第三話 『白き氷河の悪しき神』 その10

 オレたちの訓練の内容は誰にも秘密だ。訓練なんて地味なことさ。


 とある場所で、とある船に乗り、帆の張り方や船の動かし方を学んだよ。幸いに、オレとリエルは風を読めるし、ロロカ先生は一度聞いた言葉を永遠に忘れないタイプの頭脳をお持ちだ。


 オレの指とか舌とかの動きまで、ずっと覚えてくれていたりするのかとかも質問してみたいが、これは二人っきりの時に聞く言葉だな。


 さて、やはり『パンジャール猟兵団』は有能だ。この『実地訓練』をすることで、船の操船までも完璧にこなしたよ。ロープの使い方は、ロロカ先生が即座に覚えてくれたからね。『二隻目以降』は、オレたち、ジイサンの指示をほとんど受けることがなかったよ。


 ジイサンが指示を出したことは、より高度かつ細かな指示だったな。


 オレたちは海賊の流儀をすっかりと覚えたよ。そして、実際に船を動かしたんだ。フツーにが一回……楽しかったよ。ほんと、風ごときで、こんな巨大な重量物が動いちゃうんだからね。


 回るデカイ風車を近くから見て、誰しもが子供の頃に、スゲーって叫ぶだろ?


 あんな感動が、この操船にもあったよ。


 これが訓練じゃなければ、一日中、風を帆に浴びさせながらさ、船を動かしてみたかったんだけどね……。


 悲しいかな乱世なんだよな。オレたちは、遊びをするヒマさえないよ。二隻目は、魔術で『風』を呼んでみた。


 ハイランド王国で、ギンドウ・アーヴィングが使った作戦だな。


 帆に『風』を当てて、船を自由に動かす。海賊たちもコレを使って、船を高速で走らせているらしい。反則だね。海賊船にエルフ族がいる限り、本気で逃げる海賊船に、帝国海軍は追いつけるはずがないのさ―――。


 オレたちもこれを使いこなした。あのリエル・ハーヴェルとオレがだぞ?そこらの海賊船よりも速く動かしたもんだよ。


 三隻目は、オレたちのオリジナルだ。ジイサンもコレには唖然だったな。ゼファーに錨を咥えさせて、引っ張らせてみたんだ。風で動く船だからなー、竜の翼が産み出す力でも、当たり前のことながら動かせることが出来たよ。


 しかも、かなり速くだぜ。一度目でこれだから、学習と肉体に発生する『成長』が、どれだけ作業効率を上げるか分からない。さすがはオレのゼファー、海賊行為も完璧にこなすだろう。


 オレたちは、三隻の船を『ジイサンの取って置きの隠し場所』に運んだ後で、時間切れがやって来たよ。ジイサンを隠し場所に置き去りにして、オレとゼファーは旅立つことにしたんだ。


 もちろん、すぐにジイサンのトコロに帰ってくる予定だよ。だから、リエルとロロカ先生はこの隠し場所に置いていった。二人には、教官役になってつもりだからな、この『ブートキャンプ/新兵訓練』の。


 それで、オレとゼファーはドコに向かったのか?


 決まっているさ、『ラサイエの丘』だよ。このアリューバ半島の南に位置する、小高い丘のことだ。ここに、『パンジャール猟兵団』の猟兵が、四人も来ているはずだからな。


 ミア・マルー・ストラウス。オレの『妹』。


 カミラ・ブリーズ。オレの第三夫人。


 オットー・ノーラン。『三つ目族/サージャー』、棒術の達人。


 そして……。


 この戦の鍵。


 レイチェル・ミルラだよ。褐色の肌に、ワインレッドの瞳、そして、銀髪が美しい24才の美女だ。ああ背が高く、色気が抜群。プロポーションも最高さ。だって、彼女は、元々はサーカスのアーティストだもん。


 だから、オレのことを『リングマスター/座長』と呼ぶよ。彼女の人生は複雑だ。因縁も多い人生だから、おいおい話すことにしよう……。


『ねえ、『どーじぇ』!『かぞく』の、においがするよ!!』


「おお、そうか……そうだな、あの丘には、ユニコーンたちがいる。ディアロス族の高速商隊だよ―――ああ、丘にいるな、あの四人が!」


『いそぐね!みんなを、またせているかも!』


「うん。海の特訓で、ちょっとがんばり過ぎた。三隻は多かったかな」


 ……まあ、これから、もっと、『がんばる』けどね。練習しなくてはならない。北海に出るまで……あと二日後だ。それまでに、オレたちは海戦をマスターするぞ。フレイヤ・マルデルと共に、この半島を根城にする帝国海軍を駆逐するためにな。


 だが、今は喜ぶとしよう!


