第三話 『白き氷河の悪しき神』 その9


「ん……」


 オレは目を覚ますよ。この港町トーポの唯一のホテルの一室でね。主に材木を買い付けに来た帝国商人ぐらいしか宿泊客のいないホテルだ。いいところは、安い。ホントに安いね。商売っ気を感じないほどさ。


 まあ、それだけにサービスも悪い。あるのはベッドと風呂ぐらい。ほんと地味な安宿だが、オレたち夫婦三人にとっては、正直ベッドがあればそれで良かったよ。


 久しぶりだったロロカ先生は、甘えまくってくれたし。リエルもオレとロロカ先生を見ていたら、拗ねるようにして抱きついてくれて―――。


 そんなこんなで、いい夜だったよ。朝が来てしまうのがもったいないぐらいに。


 でも快楽の時間というのは驚くほどに過ぎ去るのが早い、夜も更けるころにはオレたちは夫婦三人で寝ちまっていたな。左腕はリエルの腕マクラにされる。心臓に近いから正妻の特等席なんだってさ。右腕はロロカ先生の腕マクラだ。


 オレ、嬉しいけど、ちょっと熱い……でも、『家族』に両サイドから密着される幸福感には勝てないからさ、そのまま安らかに眠っちまったよ。


 で、朝、目を覚ましたら?


 オレが寝坊したと、リエルに文句言われたよ。5時起きの約束が、もう6時だった。幸せ過ぎて思わず寝過ごしたんだと囁きながらエルフの耳にキスをして、そのまま彼女をベッドに押し倒していたら、ノックもせずにドアが開かれていた。


「入るぞ?……ああ、なんだ朝からヤッてたのかよ」


「や、やってなど、いない!?」


 上半身裸のオレの腕の下から、子供に捕まりそうな窮地にあるエビさんみたいな勢いで、リエルが素早く脱出してしまう。そして、リエルはドワーフのセルバー・レパントを睨みつけながら、この部屋を出て行った。


「そ、ソルジェ、酒場に行っているぞ!ゴハンは、作っておいてやったのだから、冷める前にくるのだ!あと、ジジイ、足の小指をどこかにぶつけてしまえ!」


 そう言い残して、オレの正妻エルフさんが、朝の港町の空気に漂う霧の向こう側に消えて行ったよ。


「……邪魔しちまったな?小指にエルフの呪いをかけられちまったぜ?がはは!」


「いやあ、ジョークだよ」


 リエルはジイサンのこと結構、気に入っているよ?


「そうか?お前さんの夜の『仕事』が弱くて、満足出来ていないとかじゃないのか?」


「バカ言え。さんざん夜中に愛し合えたから、リエルちゃんは満足してるんだよ。もしも満足してなかったら、ジイサンに呪いじゃなくて拳を当ててる」


「だろうな。あの娘は、とても狂暴だ。エルフの中にもいるのだなあ、あんな女傑が」


「狂暴?活発なだけさ」


「恋とは盲目。素晴らしい人間観察者の遺言だな」


 遺言なのかね?


 昔の有名人が言った言葉だろうが、死の間際には違う言葉を言っていたんじゃないか?オシャレだけど、遺言としては、意味が分からんぞ?そんな言葉と共に死んだら、なんか未熟者みてえじゃねえか。


「……ふわあ。で、ジイサン、アンタ何でいるんだっけ?」


「はあ?お前さんが呼んだのだろう?おっぱいの姉ちゃんが呼びに来たぞ、朝から」


「んぁ?……あー、ああ、そうか!ジイサンに頼みがあってね」


「なんだ?貴様ら夫婦三人の、ただれたセックスでも彫像にしろってか?」


 なにそれ?


 鍛えあげられたオレの肉体が、美しい乙女たちとしているところを像にする!?


「……正直、オレ、スゴく、ワクワクするけど」


「そうか。格安で作ってやるぞ?お前の頭の中身はともかく、その腹斜筋は素晴らしい」


 オレ、アーティストに脇腹のキレを褒められている。いいね、自尊心が満たされる。でも、オレの頭の中身は中の上ぐらいはあるんじゃないかな?


