第二話 『姫騎士フレイヤの祈り』 その15


「おいおい、サー・ストラウス。爆笑するって、失礼じゃないか?」


 ジーンが誤解しやがった。これだからヘタレの小人物は困るのだ。


「違うな。オレの爆笑は、いい意味での爆笑だ。フレイヤ・マルデルよ、オレは貴方に感心した。仲間を想うその心は、気高い」


「お褒めいただき、ありがとうございます」


 通じたのか……な?


 まあ、黒髪エルフさんがニコニコしているから、それでいいや。ん?ゼファーがゆっくりとこっちに近づいてくる。


『ねえ。『どーじぇ』、このひと、『まーじぇ』に、にてるね』


 ……そうだろうか?


 性格はかなり違うような気がするが。まあ、エルフで美人で、女で、あと……そうだな、魔力がかなり高い。色々と、リエルっぽさがある娘だな。


「まあ!これは、何ていうお名前の動物さんなのですか!?」


 ふむ。ゼファーを本能的に恐れないというのも、似ているな。エルフの血が濃い人々という存在は、もしかして竜とつながりがあるのだろうか……?


 リエルにフレイヤ、二人のエルフの高位魔術師と、竜が見せる。不思議な親和性。研究してみたくなるテーマだな、竜マニアとして。あとヨメがエルフの男としては?


『ぼくは、ぜふぁーだよ』


「そう。私は、フレイヤよ。よろしくね、ゼファー?」


『うん。よろしく、ふれいや』


 すっかりと打ち解けているな。ゼファーの鼻をヨシヨシと撫でてやっている。和む光景だよ。しかし、これで海賊団の団長なのだから、世の中は不思議と発見に満ちているものだね。


 さあて、そろそろ……。


 ん?


「フレイヤ団長おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 ターミー船長が、帝国騎馬の生き残りに乗って、こちらへ向かって走って来ている。消火活動は、ある程度、終わったのかもしれないな……二隻でも残っていればいいトコだが?


「まあ。ターミー。馬に乗る姿を見るのは、久しぶりです」


「だ、団長、よくご無事で!!」


 ターミーが泣きそうになっている。


「海賊船の船長が、泣いてしまうなんて……ダメですよ?海賊は、強くなければなりません」


「は、はい!たしかに!!」


 なんというか、不思議な統率力だな。支配される連中が、イヤそうじゃないのが特徴だよね。彼女の願いを叶えるためになら、『ブラック・バート』は炎の中にも進むのかもしれない。


 この高潔さと慈愛が示した道を全うし、その戦で死ねたなら……戦士としては、それはかなり悔いの少ない道かもしれない。魂を死地へと導く高潔さ、それが、フレイヤ・マルデルなのだとすれば―――姫騎士、その二つ名の意味も納得が行くな。


 彼女は、きっと海で死ぬその日もニコニコとしている……そんな気がして、切なくなるよ。ジーンくん、彼女を守るには……彼女の敵を、君が倒すしかないぞ。


「それで、団長……大変なのです。船が、燃やされてしまいました!!」


「……まあ。それは大変。それで、人的被害は?」


「帝国に奇襲されたのですが、そちらの方は、幸いにして軽微でして。全ては、サー・ストラウスのおかげです!!」


「助けて下さったのですか、私の仲間たちを!」


「行きがかり上な。下心もある、そんなに褒めてくれるな」


「いいえ。命を救われたのです……船を失ってしまったことは、悲しいけれど。命を失うことよりは、はるかにマシなことですから」


「……たしかにな」


 乱世に浸かり過ぎたせいか。彼女の言葉の正しさに、驚いてしまうな。船よりも、命ではある。たしかに、その通りなんだが。オレは、海賊どもの作戦実行能力の喪失も、気になってしかたがない。