 四人の猟兵と、合流するのだからな!!


『みんなー!!おまたせー!!』


 ゼファーの歌うような言葉が風に乗るよ、そして、ミアとカミラが競うように両腕を振り回している。うん。今までよりも息が合っている気がするな。ザクロアのロッジで、仲良くなれたのかもしれない。


 オットー・ノーランはあの糸のように細い瞳でオレたち見上げていた。指を振ると、ペコリと会釈するよ。この距離でも見える。あの細く閉じられた瞳でも、全く問題がない。さすがは『三つ目族/サージャー』だよ。


 さて、あの踊り子みたいなエロい衣装を着た褐色の肌の美女は、静かにはしゃぐミアとカミラを見守っている。お母さんの目だね。レイチェル・ミルラは、さすがに母性が強いんだよね。ああ、そうだよ、彼女は『子持ち』さ。


 『パンジャール猟兵団』でも、唯一の子持ちだよ。13人もいて、一人しか子持ちの猟兵がいないとはな……経営者として、生活苦を与えっぱなしだったんじゃないかとかって、不安になるよ。


 まあ、オレがとりあえず、三人の妻たちを孕ませるから、その内、団内に5人の子持ちが誕生するってわけだ。そうなれば、なかなか健在な経営状態の傭兵団みたいだね。


『ちゃくちーッッ!!』


 ゼファーが仲間たちの前に着陸するよ。新緑の青々として草が、丘の全てを多う場所。ところどころに黄色と白の花たちが、春の終わりを感じさせてくれる。家族が再会するには、とてもいい場所だよ。


 オレは、ゼファーの背から飛び降りる。


 ブーツの底が、やさしい土の感触と、若い草のやわらかさを伝えてくれる。オレは『ラサイエの丘』に吹く風を揺れる髪で感じながら、仲間たちを見たよ。


 黒髪のケットシーが、青い空に融け込んでいた。


 ハイジャンプしながら、オレの妹が、歌うんだよ!!


「お兄ちゃあああああああああああああんっっ!!!」


「おお!!ミアッッ!!!」


 兄妹合体だッ!!


 オレは空を飛んできたミアを、その両腕で抱きしめる。うおおおおお!!オレのシスコンが、満たされる。妹を感じるために、ぎゅーっとするんだよ。


「えへへへ。ぎゅーっとされてるー、ラブラブだー!」


「ああ。兄妹だから、ラブラブだー!」


「うふふふふふ!」


「あははははは!」


 妹成分を吸収し、オレのシスコンが収まってくれない。オレはミアをギューッとする。猫耳が動く。ああ、うれしい!ミアが、ミアがそばにいるぞッ!!


 ……でも、ミアは技巧を使い、オレの背後へと一瞬で回ったんだ。ああ、分かった。オレはミアのために屈むよ。膝を曲げる。来い、オレの背中にライドオンしろ!!


「兄妹合体!!おんぶ・モードを要請ッッ!!」


「了解だ、ミア!!」


 そして、おんぶ・モードは完成する。何かって?ああ、ただのおんぶ。背負っただけ。別にいいだろ、日常に愉快な名前をつけることで、楽しさが倍増するんだぜ。


 オレは背中にミアの貧乳を感じながら―――ああ、悪い意味じゃない。清楚極まる聖なる乳でもいい。ミアには『未来』があるんだ。


 とにかく、オレはミアの成長を感じたよ。ミアは彼女にゆずったんだ。オレの胸に飛び込むべきヒトがいるからね。


「ソルジェさまッ!!」


「ああ。来い、カミラ」


 そして、カミラ・ブリーズがミアを背負って屈むオレの顔を、両手で包むように触ってくれる。やわらかく、温かい。オレは彼女のアメジスト色の瞳が、涙でうるみながらもオレを見つめてくれることが誇らしい。


