第二話 『姫騎士フレイヤの祈り』 その17


「つまり、いつかは『霜の巨人』は仕留めなくちゃいけない相手だよ。アレを放置していたら、次の冬や、その次の冬は、この北の地が凍り漬けにされちまう」


「たしかに、連中は強さを増している……」


「帝国との戦いで、我々の護り手の数も減った……」


「……やがては、ここも、氷に呑まれるかもしれない……っ」


「……そうだよ。大変な問題だ。これ以上、後手に回れば、ヤツらを調子づかせてしまうだけさ。それに……船がないままじゃあ、鯨も狩れないだろ?このままじゃ、帝国と戦う以前の問題だ、お前ら、食糧難で死ぬぞ」


 なるほど、彼らの食料は『鯨』なのか。ロロカ先生曰くの、海で生きる魚の形をしているほ乳類。たしかにあのサイズの肉を運ぼうと思えば、大きな船がなければならんだろうな。


「そ、それは、そうだが……っ」


「しかし、あの土地には、モンスターの群れが!?」


「それに、おそらく『ゼルアガ』も……ガルディーナも出てくるはず」


 ガルディーナ、その言葉がこの場に出たとき、多くの海賊やその家族たちが表情を硬くしていたが、例外が二人もいる。片方はもちろん姫騎士フレイヤ・マルデル。そして、もう一人は皮肉な微笑を唇に浮かべる、ヘタレ系イケメン海賊だ。


 ジーン・ウォーカーが好戦的な貌で語る。


「……そいつを殺しちまえばいいんだ。神殺しをしようぜ!接触さえ出来れば、『ゼルアガ』は殺せるんだよな、サー・ストラウス?」


「そのはずだ。ヤツらは隠れている内は、何も出来ない。そういう意味では不死身だがな。しかし、相手からこちらに接触して来ることで、その法則は崩れる」


「接触?」


「どういうこったい、サー・ストラウス?」


 海賊たちは興味があるようだ。『ブラック・バート』の抱える命題の一つなのだろうな、『霜の巨人』を滅ぼすことは……。


 いや、その原因である悪神、『ゼルアガ・ガルディーナ』を滅ぼすということは。とくにマルデル一族と、それに仕えるマルデル・エルフたちにはな。


「―――好戦的な悪神か……あるいは、強い因縁がある相手ならば、戦えるさ。おそらく、長年、悪神と戦って来た君たちならば、あちらから接触してくる。来なければ、うちの猟兵が引きずり出してやってもいい」


 リエル・ハーヴェルがトーポ村にいるからな。『ポゼッション・アクアオーラ』。あの秘術ならば……『ゼルアガ』を強制的に、オレたちの世界に定着させて、戦い、いくらでも殺すことが出来るはずだ。何なら、オレたちが殺してもいい。


「く、くわしいな、サー・ストラウス?」


「ああ。ザクロアとディアロス族の都で……二柱ほど、オレの『パンジャール猟兵団』が殺したからな、先月」


「マジかよ!?神殺し!?」


「す、スゲー!?」


「しかも先月!?」


「やっぱり、『魔王』だよ、アンタって!?」


 海賊たちの賞賛の声を浴びて、『パンジャール猟兵団』の団長として、オレはどこまでも嬉しい気持ちだね!そうさ、褒めろ、海賊たちよ、オレの『家族』をな!!


 オレがいい気持ちになってニヤニヤしていると、ジーン・ウォーカーが口を開いた。


「―――いいか。みんな、『ゼルアガ』だって、不死身じゃないってことを、サー・ストラウスは証明してくれている。『炎』の加護があれば……きっとヤツを狩れる。そして、ヤツが冬の嵐でさらっていた船たちの行き先……『氷縛の船墓場』にも辿り着けるさ!」


 『氷縛の船墓場』か、なんとも寒さと危険を感じる響きだが。たしかに中古の船が多く眠っていそうだな。くくく。いいじゃないか、悪神とその眷属と、海賊船候補の船たちか!!楽しげなモノが、そろっている!!


