第三話 『白き氷河の悪しき神』 その7


 風呂上がりのオレは、すっかりと賑わい始めた店内の隅っこに陣取る、オレの妻たちを発見したよ。


「お疲れさま」


 そう声をかけながら、そのテーブルに座るのさ。


「うむ。よく寝れたか?」


「ああ、スマンね、爆睡してたよ」


「いいんですよ、ソルジェさん。昨夜はかなり活躍なさったみたいですから」


 どうやら、オレの大冒険はそこそこ有名になっているようだな。この半島はウワサ話の伝わりが早いのか。そこら中に、海賊のシンパが潜んでいる証かもしれないね。頼りになるような……それを帝国に逆手にも取られそうな、どちらの要素も感じた。


「それで、偵察はどんなだった?」


「『オー・キャビタル』まで、どれぐらいの時間があれば陸路で攻め入ることが出来るのかは、よく分かりました」


「なるほど、さすがだなロロカ」


 そう言いながら、オレはロロカ先生の金髪を撫でる。頭をなでなでさ、子供扱いされて彼女はちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめる。でも、夫婦のスキンシップがしたい。


「も、もう。ソルジェさんったら……」


「ソルジェ。それ、正妻さんにもするように!」


 リエルがそう要求してきたよ。うんうん、分かってる。オレ、二刀流モード。二人の妻たちの頭をなでなで。


「なんか、雑ではないか?」


「本格的な愛撫は今夜でいいだろ」


「そ、それは、そうだが……っ」


 リエルが顔を赤らめてしまう。今夜を考えているのかもしれない。まあ、そうだね。楽しみにしていてくれるといい。オレ、今夜は体力が有り余っているしね……。


「す、スケベな顔で、笑うでない!」


「そ、それは、ともかく……ソルジェさん。『霜の巨人』と、その主である『ゼルアガ・ガルディーナ』と戦うというのは、本当ですね?」


「よく知っているな。『リバイアサン』か、それとも『ブラック・バート』と接触したのか?」


「昼前には、『リバイアサン』の海賊が、ここに来ていたのだ。そいつから、我々はことの詳細を聞かされた。姫騎士さまを救出したか、なかなかやるではないか!撫でてやる!」


 そう言いながら、オレの正妻エルフさんは、風呂上がりのオレの赤毛を撫でてくれるよ。


「なかなか、細かい情報伝達だな、海賊たちは」


「はい。それぐらいせねば、生き残れなかったのかもしれませんね」


「……だろうな」


「半島の西側も見てきたが、帝国の拠点が幾つもあった。見張り台も多いし、建造中の砦もある」


「西側の守りを固めたいのさ。ザクロアで、クレインシー将軍がオレたちに敗北したという事実が、軍備の増強に駆り立てている」


「厄介なことだな!」


 まあ、な。


「だが……むしろ好都合なこともある」


「え?」


「そうですね。完成前の砦ならば、ほぼ無防備です。奪ってしまえば、こちら側の拠点にも早変わりです」


「おお。それは、ワクワクする作戦だな。敵の砦を奪うのか!


「ああ。そして、何よりも、『軍備の増強』というのは、『合理的に行われる』からな?……そこから逆算すれば、敵さんが弱点だと認識している部分が見えてくる」


「つまり、西から攻撃されたくない?」


「そうだよ。昨夜、ゼファーと見て、思ったね。東からの、つまり海岸からの攻撃には無敵の防御力を発揮する。だが、西側は発展と商工業を重視させるあまり、土塁もまばらだな。攻めれば、脆いぞ」


「ふむ……なるほどな。さすがはソルジェにロロカ姉さまだ。色々なことを考えれるものだな……」


 リエルちゃんが腕を組んで、うなってる。なんだか自分の未熟さを感じているのかもしれない。情報の分析という面では、まだまだリエルは甘いからな。だが、オレたちとのミーティングを重ねることで、戦略理解は進むだろう。


 彼女は知識こそ未熟だが、頭の回転が悪いわけではない。こと、戦闘に関しては天性の勘が働くからな。彼女もオレの中では、『守備的戦術家』の才能を持つ者としてカテゴライズされているんだ。


 ロロカが語る。


「幾つか、『オー・キャビタル』を攻める策はあります。『自由同盟』を呼べるのであれば、攻め落とすことそのものは難しくはありません」


「す、スゴいな、さすがロロカ姉さま」


 リエルが目を白黒させている。うん、ホント、ロロカ先生ってば、スゴい。でも、ロロカ先生の表情は険しい。そうだよ、それを行いにくい理由というのも、存在しているんだよなあ……。


「……しかし。現状、それを行えば、こちらの被害も甚大です。そして……この半島を『自由同盟』の軍が占拠し続けることは、難しい」


「どうしてだ?」


「半島の民たちから、『侵略者』として認識されるからです」


「わ、我々がか?帝国を追い出してもか!?」


「はい。『自由同盟』の軍勢に頼れば、この土地から瞬間的に帝国軍を追い払うことが可能ではあります。でも、その後は、半島を守るために、『自由同盟』の軍が、この土地に常駐する。それは、帝国軍の立場を、『自由同盟』が奪っただけ」