 オレの第三夫人は、春の終わりの風のなか、こんなにもかわいいぜ。


「もう熱は大丈夫だな」


「は、はい。ご、ご心配を、おかけいたしまたああああああああ!!」


 そう言いながら、カミラがオレの横顔に、自分の頬をすり寄せてくる。やわらくてツルツルしている。ゆで卵みたいだ。オレはその感触をより楽しむために、瞳を閉じていたよ。


 しばらくそうしていた後で。


 カミラがゆっくりと離れて行く。だから、オレは目を開けるよ。目を開けた次の瞬間、カミラが不意打ち的にオレの唇を奪っていた。なんか、いいタイミングだなって感心する。


 ミアが、おおおおお!って唸っている。


「カミラちゃん、やるね!」


 猫舌グルメ家に太鼓判を押されて、カミラは照れてしゃがみ込む。


「す、すみませんっす。い、今のは、出来心っす!こ、こないだ、れ、恋愛小説で見たヤツで、じ、自分の、オリジナルとかではいんですッ!!」


「恋愛小説読んで、お兄ちゃんとより良いキスをするのを、練習してる!!『キス・テクニシャン』だ!!」


「へ、変なあだ名をつけないで下さいっす、ミアちゃん!!」


「いい名前だと思うけどなあ?愛の求道者ってカンジだけども?」


 重心の移動で分かるけど、ミアは空を見つめながら、そんなことを言ってる。愛の求道者……相変わらず、心に響くネーミングセンスしてやがるぜ。


「愛の求道者はいいっすけど!?キス・テクニシャンは、何か恥ずかしいっすよう!?」


「恥ずかしくないよー?もっと、研究しているんだよね?この黒猫探偵に白状しなさい!」


「け、研究しているとか、そ、そんなこと、ないっすよおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 カミラが病み上がりを感じさせない高速ダッシュで、『ラサイエの丘』を駆ける風と競走している。ミアが、ピンと来たのだろう。合体解除要請!と言われたので、抱えていた彼女の聖なる細さを宿す両脚を解除した。さみしいが、走れ、ミア!


「『風』よ、私の脚に宿れえええッ!!」


 ミアがそう叫び、『風』を脚に宿らせる。そして、カミラにも勝るほどの神速を帯びて、草原の果てに逃げていくカミラのことを追跡していく。あの様子では、ミアの足首の捻挫も完治しているようだ。


 ロッジでははしゃいでいたが、日数を考えると、ミアの足首のダメージは残っていたはずだ。ロッジで、必死に休みながら、その捻挫を跡形もなく治癒するための時間に使ったのだろう。


「二人とも、いい仕事だ」


 よく一日で高熱を下げてくれた、カミラ!!


 捻挫を完璧に治したな、ミア!!


 さすがは、オレの『家族』!さすがは、オレの猟兵だ!!


 オレは腕を組み、乙女たちの風より速い徒競走を見ていたよ。緑の草が、削れて舞い散る。花は避けて走るところが、とっても女の子らしいな!!


「……だ―――」


 タイミングを見て、オレに近寄ろうとしていたオットー・ノーランを、銀髪で褐色の肌の踊り子さまが遮っていた。オットーは、やさしい笑顔のまま、引っ込む。うん、なんか、スマンね?


 オットーの代わりに、自己主張の強い女性が、オレの前に出た来たよ。そして、しゃなりと優雅に上半身を使っておじぎをするよ。ああ、スゲー、エロい!背中のラインが見えている。まったく、なんて流麗な仕草なんだろう。


 これがサーカスのトップ・アーティストだった女性の動きか。肉体の挙動の一つ一つが計算されたうつくしさを宿している。彼女のエロい背骨がゆっくりと伸びて、オレのことを、あの青い瞳で見つめてくるよ。


 この瞳なら、一瞬で恋に落とされる男も多いだろう。でも、オレは知っているよ。君の瞳が見つめている唯一の男は、もうこの世にはいないってことをね。彼女の魅力的な唇が動くんだ。


「フフフ。リングマスター、お久しぶりです」


「ああ。久しいな、レイチェル・ミルラよ!!」


「はい。お元気そうで、何よりです」


「うん。君も元気そうだ。ユーリも元気だったか」


「はい。おかげさまで、元気に成長していました。いくつか芸も覚えていましたわ」


「そうか。見てみたいよ」


「ええ。そのうち、いつか」


「しかし。すまなかったな、過酷な任務を一人でさせた。その上、とんでもない距離をUターンさせちまったようだ」


「いいえ。お給料を、しっかりいただければ、十分です!」


 ああ、その言葉を放ったとき、まるで雲から飛び出す雷光みたいにさ、瞳に欲望の光が瞬くのが見えたよ。


 そうだった。


 彼女の性格を失念しかけていたよ。彼女はね、とっても守銭奴だ。倹約家だけど、オレ/リングマスターから1シエルでも多くせしめようと努力している人物だ。


 サーカスのトップアーティストの美学なのかなあ?


 いまだによく分からないままだが、オレから、より多くの報酬を取ろうと企てている。何かの修行なのだろうか?……ターゲットは、オレだけ。


 クラリス陛下からもらう金ではなく、『オレからもらう金』がいいそうで、それ以外の金は受け取らない不思議な趣味だよ。だから、正確には守銭奴というワケでもないのかもしれない。


 よく分からんが、それがレイチェル・ミルラの美学なら、従うまでのことさ。


 だって、ウルトラ美人だし、何よりもとんでもなく優秀な女性だから、不思議な美学がオレに与えてくる、謎の金銭的な負担のことぐらい全面的に許せちまうんだよ。


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