第二話 『姫騎士フレイヤの祈り』 その3


 ジーン・ウォーカーの社交性は高かった。さすがは24才にして、海賊団を仕切る男か、部下に15人もの船長を持つんだ。人一倍に社交性はいるよな?


 ユーモアもあり、顔もいい。


 やはり生まれの良さを感じる知識量もあるよ。


 彼はモテるだろうな。オレほど、くどくもない。


 そして、これは肝心なことだが、酒が強い!!


 オレと彼のどちらが真の酒豪なのかを決めるために、ガンガン酒を呑んだ。リエルとロロカは酔いつぶれたジイサンを送って、彼をあの孤独な家に運んだ。そのあと、いつの間にやら中が良くなっていた看板娘のレミちゃん家に行くそうだ。


 オレ、今夜、彼女たちと寝られないの決定で、なんかさみしくなった。


 そう言うと、ジーンのヤツに爆笑されちまったよ。


「天下無敵の魔王さまも、ドスケベなんだな!」


「フン。夫が妻たちを抱きたいと思うのは、当然のことだろう」


「……いやあ。ガルーナの文化がどんなものか、オレは知らないケド。その、『妻たち』というトコロに引っかかるヒトもいるんじゃない?」


「……一夫一妻の仕組みが、結婚という体制のベストだと、誰が決めた?」


 うちはしっかり、夫婦4人で愛し合っているぞ?


「環境さえ整えれば、4人でもやれる。3人でなら、実はもう―――」


「―――あああ。浅ましい性生活のハナシはいいよ」


「そうか?……深夜だし、町の連中も家に帰っちまったし。きわどいトークが受ける時間帯かと思ったんだがな」


「まあ、港町って言っても、漁村と林業しかない地味な町だからね……」


「労働者たちの朝は早いか」


「そうさ。それに……皆、金銭に余裕があるわけじゃない」


「だろうな。オレの振る舞い酒を死ぬほど喜んでいた」


「亜人税は……確かに、有効に機能しているのさ。帝国経済に依存しているこの村の亜人種たちは、働けども……豊かな暮らしを手にすることは難しい」


「人種間の格差が広がりつつあるのか?」


「……あるね。年々……いや、月単位でかな?人間族と、亜人種の生活に、距離が生まれ始めているよ。その二つが通う店が、分かれてきている」


「……なるほど。差別政策は、この半島の絆を蝕んでいるのか」


 この多様な人種が共存して来たらしい、北方の寒い地方特有の絆が、ゆっくりと差別才策に食い荒らされていく。ファリス帝国の狡猾さに、腹が立つな。


「そうさ。この内海は、いやに温かいからね。春が過ぎれば、とても暮らしやすくなる。でも……冬は厳しいものさ。昔、この半島で暮らすオレたちは、村や町単位で冬ごもりをして、温かくなるのを待ったものさ」


「冬ごもりか?どんなのだ?」


「よくあるヤツさ。村で一番大きな屋敷とか、酒場とかさ。ああいう場所に夜な夜な集まって、みんなで料理を持ち合ったりして、冬中騒いで過ごすのさ」


「楽しそうな文化だ」


「ああ。でも、今はそれは行えない」


「どうして?雪は、今でも降るだろう」


「うん。雪に閉じ込められて、村や町からは出られなくなる。でも、帝国の法律が邪魔をしているのさ」


「どんな悪法だ」


「……『亜人集合罪』」


 なるほど。名前で見当はつく罪だな。帝国は、人間第一主義は、亜人種を排斥している。だから、当然ながら、亜人種の『反発』を想定しているわけだ。ヒトは徒党を組んで抵抗をして来る動物だ。


 ならば、その反乱を予防するには、どうすればいいか?


