第三話 『白い氷河の悪しき神』 その18


「ソルジェ!ゼファー!オットー!負傷でもしたのか!?」


 『ヒュッケバイン号』のマストの上によじ登っているリエルが、心配そうに叫ぶ。


「いいや。無事だ」


「ならば何故、戻る?」


「じつは、『エンチャント』の効率化が出来そうなんですよ」


 そう言いながら、オットーがゼファーの背からマストに飛び移る。さすがは猟兵。常人にはない度胸と運動能力だ。


「『エンチャント』の効率化?……ふむ、『サージャー』の眼で、ヤツらの弱点を探ったというわけか」


 さすがは魔術の専門家だな。理解が早くて助かるよ。


「そうだ。リエル、オットーの指示に従って、海賊たちの武器の『エンチャント』を調整し直せ。それを使えば、バリスタ一撃でも仕留められるさ」


「ほほう。いいな、それは!『紋章地雷』との組み合わせで、強力な威力を出せそうではないか!」


 派手なの好きだよな、オレの正妻エルフさんは。


「ああ。そこまで威力を組み合わせれば、当たれば、間違いなく一撃だ」


「面白い。よし、降りるぞ、オットー!」


 そう言いながら、身軽なエルフの弓姫さんは、マストから垂れるロープを伝って、するすると甲板へと降りていったよ。オットーはオレに訊く。


「団長は?」


「ゼファーと一緒に、遊撃に当たるよ。群れの外からムリせず、削っていく。ヤツらの気を反らすから、バリスタでもカタパルトでも、モリでも矢でもいい。遠距離で仕留めまくってくれ!」


「了解!お気をつけて!!」


「ああ。そっちもな!とくに、彼女を気にかけてくれ!!」


「もちろんです」


 オットーは返事をしながら、ロープへと飛び移った。リエルが甲板の上で、海を指差している。さっさと出撃しろと仰られているな、うちの正妻エルフさんは。


『ねえ、『どーじぇ』、『まーじぇ』が、はたらけって?』


「ああ。オレたちは『パンジャール猟兵団』だ。敵を殺すのが仕事だ。行くぞ、ゼファー」


『うん!』


「飛ばしすぎなくていい。海賊船が三隻もいる。仕留めるための威力は彼らに任せてもいいんだ」


『ぼくたちは、てきのこうげきりょくを、けずればいいんだね?』


「そうだ。守ることに徹する。敵の注意と威力を封じるんだ。これは序盤の戦いに過ぎない。今後の襲撃も考えて、魔力を温存させなくてはならないんだよ」


『うん!わかった!じゃあ、いこう!!』


「おう!!」


 ゼファーがホバリングを止めて、再び敵へと向かう。北の海からこちらへと南下してくる『霜の巨人』どもの数は、18だ。なかなかの数だな。


 こっちの海賊船たちは、進路を北西へと変えている。『ヒュッケバイン号』は船足を抑えて、仲間との距離を詰めているな。隊形を組み、連携して戦うのさ。右舷を『霜の巨人』の群れに向けて、『炎』を『エンチャント』されたバリスタを撃ち込む。


 カタパルトで石を投げつけるのありだな。で。それより近づかれたら矢、さらに近づかれたらモリとなる。接近戦だけは、避けたいところだな。船体のダメージを考えると恐ろしくなるよ。


 『霜の巨人』どもが浴びせてくる『氷のつぶて』は、せいぜい数十メートルの射程しかない。バリスタは400メートルは飛ばせるからな。くくく、20メートルもある『霜の巨人』どもに当てるのは、熟練の海賊さんたちならやれるだろうさ。


 さてと。オレたちは『霜の巨人』ども東側へと向かうぞ。これは二つの意味がある行動だ。オレたちに引き寄せられて『東』に来てくれるのならば、時間稼ぎが出来る。海賊船たちは北西へ進んでいるのだからな。


 時間を稼ぐと有利になる。『エンチャント』の最適化が進むほどに、少ない弾数で『霜の巨人』たちの破壊が可能となるのだからな。『物資の消費を少なくする』、それは、少数であるオレたちには、無視してはならない現実だ。


 ゼファーは敵の群れの東に陣取る。だが、期待していた内の一つ目の反応は起きない。


『むー、あいつら、こっちに、こないね』


「そうだな。船を狙う習性があるのか、ガルディーナの命令なのか」


 連中、オレとゼファーの威力を理解していないのか?


