第三話 『白き氷河の悪しき神』 その8
「いいえ。来ています」
「そうか。早いな、さすがはシアン・ヴァティだ!」
フクロウの通信網は仲間たちを繋いでいる。どうやって繋いでいるか?各地に点在している、『パンジャール猟兵団』のメンバーたちを中継していく仕組みだよ。オレがフクロウを向かわせたのは、ハイランド王国にいるはずのシアン・ヴァティのところだ。
シアンはそこでフクロウから連絡を受け取る。そして、今度は自分のフクロウを使って、ルード王国にいるはずのシャーロン・ドーチェに送った。
こうしてリレーさせることで、フクロウの翼の消耗を防ぎながら、高速の連絡を維持するという仕組みだよ。
「……シアンからの返信が来るということは、今ごろ、フクロウが東風に乗ってくれていたら……シャーロンに連絡が届く頃か。で。それから、レイチェルに連絡が行くまで―――」
「―――いえ、レイチェル本人からの連絡も来ています」
ロロカ先生はそう言いながら、懐からフクロウが運んで来た暗号文が入った封筒を取り出していた。そこには、レイチェルより『リングマスター/団長』へと書かれてあるよ。オレを『リングマスター』と呼ぶのは、世界で彼女だけだ。
「……たしかに、彼女のものらしいが。しかし、どういうことだ?彼女は、帝国領に偵察へ出ていたはずじゃないのか?」
そうだ、彼女はその身に宿る『極めて特殊な能力』を用いることで、馬よりも速く帝国領の深い場所まで偵察に出ることが可能だ。
彼女がどういった『能力』を有しているかを知らない限り、どんな有能な追跡者であろうとも、彼女は捕捉されないはず。だから、単独の偵察任務をさせているのだが……。
「はい。それなりの収穫を得たようで、ルーラ運河を通って、大陸西部に戻って来ていたようですね」
「運河を使うか。なるほど、考えたものだ。レイチェルならば、かなり帰還が早まるな」
「はい。予想になりますが、前もってシャーロンさんが連絡を入れていたみたいですね」
「……うん。そうだろうな」
じゃないと、いくら彼女と言えど、さすがに帰還が早すぎる。
レイチェル・ミルラの『能力』を考えれば、この海での戦いには欲しい人材だ。おそらく、『アイリス・パナージュ・レポート』をクラリス陛下が読んだそのときから、シャーロンはレイチェルを呼び戻していたんだろう……。
……ならば、おそらく。
クラリス陛下は、アリューバ半島を『陸路から攻める手段』を構築しようとしているな。かなりの駆け足だ。
オレが海賊どもとの交渉を、そこまでスムーズに行えると考えてのことか?あるいは、ジーンも勘づいている帝国海軍の『増強』の動きに、備えているのかもしれない。
だとすると、沈黙と、レイチェルの派遣をもって教えてくれているようだな。『自由同盟』の軍が、アリューバ半島への侵攻を開始するまで、そう時間が無いと。そもそも、本来は『自由同盟』と交渉する相手である『政府』が、この半島には存在しない。
とっくの昔に、アリューバ都市同盟は滅んでいるからな。『自由同盟』からすれば、軍事力を結集させて、力ずくで全てを奪い取った方が早い。
その後の地元民や海賊団による抵抗運動というリスクは残るが……半島に、より強力な帝国軍の兵たちが集まることだけは避けたいのか。
「……このままでは、オレの『理想』を成すまでの時間はない。だから、『急げ』。これはクラリス陛下とシャーロンからの、そういうメッセージだと思うか、ロロカ?」
「……はい。だからこそ、ソルジェさんの願いを叶えたいのであれば、海賊団を再建し、一定以上の戦力を確保しなければなりません。そして、帝国海軍に打撃を与える」
「そうだな……」
「レイチェルは、そのための『剣』の一つなのでしょう。海戦における『切り札』です。有名になれば、彼女の威力は半減してしまう」
「ああ、彼女の『種族』がバレてしまえば、帝国海軍も準備をするかもしれない」
対策はある。海上ではおそらく『無敵』のレイチェル・ミルラではあるが、彼女の正体を知っていれば、その対策はある。オレには、二つ思いつくよ。海に毒をまくことと、海に油を流して焼くことだ。
「そのレイチェルを海戦で使う許可を、クラリス陛下は我々にくれている。そう考えることも出来ます」
一回きりの『海戦における脅威的な戦力』。それを、ここで投入してもいいということですかな、クラリス陛下。
「……クラリス陛下も、この半島は、この半島の民が自分の手で守り、自分たちで統治する姿が、最善だと考えておられるのだろうな」
「うむ、それがベストだな!細かいことは、私には分からないが……この酒場で話すべきコトではないのだな?皆、聞き耳を立てておるし」
リエルが酒場で晩飯と酒を楽しむフリをしている町民を見回しながら、そう言った。町民たちは、慌てて視線を外す。そうだ。今、オレとロロカ先生が考えている全てのことまでは、彼らに言うべきではない。
ここにも帝国海軍に情報を流すヤツも、いるかもしれないからね?