 決まっているな、集まれないようにすればいい。


 集まって、反乱のための作戦会議をさせなければ……あるいは、その会議を前もって妨害する法的根拠を用意すれば。衛兵たちが、亜人種たちの集まりを邪魔しに行く。


「……下らん罪だな」


「ああ。そうさ……南部はさ、比較的、帝国の支配がゆるい。地味な村だし……派手さは無いけれど、これでも、かなり自由さ」


「そのようだな。長くいたわけじゃないが、帝国文化のストレスを感じちゃいない」


「うん。いいことさ」


「だが……その言い方では北は違うと言わんばかりだな」


「……ああ。当たり。北はね、帝国化が進んでいる。『亜人集合罪』は、ただ酒場で呑んでる連中にさえも適応されてしまう夜さえある……」


「そいつはヒドいな」


「人間族の植民の数も増えていき……どんどん、帝国みたいになる。あの楽しい冬ごもりは、もう北では行えない。北こそが、冬ごもり文化の中心地だったのにな」


 そうだろうな、寒さと共に降雪量は比例して増えていくもんだろうからね。しかし、その町や村をあげての、じつに楽しげな冬ごもりも、帝国文化に砕かれたか……。


 腹立たしいハナシだ。


 人々から幸せを奪い、迫害で暮らしを律する。ゆっくりと亜人種を社会から隔離していく。古くからの絆を裂いて、帝国の欲深い豚のような思想を植え付けていく。独善的で、社会的弱者を作りだすことで自尊心を満たす、下らぬ思想をな……。


 だがヒトは邪悪だ。排他的な暴力を正義だと思い込めば、最高の快楽を帯びて暴力を振るうようになる。厄介なことにね。帝国の思想っていうのは、ヒトの本能に則してもいるのさ。だからこそ、これほど世界を広く呪縛しているんだよ。


 残念ながら、人類ってのは、あくどい獣だからな。


「……北は、ヒドいのさ。ホントに、もうあそこにはアリューバの風が吹いていない」


 若き海賊たちの長は、天井に吊されて、星みたいにオレたちの頭上で輝くランプの橙色の光を見つめながら、顔をしかめていたよ。


 この青年の、故郷への愛を……失われつつある故郷への喪失感を感じさせるね、その人懐っこい黒い瞳が歪みを帯びるサマを見てしまうとね。


 なるほど。


 南よりも、北のほうが、帝国化が深刻。そうだな、軍事と流通、あと工業の拠点は、『オー・キャビタル』にあるわけだしな……あれは、北東部だ。つまり、このアリューバ半島の北の果てであり、海をつかむ爪のように曲がって伸びる半島の『先端』だ。


 その拠点を守るためにも、徹底的な帝国化政策が、その北の地には施されているというわけか。


「なるほど、北は確かに窮屈そうだな」


「そうなんだよ!ほんと、窮屈なんだよね……」


「……だが」


「だが?」


「『ブラック・バート』は……フレイヤ・マルデルは、そこで、反帝国の戦いを繰り広げているわけだ」


「……っ。ああ……そうだ。彼女は、ほんと、気高いよ。オレなんかと違ってさ」


「ヒトにはヒトの生き方があるものだ。お前が、自由の風に吹かれる生き方を望むのであれば、そうするしかあるまい」


「……こんな生き方で、いいのかい?」


「いいんじゃないのか。お前が、望んだように生きろ。お前は、お前自身で納得できないことは、やりたくないのだろう?」


「……っ。うん。そうなんだ。そうなんだよ、分かるかい、サー・ストラウス!!」


「ああ。自由を求めるとは、そういう生きざまだ」


「ああ!!オレは、他のヤツから、生き方を決められるなんて、もうゴメンだ!!オレはさ、サー・ストラウス!今の生き方が……自由で、サイコーに、気持ちいいんだ!生きているって感じられるんだよ……」


 束縛の強い少年時代だったのだろうかな。ジイサンの言葉では、彼の親父さんは厳格な男であったのだろうし、語彙の豊かさや、剣術の技巧の練度を見ると―――相当な期待と投資で作られた傑物らしい。


 天才とは、ほぼ例外なく人工的なものであるが……コイツもそれだな。例外的な天才というのも否定はしないが、周囲の手助け無しに成長を極められる者は少ない。たまにいるがね?


