序章 『ザクロアの休日』 その7
朝が来る。うん、ザクロアのイエスズメは、相変わらず、よく鳴くな。ミアの寝相も相変わらず悪い。オレ、ミアの足の裏が、顔面に入っている。
寝てるあいだに蹴りを食らったのだろうか?
首が、わずかに痛い気がするが……問題ない。オレは、そのまま体を起こす。ミアの体が大きくズレるが、大丈夫そうだった。まだ、全然平気そうに眠っているよ。そのやわらかな体が動き、まるで猫さんみたいに丸まった。
「……まだ、ねむし」
オレのスイート・シスターがそう言うのだから、オレはその通りにする。ミアに布団をかけ直すよ。熱いかな?……まあ、寒いよりはいいだろう。熱くなったら、きっと、起きてくるだろうさ。
さて、オレはイエスズメの声を聴きながら、寝室を出て、廊下を歩く。
いい香りがした。
うん。朝食さ。トーストを焼くにおいが、オレの鼻をくすぐるよ。ニヤリとしてしまう。トーストだけじゃなく、ベーコンを焼く、雨音みたいな曲が聞こえるから。きっと、ベーコンとエッグ。それを載せるんだ、トーストに。
この趣味は分かるぜ。
素朴さが最高だもんな。
「あ。おはようございます、ソルジェさま!」
「ああ。おはよう、カミラ」
そうさ。オレの第三夫人のカミラちゃんだよ。彼女、早起きして、オレたち家族のために朝食を作ってくれていた。いいや、それだけじゃない。弁当も作ってくれているようだ。美味しい風が、キッチンから漂ってくるからな。
リビングに行くと、リエルとロロカ先生がいた。彼女たちもトーストを食べている。でも、まだ、眠そうな顔出し、髪には寝癖がちょっとついたままさ。だから、彼女たちも寝起き直後なんだろう。
「おはよう、ソルジェ……」
「おはようございます、ソルジェさん……」
「うん。おはよう、ふたりとも」
そう言いながら、オレは彼女らの隣のイスに座る。寝起きの無防備な猟兵女子を見るのも嫌いじゃない。ぼんやり顔のリエルも可愛いし、ぼけーっとドコを見ているのか分からないロロカ先生も、見ているだけで癒やされる。
「はい。ソルジェさま!」
「ああ、ありがとう、カミラ」
カミラが、オレの前にトーストを置いてくれた。うん、やはり、トースト上にはベーコン・エッグが乗っているよ。ニンマリと笑い、そいつにかじりつくのさ!
シンプルだが、最高に美味いよね?
しかも、厚切りベーコンと、卵が、栄養価を感じさせる。このトーストも、パンを大きめに切ってくれている。オレの好みに合わせてくれているのさ。そして、カミラはテキパキと働く、コーヒーと、サラダを置く。
オレとリエルとロロカ先生は、カミラの朝食を食べるんだ。オレは、あっという間にトーストを食べて、フォークにレタスを突き刺していく。サラダを先に食べた方が、体にはいいらしいが……まあ、いいさ。オレの歯が、新鮮な野菜をかじる。
しゃりしゃりしていい感じ。
うむ、さすがはカミラ。野菜の繊維を崩さずに、上手に切ってあるな。野菜への愛がなければ、もっと雑になりがちだよ。これなら、ミアもきっと喜んで食べるだろう。ごまドレッシングさえあればだが―――。
カミラは、オレたちの目の前を歩いて……そして、少し離れたソファーに座る。
ふむ。もうゴハンを食べたのかな…………あれ?