「そ、そうなる、のか……?」


「もちろん、クラリス陛下やザクロアのライチ代表たちは、帝国のような悪法を押し付けようとはしないでしょう。でも、海賊たちは……とくに『ブラック・バート』は、その結果を喜ばない」


「対等な関係でないからか?……外部の力に頼り、助けてもらった……つまり、それは自分たちの力の証明ではないから?」


「そういう理解でいいと思いますよ、リエル」


「うーむ。難しいな」


 そうだ。これは極めて難しい問題でもあるのだよ。


 『ブラック・バート』の哲学は、この土地に、かつてのアリューバ都市同盟を再興させることだ。


 しかし、それを成すためには、自力でこの国を取り戻す必要がある。


 『自由同盟』に頼り切った結果の勝利では、その権利が無いとフレイヤ・マルデルは理解しているのさ。


 『自由同盟』は、『外敵』とまではいかなくとも、その影響力は大きい。軍事的な借りが大きすぎると、対等な外交も築けないだろう。ルード王国もザクロアも商人の国だからな、祖国の利益のためには、シビアな顔もしてくるよ。


 この国を取り戻すのは、可能であれば、この国の軍勢たちの手で行うべきではある。それが王道だ。国家の支配者の座は、暴力を用いて勝ち取るものだ。アリューバ半島の市民が、アリューバ半島の主に戻りたければ、市民の手で勝利を掴まなければならない。


 ゆっくりと帝国の植民が進み、帝国への経済的な依存度を高めつつあるアリューバ半島の民たちは、それをせねば帝国の呪縛からは解放される日は来ないのだ。


 それを理解できる知能があるからこそ、フレイヤ・マルデルもジーン・ウォーカーも『自由同盟』と同盟を築くことを警戒するのさ。


 当然と言えば、当然のことだ。


 彼らはアリューバ半島の自由と独立を求めているのだからな。『自由同盟』と対等な存在にならねば、搾取され、利用される立場のままだと理解している。


「しかし、『自由同盟』に頼らず、『オー・キャビタル』を陥落させられるのか?海賊たちだけでは、何とも難しそうだが……」


「彼らだけではない。オレたちがいる。オレたちは、あくまでも傭兵。クラリス陛下の命令は受けているが、オレたちは『自由同盟』の『軍隊』ではない」


「我々の助力であれば、外国から助けてもらったと認識されにくい?」


「ああ。オレたちはただの傭兵だからな。政治力を帯びていない、ただの鋼の牙だ」


「ならば、我々と海賊どもで、勝てばいい……とはいえ、戦力が心許ないな」


 ホント、そこは大きな問題。


 『ブラック・バート』なんて、今、壊滅寸前だからね?


「ええ。だからこそ、悩んでいるところです。『自由同盟』の力を使えば、半島を取り戻せる。ですが、それでは兵力不足の『自由同盟』も疲弊してしまいます。そして、帝国への『脅し』にならない」


「どういうことだ?」


「……『自由同盟』がいなければ、この半島を容易く取り戻せると認識する。だから、すぐに取り戻しにくるでしょう。そのとき、半島の住民たちが『自由同盟』に反感を持っていたとすれば……『自由同盟』は容易く敗北する」


「……うむ。それは、何となく分かる。ここの半島の住民は、血の気が多い輩が、たくさんいるようだしな」


「結局のところ、理想を求めるのであれば、海賊と私たちだけで、帝国海軍を崩壊させられたら、楽なのですけど……あとは、この血の気の多い市民さんたちがいれば、陸戦は難しくない」


「敵の船の数は、どれぐらいいるのだ?」


「現状では、55隻ですね。大型船だけでそれです」


 そうだ、現状ではな。西の海から、増援が来る可能性は十分だ。


「なるほど、こちらは?」


「『リバイアサン』が16隻、『ブラック・バート』が2隻。どれも中型船」


「……なんとも、勝率の悪そうな戦力差だな」


「ええ。少なくとも、30隻あたりまでは回復させたいところです。そのためにも、悪神を討ち滅ぼして……『氷縛の船墓場』で、多くの船を回収する必要がありますね」


「……そうだ。船の数があれば、戦いようも出てくるはずだ」


「ならば、『ゼルアガ』退治、それが、やはりこの戦の鍵か」


「ああ。そして、勝利の鍵がもう一つ欲しい」


「レイチェルですね?」


 そうだ。さすがはオレのロロカ・シャーネル。


 やはり、彼女が必要だ。レイチェル・ミルラ。どうにか合流して欲しいものだが。


「……この酒場に戻る前に、フクロウ便を放っていたんだが……返事は、まだか?」


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