第一話 『海賊どもは、拳闘の美学に酔いしれて』 その2


 オレは『ベヒーモスの帯』の留め金に、魔力を送る。すると、『帯』が緩み、ユニコーンがゼファーの腹から解放されるという仕組みさ。3メートルほどの高さを、その魔法の馬が飛び降りた。


 ああ、もちろん脚は折れないさ。


ユニコーンは特別な生命だからな。15メートルの高さから落下しても、彼女たちは傷つくこともない。だから余裕で崖を走って降りることも可能さ。ああ、フツーではない、高度な錬金術が創った、そういう生命体なのだ―――。


 さて。この『帯』は、ギンドウ・アーヴィングが製作し、ザクロアに保管してあったアイテムである。


 材料の『ベヒーモスの皮革』は、あの静かなるインテリ、オットー・ノーランがドワーフたちの国、グラーセス王国から運ばせたものになる。ザクロアでの物語を、シャーロン・ドーチェからのフクロウ便で、オットーは知っていたよ。


 ああ、シャーロンはルード王国でクラリス陛下を護衛しているが、それだけじゃない。オレたち全員の情報を管理している。オレたちについて、知らないことはないだろう。『ルードのキツネ/パナージュの一族』として、『全て』を語ることはないだろうが、オレは気にしない。


 立場上の秘密が、絆を脆くさせるとは思わないよ。ヒトにはヒトの生きざまがある。それを全うすることで、お互いを尊重して生きていけるんだ。


 シャーロンは嘘つきで、疫病神にも思えることがあるが―――アレで、なかなかいいヤツだよ?


 オレたちの旅が少しでも楽になるように、クラリス陛下の護衛をしつつも、変な歌を世界中に発信している。オレたちの歌だ。酒場で、反・帝国主義者たちが、その武勇伝を歌い、勇気を得る。帝国人には、恐怖となって、戦意を削ぐのさ。


 酔っ払いの歌は世界中に広まるからね?


 ククク!ホント、うるせえし、意外と耳に残るんだよな、コイツがよお。


 ゆっくりと、じわじわとオレの名が上がっているのも、シャーロンの策だ。5%の仲間たちに『勇気』を、95%の敵に『恐怖』を与える。オレの旅が楽になるように、配慮してくれているのさ。


 5%の地では、サポートを受けられやすくなるだろうし、95%の地では、『黒髪と両目に化ける』ことで、敵地への侵入が容易くなるんだよ。


 『炎のような赤毛、片目の大男』。その特徴的な外見が有名になるほど、黒髪で両目がそろったオレを、オレとは思わないだろ。


 まあ、情報戦のプロとしても、我らが吟遊詩人どのは頑張ってくれている。そして、彼はあの賢しい頭と、よく聞こえる耳を使って、『パンジャール猟兵団』の全ての情報を網羅してくれている。


 そして……ルードのスパイ・ルートが収集して来た情報を、選別し、オレたちに与えてくれるのも、ヤツの大事な役目だよ。


 『全て』は教えてくれない。


 だが、それでいいのさ。


 ていうか……そうじゃないと、むしろ困るよ。


 だって、与えられる情報があまりに多くても、オレの頭は処理しきれないぜ。


 そもそも、オレの体は一つだけだからな。知ったところで、やれるコトは一つだ。いらないことを知れば、迷い苦しむし、集中力を削がれてしまう。仕事でミスりやすくなる。だから、最低限を提供してくれる現状が一番だよ。


 これも男の友情の証さ。


 信頼しているよ、我が友よ。お前は災いを招く男だが、意味のない災いは……ああ、たまにあるが、許容出来る範囲の冒険だ。ヒドラの巣に入ってしまったときは、オレは楽しかった。でも、猟兵女子ズは、いまだに許してないらしい。


 たしかにヤツは変人だが、とんでもなく有能だ。


 シャーロン・ドーチェという猟兵は、オレたち全員の『限界』を見極めつつ、情報も仕事量もマネジメントしてくれている。ルード会戦からこっち、ヤツのミスは一度だって無いな。フクロウ便の手配もヤツの仕事だが、最高のタイミングだ。


 間違いない。かなりの情報網を活用してくれているのだろう。『ルードのキツネ/パナージュ一族』の一人として、持っている力をオレたちの旅に注いでくれているのさ……。


 おかげさまで、このクソみたいな乱世において、異常なほどの危険に満ちた旅と仕事をしているのに、生きている。これは、個々の実力だけじゃない。全員の結束ゆえの結果だよ。


 まあ。シャーロンはいいさ。ヤツを褒めると気分が悪い。悪友を褒めすぎると、なんか、そいつが死んじまったような気がして、怖くなるんだよな―――だから、もう褒めるの止めた。


 さあて、今は、この帯について語りたいよ。


 オットー・ノーラン。


 彼はザクロアでの、『白夜』の運用を聞いていたのさ。シャーロンからな。『白夜』は馬の数倍は速く大地を駆けることが可能だが、どうしたってゼファーよりは遅い。


 両者を同時に運用したいときでも、その移動速度の差が連携を妨げている。だから、それを克服すべきアイデアを、オットーは、あの賢い頭のどこかで考えていたのさ。


 そして、シャナン王から『高級な魔牛の皮革』をプレゼントされたとき、彼は気がついていた。『これ』ならば、切れることはなく、馬ぐらいは容易く支えきれる『帯』が作れるということにね?