「……カミラ?」
「は、はい。なんですか、ソルジェさま……?」
「……お前、顔が、赤くないか……?」
そうさ。
まるで、オレたちの初めての夜みたいに、君は、なんだか顔が赤くて。それは、まるで照れているというか……いいや、それは、そうだ、君は、くしゃみをしていたな。
「もしかして、カミラよ、君は熱があるのか」
「……す、すみません。ソルジェさま……なんか、朝から……だるくて、『私』、吸血鬼っすから……バケモノっすから、そのうち、よくなるかなって、思っていたけど」
カミラが笑う。
とても強がりな笑みでな。
オレはイスから立ち上がり、彼女のそばに向かう。そばに向かうオレに、彼女はすまなさそうな顔でソファーから立ち上がろうとして、ふらりとその身を揺らしていたよ。オレは彼女を抱き止める。
そして、気づくんだ。
カミラの体が……かなり熱かった。だいぶ、熱がある。
「ソルジェ!ベッドに運べ!」
「ああ。ロロカ。氷室があったよな」
「はい。氷枕を作ります」
「……ごめんっす。すみませんっす。わたし……めいわくを」
「いいんだ。そんなことで謝るな」
オレはカミラを抱き上げる。そして、そのまま寝室まで運び、ベッドの上に寝かせるのさ。
カミラが……泣いていた。
熱が辛いんじゃない。
そうだ。彼女はそんなことで、口惜しがっているんじゃなかった。
「……すみません、ソルジェさま……っ」
「……あやまらなくていい。体調が悪い日ぐらい、誰にでもあるんだ」
「……で、でも、今日から……アリューバ半島に―――」
「―――カミラちゃん?」
ミアの声が聞こえたよ。隣の寝室から、異変に気がつき、起きてきたのさ。
「……あ。み、ミアちゃん。ダメっすよ。風邪が、うつるっす!」
「……風邪、引いちゃってたの……?」
「……そ、そうみたい。だから、入っちゃダメ。部屋に入ったら、ミアちゃんにまで風邪をうつしちゃうから―――」
だが。ミアは怯まなかった。
そのままタタタと早足で、カミラの側にやって来る。
ミアは悲しそうだよ。
そして……あやまるんだ。
「ご、ごめんね……そ、そーだよね。ゼファーの上で、あ、あんなに寒いって、言っていたのに……私、私……お風呂で、イタズラしちゃった。お風呂で、のぼせて……運んでもらって……こ、ココアだって……熱いのが、ダメだから……つめたいのを……氷室に……はいらせちゃって……」
「ちがうの、そうじゃない。ミアちゃんの、せいじゃない……『私』が、体調管理に失敗しただけのことだから……っ」
カミラが、泣きじゃくるミアの頭をなでる。
「さ、さあ。ミアちゃんまで風邪がうつると大変だから……今日から、アリューバ半島に行くんすから……?ねえ、ミアちゃん」
だが。ミアは責任を感じなのか、カミラから離れようとしなかった。
だから。
だから、オレは口にする。
「……カミラ。オレたち、一日だけ出発を遅らせて―――」
「―――それは、絶対にダメっす!!」
想像もしていなかった。カミラから拒否の言葉を聞く日が来るなんてな。
あのアメジスト色の瞳は強く、オレを射抜くように見ている。涙をも、その視線は貫いて、オレの心を見つめるんだよ。
「ソルジェさまは、とても大変で、とても大切なお仕事をしているっす!!……アリューバ半島の海賊を仲間にするなんて、そんなムチャなこと、ソルジェさまにしか出来ない!!だから、クラリス陛下は貴方に任せたんです!!」
「カミラ……」
「ルード王国も、守るっす!ジャスカたちのいるグラーセス王国も!!ハイランド王国も守る……それに、このザクロアも!!本当は、ほ、本当は、一日だって、ムダにしている時間はないっす!!帝国は、強いっすよ!!とても、大きい……地図を見れば、わかるっす!!ほとんどが、帝国の土地だもん!!」
そうだな。
この大陸の95%は帝国だ。その他の国家は、たった5%の範囲で、どうにこうにか生きているだけだよ。それは、もろく、はかない……オレたちに許された、小さな小さな領土に過ぎない。
