第二話 『姫騎士フレイヤの祈り』 その2
ジイサンはそれから酒のペースが進み、リエルのベーコンとポテトの炒め物を、死ぬほど美味そうに食べていたよ。あと、ちょくちょく、ロロカ先生のオレ専用巨乳を、褒めていた。
まったく、セクハラだよね?
でも、いいさ。褒めているわけだし。見るぐらいなら許してやるよ。触ったら、年寄りだとしてもブン殴るけどさ。なんかもう、酒が入りすぎたので、ジイサンは情報源としては期待出来なかったよ。
いいや、まあ。それは言いすぎだな。ジイサンの武勇伝をたくさん聞かされたよ、それは、このアリューバ半島の近代史そのものさ。だから、タメになる。
帝国海軍が、どんな戦術を使ったのか。何度の戦で、このアリューバ半島を攻め落として、制圧したのか……どういった統治政策で、住民を教化していったのか。
文字で読むだけでは、どうしたって伝わらない情報があるもんだぜ、シャーロン・ドーチェ。百聞は一見にしかずってヤツだよ。お前の資料は頼りになるが、現地のヒトの言葉を100%反映することは難しい。
スパイだってヒトだからな、どんなに冷静に情報を分析しようとしたって、個人の趣味が反映されてしまう。まあ、現地のヒト、セルバー・レパントさんは非情に偏った人生を送ってしまったタイプだから、一般的な情報とは、かなり違うわけだがね。
客観的意見と、主観的意見。
事実と、目撃談。
そういう情報をミックスして、オレたちは真実や、その背景を推理していく。オレは最終的には洞察力頼みの勘になっちまうが……ロロカ先生は違うだろう。
彼女は、ときおり、この地方の食文化や、生息する生物、あるいは村を襲うモンスター……さまざまな地理的要因を質問して、資料に書き込んでいったよ。戦に役立つのかだって?
役立つ時もあるだろう。
オレたちが、『ビネガー』の流通価格の情報を使って、第七師団を壊滅させる策を組み立てたのを忘れたのか?
文化や習慣、それらを知ることで、戦に勝てることもあるんだよ。敵を知ることで、戦いの攻略の糸口をつかむ。一言でいえば、そりゃそうだな……としか思わないかもしれないが。
まさか、それが食文化にまで波及している哲学とは、多くの若輩者は気がつくことが出来ないだろうよ。いや、一生、気づけないままの者も多かろう。ヒトは、より単純な思考を好むからな。
だからこそ、物事を進めたければ?
真の知恵ある者を参謀、副官、軍師などに据えることが大切なのさ。賢い者という連中は、オレたちアホ族の、はるか上のことを思いつくんだから。きっと、ロロカ先生に全てを任せても、オレたちは間違いのない策を手に出来る。
でも。
それでは、仲間として申し訳が立たない。オレは、セルバー・レパントじいさんの『船首像』に、どんな意味があるのかとか、幾つ造船所に売ったのかとか……そういう細かなことを聞き始めたロロカ先生をカウンター席に置き去りにして、席を立つよ。
オレは酒が回り始めている。正直、あのクソみたいな野良ボクシングのせいで、オレはかなり疲れていたし、興奮状態でのビールをがぶ飲みすれば、こうなっても仕方がない。だから、難易度の高い質問を始めたロロカ先生の邪魔をしない。
……ロロカ先生は、資料と、ジイサンのハナシを頭の中で整理して、この半島で、いつ何が、どう起こったのかを、脳内に再現していると思う。そんなことは、オレたちアホ族には出来ない。
だが、かなり賢い人物たちは、やってのけるのさ。
ロロカ先生は、おそらく、ジイサンが造船所に売った『船首像』の数あたりから、敵の軍船の生産数を把握しようとしていると思うよ。船には一つは、『船首像』がいるだろう?何かの儀式的な意味とか―――『象徴』とかね。
この海にいる軍船の数、そして、海賊船の数を詳細に把握しようというのだろう。シャーロンとクラリス陛下からの資料と、現地で得た情報を使うことで。
かなり高度な質問で、オレが余計な言葉や質問をしたり……あるいは存在そのものがジイサンの集中力を削ぐかもしれない。だから、オレは、その場にいないことを選ぶ。でも、あのオレ専用の巨乳を触られたら、呼んでくれ。殴るよ、君の乳は、オレ専用だから。
で?
そんなオレが今、何をしているかというと?
もちろん、情報収集だよ。この赤い屋根の素敵な酒場はね、平常運転を始めている。ギンドウ製の時計では、もう夜の六時半だ。田舎者どもは、海が暗むと仕事がない。製材所だって、暗い中でノコギリを使うと危ないだろ?