 シンプルだと?


 思いつけることじゃない。馬を竜で運ぶとか、フツーは考えないと思うぞ。何よりも、そんなコトを可能にする『素材』を見つけられることがスゴいのさ。


 その素晴らしいアイデアと『素材』を見つけたオットー・ノーランは、それをユニコーンの商隊へと託したわけさ。そして、ユニコーンたちは素早くザクロアへと運び込んでくれた。


 あとはザクロアで『爆薬』を作りまくっていた、ギンドウは、たったの十五分ほどでコレを仕上げたらしい。


 早い?


 ああ、早いな。もちろん、前もってアイデアをフクロウ便で伝えていたんだよ、オットー・ノーランはね。


 だから、材料が届く前に、ギンドウは頭のなかに設計図は出来ていたらしい。アレはアレで天才なのだ。確実に病的な変人なんだけどね。


 ギンドウが夢見る、空を飛ぶ機械は、あまりにも荒唐無稽すぎるから。ヤツが生きているあいだには、おそらく発明できないとは思うのだが……。


 きっと、他のアイデアならば、たいていは形にしてしまうのではないだろうか、あのギンドウ・アーヴィングという青年は。たとえ、空は飛べなくとも、『発明王』にはなれそうなんだがなあ……。


 まあ。何が言いたいかというとさ。オレたち『パンジャール猟兵団』は、いつも手が触れ合う距離にいられるわけじゃない。


 だが、それでも色々と支え合いながら生きているんだよ、この圧倒的に不利で、とんでもなく過酷な人生をね。


 この『豪華なお弁当』も、我が第三夫人、カミラ・ブリーズの尽力によるものだよ。おかげで、オレたちは昼食の心配もしなくていい。昨夜の残りを、彼女がしっかりと詰めてくれている。もちろん、新たに作った品物もね。


 彼女らしく、栄養管理も十分だ。野菜がしっかりと入っているからな!


 彼女は自分の高熱を悟り、おそらく、自分が旅立てないことに気づいた。かなり早朝のことだろう。死ぬほど口惜しかったはずさ。でも、だからこそ我々の負担を減らして、我々が仕事に手中出来るようにと、ムリしてでも朝食も用意し、この昼食も作った。


 それは、どこか自虐的なまでの献身だよ。


 うん、100%正しい行いとは、オレだって断言はできない。


 でも……おかげで我々は休息し、こうして昼食も口に出来るんだ。朝食を作るための時間も、削減できた。一人が犠牲になり、全員に『時間』を与えたんだよ。高熱にうだる体を酷使してな。


 それを、オレは夫として誇りに思うさ。


 100%の正しさはないだろう、でも……オレは彼女の献身的な性格が大好きだ。


 くくく、色々なところに、『家族』が息づいているな。


 どうだい、なかなか素晴らしいチーム・ワークだろ?


 オレたち『パンジャール猟兵団』は、色々とつながっていられる。だからこそ、巨大な敵にも勝てるんだよ。だからこそ、あきらめずに、『未来』を目指して走っていられる。


 さて。


 今は、昼食だな。


 そして、ミーティングの時間でもある。上空にいるとき、オレたちは冷たい外気を吸わないようにするため、口を閉じていたからな。オレたちの体内に風邪の原因が入り込んでいる可能性がある。ノドを冷やすことは選べないんだよ。


 だから、この時間はミーティングに使うのさ。


 ……昼食を喰らいながら、オレたちは情報を確認していった。ロロカ先生は、矢でも防げそうなほどに分厚い書類の束を、革袋から取り出していた。風で飛ばされることはないように、紐でとじられているから屋外でも安心さ。


 食事として、お行儀は悪いが……プロフェッショナルのランチなんて、どこも仕事とメシが半々だろうよ?