とにかく、君らに聞いて『ブラック・バート』や『リバイアサン』に報告して欲しいことは、さっきから口にしていることだよ。
『海戦で勝てばいい』、そして、オレたち『パンジャール猟兵団』は、外国勢力には分類されず、『政治的な後腐れのない傭兵に過ぎない』。
その二つの事実を、メッセージとして伝えてくれたら、それでいいのさ。
そして……『市民が蜂起する必要もある』ということを自覚してくれたら、なおさらいいんだがね……。
まったく、悪いな、酒を愛する仲間たちよ?
オレは君らを、メッセンジャーに使わせてもらっている。君たちは情報通だからね。だから、半島中に流す『噂』を作ってくれると助かるんだがね。そして、君たちアリューバ半島の民衆が結束し、蜂起の瞬間に備えてくれると嬉しいんだよ。
そうでなければ、君らに、真の意味での自由は訪れない。
君らは帝国にせよ、『自由同盟』のいずれかの国にせよ、他国から支配される運命からは逃れられなくなるのだから―――それは、本意ではなかろう。
「とにかく!海賊団と私たちで、海戦で勝てばいいのだな!!そしたら、後は陸から攻めるだけだ!!いいか、飲んだくれども!!我々が海軍を排除した後は、お前らの仕事だ!!本当に故郷を取り戻したければ、自力で戦うのだぞ!!」
リエルが分かりやすく、こちらの要求を民衆に話していた。
……そうだな。コッソリと伝えるのも軋轢が少なくていいかもしれないが……マトモに正面から訴えるのも、誤解が少なくていいかもね?
オレはイスから立ち上がり、ニヤリと笑いながら酒場の中を歩くのさ。目立ちたがり屋さんの血が騒ぐ。民衆の視線が集まってくるのは、気持ちいいよね。
「いいか、民衆よ。オレたちは『パンジャール猟兵団』。戦上手で有名なモンスターだ。オレたちが海賊と組み、どうにかして帝国海軍をぶっ潰してやるよ。だから、そうなったときは……オレのヨメの言った通りだ。自分たちで、取り戻せよ。この半島をなッ!!」
恫喝するように大声を使っていたよ。
うん、女性たちの数人を驚かせてしまったようだが。さすがは海賊の残党が経営する店の客。海賊予備軍みたいな荒くれ漁師どもが、オレの言葉に応えてくれた。
「おおおおおおおおおおおおッ!!」
「帝国をぶっ潰すぞおおおおッ!!」
「オレたちは、都市同盟だ!!帝国の犬じゃねえッ!!」
「そうだ!!君たちこそが、アリューバの正統な民!!自分たちの家は、自分たちの手で取り戻せ!!分かったな!!……おい、店長!!オレのおごりだ、彼らにビールを!!」
その言葉に反応し、酒飲みどもが一斉に歓声を強めてくれたよ。くくく、酒ってのは、政治に使えるな。少なくとも、一瞬の団結を心に刻みつけてくれる。
これでアピールにはなっただろう。
酒代を使いまくってしまったことは苦しいが、情報通の彼らに、オレたちのメッセージを伝えることには成功したと思う。
オレは妻たちが待つテーブルへと戻ったよ。イスに座るオレに、リエルがイタズラ好きの美少女スマイルで言い放つ。
「これで、しばらく金欠だな。お酒とも縁が遠くなる」
「……ああ、そうかもね。だけど、酒については確保するための『アテ』があってね」
だから、きっとアルコールは呑める。
オレには、あと三日あるからな。
「あのヘタレにおごらせるのか?」
「いいや。さすがにそれは、かわいそうだろう」
「……そうですか。我々も、『訓練する』ということですね、ソルジェさん」
さすがはオレの妻にして副官のロロカ先生。オレの考えなんて、すぐに見抜いてくれるから素敵だよ。優秀な女性には、オレの子孫を産んで欲しくなる。君の見た目も性格も愛しているが、君の知性も愛しているよ、オレのロロカ。