「だが、フレイヤよ。これから、君らはどうするのだ?」


「そうですね。それについては現状を把握してから。さあ、それでは帰りましょう?」


『ふれいや、ぼくがおくってあげるよ!』


「まあ!本当ですか、ゼファー?」


『うん。いいよね、『どーじぇ』?』


「フレイヤがいいのならな」


「もちろん!竜の背に乗れるなんて、素敵な体験ですね!」


 こそばゆくなるほどに、お姫さまだな。


 フレイヤはさっそくゼファーに乗ろうとしている。もっと、とろくさいのかと考えていたが、さすがはエルフの『姫』か。ピョンと、簡単にゼファーの背に乗ったよ。


「団長を頼んでもいいか、サー・ストラウス?」


「ああ。任せろ。ターミー船長、ここから東の海岸沿いに捕虜を置いて来た。連れ戻れ」


「……わかった。団長を、落っことしたりするなよ?」


「任せておけ。ちゃんと送り届けるさ」


 オレはゼファーの背に乗る。フレイヤ姫の真後ろさ。竜騎士として、当然のポジションだと考えられるけど、オレの背中に飛びついて来たジーンは不平をもらす。


「なんだよ、その位置。おかしいだろ?そこにいるべきなのは、オレじゃないか?」


「そんなことは告白してから言うのだな」


「告白?サー・ストラウスは、誰かに告白するのですか?」


「オレじゃないさ、この後ろのヘタレ野郎がだ」


「バカ!?言うなよ!?」


「まあ!ジーン、誰かに告白するの?」


 なかなか面白い展開だな。さて、ジーンは何て答えるのだろうか?


「あ、ああ。それが、その……じつは、そうなんだ!」


「そうなの!がんばってね、ジーン!応援してるわ!」


 ヘタレ野郎の心が、ボキリと折れるのを感じたよ。背中に、響いた。深くて低い鈍い音がね?


「……サー・ストラウス……応援されちゃったけど、コレ、どう受け取るべきかなッ?」


 くくく。さあてね。どうせ、初めから負け戦の予想は立てていたことだ。彼女は、そうだな……彼女は死ぬ気なのだぞ?彼女の正義に殉ずる気だ。そのような女性に、恋をするのは、キツいことだな。


 まあ。


 ヒトのことは言えない。オレだって、ずっと、ファリス帝国と刺し違えて死ぬつもりだったんだからな。だが、確かに、今のオレはそれほど死に惹かれてはいない。戦場で死ぬことを躊躇うとは思えないが、『家族』のために生き抜こうとする感情が強い。


 死にたがりが、生存の欲求を持つ。


 知っているかい?


 フレイヤ・マルデル。矛盾する二つの概念を併せ持った時……その人物は、強さの高みに至るのだよ。葛藤が、産み出す力もあるのだ。いつか、君たち二人で、その力を成し遂げられたなら、オレにもこの半島に来た意味があったというものだ。


『ねえ、『どーじぇ』?』


「……ん?ああ、そうだな。行こうぜ、ゼファー」


『うん!!さあ、しっかりつかまっていてね、ふれいや!』


「ええ!それでは、お願いしますね、ゼファー!」


 ゼファーがニンマリと笑顔になって、大地を駆け抜けて崖から飛んだ。翼を羽ばたかせ、ゼファーは朝の風と共に飛ぶ。ゼファーの起こした風を目当てにしてか、カモメたちが集まって来る。


 ギャングな海鳥たちが、ゼファーの翼が起こす風に乗り、隊列を組んで空を飛ぶ。オレの脚の間で、その黒髪のエルフさんが、子供じみた声を出す。


「素敵!素敵な光景よね、ジーン!」


「あ、ああ!そうだね、ホントに、素敵だ!ホントに素敵で、でも、ホントは、オレは、君の、きみの……ほう……が―――――――」


 まったく!ヘタレ野郎めッ!!


 いつか、オレがこの面倒な野郎にブチ切れして、告白の代理人とかをしちまうよりも先に、さっさと、告白ぐらい決めて、そしてフラれちまえっつーの!?