水車を利用した大型ノコギリとか、お前……場合によっては、リアルな人体切断ショーになっちまうよ。ガチでタネも仕掛けもないそれは、取り返しのつかない悲劇でしかないんだよね。
灯りを点ければ、その分、油代がかかっちまう。経営者が最も気にすることの一つ、ランニングコストがかかる。だから、製材所のマッチョ野郎どもも、ここに集まったよ。人間とエルフ族が中心だが、わずかにドワーフ族も混じっているな……。
多民族性があり、ワクワクする。
そして、その事実は、この土地が帝国本土の『人間第一主義』に基づいた、排他政策の実行力が乏しいことでもある。この植民地は……まだまだ、ファリス帝国のコントロールが薄いというワケだ。
期待が持てるハナシだな。オレは、ジイサンのためにも……そして、『自由同盟の海軍』として海賊たちを運用するためにも、『オー・キャビタル』を潰さなくてはならない。
可能であるのなら、造船所などの設備は失いたくない。そして、海軍の要塞としての防衛能力もな。帝国の築いたそれらを、奪い取る。そして、オレたちの力へとしたいからさ。
さて……そのために。オレはリエルの注いでくれた、泡無しビールのアルコールを利用する。
赤毛でマッチョで、しかも眼帯ついているような、この厳ついお兄さんでもね?
ニヤニヤしながら、酔っ払った赤ら顔で、現地人のテーブル席についてさ。地元民に酒の差し入れをすればいいんだ。
「よー、おつかれさまー!」
労働者のあいさつとして、最も優れた言葉のひとつだろう。その日の労働をねぎらう、大人の言葉さ。こいつは、人懐っこい音色を帯びている。共感性を刺激するんだ。大人は皆、悲しいかな、つかれているから。
だから、大人同士は、この言葉を使い合うことで、お互いの疲労をねぎらってるのさ。そして、アルコールはその疲れを誤魔化すように癒やしてくれる魔法の水だよ。呪文と魔法を使いこなし、あとはイケメン顔をニヤニヤさせる。
こうして『パンジャール猟兵団』の団長に継承された、ガルフ・コルテス式の酒場向け情報収集モードが完成するのさ!!
オレは、あちこちのテーブルを周り、港町トーポの労働者たちに酒を振る舞いながら、世間話をする。景気はどうだい?……仕事は順調?……ここらはよく雨が降るのか?……朝は東から風が吹くか、西から風が吹くか?
色々なことを訊く。
人類共通の本能だが……ヒトは人種を問わず、悪口が好きだ。帝国の悪口で誘うと、彼らは結構ノッて来る。税金が高いとか、あの処刑はヒドいとか、口利き量は幾らとか、どこの誰が汚職役人だとか……。
ほら、見つけた。『オー・キャビタル』に魚を売りに行っている漁師だよ。毎朝2時には起きて、小舟に乗り込むと、北東の海へと進む。そうだ、この地は南の温かい海上から吹く風が、半島の山岳地帯にぶつかって、東へと進むのさ。
その風を利用して、トーポの漁師たちは『オー・キャビタル』から、わずか十数キロの場所まで、漁場を巡りながら進むそうだ。
どうにも、かなりのハイペースで進めるな。この地域の風を完璧に読むには、ここで20年は暮らさないとダメだと漁師に言われた。
エルフの漁師は、この地域限定ならば、オレよりも風の専門家かもしれない。まあ、これで海賊たちが捕まらない理由が判明した。帝国海軍は、この海に巻き起こる風を読むことが、完璧ではないからだ―――。
素晴らしい情報だぞ。使いようによっては、戦況を覆しかねない情報になるかもしれないな。
さて。漁師の愚痴はつづくよ。彼らは毎日、早朝の闇に紛れて魚を捕っていく。そして、空が明るくなる頃、彼らは『オー・キャビタル』に魚を持ち込むのさ。
だが……『人間第一主義』に基づく差別政策は、その土地でも生きている。エルフ族の漁師の売る魚は、『亜人税』がかかり、その額を買い取り価格から差し引かれる……つまり、帝国海軍に安く買いたたかれるのさ、亜人種の漁師たちはね。
だから、最近は帝国人の海軍兵士を雇うこともあるそうだ。
非番の帝国兵士を雇ってね、そいつを『漁師』ってことにするんだ。そしたら、『亜人税』を払わなくて済むんだよ。そして、その兵士には……漁師が報酬を渡す。兵士にとっては、安月給を補強してくれる、いいアルバイトってことさ。
だから、帝国海軍も、今のところは『それ』を黙認している。兵士のメリットを妨害すれば、反乱を招く可能性も高まるからだ。くくく、海軍は規律が高いというハナシも聞いていたが、何にでも例外があるものだよ。
『ボブ・オービット上等兵曹』……そいつが、このアルバイトの『元締め』らしい。元・商船乗りで……6年前から、この海で戦い抜いているベテラン下士官。なかなか抜け目のない男で、陰の実力者らしい。
リーダーシップもあるようだな、海軍兵士たちのまとめ役であり、騎士や士官たちからすれば、いなくちゃ困るレベルの仕事が出来る男のようだ。だが、金に汚く、人種差別主義者では無いようだ。
これも、実に興味深い情報だ。使いこなせば、戦術になるであろうレベルだよ……。
オレはテーブルを周りながら、色々と雑多な情報を入手していくよ……あと、面白いコトが起きた。
リエルちゃんが、ミニスカを履くのはいつものことだけど、今夜はフリルがついた媚びるタイプの衣装だった。美少女エルフさんだからな、人間族からもウケるが、エルフ族の若い男には、異常なほどに人気であった。
そう言えば、『バガボンド』のイーライ・モルドー将軍の息子である、ピエトロ・モルドーも一目ぼれしていたよね?