「なかなか危険そうだな!」


「……どうして、そんな嬉しそうに言うんだい、サー・ストラウス?」


 ターミー船長が、げんなり顔でオレに訊いてくる。


「楽しそうだからに決まっているじゃないか」


「はあ……他人ごとだと思って」


「いいや?そうは思っていないぞ」


「え?」


「オレも、君たちについて行くからだ」


 その言葉に、姫騎士フレイヤ・マルデルは、顔を明るくさせた!ちなみにジーンくんの顔も赤くなったよ。ホント、ベタぼれしてるな。ヤツの顔面の色彩はともかく、オレは黒髪エルフさんの笑顔を真正面から見たよ。


「まあ!本当ですか、ストラウスさま!とても危険な土地なのですよ?」


「そういう土地は大好きだ」


「さすがです!勇者ですね!……ああ、失礼。魔王さま、ですものね!」


「『ゼルアガ』を狩るには、うちのリエルの力があった方がいいからな」


「『ゼルアガ』を倒すための秘術があるのですか?」


「そうだ。きっと、君も使えるようになる。だよな、ゼファー?」


『うん!ふれいやは、『まーじぇ』に、にているからね!!』


 竜のお墨付きが出たぞ。ならば、オレの予感も当たるだろう。そして、古きエルフ族と竜にまつわる、何か深い関係性も―――あるのかもしれない。無いのかもしれないが。心に置き留めておく。オレは、竜マニアだからね?


「そのような秘術があれば……世界から、たくさんの悪神を倒すことも出来る。素晴らしい力をお持ちですね、その方は!」


「まあね。オレの正妻のエルフだ。名前はリエル・ハーヴェル」


「リエル・ハーヴェルさま。可憐なお名前です。ストラウスさまは、既婚者でしたのね!お子様はおられるのですか?」


「いいや。まだだ。ちょいちょい作っている途中だが、仕事が忙しくてね。あと、先月からだしね、彼女がヨメになったの」


「それも先月かよ!?……一体、何をやっていたんだよ、サー・ストラウス?」


 ジーンくんが知りたくもなさそうな顔でそんな言葉を言うから、オレは手短に教えてやるよ。


「戦争して侵略師団を潰して、正妻といいカンジになって、悪神を殺して、二番目の妻といいカンジになって、侵略師団を潰して、行方不明になった三番目の妻を探して見つけて娶って、侵略師団を潰して……あと、最近はマフィアを潰して、ハント大佐と組んで、クーデターを成功させたよ」


「なにそのスケジュール……ハードな人生だなあ。それで五体満足でいられるからスゴい……」


 これから君らのために悪神を殺す予定が追加されたけどね?


 いいさ。充実している。死ぬほど忙しいけど、世界をちょっとずつは良くしている気持ちになれるよ。世界は、ちょっとは変わる。一日では劇的に変化することは無いけれど、それでも、ちょっとずつ良くなっていくのさ。


 だからこそ……。


 オレがたくさんの戦友たちの命を消費して、勝ち取ったこの勝利を。


 この『未来』へと続く変化を、守るためならば、どんなことでもするのさ。


「ふーむ。ストラウスさまは、三人の奥様がおられるのですね?」


「そうだ。リエル、ロロカ、カミラ。みな、美しく、オレと愛し合っているよ」


 ドン引きされるかなと思った。


 だって?周りの海賊の奥様たちが、何だかオレのことを冷たい目で見ているし?小さな声で言っているよ?……一ヶ月で三人と結婚するとか、ありえなくない?とか、ガルーナ人って頭おかしいの?とか、節操なしとかセックス依存症とか、色々と言われてるもん!


 いいさ。


 オレはオレで幸せだったらさ―――。


「―――素敵なことですね!」


「……え?」


 オレの結婚スタイルに対しての意外な感想に、オレは戸惑ったような声をあげていた。いや、オレだけじゃなくて、この場にいる多くの人々がそうだったよ。『ブラック・バート』の海賊たちも、その妻たちも、そして当然、ジーンくんもね。


 そのジーンくんが、フレイヤちゃんにコソコソと話している。聞こえているよ?陰口を隠さないのが、アリューバ半島のスタイルかね?だとすれば、君らのその攻撃的な文化は、いつか他の文化圏の連中から非難されるぞ?


「す、素敵かな、フレイヤ?あのヒト、三人と結婚しているんだぜ?」


「え?たくさんの女性を幸せにしているのなら、問題は無いじゃないですか」


「たしかに!その通りだ!我が家は仲良しだ。こないだ、ザクロアにオレと正妻と第二夫人と第三夫人と義理の妹で温泉旅行に行ったほどにな!」


「まあ、素敵!しっかりと、家族サービスをなさいますのね!!」


 フレイヤ・マルデルが、オレの夫としての行動を褒めてくれた。だが、彼女の部下どもとその妻たちは、白い目になっているようだが、気にしない。


「ぎ、義理の妹?」


「ハーレムかよ……っ」


「エロ小説みたいな人生してやがるぜ……っ」


「―――ミアは真の妹だ。13才で、性的な対象ではないから、誤解はするな!!」


 その点だけは指摘しておこう。数年後はともかく、現状ではミアに対して性欲は持っていないんだからな!!