 ……たくさんいる天才は、人工物さ。だから、よくしくじる。弱点が見えるから。ヒトが作ったモノというのは、道具だろうがヒトだろうが、本質と乖離している部分がある。そいつに爪をかけて、引きはがすようにすれば、壊せるよ、天才ごときなら。


 この天才くんも、欠陥を抱えている。


 ワガママさというな。


 だが、別にいいんだよ、そういう天才はいくらでもいる。恵まれた環境の男には、よく見られる行動だ。逃げ道があるのなら……そう感じるのなら、そうすればいい。オレは可能な限り、君の幸せが長続きすることを期待するよ。


 しかし、それが永遠に許される居場所だとも、思ってはあるまい。君は、残念ながら、そこまで愚かでもなく、ご両親の投資のおかげで、そこそこ以上の知性を持ち、見識も広い。


 帝国から逃げ続けることで得られる自由。そんな偽りの風で進む海に、耐えられるほどの小人物でもなかろうよ。どうせ、君もその生存競争に参加する。このアリューバ半島の本質を、愛している男であるのなら、そして戦う力を持つ男なら、必ず対決するよ。


 その日まで、のんびり暮らすのもいいさ……。


 海賊稼業に慢心してくれるのなら、オレたちの『海軍』としては機能してくれるわけだからな。クラリス陛下は、よろこんで君に自由でいるための資金を提供するだろうよ。


 さて。


 そろそろ、肝心な同盟についてのハナシを切り出すか―――と考えた矢先だった。ヤツはいきなりイスから立ち上がり、叫んだのさ。


「南が好きだあああああああああああああああああああああああああッッ!!」


「……方角に告白する男を、初めてみたぞ」


「そういうのじゃない。分かっているんだろ?」


「ああ、知ってるさ。舐めるな?」


「自由がより多いからいいんだよ!……だから、オレもここに来る!トーポで呑む酒にはね、自由が含まれている!!」


「ほー、あの看板娘が目当てじゃないのか?」


「レミ?……ああ、可愛い子だよね。うん。もちろん、嫌いじゃないよ」


「だろうな」


「でも……」


「くくく!」


 オレは思わず笑っていた。


 まいったね、色男さんよ。君は本当に船乗りだ。


「なんで、笑うんだよ?サー・ストラウス?笑うタイミングなんて、無かっただろ?」


「ああ。ないよ、すまないね。笑うようなことじゃない」


「でも、笑ったな。どーいう意味だよ?」


 ヤツがイスに座りながら、口を尖らせる。子供みたいな仕草だが、童顔系イケメンのおかげで、それがなかなか似合っているから、イケメンってムカつくね、ホント。


「だんまりはズルいぞ!」


「……ああ。すまんな。ただ、君の好きなヤツがいる方角が分かってね」


「は、はあ!?なんだよ、それ……」


「見てただろ。好きなヒトを想いながら、君の視線は動いていたな」


「あ、アンタ、す、するどすぎるだろ!?」


「竜の眼のせいでね、それぐらいの洞察力はあるんだよ」


 オレは眼帯をめくり、金色の光を放つ魔眼を見せた。


「マジかよ!?なにその目玉、カッコいい!!」


「君はそう思ってくれると予想していたよ。さて、オレのカッコいい目玉のことは置いておいて……君の本命は、あの古びた操舵輪にまつわる熟女か?」


「んなわけねえだろ!?」


「ああ。知っている。遠い北の地にいる素敵な女性か……」


「……ッ!!」


 酔っ払いは顔に出ていけねえなあ、ジーンくんよ。


 オレは……あまりにも単純な発想だと、自分の思考能力の浅さが恥ずかしくなるんだがよう。ちょっと、試しに聞いてみるよ……。


「……フレイヤ・マルデルかね、君の本命サンは?」


 アルコールに染められた顔が、今まで以上に赤くなる。ヤツはツカツカと長い脚でリズミカルに歩き、壁際のソファーに座った。そして、オレを見た。なんでか、涙目だ。そして、船乗り特有の大声で、叫びやがったよ!!


「……だ、誰かれ構わず、言いふらすんじゃねえよ!?……ひ、秘密なんだからなあッッッ!!!」


 くくく。意外と恋愛には奥手かい、イケメンくんよ?なるほど、からかい甲斐のある男で、何よりだよ。オレは、いいオモチャを見つけていたよ。


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