第二話 『姫騎士フレイヤの祈り』 その1


 『フレイヤ・マルデル』。海賊団『ブラック・バート』の首領だ。


 その生き方は、この偏屈な芸術家である、セルバー・レパントの心をも掴んではいるようだ。だが、ジイサンに心配されてもいるな……。


 オレたちは会ったことはない。だが、君の心が疲れていそうなことは理解が及ぶよ。


 滅びた祖国への責任と―――祖国奪還のために、必要な戦力を有していない現実。


 その成したいことと、成しえぬことの乖離に。


 理想と現実の乖離に、君は苦しめられているようだな、『フレイヤ・マルデル』よ。たしかに、君はとても責任感の強い女性であるみたいだね。しかも、このジイサンに『姫騎士』と呼ばれているのか。


 ただ、その生きざまの尊さを称えられてのことだろうか?


 可能性はある。ここは、王無き土地……王族はおろか貴族もいない土地であったはずだからな。そもそも、貴族の娘という意味の『姫』など、そもそも存在してはいないのさ。


 だが、それにしても、それだけの覚悟を背負うという理由があるのだろう?


 だから、君はこの老いた騎士殿に、『姫』と呼ばれたのではないのか?


 訊かねば分からないことだ。だから、訊くことにするよ、幸いなことに、海賊どもに詳しい『情報提供者』殿が、オレの目の前にいるからね。


「セルバー・レパントよ。彼女は、フレイヤ・マルデルとは、どういう出自の女性だ?同盟騎士団の関係者なのか?」


「……そうではない。フレイヤは、ある意味では同盟騎士団よりも、アリューバ都市同盟が滅びたことに責任を持つ血筋にある」


「というと、『政治家』の娘か」


「うむ。同盟評議会の議長、ドーラ・マルデル女史の遺児だ」


「死んだ議長の娘……たしかに、他の国では、『姫』の身分に値するな」


「そうだ。オメエのために、分かりやすい言葉を使ってやったわけではない。彼女が、その気高さと生きざまを説明する時に、『姫』と呼ぶに相応しい存在だからだ」


「態度の悪いアンタにそうまで言わせるか」


「ああ。立派な娘だ。まだ20だというのに、ジーンのバカと比べて、ずっと大人だ」


「女の方が早くに大人になるもんだよ」


「そうかもしれん。男は、生まれつきのバカだ。他人の気持ちを汲むことよりも、自分の感情を優先させる。オメエの目の前に、そんなバカがいるよな、ソルジェ・ストラウスよ?」


「自虐が過ぎるぞ。アンタは、憂国の士でもある」


「国を憂いたからどうだという?そんなことは誰しも思う。何の貢献もしていなければ、夢想家だ。憂うのであれば、行動で示さねばならん。ワシは、してないぞ。フレイヤのようにはな……」


「……アンタは、年だし、片腕だ」


「言い訳にしていいことか?死者ではないぞ、まだ、生きているってのにかよ?」


「くくく。いい言葉だ。だが、言い訳にしていい。老いておらず、そして健康体であれば、アンタは『女神像』を船首につけた船に乗り、帝国海軍にケンカを売りに行ってる。そうすれば、優柔不断なジーン・ウォーカーも、アンタの船につづいたさ」


 ジーンは、まだ真に偉大な指導者となるには幼いのだろう。バカではないから、その事実に気づいている。成長するための期間がいるのさ。そいつは、ジイサンにも分かっていることで、だから、17回もあんな祭りをやっている。


 他の船長たちも、薄々は分かっているんだろうよ。だから、ジイサンはリスペクトされている。まあ、若手の暴走に、巻き込まれて、襲われたのは……仕方がねえ。陰謀というよりは、若さゆえの過ちってモノに分類できる悲劇だ。


 ジイサンはオレの言葉を頭のなかで想像している。ちょっと、嬉しそうに笑った。


「……ジーンやフレイヤちゃんと、肩を並べて戦うか。ガハハッ!!そいつは、いい。とても、いいなあァ……まったくよ。ワシは、生まれる時代を間違っちまってる」


「そうかもな。アンタの全盛期が、今、この時代でないことが、とても悔やまれる」


「ふむ。気持ちのいいことを言うてくれる男だ。だから、そのツラで、女を複数モノに出来るってのか?」


「……イケメンだからだ」


「そう信じたいのか。なるほど、よかろう。好きにすればいい」


「バカにすんなよ?人間族から、不細工ですね!って、言われたことはない」


 種族や文化によって、少々、美醜の基準は違うモノだからな?オレは、不細工ではない。むしろ、イケメンだ!


