第二話 『姫騎士フレイヤの祈り』 その16


 アリューバ半島の伝統なのか、死者たちは花と共に焼かれながら、海へと抱かれていった。より細かく、オレが目撃した葬儀の様子を報告するのならば、こうなるな。


 沈みかけの海賊船に、胸元に花を添えられた海賊と……そして、襲撃者の死体を乗せて、沖合へと運んだ。そして、竜の背に乗る『巫女』、フレイヤ・マルデルが祝詞と思しき呪文と共に『炎』を呼んだ。


 酒で清められていた死者たちの船は、またたく間に炎に包まれて燃えていき、生者たちの祈りの歌と視線に見守られながら、一時間も後には、深い海へと沈んでいったよ。葬儀はいつだって悲しく、しかも戦の結果としてのそれは憤りも覚えるものだが。


 フレイヤ・マルデルの言葉は、生き残った者たちに希望を与えていたよ。


「……船は二隻だけになってしまいましたが、これだけの生き残りがいてくれたことを、私はとても嬉しく思います。皆さん、よくぞ生き残ってくれました」


 黒髪のエルフは『砦』の前で、集まった『ブラック・バート』の前でそう告げる。海賊たちは、彼女が帰還したことで、彼女に対する疑念が消えていた。そうだ、『ダベンポート伯爵』とやらの脅迫状など、示すまでもなく、彼女への信頼感は揺らぐことがなかった。


 だが、結束はあれど、船はもう二隻だ。


 船が積んでいた装備も、ほとんど失われてしまっている……事実上、『ブラック・バート』は崩壊したと言えるだろう。オレは、無礼を承知で、この海賊団に質問をしていたよ。


「―――フレイヤ。君たち『ブラック・バート』は、ほとんどの船を失ってしまった。これからどうするつもりだ?」


 軽装の胸当てと分厚い魔術師用のローブを身に纏った巫女は、ふーむ、と言いながら口元に指を当てた。シンキング・タイムさ。彼女は、あまり深く物事を考えないタイプなのだろうか?


 ……そう考えるのは、オレが浅はかだったからかもしれない。


「私は、こう思うのです。船が無いのなら」


「船が無いのなら?」


「ある場所から、頂いてしまえばいいではないのでしょうか?」


「ほう。そいつは、なんというか、海賊らしい……しかし、海賊船として使える大型船があるのは、このアリューバ半島で、オレが思いつくのは、ここの他には二つだな。一つは、かなり難しいが、『オー・キャビタル』。軍用艦はよりどりみどり」


 だが。あまりにも難しいな。敵の本拠地中の本拠地だ。


「いえ。そこではありません。警備があまりにも厳しすぎますから」


「それはそうだな」


 オレは、君を知らないからね。そういう大胆にして無謀なことを、言い出すのかもしれないと……ちょっと不安になったから言ってみただけのことさ。


「さて。それでないとするのなら、こちらの方がかなり現実的だが……」


「サー・ストラウス、何を思いついているんだい?」


 ヘタレ野郎がオレの顔を見つめながら、まったく危機感のない声で訊いてくるよ。我が友よ、君は賢さや勇敢さを、追い詰められなければ発揮出来ないタイプなのかね?


「君から奪うことだ」


「……ん?」


「おいおい。意外そうな顔をするな。この半島に、もう一つある海賊団。つまり、『リバイアサン』から奪い取れば、ハナシが早いぞ」


「え?え?ちょ、ちょっと、それ、いくらなんでもヒドいぞ!?」


 ジーンが周囲の海賊たちを見つめる。『ブラック・バート』の海賊たちは、何だか無表情であったものの。ゆっくりと、ジーン・ウォーカーのことを包囲していく。無言のままでな。


 首領の『ジーンを捕まえてください!』の言葉を待っているようだな。よく訓練された猟犬のように、コイツらは姫騎士さまに忠実ってことさ。


「お、おいおい……冗談だろう?」


「いや。オレならそうする」


「ヒドい!?鬼畜魔王め!?」


「生活がかかっているのだ、鬼畜にもなる。都合が良いことに、君は『リバイアサン』の団長でありながら、『ブラック・バート』の本拠地にいる。捕らえて人質にするのは、海賊稼業では、よく見られることではないか?」


 たしか、君のところ、つまり『リバイアサン』の『得意技』ではなかったのかね?襲撃した船のVIPを人質に取り、金銭と引き替えにする。そういうテクニックを日頃している君は、自分がその被害に遭うなんてことを考えもしなかったのか?