「でも、その彫像計画、スゲー魅力的。オレの筋肉美を世界に晒すなんてさ」


「よし。ならば、呼んでこい。ヨメと獣のように交尾している筋肉の躍動を、彫刻にして世間サマに晒してしまおう」


「いやぁ……でも。それやったら、オレの奥さんたち、確実にウルトラ級のブチ切れするぞ?」


「芸術に犠牲はつきもの。アートは孤独なものだ」


「孤独で済めばいいんだが、そんな像の除幕式に彼女たちが参加していたら、ジイサンの余命は、残り数秒だ」


 あと、公然わいせつ罪とかに処されて、ジイサンは教会の檻に閉じ込められるかも。反省したと証明されるまで、聖典の書き写しとかさせられちまうかもよ?いい年こいた、元・騎士サマなのに?


 他人事なら笑えるが、そんな愉快なストーリーの当事者にだけはなりたくねえな。ちょっとした悪ふざけと違って、像とか、半永久的に残るじゃないか?


「その計画、素敵だけど、中止だ」


「じゃあ、何の用だ?」


「ええっと。待ってくれ。本格的にアホなことを考えていたから、ど忘れしちまった」


「面白いヤツだ」


「面白がるんじゃねえ。ああ、そうだよ。ジイサン、オレたちに船の操り方を教えて欲しい。出来るだろ?」


「ああ。もちろん、それは出来るが、どうしてだ?」


「戦力になりたいからだ。オレは海賊たちと混じり、海軍と戦いたい。ヘタレのジーンはともかく、フレイヤちゃんは運命を理解しているし、何よりも覚悟をしている」


「……覚悟しているか、彼女に相応しい評価かもしれんな」


「そうさ。まちがいなく彼女は海軍と戦うだろう。そのために彼女は船が欲しい。生きていきたければ、山に隠れ住むのもある。エルフ族なら、簡単だよ」


 だが、それを選ばないのは、戦うためさ。


「そうじゃろうな、あの子は、戦う。騎士のような志でな。しかし、『陸』での戦は……彼女の部下たちでは、威力が出せん。『海』で戦う他ない」


「ああ、海賊の本領は『海戦』さ。船上での戦いだけに、彼らは特化している」


 奇襲とはいえ、暗殺騎士たちに容易く殲滅されてしまうところだった。地上戦での彼らに、多くを期待することは難しい。よくて敵とは五分の力。それでは、『大多数の敵』に勝つことは見込めない。


 一対一で刺し違えても、オレたちに勝利は訪れやしないのだ。


 だが、海上ならばどうだ?


 彼らの戦い方が100%活かされる。肉の壁は、甲板での消耗戦においては最強の威力を発揮してくれるはずだ。傷を恐れぬ勇猛さもね。五分以上の力、そして、敵が満載する船を沈められたら?……大量虐殺の完成だよ。


「彼女と共に戦い、援護する。だから、オレたちも、海で戦う力が欲しいんだよ」


「ふむ。では、お前たちも船を操り、その戦の仕方を覚えると?」


「ああ。海戦とはどういうものか。ジイサンに教わりたい。ジーンがどう判断するかは分からないが……オレはフレイヤと『ブラック・バート』と組んで、帝国海軍を崩壊させたいんだよ」


 オレは服を着ながら語ったよ、ジイサンに芸術的な腹斜筋を見せつけてやりたいが、さすがに、裸のままってのも野蛮人過ぎるからね。


 ジイサンはしばらく考えていた。やがて、年老いて疲れが見える瞳でオレを見てきたよ。彼は確かめたいことがあるんだろう。いいさ、聞けばいい。


「……どうして、そこまでやるんじゃ?」


「当初からの目的のためさ。決まっているだろ?オレたちは『私掠船』を求めて来た。それを邪魔する『大問題』があるなら、片付けるまでさ」


「フレイヤと『ブラック・バート』、あの連中と組んで帝国海軍を倒し、民衆の蜂起で地上を制圧するか……」


 海賊たちの力で、帝国を妥当し、この国の独立性を維持する。それが、最高のシナリオだ。


「フレイヤはドーラ・マルデル議長の娘だ。政治力はある。そして、人柄もいい。民衆受けは狙えるさ」


「だが、彼女は死ぬ気だぞ?そして、何よりも『敵』も狙ってくる。ジーンは騎士くずれだが、彼女は真の指導者の血筋。より、優先順位の高い獲物じゃろう」


「知っているよ。だから、オレたちが守ればいい」


「簡単に言うが……」


「オレたちも本気なんだよ。帝国の侵略師団を鈍化させるためにも、この海で海賊サンたちには、今後も暴れまくってもらう必要がある。『自由同盟』との仲違いは避けたい。力を合わせる、そうでなくては、帝国に勝てるわけがない」


