第一話 『海賊どもは、拳闘の美学に酔いしれて』 その1


「いってらっしゃああああああああああああああああいいいいいッッ!!」


 ミアの全力の応援が風に融けて、ゼファーの翼に力を与える。オレたちは、空へと帰還するのさ。ゼファーの背には、オレとリエル、そして一番後ろにロロカ先生がいる。


 そうだ、想像の範囲内かな?


 だが、今日は、今までとは異なるものが一つだけある。


 そうさ、ゼファーが装備した黒ミスリルの鎧から、太い鎖と頑丈なベヒーモスの皮で作られた帯がぶら下がり、その革製品は、なんと!ユニコーンの『白夜』を吊り下げているのだッ!!


 くくく、二匹の魔獣のあいだに培われた絆が……こうして、形となったのさ。


 竜の腹から、ぶら下がるユニコーン。


 ふむ。オレたちは、不思議な集団に見えるかもしれないが……コレは、戦略的な合理性に裏打ちされた、我らが『パンジャール猟兵団』の結束の証である!


「……あの。ゼファー、重くないですか?」


 ロロカ先生が質問をしていた。ゼファーが返事するよ。


『だいじょうぶー。ぜんぜん、へっちゃらー』


「そ、そうですか。あまりにも重たくて疲れたら、行って下さいね?」


『うん。でも、だいじょうぶ。とれーにんぐにも、なる』


 そうだ。向上心に豊かなゼファーは、この過酷な飛翔運動も、ストレスとは思っていないのさ。むしろ、歓びをもって受け入れている……そうだ。それが、若い雄の習性でもあるよ。


 男は、『強さ』を求める。世界を、己の願いのままに変えられるほどの力を、誰しもが求めるもんだよ。弱いことに、価値を見つけられない……そういう傲慢な男たちがいてね。オレやゼファーは間違いなく、そのカテゴリーに分類されているのさ。


 強くなるための試練ならば?


 それは、苦痛などではない。


 明日、今より強い自分がいると確信出来るから、そのトレーニングを楽しめる!!


 ああ、見るがいい。我が漆黒の翼を!!


 間違いなく、一回りは巨大化しているぞ?


 オレは『ドージェ』だ。ゼファーの『父親』だ。だから、もちろん知っている。ハイランド王国で、ゼファーが夜な夜な、原初の森林で『狩り』を楽しんでいたことを。


 あの危険な森のバケモノどもと、戦い、殺し、喰らった。


 得たのは栄養と傷だけではない。


 バケモノどもの『動き』、『戦い方』、そして、その『骨格』。それらを戦い、喰らうことで理解して、巨大な獣というモノが、一体どう動くべきなのかを分析していったのさ。


 ゼファーは……いや、竜という存在はね、勝ち方だけを学ばないのさ。自分に負けた敗者の姿から、消すべき『弱さ』をも学習できる。


 人類とは、頭の出来が違うのさ。


 さて、そのゼファーの体は以前より大きくなっているが、コレについても面白い事実がある。じつは、竜とは、成長さえも己でコントロールする究極の獣なのだ。


 このザクロアの地での戦において、ゼファーが戦場で肉体を変化させたことを覚えているか?


 翼を『腕』に変化させたのさ。敵兵を薙ぎ払うためにね。


 どうして、あんなことが出来たのかというと、竜の『成長』について語りたい事実が出てくるな。竜の『成長』は、大きく分けて二つある。いわゆる『脱皮』によるものと、自分の意思による、肉体の『強制変異』だ。


 『脱皮』は、まあ、そこらの生物でも行っている。


 語るべきは『強制変異』の方さ。


 コイツはどういうことかというと?……竜は、己の意志によって、肉体の形状を自在に変化させることが出来るということだ。


 だから、ゼファーはある程度、形状を変えられるんだよ。もちろん、急速な変異は体に負担が大きいため、通常、頻繁に行うことはない。


 ザクロアでの戦では、上空に飛ぶことが制限されてしまったからな、だからゼファーは『地上戦専用の形態』を選んだというわけだ。まあ、アレはかなりの荒技だがね。やろうと思えば、いつでもやれる。その必要性があればね?


 竜とは、『知性により肉体の形状をコントロールしている生物だ』。


 とんでもないよなあ?


 だから。ゼファーの体が大きくなった理由はね、ただの肉体的な成長なんかじゃないのさ。知識と技巧の蓄積―――つまり、『経験値』に合わぬ成長を、彼らはすることはない。


 一段ずつ、ゆっくりと、しかし踏み外すことなく、確実に。『強さ』の階段を登り続けて、より強靱な肉体を、『設計』して変貌させて行くのだ。彼らは、己の肉体を究極の合理性と、過剰なまでの執拗さで、緻密に『組み立てている』んだよ。


 ゼファーのサイズアップとは、それまでのサイズで発揮出来たであろう能力を、全てマスターした証なのさ。だから、次の段階へと、己の意志で進み……肉体は、その意志を汲んで、サイズを大きくした。


 見れば分かるだろ?


 ほら、首だって、17センチは長くなっているじゃないか。おそらく、背骨の本数を一つ増やしたんだな。ああ、牙は上下で32本だったのに、34本に増えているし。


 くくく、成長を記録していく楽しみの多い仔だよ!!『ドージェ』は、感動して涙が出そうだよ……っ。


 とにかく、『経験値に基づき、最適の形へと変異する至高の戦闘生物』。


 それが竜である!!


