第一話 『海賊どもは、拳闘の美学に酔いしれて』 その3
「……ええ、もう一つの集団は、性質が悪質ですね。つまり、犯罪性が高いのです」
おお、さっそく問題のある情報だ。でも、想定内。続きを聞こうじゃないか。
「彼らは、『ブラック・バート』とは逆に、半島の南側の海岸を縄張りにしています」
「ロロカ姉さま、南の沿岸部には……帝国の基地も近そうだぞ?」
リエルちゃんも地図を読めるようになってきた。どこに『何』があるかではなく、そこにある『何』が、どれだけの範囲に影響をもたらすのか―――意味ってものが読めている。
そうだ、帝国の基地から、軍船ならば攻撃を仕掛けやすい地域に縄張りがあるのさ。不思議なことに。
「はい。彼らは、帝国軍の基地のすぐ近くにいながらも……討伐されていません」
「ほう?そいつは、おかしいな。まさか、組んでいるのか、帝国海軍と」
だったら、論外だな。
協力するどころか、ゼファーで船ごと焼いてやるよ……ッ。
「可能性はありますね。でも、あくまでも可能性。それとは別の可能性もあります」
「ふむ。ロロカ姉さま、まさか、そのクズどもは、討伐されないほど『強い』のか?」
「ええ。彼らは、かなり有能な船乗りたちのようですね。内海にも拠点を無数に持ち、北海の果てにさえも出かけてしまう……神出鬼没ゆえに、敵に捕まっていない」
つまり、海は広いな大きいなというわけだ。
この広大な広さを、自在に動き回れるのなら、最強の『防壁』に包まれているのと同じこと。広大なスペースを、素早く逃げ回れば、捕まりっこない。
戦闘能力で帝国海軍に勝てることはなかったとしても、永延に逃げつづけることは可能だ。
しかし、それはコストがかかりそうだな。
食料や、ランプの油……外洋を船で走るのだから、それなりの資源が無ければ、その逃避行は継続出来そうにない。調理にだって、薪ぐらい使うが、海上では確保しにくいな。あと、水もそうだよ。出費がかさみそうだ―――。
では、そのコストを補うために、海賊行為の回数も増えているのかもしれないな。あるいは、ただの生業として海賊行為を選ぶ、ならず者なだけかもしれないが。
「なるほど、有能だ。だが、その組織哲学には問題があるぜ。犯罪性が高いんだろ?」
「……そうですね、彼らは犯罪集団。ハイランド王国の北部の海上で、海賊行為を働いているのは、彼らです」
「ほう、ハント大佐が以前から戦っている連中ってのは、そいつらかよ」
大佐とは、犬猿の仲かもしれんな。だが、強くて、帝国が嫌いなら……最高の武装集団でもある。こっちの目的には、当てはまるぞ。
だが……その志は―――。
「それで、ロロカ姉さま。その連中は残虐なのか?……そこは、重要なポイントだぞ。ムダな人死にを好む集団は、許容するわけにはいけない!『白虎』を作るわけにはいかないぞ!」
正論だよ。高い倫理観を持った組織でなければ……オレたちの『正義』は託せない。『私掠船免状』とは、『略奪のフリーパス』だからな。この免状には我々の『自由同盟』から、様々な『特典』がついてくる。
武器を提供するし、人員も援助する……『自由同盟』に所属する港で、補給も行えるようになるのさ。それに、略奪品を取り締まることもなく、市場に売り払えるようになるのだ。くくく、かなりの稼ぎになるぞ。
……それだけに、注意が必要だ。
もしも、職業倫理なく欲深いクズ野郎が、この特権を手にすれば?
『標的』として海賊行為が許される『帝国商船』以外も、欲望のまま襲うに決まっている。そして、その略奪品を『自由同盟』の市場で金に換えて、富を築いていくだろう。
国家が『力』を委任する相手には、実力だけでなく、高度な倫理観が必要とされるというわけさ。オレは、意外と重要なお仕事を任されているぞ―――まあ、悪く言えば、責任をなすりつけられてもいる。
オレが選んだ海賊が、クズだったら?
