたわ」


「気に病むな。オレより相応しい男が、そこらにいるさ」


「……ふむ。誰でしょうか?」


 フレイヤちゃんが腕を組み、真剣に考えている。だから、ジーンが不憫でたまらねえ。くくく、オレは意地悪だから、ホント、楽しくて笑いが出ちまうよ。


 でも、ちょっとガチなハナシもしなくちゃいけない。


「フレイヤ。君は、『未来』が欲しいか」


「……はい。この半島に命を捧げる覚悟はしていますが、以前よりも、死にたくないという気持ちがあります。だって、私は人生の最期の日に、ジーンに逢いたいんだなと、気づいてしまいましたから」


 笑顔になるよ、アリューバ半島の姫騎士さんがね。子供の笑みじゃない。無垢な笑みじゃない。オレが見た、彼女の初めての恋の顔だ。ああ、前言撤回だ。ジーンは全く不憫じゃなかった。


 ミアが反応したよ。オールを漕ぎながら、興奮して叫ぶ。


「うおおおお!大人の恋バナだあああああああ!!」


「……あのヘタレでいいのか?」


 リエルが本当に心配するような顔だ。もしかしたら、レミちゃんのことを考えているのかもしれない。複雑な立場だな。君はジーンとレミちゃんが結ばれることを願っていたからね。


「ええ。さっきも、私はターミーを助けるときに、ジーンに頼ってしまいましたし。ジーンも、私をカバーしようとしてくれました。ジーンは、ヘタレじゃ、ありません」


 きっと、この場にジーンがいたら嬉しくて死んでると思う。


「まあ。素敵な恋ですわね。海賊団のボス同士の恋なんて、ドラマチックです」


 レイチェル・ミルラが喜んでいる。その言葉に、フレイヤちゃんが顔を赤くする。もしかして、この子の初恋とかなのかね、今?……20なのに?……なんか、彼女ならありえるかもしれんな。


「も、もう!からかわないでくださーい!!」


 ボートの20人が笑うよ。海賊たちもね、なんか涙ぐんでる。あの二人の面倒な恋愛を見守り続けた来た彼らにとっては、これは大いなる一歩なのかもしれない。娘がヨメに行く心境かも?


 フレイヤが続けるよ。指を立てて、オレたちの注目を集める。いい技巧だ。そういう仕草で視線を誘導するなんて、なかなかの発想だな。


「いいですか?これは、あくまで私の気持ちであって、ジーンの気持ちは分かりません。ジーンは、モテますので、きっと他に好きな方がいるかもしれませんし」


 海賊たちが爆笑したよ。


「な、なんで笑うんですか!?みんな、意地悪ですよ!?」


「それはそうだろう、だって、ジーンは―――」


「わあああああああああああああ!!」


「言っちゃダメだあああああああ!!」


「そうだよ、リエルさまああああ!!」


 海賊たちがリエルの代理告白を妨害していた。しかし、なんだ、リエルさまって?リエルに殴られて、軍門に降った海賊が混じっているのかな、ここに?まあ、いいや。


 オレは最後の確認をしなくちゃね。


「……ちょっと、場の空気が和みすぎたが。少しガチなハナシをするぞ。なあ、フレイヤ。ここにいる海賊たちは志願兵かな?つまり、君のために最も危険な任務を望んだ者たち」


「はい。皆が、アリューバ半島のために、命を捧げると誓ってくれました。だから、あの島に上陸するのです」


「多くのモノが志願しただろう。だが、君がこのメンバーを選んだ理由があるはずだ。それは、つまり孤独だろう」


「……はい。ここにいる者たちは、私と同じように、すでに家族を亡くした者たちばかりです。危険な任務です……ですから、家族がいる者たちではなく、いない者がすべきと考えました」


「そうか。全員が、そうなのか」


「はい。悲しいですが―――」


「―――ならばこそ、ここでオレが考えている策を言う。フレイヤを守るために、死ぬ覚悟がある、孤独な戦士たちよ。君たちの命を、もしもの時は預けてもらないか」


 海賊たちがざわつく。オールを漕ぐ手は止めないがね。それでいい。他の船から降りたボートの連中に悟られては意味が無い。


「……実は、早朝、『南東』からフクロウの連絡があってね。不思議な方向からだと思ったが、まあ、その謎は解けているからいい。悪い知らせがある。アリューバ半島に、帝国から新たな総督と、二万規模の帝国兵士の増員が決まった」


 海賊たちが、動揺する。だが、その首領は冷静だった。


「ついに、そういう事態になったのですね」


「ああ。君らの懸念は実現した。おそらく、この島から帰還した後、かなりシビアな戦いが待ち受けている。だからこそ、君たちだけには、この策を伝えておきたい。死ぬためではない。敗北するためでもなく……ただ、勝利のためにね。驚いても構わんが、声は出すな。オールは漕ぎ続けろ。後続のボートに、情報を漏らすな」


 念を押したあとで、オレは彼らにオットーが立案し、オレが今朝、ロロカ先生と練り上げた作戦を話したよ。緊張感のある空気が漂った。北極圏の風よりも、冷たい空気だ。それでいい。コレは、そうすべき策だ。


「……犬死にはさせない。全ては、勝利のための策だ。いくら考えても、こうするしか勝利の見込みは無さそうだ。『フレイヤだけは、死んではならない』。そうでなければ、この半島は帝国に蹂躙され、人間族以外は皆殺しになるだろう」


「……それは、避けねばなりませんが……」


「いいさ。時間は、まだちょっとだけある。君がより良い策を創れたら、教えてくれ」


「……はい。ですが、このタイミングは……あまりにも唐突ではなかったでしょうか」


「今しかない。ここにいるヤツしか、オレは信用出来ない。そして、君が犠牲にすることを選べる戦士にしか、話せない」


「それは、わかりますけれど……ガルディーナへ挑むための集中が、途切れてしまいそうです、ストラウスさま」


「構わない」


「え?」


「オレたちがいる。『ゼルアガ/侵略神』ごとき、何の問題も無い。君らは、『未来』についても考えてくれ。アリューバ半島に、勝利を呼びたいのであればな」


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