「むー。二人ばかりが知っていてズルいぞ?」
「この場では言わないほうがイイコトですから、ね?」
「ああ。そうだ。バレない方がいいこともする。これは、戦争だからね」
「そういう策なら、私は従うぞ。でも、後で話せ?」
「そうだな、ベッドの中で、色々しながらな」
「……す、スケベな顔を、するなというに!?」
リエルが顔を赤くする。思春期だからな。君にも若い衝動的な性欲があるのは知っているよ。安心しろ、しっかりと満たしてやるからな―――。
「うう。ロロカ姉さま、何か、ソルジェがものすごくスケベな目をしてくるのだが!?」
「ま、まあ……それは、その。夫婦ですから、ね?」
「夫婦だし、私は正妻だけど!?な、なんか、あんまりエッチなのは、その……っ」
妻たちの顔が赤くなっているな。心なしか、大人女子のロロカ先生はオレとの夜が待ち遠しそうにも見えるよ?まあ、久しぶりだし。そうだ、たっぷりと可愛がってやるからな、二人とも?
「……さて。今夜はどんなことするかは、後で考えるとして。レイチェルの手紙には、何て書いてあるのかな?」
オレはテーブルの上に置かれっぱなしになっていた暗号文を取り出すよ。さてと、読むとするか、なになに?
拝啓、リングマスター。
『あの子』は元気でした。
偵察についての情報はクラリス陛下に報告済みです。それなりの成果はあったと自負しております。私はルード王国で、グラーセスから帰国したオットーと合流した後、ユニコーンの商隊の助力を得て、北上を開始しています。
このまま北上した後で、ザクロアの二人と合流する予定です。
明日の正午には、アリューバ半島の南にある『ラサイエの丘』に到着すると思いますので、我々4人を迎えに来てもらえると助かります。
レイチェル・ミルラより愛を込めて。
「くくく。カミラもミアも動き始めているようだな」
カミラの熱は下がったようだ。さすがはオレのヨメ。そして吸血鬼。元々の体力が超人的だからな。完全に休息を取れば、すぐに体調は回復する……。
レイチェルの暗号文を読んだリエルとロロカが笑顔になる。
「おお。ミアもカミラも合流か!」
「よかった。カミラは回復したんですね!」
「めでたいな!……そして、ユニコーンたちの商隊か!あれは、速いのだぞ!!」
「そうか。リエルはユニコーンで『バロー・ガーウィック』からザクロアまで戻ったんだったよな?」
「うむ。とんでもなく、速い!!……あの馬車で揺られながら、『ポゼッション・アクアオーラ』を分析していた作業を、思い出すぞ……アレは、なかなか大変だった」
「ですね」
リエルとロロカが海の果てでも見つめるような表情になっている。『ゼルアガ・アリアンロッド』対策にディアロス族の秘宝を分析して、その術を作る……ハードな作業だったんだろうなぁ。
オレは実践的な魔術しか知らないから、高度な学術的な魔術の分析まではやれない。でも、二人はそれをしたのさ。オレには理解出来ないほど、困難な作業であったと見える……。
「だが。その苦労が今回の獲物にも効くだろう。『ゼルアガ』狩りの秘策だからな」
「うむ!今度こそ、私にその名誉を寄越せよ、ソルジェ団長!」
くくく、『ゼルアガ』を恐れるどころか、その首を落とす名誉を寄越せと仰せだ。さすがはオレの正妻エルフさんだ。オレとのあいだに出来る子が、ホント楽しみ!
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