 まったく、甘えた楽天家なことだ。


「ま、マジかよ!?……た、たしかに、そう考えるのも、海賊なら当然だけどさ!?」


「悪く思うな、ヘタレ」


「そうだぞ、ヘタレ」


「うむ、ヘタレ」


「ヘタレ」


 『ブラック・バート』の連中も、あの冒険のあげく、姫騎士へ告白のひとつも出来ずに帰還したジーン・ウォーカーのことを、口々にヘタレと罵っている。


「なんだよ!?みんなして、ヘタレ扱いするなよ!?」


 草原で遊ぶ子供たちでさえ、ジーンはヘタレと口にしながら、枝を持って走り回っているようだ。この空を飛ぶ盗賊カモメたちも、もしかしたら、君のことをそう呼んでいるのかもしれない。


 まあ、今は君のヘタレ具合よりも……君自身の財産が略奪されることの方が、重大な事実だろうよ。さて、見物だな―――。


「―――ジーン、安心して!」


「え?ふ、フレイヤ?」


「ジーンがどうしてヘタレと呼ばれるのかは、私には分かりません。ですが、ジーンは同じ海賊としてのライバルです。貴方から、船を奪うなんてことも、しません。まだ」


 ニコニコ笑顔で、フレイヤ・マルデルはそう言ったな。


 よく訓練された『ブラック・バート』の海賊どもが、ジーンくんの包囲網を解除していったよ。主に忠実な連中だな。あの物腰で、この統率力……いや、あの物腰ゆえの統率力と言えるのだろうか。


 オレも、正直、このお姫さまには、どこか逆らいにくい。


「あ、ありがとう!フレイヤ、助かったよ!」


「いいえ。ジーンは、『私たち』を助けてくれましたから!」


「う、うん……」


 ヘタレ野郎。『君たち』じゃなくて、『君』を助けたかったんだ、ぐらい言うべきではないか?オレが君の立場なら、必ずやそう言った。おそらく、周りにいる海賊たちと、その妻たちもそう思ったのだろう。


 落胆を帯びたため息が朝の風に混じるのを、オレの耳は聞いたよ。


 君は、ホント、どうしてフレイヤ以外とは、あれだけ流暢にしゃべれるのに、フレイヤとしゃべるとそうなのだ?ああ、言うまでもない。彼女にベタぼれだからだよね。はあ、君と出会って一日も経っちゃいないのに、どれだけ失望させられたことか。


 武術の腕もある、知恵も働く、まあ、イケメンだ。


 それなのに、この体たらく。


 ……愚痴ってもキリがないな。それに、ビジネスの話題が大事だ。『ブラック・バート』が船を取り戻せる手段があるというのなら、それはオレにとっても重要なことだ。


 オレは『ブラック・バート』に恩を売れたからな。海賊どもの命を救ってやったし、彼らのお姫さまも取り戻した。『私掠船』として『自由同盟』に組み込むための交渉は、オレにとって有利に働く環境ではあるだろう。


 この困窮した状況で、帝国と抗おうとするのなら……選択の余地はないからな。さて、ビジネスだ。どうするというのだ、オレには案が無いぞ?この半島で、どうやって『オー・キャビタル』と『リバイアサン』以外から、海賊船に相応しい船を手に入れる?


「―――では、皆さん。次の獲物を発表いたしますよ?」


「は、はい!」


「団長、我々はどこに行くのですか!?」


「地獄にだって、行きやすぜ、フレイヤさま!」


「まあ。ありがとう。そうですね、その覚悟が必要です」


 ん?