 あと、君たちはオレに命を救われているはずだからね!もっと、オレを尊敬してくれると助かるな。


 まあ、いい。いいよ。どうせオレなんて死霊と話せる頭のおかしい変人で、セックス依存症の衝動的な哀れな男に過ぎないしな!


「ストラウスさま」


「なんだ、フレイヤ」


「せっかくの申し出で、とても有り難いのですが、新婚の貴方がたを、あの厳しい島にお誘いしても大丈夫でしょうか?」


「命の危険があると?」


 オレの言葉に姫騎士フレイヤは、険しくしたその表情でうなずいてくれた。オレたち家族を、心配してくれているようだ。


「はい。悪神、ガルディーナは、とても強い……我々、マルデルの一族がもう二百年以上も戦い続けてきた、厄介な相手です……」


「ならばこそだ」


「え?」


「もちろん行くよ。君たちが船を取り戻すことは、オレの目的でもある」


 ……そうだな。いい機会だから、オレの目的だけは、ここに集まっている『ブラック・バート』の連中に教えておこう。まあ、何人かは気がついているだろうがな。ジーンくんの言う通り、弱くて数が少ないヤツの考えることは、決まっているんだから。


 だからこそ、絆が出来たこの連中には……いっしょに帝国の暗殺騎士どもと戦った戦友たちには、オレの口から伝えておきたい。


「オレは、ルード王国の女王、クラリス陛下の命を受け、君たちアリューバ半島の海賊たちと接触する目的で、この半島に来たのだ。フレイヤ、理由は分かるな?」


「我々と、『同盟』を結ぶため、ですね」


 そうだ。彼女も令嬢。受けさせてもらって来た教育の質は高いだろうからな。そして、何よりも、この戦に勝とうと……いや、それ以上に、この半島を守ろうとしている。だから、弱者の力学も、ちゃんと理解はしているのだ。


「そうだ。オレたち『自由同盟』には、君たち海賊の力がいる。君たちが帝国と戦うことが、オレたちのメリットになる。ならばこそ、協力を惜しみたくはない。可能な限りの物資、人材面での補強を約束しよう」


「……とてもいいお誘いですね」


「そうですよ、団長!!」


「ああ、オレたち、補充が受けられるようになる!!」


「援助があれば、まだまだ、戦える!!」


「……そう、ですね―――」


 彼女はどこか迷いがあるようだ。だろうな、属国にされる。そんな不安があるのかもしれない。それに、他国の力に依存して、この土地を守ることが、彼女の『正義』と一致しているとは限らない。


 悪意とは違ってね。


 正義というのは、合理的なだけでは、一つにはなれないものさ。


 だから、オレは答えを急がない。


「……重大な決断だ。時間は与えるよ。拒絶しようが、受け入れてくれようが、君たちの判断を優先するしかないことだからな。オレは、侵略者ではない。少なくとも、そうなりたいわけではないからな」


「……はい。ありがとう、ストラウスさま」


 礼はいらない。オレの本意を彼女は悟っただろうから。オレの申し出を断れば、『自由同盟』の協力が無ければ、君らは滅ぼされる。本当に、君たちの命だけを考えれば、そういう『優しい男』なら、オレは君らを力ずくで配下にすべきだ。


 だが、侵略者に故郷を奪われたせいだろうかな。オレは、その行為をしたくないとワガママを言っているだけだ。君らの正義を曲げさせるほどに、あくどい手段を取れたらいいのだがな……オレは、どこか、甘い。


 世界にはたくさんの種類の正義があって、それらが決して高い親和性を有しているとは思ってもいないくせに。ヒトの絆が、それを成してくれるのではないかとも、淡い期待を捨てずにいる。


 覇道は歩めそうにない。


 だが、魔王としての道はそれではない。


 ガルーナの魔王とは、そういう存在ではないのだ。ベリウス陛下は、誰も無理強いしないからこそ、種族を超えた結束が創れたのだと、オレは考えている。


「……まあ、それはともかく。現状、すべきことは、君たちが海賊として船を取り戻すことだ。そうでなければ、君らは飢え死にするし……オレも『私掠船』を手に入れることが出来ないからな」


「ええ。お互いの利益が一致していますね、ストラウスさま!」


「そうだ、フレイヤ。だから、気兼ねなく、オレたちを雇え。オレたち『パンジャール猟兵団』は、君たちのために悪神だって討ち滅ぼすよ」


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