 ……ゼファーは今、ユニコーンの友を運ぶことで、また一つ、その翼に負担を与え、その課題を克服しようと頭脳を活性化させているのだ。それら経験値を蓄積させ、さらなる強さの高みに至るための情報となる。


 そして、その経験値が一定以上に蓄積し、ゼファーの頭脳がこの課題を究極に理解したとき。竜の肉体は、より強さを受け入れるために、その形状を変えるのだ。三日後には、おそらく、またこの翼は大きくなっているはずだよ。


 ああ、うつくしい。どこまでも強さを愛する生き物だ……。


 もちろん。それは生物としてはクレイジーさを感じさせるよね?


 本来は、生物の『進化』とは、数十や数百の世代交代を経て発生していくものだ。『進化』というものは、本来、『先天的な突然変異』であり……『後天的な肉体の変異』など、異端中の異端である。


 仔が産まれたとき、親より違う形質を帯びていることが『進化』。


 通常の生物はそれでいい。だが、竜は……その『あまりにも進歩』を拒絶したんだよ。だから、一個体が、その人生のあいだにおいて、著しく変化すること取り入れた。


 なぜか?


 ただただ、『強く在るため』にだ。


 数千年か数万年かけて、数多の命のリレーを費やして行う『進化』を、己の闘争本能だけで発現させる。このあまりの『異端さ』が、理解してもらえるかな?


 そうだ。自然界での異端は……その種族に『災い』をもたらすことがある。


 この『強さへの欲求』ゆえに……『共食い』さえもしていった。


 自然界において竜は、竜を喰らい、強くなるんだよ。何故かと言えば、簡単だ。竜にとって、最も自分を強くさせるための経験値を持った存在とは、まちがいなく竜だ。


 ヒトでもそうじゃないか。


 武術でもスポーツでも勉学でも、何でもいい。その分野のコツを学ぼうとするとき、同じヒトであり、熟練した者から技巧を盗むだろ?殺して食うことは無いと思うが、熟練者の動きを『模倣』する。そうすることで効率化がはかれるからな。


 だから、竜も竜から学ぶ。


 言葉でも学ぶが―――最も手っ取り早いのは、戦闘能力にまつわる情報を極限まで回収出来る行い……つまり、最も激しい戦闘である、殺し合いだ。そして、殺した相手を喰らうことで、その血肉に満ちた経験値をも獲得する。


 どんな骨格構造なら、どれぐらい強いか、どんな血ならば、どれだけの魔力を発揮できるか。それらを識るために、野生の竜は、同族を喰らうんだよ。


 敗者からも強さを学べる竜だからこそ、相手を喰らうことに躊躇はないのさ……。


 ―――喰われた竜は、喰った竜の『翼』のなかに生きるのさ。


 アーレスが、どんどん減っていく竜について、幼きオレに語った言葉が、それだ。竜の文化は……共食いをも認めている。最強の生命とは……孤独になっていく定めでもあるのさ。


 最強とは、一つだけ。


 その最強に至ろうという本能が、戦いと競走を求めて……殺し合った。数が減った竜は、世界の片隅で暮らすようになっていった。種族として、あまりにも激しく、あまりにも強すぎるゆえの末路。


 そんな竜は、アーレスの祖は……あるとき、ストラウス家を認め、共に在ることを選んだ。オレの先祖が、アーレスの先祖に戦いを挑み、双方が生き残ったとき……竜は、新たな強さの『可能性』に触れた。


 孤独では至れぬ『最強』……それがあることに気づき、その『最強』を目指すためのパートナーとして、ストラウスの剣鬼を選んだ。以来、運命は、オレたちを呪うように、あるいは祝福するように縛り上げ、いつでも二つは一つであったのさ―――。


 ……フフフ。


 野生の竜よりもはるかに強く、しかも、竜が『家族』を作る?孤高であることでは得られぬ強さを……ガルーナの竜は見つけたのさ。


 ああ!オレも、竜を増やしたい!!世界の空は、あまりにも竜が足りないからな!!


 まだまだ、子供のように思えるゼファーには、ちょっとだけ早いかも知れないが……本気でこの仔の結婚相手を探さなくてはならない日も来るだろうな。竜は、繁殖力が低いわけじゃない。耐久卵は千年だって眠れるとも、アーレスは語ったが……。


 これだけ、世界のあちこちを飛び回っていれば、そのうち、ゼファーの同類に出逢える日も来るだろう。願わくは、それがメスであり、ゼファーの好みに合う美しいウロコをしているといいんだが。


 そしたら、オレかゼファーが、『彼女』と一対一で戦って、勝利し……ストラウス家に迎え入れればいいんだよ。それで、完璧さ!!いつか、この世界の空のどこにでも、竜が群れて飛ぶ日が来ればいいな……。


 ガンダラに聞かせたら、『世界の終わりですな』と無表情で言われたけど?違うよ、うちの竜は、気のいいヤツらさ。人類ともフレンドリーに過ごしていくはずだって……?


 さて。


 竜のことを考えるのも、とりあえずは止めておこう。仕事中だからね?


 オレたちは、今、『東』を目指している。強い風に乗り、アリューバ半島のつけ根へと向かうんだ。あのロッジがある山を飛び立ってから、すでにいくつかの山を越えて、丘を越え……オレたちは昼前には、行程の85%を消化していたよ。


 ザクロア地域の最も東にある山を越えたあとで、オレたちは見晴らしのいい丘を見つけ、そこに着陸するのさ。


 何のためかだと?


 もちろん、ただの昼食のために決まっているじゃないか。



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