「で、でも……ソルジェさまは……わ、私に……っ。ザクロアの温泉を見せたいって、だから……だから、時間を作って、ここまで連れてきてくれて……ッ。そ、それなのに、ほ、ほんと……す、すみません!!」
カミラはそう言って、しばらく咳き込んだ。
そして、鼻水をすすり、鼻を鳴らし、涙ぐんだ瞳で訴える。
「ソルジェさまは、止まっちゃダメですよ!!……ソルジェさまなら、どうにかして、いつも、どうにかして……たくさんのヒトを、助けられる……帝国にだって、勝てるから。だから……私を置いてでも、行って下さい!!」
「……カミラ。だが、君を一人には―――」
「―――大丈夫だよ。お兄ちゃん。カミラには、私がついててあげるんだから」
ミアが語る。
だが、カミラはそれを拒否しようとする。
「……だ、だめだよ。ミアちゃんまで抜けたら、戦力が……」
「ううん。カミラちゃんの体調を悪化させたの、私にも原因があるかもだし。それに、私はお兄ちゃんほど頑丈じゃない。あと、リエルみたいに風邪も引かないわけじゃない」
「ミアちゃん……」
ミアは、涙を拭いて、カミラの側に立ち上がるのさ。
「認めたくないけど、認めるよ。私、このメンバーの中で、一番ガキなんだ。だから、風邪を引きやすい。だから、カミラちゃんの風邪が、もう感染しているかもしれない」
「……そうだな。その可能性はある」
「だよね?……だから、この状態で、アリューバ半島にゼファーで飛べば、戦場で風邪を引いちゃうこともある。昔、それで、お兄ちゃんにもガルフおじいちゃんにも迷惑をかけた。アレは、二度としちゃダメ。だから、お兄ちゃん、私が残る」
さすがだ、ミア。
13才だが、お前は……いや、子供だからこそ、いつも上を向いている。最高のプロフェッショナルになろうと、いつも真剣だ。それゆえに、大人たちよりも、お前は真の猟兵の哲学を体現することが多い。
「ああ。見事な状況判断だ。カミラのことを、頼むぞ、ミア」
「うん。任せて!!リエルのクスリをぶち込んで、おかゆも炊いて、どうにか一日で回復させる。その後は、馬車を借りて、アリューバ半島に二人で向かう!!」
「わかった。任せた。そういうことだ、オレたちは、先行する」
それで、いいんだな?
オレは、たった5%だけで、95%を潰すために、戦う。
それが、君の願いなら。オレは振り返らずに行くよ。頼れる家族がいる。ミアが君を守る。だからこそ、安心して、オレは戦場に行ってくるよ。
カミラは。うなずいてくれるんだ。
「……はい。いってらっしゃい、ソルジェさま。すぐに、追いつきますから」
「ああ。待ってる。先に行っているぞ、カミラ」
そう言いながら、オレは夫の役目を果たすんだ。彼女にキスをしようとする。彼女は、注文をつけるのさ。自分のためじゃなく、オレのために。
「おでこに。唇だと、風邪をうつしてしまうかもしれませんから……っ」
「わかったよ」
そう言って、オレは彼女の熱を帯びたおでこにキスをする。うん。熱いね。でも、だいじょうぶさ。家族がそばにいる。安心して、治せ。祈りをささげるようなキスを終えて、オレはストラウス家の強さをまとったスマイルを浮かべる。
「……では、戦場で待っている」
「はい。『自分』も、すぐに行くっすから……もちろん、ミアちゃんといっしょに!!」
「……ああ。それと、約束してくれ。今後は……苦しいときは、すぐにオレたちに言え」
「そうだよ、カミラちゃん。いつもそばにいるヒトにはね、甘えたって、いいんだ」
「そうだ。それが、オレたち『家族』ってもんさ」
「……は、はい!!こ、今度から、もっと、ちゃんと……甘えますぅ……っ」
うん。甘えてくれよ。オレたちは、それを弱さとは呼ばない。結束、それこそが、弱者が強者に勝つための、唯一の力だ。
さあて、カミラよ。オレは、先に行くぞ!!
この世界に残った、たった5%を……絆でつなぐためになッ!!
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