 あまり知性のある存在ではないのだろうか。心理戦は意味が無いかもしれん。恐怖を与えてコントロールするというワケには、いかなさそうな相手だよ。


「ならば、攻めさせてもらうまでだ」


『うん!そうこなくちゃ!』


 ゼファーが喜んでいる。さすがはストラウス家の竜、うちの仔は、そうじゃなくてはな。これから東に陣取ったことの、もう一つの意味を形にする。


 ヤツらが船団を王のならば、それでもいい。そのときは、オレたちの高火力で、側面から強襲することが出来るからな。


 正面からの攻撃に比べて、側面や背後から受ける攻撃というのは強烈なものだ。だからこそ敵の群れへの突撃は速さが肝要。遅くて緩い突撃なら、左右から挟まれて押しつぶされるように殺される。


 その哲学はこれから敵の群れに突撃していくオレたちにも適用されるが……船団を追いかけているヤツらにも適用される。超高速の一撃離脱戦術、そいつを採れる竜と竜騎士に、脇腹を見せる危険が、どんなに深刻なのかを教えてやろうじゃないか。


「行くぜ、ゼファー!!」


『うん!!』


 漆黒の翼が戦場の海をかける。血が熱くなっているから、肌を凍てつかせる冷気の突風も苦しくないね。オレは左の指で、ゼファーの鎧に掴まりながら、右手で竜太刀を構えているよ。


 竜太刀に魔力を込める。『炎』と『風』を、さっきのバランスで。『炎』が6で、『風』が4。そんな配分だったよ。感覚としてはね。まあ、闇雲に撃つよりは、はるかに威力が上がっているはずだ。


 『ブラストル・エッジ』を刃に充填したまま。オレとゼファーは最も東側に位置する『霜の巨人』の上空を飛び抜けたよ。オレたちが狙うべきは、それではない。狙うべきは、最も南西にいる個体だよ。


 そいつが、この群れのトップだからな。先頭から喰ってやるのさ。そうすれば、色々と好都合だ。船団に取りつくまでの時間が稼げる。まだ、理由はあるがね。


 でも、今は―――戦いに集中しようじゃないか!!


「ようし、合わせろ、ゼファー!!魔剣ッ!!……『ブラストル・エッジ』ッッ!!」


『GHHAAOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッ!!』


 『飛ぶ炎刃』と火球のコラボさ!!『ブラストル・エッジ』が、『霜の巨人』の胴体を深く斬り裂いた。そして、その傷痕に重ねるように、火球が叩き込まれる。


 どうなるか?


 斬り裂かれた傷口に、爆弾を突っ込まれたようなものさ。爆風の圧は、傷口の中をえぐるように走って暴れて、『霜の巨人』を内と外から吹き飛ばしちまうのさ!!


『やった!いいかんじだった!』


「ああ。旋回しろ、氷のつぶてがやって来る!!」


『うん!だいじょうぶ、あたらないよ、いちど、よけれたもの!!』


 ゼファーは羽ばたくことで風を突き抜け、高みへと上昇する。重量のある氷のつぶてでは、この高度にまでは、とてもじゃないが届くことはない。


 先頭の『霜の巨人』を壊されて、ヤツらも……あるいは、ヤツらを操る『ゼルアガ・ガルディーナ』も怒りを覚えたのかもしれない。オレたちへの攻撃に躍起になる。オレはゼファーに上空での旋回を命じる。


「あまり高く飛ぶな。連中に当たるかもしれないと、思い込ませろ」


『うん!さそうんだね……』


「そうだ。ヤツらの先頭集団が、脚を止めて、後ろの連中と合流するのなら……密集してくれるのなら、悪いことじゃない」


『そっか。かいぞくせんの、かりょくを、つかうんだね!』


「そろそろ気づいてくれるだろ。ジーンの船についているカタパルトなら、この密集地たいに岩の『散弾』を投げ込んでくるはずだが」


『あ!かたぱるとが、うごく!!』


「よーし、東に向かって飛べ、急降下しながら誘うぞ!!」


『らじゃー!『どーじぇ』!!』


 ゼファーとオレは『氷のつぶて』を急降下で得た加速で躱しながら、『霜の巨人』の群れの上空をすり抜けていた。連中の半分が、オレたちを忌々しげに振り向いてくれた。


 いい傾向だ。


 こちらを追いかけてくれたということは、ジーンの船のカタパルトが放った、無数の石の『散弾』を、あの大きな腕でガードすることは出来ないだろうさ。


 そうだ、無数の石の雨が降る。なんでも吹っ飛ばせるカタパルトは、今日は人頭大の石を空へと射出していたよ。その漬け物石にしかなりそうにない無数の石が、この場にいる『霜の巨人』たちに命中していく。


 カタパルトの命中精度は悪い。だから、こうやって、低威力の石を無数にばらまくこともする。石の雨を降らすのさ。これをして欲しくて、オレたちは東から西、また東と敵の群れの上空を飛び回った。


 つまり、群れの先頭を足止めし、敵を密集させることで、石の雨の外れ弾が少なくし、敵を有効に打撃したかったんだ。石っころ。この安っぽいが、かなり強力な弾丸の打撃を浴びて、『霜の巨人』の群れ全体にダメージが行き渡る。


 消耗させること、それが群れと群れの戦いでは有効なのだよ。そして、チャンスには連携することも大切だ。勢いに乗ると、攻撃ってのはホントに冴えを増すんだからな!!