「そうかい。まあ、筋肉美は見事だがな」


「ありがとう」


 男は、やはり自分の筋肉を褒められると、自尊心が回復する。こういう言葉を聞けるから、今夜も筋トレをするに違いない。


「……しかし。ソルジェ・ストラウスよ」


「なんだい、セルバー・レパント」


「ワシは、おそらく、この時代に若者であったとしても、『女神像』を船首にはつけられなかったと思う」


「どうしてだ?」


「ワシは……血の気が多い。性格が荒すぎる。今でこそ、年老いて、クールに落ち着いているが」


 ……水を差すから無言だったが、そんなことはない。クールな老人などという存在では、絶対にないからな、アンタは!?


「当時は、本当に荒くれ者だったよ。わざわざ、北海の果てにある地に赴いて、陸を歩く鯨をぶっ殺しに行くようなヤツだった」


「そいつは豪気なことだ」


「帝国海軍の群れに、正面から突っかかって行ったさ。ドワーフで、戦士ならな。そう在れと両親からも教わったし……ワシも、子に教え、孫も、その言葉を実践した」


 実践したか。ふむ。なるほど……アンタの血筋に相応しい生きざまであり―――。


「―――ジイサン。アンタ、子と孫を……」


「死んじまったよ。同盟騎士団としてな、最前線で戦った。帝国の連中を、誇れるだけの数を道連れにして、首を刎ねられ……体は海に捨てられて、首だけが、『オー・キャビタル』に、他の騎士たちと並べてあったという。カラスなんぞに突かれておった」


「そうか。誇り高く戦ったな」


「……オメエは、なかなか、ワシの心に響く言葉を吐きやがる」


「そうかい」


「おうよ。もしも……もしも、オメエが、ヤツらの死を、ヤツらの戦いを!!……同情の言葉なんぞで侮辱しやがったら、サメのエサにしてやるところだったぜ」


 血走った眼で、ジイサンはオレを見ている。ストラウスは、戦士の家系だ。家族の死を、誇るよ。歌にして夜空に捧げて、酒を呑む一族だ。アンタたち、レパントの血と、似ているところがある。


「誇らしいことだよ。戦士が最後まで、その生きざまを貫き、死にざまで大義を表現することは」


「……そうだ。ヤツらは、最高だった」


「うん。だが、悲しいことではあるな」


「……もちろんな」


「ジイサンよ、オレの正妻殿が入れてくれたビールがある。この半分を、アンタのジョッキに注いでやる。呑みかけで悪いな」


「いいさ。酔っ払った酒好きが、細けえことを気にするかよ」


「くくく。そうだな」


 オレはそう言いながら、ジイサンのジョッキに、オレのジョッキに残っていたビールを半分ぐらい注ぐのさ。これでいい、半分こだ。戦士、ストラウス一族と、戦士、レパント一族の生き残りが、半分こずつさ。


「ほら。ジイサン、アンタの死んじまった家族に、乾杯しようぜ。戦士たちの名前を教えてくれるかい?」


「ジェイ、カートマ、ガリス、ジュノー、リリ、ドルメイ、エドウ、ダーン、マリア、ゼーギ、マシュウ、ライゴー、リーカ、ネリエ、カイト……それだけだ。たった、それだけ」


「直系の一族は、全員か。女も、若者も……」


「そうだ。たった、それだけのことだ」


 そういうジイサンの目が、赤い。知っているよ。分かっている。殺された家族の名前を呼ぶときは、いつもそうだ。目玉の奥が熱くなって、そこから涙がにじむ。悲しいし、なによりも口惜しいからだ。


 とくに、家族を殺しやがった敵が、生きて動いていやがる内はな。怒りが、火焔となって心に宿る。その熱量は、炎のように熱く……オレたち生者の目玉を燃やす。


 たしかに、アンタは……『女神像』の旗艦の長になるよるも先に、『オー・キャビタル』に乗り込んでいっただろう。


 アリューバ半島の最大の交易都市であり、今では帝国海軍基地が並ぶ、その敵地の中心に。戦斧を担いで、走っただろう。


 15人の一族たちの仇を取ろうと、それよりもはるかに多くの敵をぶった切り。そして……16人目の星となり、偉大なるレパントの血脈を終わらせていたな。ああ、勇者の血よ、アンタが生き残ったのには、理由があるはずだ。