「……そうか。貴様、本気なんだな?帝国を、滅ぼすことを、願っているのだな」


「もちろんそうだ。故郷を焼かれたあの日から、オレはずっと、本気でファリスを地上から消滅させたくて仕方がねえんだよ」


 ああ。左眼のなかで、アーレスが歌う。熱いぜ、あいつもファリスの豚どもを食い殺してやるって、暴れてやがるぜ。くくく!


「……分かった。全面的に協力する。元々、ワシは、お前らに帝国海軍を潰して欲しいから、『情報提供者』になったんだからな。だが、一つだけ疑問がある」


「なんだい?」


「なぜ、片腕のワシに頼む?現役の海賊どもなら、お前さんらへの指導もしてくれる。間違いなく、師匠にするには、ワシよりも上だ」


「そこには一つ大きな問題がある」


「大きな問題じゃと?」


「信用できない」


「ジーンをか?」


「ああ。あとフレイヤちゃんのところもね。正確には、あの二人じゃなく、二人の部下の海賊たちだ。彼らは、口が軽い」


 ジイサンはうなずく。覚えがあるんだろうな、たっぷりと。


「連中は軍人や騎士ではないからな、情報漏えいの心配がある。オレたちの訓練は、秘密にしていて欲しいんだよ、もしもの時の備えでもある。海賊は口が軽いだろ?任せられない」


 ジイサンも海賊と騎士が組んで戦った時代に、情報漏えいするバカな海賊にイラついた経験でもあるんじゃないのかねぇ……。


「……たしかにな。お前たちが『ゼルアガ』を殺しに行くという噂は、もう隣町の漁師も知っているそうだ」


「くくく。その分、『広めて欲しい噂』も広まるのが早いだろうがね」


 帝国海軍が崩壊したら、民衆よ蜂起して『オー・キャビタル』をブン取っちまえとかな?ぶっちゃけ、その噂が広まるだけでいい。


 そうすれば、各地の町への警戒が強まり……帝国兵士の『密度』が下がる。広く守るということは、質を下げるということだ。薄まるんだよ。


 そうなれば、個で優れたオレたちのゲリラ戦術で、牙のようにズタズタに切り裂いちまえるって寸法さ。


 考えてくれ。百人で守る一カ所は強い。だが、二十人ずつで守る五カ所ならどうだ?オレたち『パンジャール猟兵団』に、一時間くれたなら、ノーダメージで百人殺してみせるさ。


「……何を企んでおる?」


「色々だ。オレは、戦については、色々と考える」


「そうだろうな。というか、何を意図してのことだ、操船技術の指導者に、片腕のワシという人選は?……フレイヤやジーンに相談すれば、口の固いマジメな者を選んでくれるぞ?この半島にも、バカしかおらんわけじゃない」


「たんに、この国で一番信じていい存在は、『ルードのキツネ/パナージュ家』が選んだアンタだってことさ」


 パナージュたちの優秀さは、死ぬほどよく知っているからな。


 言動と真実を乖離させて、色々なことをしている。オレの知っているシャーロン・ドーチェは、多分、一つの側面に過ぎないんだろうな。間違いないよ、今もどこかで何かをしているはずだ。


「……ずいぶんと買っているのだな、ワシではなく、『ルードのキツネ』を」


「ああ。仲間だからね。オレは、仲間だけは信じる。騙されたとしても、それは必ずやオレの道に資する行為だと信じているよ」


「ハハハハッ!……面白いな、お前は。いや、お前たちはか」


「そうだ。ジイサン、よく分かった来たじゃないか?オレたちは、『パンジャール猟兵団』。13人の戦鬼と、一匹の黒い竜……大陸で、最も怖い、殺戮集団だが、日々の暮らしにユーモアを忘れん」


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