オレが責任もって、『処分』することになるんだろうな。
……いいさ。クズを殺すのは別に嫌いじゃないからね。自分がいい人間になっていくような危ない気持ち良さがあるんだ。
だが、オレたちは欲しいんだ。
海賊の皮をかぶった、『自由同盟』の……『海軍』がな。
さあて。ロロカ先生はリエルの質問に答えるため、クラリス陛下から送られたと思しき、辞典のように分厚い資料集を速読している。
うん……スゴいよね?賢い人たちの頭って、どうなっているのか。アレで読めているし、理解もしているし、同時に分析してもいるんだぜ。
……一度、天才たちの頭脳を体感してみたいものだよ。
きっと、今のオレには見えていない世界が見えてくるのだろうが―――お。ロロカ先生が、書類を両脚の上に置いたぞ。
「……ふう。リエル。どうにか質問に答えられそうです」
「おお!あんなに分厚い書類を、もう読み終えたのか。さすが、私のロロカ姉さまだ!」
リエルがロロカ先生の知性に感動している。うん。だよね、オレたちアホの民には、先生の知性が、夜空の浮かぶ満月みたいに素敵に見えるんだよ。人類に知恵を与えた女神さまのよう思える。
さて、知恵の女神ロロカ先生が、コホンと咳払いをした。オレとリエルは集中して、彼女の唇が語る言葉に耳を傾けるんだ。まるで何かの信者みたいに。
「……えー、ただの事実としてですが。『彼ら』は、それほど多くは殺さないようです。抵抗しなければ、捕らえるだけ。その後、人質にして、身代金次第では解放していく。それが例え、帝国人であろうとも」
「ふーむ。では、プロの犯罪集団というわけだな。その連中、『善人』とは、とても言えないぞ?」
リエル・ハーヴェルは間違いなく、『白虎』を連想しているだろうな。あのクズどもは、リエルの世界観に刻まれている『悪は許さぬ』という哲学に、さらなる深みを与えただろう。
いいことだ、正義。それを失ったとき、オレたちもただの殺戮者に成り果てる。オレたち『パンジャール猟兵団』は、ルード王国の大きな協力を得て動いている。もしも、オレたちが悪を成そうと企てたなら……世界の100%を敵に回す。
何よりも、自分と自分の『家族』がクズになるのは、絶対にイヤだね。オレは、誇り高い竜騎士でいたいんだ。自分と『家族』のためにもね。
「―――ええ。そうですね。彼らも、『リバイアサン/海の怪物』と自称するあたり、自分たちを善良だとは思っていないのでしょう」
「くくく!……有能だが、邪悪と来たか」
「端的に言えば、そうです」
なるほどね。つまり、正義の組織哲学と、洗練された実力を併せ持つ、オレたちに都合のいい『海軍候補』の海賊さんはいないらしい。
まあ、世の中ってのは、そう都合良くは動かないものだよな。
「さーて。『無力なレジスタンス』と、『ガチの海賊』かよ……」
「ソルジェさん」
「なんだ、ロロカ?」
「今回の旅の目的は、『私掠船』として機能する集団を構築することです。『強さ』は、必須です」
ふむ。悪をも許容する覚悟がいるか……。
すまんな、ロロカ。悪党みたいな言葉を口にさせている。うん、分かっているさ。オレが感情に流されて、全てを壊してしまわないように、彼女は釘を刺してくれている。さすがは、オレの妻であり―――副官だ。
そうだ。
オレたちが求めているのは、帝国の沿岸部にある商業都市を襲う実力がある連中だ。あの『アイリス・パナージュ・ルート』に書かれてあったようにな。
都市部の防衛隊を破壊し、帝国の都市を破壊し……そちらへ兵力を誘導する。オレたち5%を攻撃してくる帝国の侵略師団。連中へのエリート戦士の加入を妨害するための作戦だ。
故郷が焼かれると思えば、故郷を守ろうと、エリートたちは地元に残るじゃないか?
地元もエリート戦士を外に出したくないと引き留めるのに必死になる。侵略師団にエリート戦士が来なければ?たった5%のオレたちにも、勝ち目が出てくるというヤツだよ。
風が吹けば桶屋が儲かるみたいなハナシだが……ヒトの集団心理を採用しているトコロが気に入っている。ヒトは、誰しも己が大事で、己を守ろうと必死になる。海賊に焼かれる街の噂を聞けば?