『ばりすたが、くるよ!にほんだ!』


「くくく!さすがは『ブラック・バート』の船長たちだ、最高のタイミングで連携してくれるじゃないか!!」


 『ヒュッケバイン号』と、ターミー船長の海賊船が、同時に『炎』の『エンチャント』がかけられたバリスタを放っていた。杭のような巨大な矢が、みにくい『霜の巨人』どもに突き刺さる。


 次の瞬間、それらは大小の爆発を起こし、一体を跡形も無く消滅させて、もう一体を中破させたよ。『ヒュッケバイン号』の巨大矢には、リエルの魔力が込められているからな。巨大矢の中の火薬と反応すれば、あれだけの破壊力だ。


『おいうちを、かけよう!!』


「ああ!!」


 オレたちもさらに連携するぞ、今度は西へと飛び抜ける。その軌道を描きながら、『ブラストル・エッジ』と火球のコラボで、こちらに背後を見せていたヤツを選び、狙う!アイツが最適だ、群れから離れている個体を襲い、そいつを砕いて海の藻屑にしちまうのさ!


 さらに、ジーンくんの船も、今度はバリスタを使ったよ。そこそこ大きな海賊船だけあって、攻撃力が高いね。武装が多くて理想的だ。足を止めて、混乱しているような様子をも見せる『霜の巨人』の一体を、その爆裂する巨大矢で沈めちまう!


「ハハハハハッ!!強いじゃないか、アリューバ半島の海賊たちよ!!」


 バリスタをこの距離で、外しもしねえとはな。長年、この海で帝国海軍相手に生き抜いてきただけのことはある。技巧、経験、どちらも十分。あとは、真の結束を得ることが出来れば……帝国海軍相手にも、容易く勝利してしまえるんじゃないか?


『さあ、『どーじぇ』!』


「ああ!このまま一気に、ヤツらを沈めるぞ!!」


 オレたちは敵の群れを引っ掻き回し、海賊船からの攻撃を誘導していったよ。理想的に戦略が噛み合い、オレたちは、すぐに敵の群れを殲滅していたのさ。


 戦いが終わったあと、オレとゼファーはジーンの船とターミー船長の船の上空を、それぞれ一度旋回したよ。よくぞやったと称えるためだ。それぞれの船からは歓声が放たれていた。本来なら、酒宴でも開きたいような気持ちであるが。


 ……作戦行動中だ。気を抜けない。


 あんな『罠』が、まだある可能性もあるからね。オレたちは、船脚を上げて、この危険なルートを休まずに旅したよ。この船旅は一日半つづいた。


 『霜の巨人』の襲撃は、計、四回起きた。昼夜を問わず、その罠を見つけては、角笛で連絡を取り合い、戦いを続けたよ。武装を使い尽くしながらも、どうにか船体に致命的なダメージは負わなかったのは奇跡のようだな。


 一度だけ、ターミー船長の船が掴まりそうになったけどね。


 だが、フレイヤの『ヒュッケバイン号』が船首から突撃して行き、その喫水線の下にある衝角を使って、今回の旅路において一番大物だった『霜の巨人』に『体当たり』を喰らわしていたよ。船が壊れるかと心配したが、壊れたのは『霜の巨人』の方だった。


 半壊して呻く『霜の巨人』に、フレイヤは陣頭指揮で海賊たちを操った。リエルが驚愕するほどの出力で、『炎』の『エンチャント』が発生していたのさ。フレイヤの『巫女』としての力だった。


 『炎』を帯びて荒ぶる『モリ』の群れを、海賊どもは『霜の巨人』に次から次に撃ち込んだよ。


 そして、フレイヤの、『引いて下さい!!』の号令に従ったのさ。海賊どもはモリにくくられていたロープを豪快に引っ張り、えぐるような乱暴さでモリを抜き放ったのさ。モリには『返し』がついていからね、引き抜くときが、大きく獲物の体を壊すんだよ。


 『霜の巨人』は、その乱暴な破壊に食い散らかされて、ついに力尽きて崩れていったのさ。


 ハハハ!なんとも、ハードな旅であったが……。


 オレたちは、その『霜の巨人』どもとの、四度目の決戦のあげくに。とうとう目的地である『クルセル島』にたどり着いていた。


 荒波で揺れる船旅に、強烈な寒さ、そして度重なる大型モンスターとの戦い。それで船も乗組員たちも消耗が激しかった。だが、誰一人として死者も重傷者も出さずに、ここまで来るとはな。


 自慢できる冒険だったと思うよ。


 白い呼気を凍てつく風のなかに吐き出しながら、オレたちは疲れた顔でも笑うんだ。


 『クルセル島』が見えたときには、ホント、みんなヘラヘラと情けない顔を晒していたものさ―――。


 まったく、ありがたくはないことに。そこは白い氷河に半ば覆われた、厳寒な島だった。だが。氷を操る悪神、『ゼルアガ・ガルディーナ』の住まいとしては、じつにお似合いの立地だと感心もしていたよ。


 悪神の考えることは分からないものだが、この世の果てに、わざわざ住むなんて、クソ迷惑で不思議な哲学をお持ちだな!!……まあ、いいさ。すぐに、ぶっ殺してやるぜ!帰り道まで、あんな不細工なゴーレムどもと戦うのは本当にゴメンだからなッ!!


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