 その晩ぐらいは、貴様の愚痴を聞きながら、酒を一緒に呑んでやるさ。安心しろって、トーポ村には、ヘタレな君でも好きでいてくれる、レミちゃんだっているんだ。とにかく、一度は告白してやれ。


 多分だが。


 多分……この娘は、とても喜び。うれしがって……ごめんなさい、と言うだろう。


 乱世でこの娘は……そう長くは生きられないさ。海賊が、船の大半を失ってしまったのだからな。それでも、ここに留まろうとすれば、明日にも命は無い。


 オレたちは、彼女の意志を変えられるのだろうか?


 なんだか、オレは自信がない。


 現に……彼女は、今朝、オレたちが来なければ死んでいたか、あるいは帝国に捕まり、輪姦され拷問され、あげくに処刑されていただろう。彼女の処刑をエサにすれば、『ブラック・バート』を一網打尽に出来るし、おそらく、ジーンのことも殺せただろう。


 彼女を愛する海賊どもが、この海から消え失せたなら、海賊たちの物語も終わっていたな。オレたち『自由同盟』の……『アイリス・パナージュ・レポート』が目指す、大きな軍事目的……帝国軍の侵略師団の弱体化をはかるという計画は、終わる。


 だが。今朝は助けることが出来たよ。


 この偶然は、彼女の強運の成せた業なのか、ただの偶然に過ぎないのか。オレには理解が出来ないけれど。君たちは、本当に追い詰められているのだぞ。


 その現実は、今は語るまい。空を初めて知る者の喜びを邪魔できるほど、オレは性格が悪くないんだよ。


「空はどうだい、フレイヤ・マルデル?」


「ええ!とっても素敵!私、マストの上に立って、腕を広げるのが好きだった!!」


「そいつも、とても楽しそうだね」


「ええ。是非、ストラウスさまもして下さい。ジーンのところの船で!私のところの船は、もうダメみたいですけれど……」


「……その話題に、触れるつもりは無かったんだがな」


「お気遣い、ありがとうございます。でも、大丈夫です。多くの命が助かった。そのことが、『未来』へと続くような気がします」


 うつくしい言葉と哲学だ。


 しかし、あまりにも儚い。


 幸運が尽きたとき、そのまま君たちは海の藻屑か……。


 死神とエンドレスでばば抜きでもしているカンジだ。君は、いつまで、その幸運に愛されているのだろうか、フレイヤ・マルデルよ?


 まったく、ジーン・ウォーカー、このヘタレのクソ野郎よ?どうして、お前は彼女の騎士になれそうでなれない?この高さから飛んだ、あの勇気はどこに行ったんだ!?


「……ジーン」


「なんだ、サー・ストラウス」


「この、クソがつくほどの、ヘタレ野郎ッ!!」


「なんだよ、なんでいきなり、悪口を言われているんだ、オレは!?」


「知らん!なんとなくだ!!」


「なんだよ、それムチャクチャすぎるだろ!!」


 ああ。そうかもな。そうだろうよ!でもな、お前とこのお姫さまの物語を、はたから見続けてきた、他の海賊関係者たちの気持ちも代弁し、オレはお前をヘタレ野郎と罵りたくなるのさ!!


 誘拐でもしろ、そして無理やりにでも幸せになれ!!それが鬼畜物語だったとしても、その鬼畜物語の産物のソルジェ・ストラウスさん的にはね、うちの両親、とっても幸せそうだったと思うんだよ?


「バカが、このヘタレ!!」


「うるさい!!このスケベ大魔王!!」


「ヘタレ・オブ・ヘタレ!!」


「エロ魔王!暴力魔王!横暴魔王!!」


「うふふ。ふたりとも、いつの間にか、親友なのですね?」


『うん。『どーじぇ』と、じーんは、そこそこなかよし!』


 そこそこ仲良いオレとジーンくんは、うつくしいアリューバ半島の朝の風に乗りながら、なんだか、ニヤニヤ笑いながら、悪口合戦をつづけたんだよね。


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