 当然だが、今回の任務は、副官としてオレの第二夫人である、ロロカ・シャーネルが参加する。


 うむ。やはり、賢い人物が相談役としてついてくれているのはいい。考えなくてはならないことを、減らせるからな。思考は時間も集中力も使う、有限の力だ。有効に活用しなくてはいけない―――。


 正直、『前回』が異常すぎたのだ。


 クラリス陛下の『どうにかしてきて下さい』という命令、それに『副官ナシ』。ガチに賢い連中からすれば、猿にも等しいオレの知恵を、皆で操ってくれたのさ。オレの取った行動は、シャーロン、クラリス陛下、そしてアイリス・パナージュにコントロールされていた。


 オレはあの暴力的な王国で、会うべきヒトに会い、殺すべき敵を殺した。


 何も知らないまま現地に行き、複雑怪奇な状況で踊らされながらも、結果を出したよ。


 もしも、オレが失敗したり戦死したときは……ルード王国の『反帝国政権を樹立させる』という野心は、永遠の秘密に守られたんじゃないか?……そして、ルード王国が、帝国とハイランド王国に侵攻されるという、バッドエンドは回避された。


 くくく!最高!!やっぱり、クラリス陛下ってば、世界トップクラスにクールだ!!ほんと、惚れなおしちまうよ……。


 ……さーて、思い出し笑いは、ほどほどにして、ロロカ先生の言葉を聞こうじゃないか?


 ロロカ先生は、その書類をパラパラとめくり、コホンと咳払いをして語り始める。


「―――現状、アリューバ半島の武装勢力は、主に二つに分かれて活動しています」


 そう言いながら、ロロカ先生の指が、弁当箱のあいだに広げられた地図を示す。


 うむ。どこか三角定規に似た形をした、『アリューバ半島』さんがあるな。大陸の本体から、北東に向けて突き出たような三日月のように湾曲している半島……それが、オレたちの目的地だ。


「ロロカ姉さま、どのような連中なのだ、その二つのならず者どもは」


 リエル・ハーヴェルの口は、他人の評価に関しては真実専用だ。ほんと、クール。彼女の言葉は矢のように射抜くよ、事実をね。そうだ、『海賊』だぜ?……そんな連中は基本的に、『ならず者』である。


「二つ。弱者と強者です」


「いい分け方だな。で、その連中の組織は、どういった精神で行動しているんだ?」


「一つは、あくまでも帝国軍を倒し、どうにかアリューバ半島を取り戻そうとするグループですね。かつてのアリューバ都市同盟をまとめていた、貴族や騎士階級の人々が中心です」


「おお。そいつらは正統派って、カンジの連中だな!なんだか、組織哲学はマトモだし。レジスタンスってわけかよ!」


 正直、好感が持てる海賊さんじゃないかね?


 まあ、問題は、腕前だが―――。


「ええ。まさにレジスタンスです。彼ら『ブラック・バート』の拠点は、半島の北側にあります……なんというか、リエルのように率直に言えば、僻地です」


「ふむ。地図で見るだけで分かるレベルの『ド田舎』だぞ!崖と山に囲まれた、何もない土地だ。だからこそ、『襲われるほどの価値もない』のだな!」


「そうですね。戦略的に価値が無いからこそ、帝国海軍にも捨て置かれている。戦力の評価を考えれば……脅威ですらない」


 ……なんか、正統派のレジスタンスの『ブラック・バート』さんたちが聞いていたら、泣いちゃいそうだよ。言い訳しにくいガチなダメ出しだぜ……っ。でも、まあ、それが現実だ。


 『重要じゃないから、見逃してもらえている』……うん、この連中はマジメだが、その能力は冴えなさそうだな。


 もしも脅威となるほどの力を秘めていたら?


 きっと、とっくの昔に殲滅されている。連中の拠点は、古びた軍事砦だな。この地図には、『朽ちた砦』とかかれている。


 おそらく、その基地が彼らにとって最後の拠点。故国とのつながりを示す、絆の場所。ゆえに、放棄できない。結束と大義が崩れるからな……この連中は、故国を再興するための集団。故国とのつながりを放棄した日が、解散の日だと分かっているのだろう。


 だが、軍事的には不利すぎる制約だよ。『隠れ家に縛られている連中』を、帝国海軍が殲滅しないのは、出来ないのではなく、する必要がないからさ。


 実力のほどがうかがえる。


 この地図一枚と、ほんの数回の会話だけでもな……いい地図だ。辛辣にして、分かりやすい現実が記されている。『ブラック・バート』よ。祖国再興のために奮戦して欲しいが、その実情は、よくいるゲリラたちと同じく……滅びる寸前といったところか。


 哲学は素晴らしい。


 だが、それが強き軍団に備わっているかは、ハナシが別なのだ。悲しいかな、理想を体現出来る人物は、とても少ないものさ。


「……それで、ロロカよ。もう一つとは、どんな、ならず者だ?……そちらの方が、イヤな予感はするが―――」


 ―――しかし、『暴力の性能』というコトに関しては、期待が持てそうだぞ。


 そっちの方が、『強い』んだよな?肝心なことだ、帝国と戦をするにあたってはな。


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