そんなエルフ美少女が、今、ウェイトレスのバイトをしているよ。彼女もああやって、テーブルを周り、情報収集と小遣いを稼いでいる。美少女パワーが強すぎて、この田舎者どもは、彼女に指一本触れることは出来ない。
くくく。リエルの質問には、忠実に答えるな。いいね、リエル。洗脳して、情報を吐かせろ。そして、セクハラされたらオレに言え。
君が蹴り倒すであろうそいつを、さらに君の夫であるオレが、ブン殴ったりしてやるよ……そして、慰謝料をふんだくり、来たるべき戦の日には……鉄砲玉にでもして、消費してやろう……。
まあ、そこまではしないが、とにかく『パンジャール猟兵団』に美少女エルフがいるという事実が噂になるとありがたい。
女にモテたくて戦争に行く男なんて、いくらでもいるからな。この国で内乱が起きて、エルフ男子に、戦うか、戦わないかの選択が与えられたとき、リエルの存在は、間違いなく、より多くのエルフ男子たちに『戦う』を選ばせるだろう。
一人でも多くと友好関係を築け、それが戦において力となるのだよ―――。
幸いなことに、リエルはセクハラ被害を受けることなく、平和的に地元民と仲良くなっていく。ただし、看板娘のレミちゃんが、なんか不機嫌そうだった。でも、いいじゃないか。
ほら、レミちゃん。
君の好みの優男が、疲れた顔でやって来やがったぜ?
そうさ。
彼だよ、『リバイアサン』たちの首領である、若きヘタレた天才海賊、才能はあるが覚悟が足りずに、真のリーダーになることに怯えている若輩者―――。
「―――よう、ジーン・ウォーカー。おつかれ、海軍からは逃げられたか」
「ああ。おつかれさまー……うん。どうにか、今日も皆、捕まらずにすんだよ」
「どんな風だった。西南西から来る風で、東に走り、北上したのか」
「……よく分かったな。アンタは……そうか、竜騎士ってのは、飛べるのか。だから、この海の風も読める……?」
まあ、漁師さんたちが色々と教えてくれたからだけど……そのコトは言わない。
男には見栄を張ることで、己の価値を高めようという恥ずべき習性がある。今夜のオレもそうしている。でも、海賊の動きを読めた。知識をちゃんと理解出来ているって証だぜ。
「もちろんな。飛べるから!空にも風にも詳しいよ……ああ、飛べるってのは、オレがじゃなくて、竜のほうがだぞ?」
「そりゃ、分かるよ……ああ、疲れたあ……レミちゃーん、とりあえず、生ビールが欲しいぜ……っ」
「はーい!!」
恋する乙女を見ていると、こっちまで気持ちが明るくなるよ。だが……ジーンはカウンター席にいるジイサンを見つけると、ガックリと肩を落とした。あの小うるさいというか大変うるさいジジイに、説教でも食らうと思っているのかもしれない。
だから?
悩める年下の青年には優しいよ、オレは?とくに、同盟を組んで、一緒に帝国と戦争しようぜって、誘いたいヤツにはな。
「おい、ジーン。こっちの席に来いよ?……オレと一緒に、呑もうぜ?」
「……サー・ストラウス。ああ、ありがたいよ!カウンター席だけは、ゴメンだった!」
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