 オレは、それが何かを知っているよ。


 アンタの家族の首が並んだ、『オー・キャビタル』。その土地に、同盟騎士団の旗を突き立てる日を見るためだ。長生きしろとは言わない。その必要もない。オレが来た、ゼファーがいる、『パンジャール猟兵団』がここに集まる。


 見せてやるよ。


 近いうちに、あそこの拠点だけは、潰さないといけねえんだ。


「……ああ。そうだな。ジイサン。アンタの勇敢なる一族のために、乾杯しようぜ」


「おうよ、クソ赤毛!」


「レパントの一族に!!」


「ああ、ワシの子と孫どもに!!……そして、ストラウスの魂に!!」


 くくく!孤独な戦士の一族の生き残りどもが、ジョッキをぶつけ合わせるのさ。ガラスを鳴らして、死者たちへの歌が、カランと響いた。ジイサンは赤い鼻を鳴らし、そのままイッキにリエルの泡無しビールを飲み込んでいく。


「意外と、いい酒だろ?」


「……ああ。孫たちも……」


「孫たちも、どうした?」


「……酒の、機微を……理解しないままだった」


「……そうか」


「……お前は、家族を守れ……ソルジェ・ストラウス。ワシは、お前ほど強い男を知らない。バケモノだ……だから、守れ」


「ああ。そうするよ。でもな、オレは自分の家族だけを守りたいんじゃない」


「……帝国が、憎いか」


 復讐者の瞳をオレに向けてくる老人が、目の前にいる。オレは、うなずく。当たり前のことだからな。


「もちろんだ。ジイサンがそうであるように。オレも、星になった一族の名前に、彼らの歌に誓っている」


「……そうだな。お前は、ガルーナの竜騎士とは、そうなのだろう」


「うん。ジイサンとこと一緒だ」


「……ならば」


「ならば?」


「共に戦うぞ。もはや、若い頃の十分の一の戦力もありはしない。ベヒーモスの首さえも断ち切れた膂力は失われた。ワシは虫けらのごとく弱くなったが、お前の敵を殺してやろう」


「おう。頼むよ」


 ……アンタは、まだまだ現役で行ける。熱さもあるが、経験値がある。若者を導くことも出来るさ。軍師向きとまでは言わないが、ヘタレの天才くんのケツを叩くには最適な熱さがあるよ。


「ソルジェ・ストラウスよ……同盟を築け。ジーンのバカと、フレイヤ嬢ちゃんを説得して……お前たちの『自由同盟』とやらに組み込むんだ。ワシらはな、あまりにも数が少ない。帝国は、まるで世界そのものだ。海のようだ……ワシらは、単独で戦をしては、勝てない。いつか、多勢に呑まれてしまう」


「……そうだな。認めるよ、オレだけじゃ、家族も世界も、守れやしない」


「そうだ。力を集めろ。お前の竜ならば、お前のバカに強い力ならば……希望を、この世界に刻みつけることが可能だ。この町を見たか?」


「町か?」


「うむ。すっかり、かつてとは変わってしまったが……海賊どもを、同盟騎士団の血筋を忘れてはいない」


 ジイサンは苦笑いを浮かべる。


「そりゃあよ、態度は冷たく、帝国の法にも従っているんだが……海軍の動きを漁師たちが見張り、エルフの魔笛で陸に伝えてくれる。何人もの息が鳴らした魔笛がそれを中継し、あのガキたちにも伝わった。『帝国のヤツらが来るぞ、逃げろ、騎士ども』……そう教えてくれた」


「そうか。民と騎士のあいだにあった絆は、まだ生きているんだな」


「ああ。生きている。影に潜みながら、やや薄らいでしまいながら……かつての騎士どもも、みじめな海賊なんぞになりながらも……絆は機能しているのだ」


 老騎士セルバー・レパントは、その老いた瞳に涙などではない熱量を宿して、そのしわがれた声で歌うのさ。


「……ワシらの家族が守った、このアリューバは……まだ、負けてはおらん!!絆が失われておらぬ限り!!ワシらには、勝機が残っておるのだッ!!」

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