己の街を守ろうとする集団の意志は必ずや強まる。『不安』を集団に与えることで、『不安』を知った集団は、自分たちを守ろうと必死にさせるってことだよ。きっと、エリート戦士と街一番の美少女を結婚させたがる、世話焼きなオバサンが増えるだろうさ―――。
いい傾向だ。
街の連中が、皆で必死になって、エリート戦士をオレたちの国に送るのを妨害してくれるようになる。
あるいは、ムダに兵力を増強しようとして、道場が凡夫であふれ、街の道場主は金儲けに必死で連中を教えれば教えるほどに……エリート戦士への教育時間が減るんだよ。
努力がムダとは言わないが、小男の剣士では、大男の剣士のように一つの戦場で二十人殺すほどの力は、まず期待できない。万に一つの例外もいるが、そいつらはムシしていい。あまりに少ない数だからだ。
才能ある者に、適切かつ十分な教育を施してこそ、戦場で凶悪な実力は発揮できる本物の豪傑が生まれるのさ。そのエリート枠の弱体化も期待が出来るってんだ。ホント、いい意味で悪趣味なパッケージだと思うぜ、さすがはアイリス『お姉さん』さ。
それらが帝国の都市に流行っていけば?……侵略師団のエリート戦士が減り、その水準は、必ずや劣化するはずだ。あとは、5%の『個』の力で……『数』を淘汰してやるぜ。
そのためにも。
『威力のある海賊』が必要だ。帝国全土に、恐怖を響かせるほどの悪党がな。
オレたちのサポートがあれば、継続的に帝国領を襲撃出来る、それだけの強さを持った海の蛮族どもがいるんだよ。まあ、海の知性派集団でもいいけれど、おそらくバカが多いとオレは考える。
間違っているかな?
いいや、きっと、海賊なんてバカで下品な連中ばかりだろ。
「ふーむ。じゃあ、ロロカ姉さまは、『リバイアサン』推しなのだな?」
「ええ。作戦実行能力を考えると、彼らは逃しがたい戦力です。もちろん、御しやすいかどうかは、その、読めませんけれど……」
たしかに、ガチのアウトローだ。法律の下に招かれることを喜ぶとも思えないな。だが、悪党は合理的にモノを考えるはず―――何しろ、海賊団の経営者として、補給の加護を受けられるようになるのは、死ぬほど助かる。
貧乏すぎたり、過酷な労働条件に耐えかねると……反乱が起きて、部下が経営者を殺すかもしれないからな。
「交渉次第では、『リバイアサン』も仲間に出来るさ」
「そ、そうですね。あきらめるのは、早計ですね……それに。『リバイアサン』と『ブラック・バート』。そのどちらともに『私掠船免状』を渡せるのが最良ですから」
「……ああ。たしかに。それはそうだ。仲間は多いにこしたことはねえよ。だが……『どちらから交渉するのか』は、肝心なところだな」
「はい。相手よりも『後』の交渉では、自分たちが『下』に見られたと判断するかもしれません」
「そんなことで、怒るのか、海賊とやらは?」
リエルは唇を尖らせる。
「ああ。アウトローってのは、『器が小さい』っていう共通の特徴があるからな。犯罪者ってのは、おおむね劣等感に苛まれている。本物のクズだからな。軽んじられることを、嫌う者も多い」
常日頃から軽んじられているからこそ、より軽んじられるワケにはいかないのさ。惨め過ぎる気持ちになるからね。
「なるほどな。王者とは真逆の、卑賤なる存在どもだ」
ククク!森のエルフのお姫さまは、本当に気高いよ。
「とはいえ……どんな人物が指導者なのかにもよるだろうな。海賊の頭どもの反応だ。そいつらは、怒るかもしれないし、怒らないかもしれない……まあ、不透明だ」
「はい。これ以上の思索はムダです。とにかく、まずは現地に潜入いたしましょう。クラリス陛下から、現地の『協力者』に推薦されている人物がいますので、合流を最優先に!」
「『協力者』か……どんなヤツだろうな」
……なんだか、アイリス『お姉さん』の『家族』じゃないかと疑いたくなるね。彼女の『家族』は多そうだし。
「……ええと、資料によるとですが。少し、変わった経歴の持ち主のようですね」
「どんな『変人』なのだ?」
リエルはストレートだ。オレはあそこまでは、素直な言葉を吐けないね。社交辞令も覚えた方が、世の中は生きやすいと思うんだがねえ……。
「それが、『変人』というか……不思議な人物みたいですね。えーと、『片腕の彫刻家』みたいですよ?」
「片腕で、彫刻を刻むのか……うむー。なんとも苦労していそうな御仁だなぁ」
翡翠色の目を細めて、カツサンドに噛みつきながら、うちの弓姫殿は『片腕の彫刻家』の人生をあわれんでいた。もぐもぐしながら、空を遠い目で見ていたよ。
「……ああ。ホント、尖った人生を歩んでそうだ。だが、なんかユニークなヤツだな!会いたくなってきたぞ」
「とにかく、港町『トーポ』にお住まいのようです。そこで、彼に会いましょう、『セルバー・レパント』氏に」
「よし。作戦は決まった。半島のつけ根にある『トーポ』、そこに向かい……その人物からハナシを聞こう」
「うむ!」
「はい!」
よーし。それじゃあ、水筒に入ったカブのスープで胃袋を癒やしたら、すぐさまにでもゼファーに乗って出発というこじゃないか。その、名前からして地味な『トーポ』とやらに。
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