 ―――地獄に行く、覚悟……ってことか。


 ニコニコしているが、海賊たちの団長さまは、少し怖い言葉を口にしたような気がするな。海賊たちも、何だか警戒しているぞ。君の策が、不吉なというか……相当の危険を帯びていることを、彼らは嗅ぎ取った。


 だが、それは当然なことだ。


 見返りが期待出来る道というものは、おおむね大きな困難を伴うだろうからな。ハイリスク・ハイリターン。世界最大の覇権国家を相手に、祖国奪還の夢を追いかける者たちにとっては、なんとも素敵な言葉だな。


 さて、海賊どものお姫さまよ、君はどんな地獄に、彼らを導く気だね?オレは彼らと違って、ワクワクしているよ。地獄とか、冒険とか、とても好きなんだよ。


「……このアリューバ半島には、予備の海賊船はありませんが。北海には、あります。少しだけ古いですが、何も無いよりはマシなはずです」


「そんな都合の良い場所があるのか?他の海賊の持ち物か?それとも、小国から奪う?」


「いいえ。どちらかというと、廃棄されたモノを回収するような形です」


「ほう。廃棄とな?」


「ま、まさか!?」


「あ、あそこですかい!?」


「そ、それは、また、たしかに……地獄ッ!?」


 さすがはこの北の海の専門家たちといったところか。彼らのリアクションから察するに、彼らは自分たちの首領がドコを目指しているのか理解している様子だな。


 しかし、勇猛果敢な海賊どもが、引いている。


 一体どういうワクワク・スポットなんだろうか。


「どういうところだ、そこは?」


「はい。ストラウスさま。そこは、ここより遙かな北の土地です。悪神の眷属らる、邪悪な『霜の巨人』たちが産まれる場所……」


「……『霜の巨人』。たしか、『ゼルアガ・ガルディーナ』の『アガーム/呪われし信奉者』……そいつらの生誕の地ということは―――」


「―――ええ。悪神、『ゼルアガ・ガルディーナ』の『本拠地』です」


「やっぱり、あそこかあああ!!」


「そうだとは思っていたけど!?」


「うおお……マジかよ……っ」


 海賊どもがドン引きしているぞ。たしかに、この巨大な砦の頂点あたりを『殴りつけてくる』ような、『霜の巨人』……ガンダラたちのような、巨人族とはサイズがあまりにも違いそうだ。


 ガンダラの十三倍は大きくないと、あそこまで手は届かないよな。


 その連中がいる本拠地か。


 なるほど、海賊サンたちの顔色が青ざめても仕方あるまい―――だが、こういうときに本領を発揮しそうな男がいるのさ。そうだ、恋するヘタレ、ジーン・ウォーカーだよ。


 ヤツだけはアゴ先に指を当てながら、じーっと考え込んでいる。


 しばらく見守るように観察していたら、十秒後には口を開いたぞ。


「……いいんじゃないかな?」


「はあ!?ジーン!?」


「テメー、他人ごとだと思って!?」


「やっぱり、コイツから船を奪いましょうぜ!?」


 散々な言われようだが、ジーン・ウォーカーは頼りになるモードのようだ。まったく動じることがない。シビアな状況ほど、冷静に動けるか。なんとも難儀な男ではある。


「……まあ。待てよ。そういきり立つなって?『霜の巨人』だって、いつまでも放置しておくわけにはいかない。襲撃の頻度も、増えてきているだろ?」


「そ、そうだが」


「たしかに……この冬は、かなり、ヤツらに襲われちまったな」


「マルデルの一族に仕えるエルフとしては……捨て置けないな」


 マルデルの一族に仕えるエルフね。色々な理由で、この海賊団は編まれていそうだな。ジーンくんの説得は続くよ。『リバイアサン』を襲撃されないための自己弁護か?それとも、愛しいお姫さまを守るための言葉か。


 もしくは。


 たんに戦略的合理性があると判断した、プロフェッショナルとしての言葉なのか。くくく。どれにせよ、聞いてみたいぞ、我が友、ジーン・ウォーカーよ。君がこの海賊どもに何を語るのかをな?


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