第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その16
城攻めの基本はいくつかある。『城』とは守りが最も厳しく、王を守るために複雑な構造をしている場所だ。王の場所は秘密に隠されている。
そうなのだが……その王の場所を特定する簡単な方法があってな。どうしたって敵の守りが厳しい場所、そこを攻めれば王へとたどり着くことが多い。
なぜならば、敵は王を守ろうとするからさ。
複雑な構造をしていても、この守備のプランはどうにもならない。まさか王の守りを薄くするわけにもいかないしな……。
オレたちは敵の密度が高い場所を目指すよ、そこにシアン・ヴァティの魔力も感じる。
空中の回廊を走り抜け、シアンと『白虎』の群れが戦う場所へとたどり着いた。王がいるべき場所につづくと思われる、長く奥に深くて広い通路を見つけたよ。斬り殺された『白虎』が転がるその場所で、彼女は孤独に戦い続けている。
仲間のくせに彼女を一人にしている?それに罪悪感を覚えるかって?
いいや、覚えない。
だって、彼女はとても嬉しそうだから。ここの『白虎』は彼女を楽しませてくれる水準にはあったようだ。だが、多勢に無勢ではある。さすがに息が上がっていたな。リエルが叫んだよ。
「シアン姉さま!!」
声と共に、立ち止まり、素早く矢を放つ。二本同時にだ。王の威厳を見せつけるための広い空間……あるいは、フーレンの、『虎』の『機動力』を活かすために用意された、この空間は、リエルのような弓使いにも優位に働く。
シアンの背後を取ろうとしていた狡猾な『白虎』が二人、オレのリエルが放った矢により仕留められる。そこにいたのは、十数名の白虎……ちいさなホールと、その奥に伸びる、一段一段がベッドよりも広い四つの階段の上に……宝石と黄金で飾られた玉座がある。ここは、王の謁見が行われる場か。
とにかく、その謁見の間は戦場になっていたよ。
生きている『白虎』どもの多くが負傷しているな、シアンは、この広い空間を彼女だけに許された圧倒的なスピードと柔軟性で、駆け回りながら刃を振るったというわけか。『虎』同士の高速戦闘……シアン・ヴァティが圧倒的に有利だっただろう。
「よう。景気が良さそうだな」
「……まあな、なかなかに、楽しめたぞ」
シアンは恍惚とした表情になる。戦いを愛する彼女は、やはり戦場に君臨している時が最も美しいじゃないか。蠱惑的なまでの美貌を浮かべて、双刀の死神は舐めるような視線で獲物を見回していく。
「ああ、『虎』どもよ。楽しませてくれた……私は、とっくの昔に、この国をあきらめていたのかもしれない。風が吹く台地には、見知った古強者ばかり。広大な原初の森林は、庭のように知り尽くした……この国の強者は、すでに喰らい尽くしたと。あきらめ、外へと旅立った」
なるほど。シアンには、この剣士たちの国ですら、小さすぎたか。
彼女の闘争本能は、世界を旅し、あらゆる強者に牙を剥き、勝利を続けて―――オレと巡り会った。それからオレとつるんでくれていることは、満足な戦場を提供出来ているからか?
それとも、オレを殺すためにかね。
どちらでもいい。
オレは、君が好きだよ。どこまでも剣士な君の生きざまを、最も近くで見せつけられることで……オレも気合いが入るんだ。負けちゃいられないぞってね。
……ガルフが死んで、ゼファーと出逢えるまで……あの希望が失われていた暗い日々の中で、オレが最後まで堕落しなかったことは、きっと君の存在があったからでもある。剣士として失望させたら、君はオレを殺したはずだからな……。
武そのもののシアン・ヴァティが、戦士たちを今日も見つめていたよ。
「―――見直したぞ、『白虎』どもよ。よくぞ、ここまでの強さを保っていてくれた。堕落した生活でも、お前たちの技巧は薄らいでいない。よく、『須弥山』を継いでくれた、礼を言いたい」
『パンジャール猟兵団』の切り込み隊長さまは、故郷で育っていた戦士たちを褒めていた。『虎姫』……『虎』たちの頂点の一角として、君は、自分と同じく『須弥山』の系譜に連なる彼らが、水準を満たしていたことを喜んでいる。
だが……。
「―――だが、『我ら』がそろった。私と、『長』。そして、その女どもがな」
「下には、ジャンとギンドウもいるよ!!」
ミアが両手にナイフを構えながら、ストラウス系スマイルを浮かべる。お兄ちゃんと、よく似ているよね?オレも笑いながら……シアンの隣に並ぶように立つのさ。
リエルは弓に矢を番え、そのリエルを守るためにナイフを構えた副官三号アイリスと、素手の両手に『闇』の炎を揺らがせているカミラがいる。
「……『我ら』は、『パンジャール猟兵団』。『白虎』たちよ、死力を尽くせ」
それがシアン・ヴァティの命令だ。
『虎姫』はこれから死に行く『虎』たちに、全力を尽くし、命の全てを消費し、『虎』を全うしろと命じていたのさ。敵の全力をたいらげたい。それもあるが……『虎』たちに最高の死にざまを飾らせたいからだろう。
オレたちは、これから彼らを殲滅する。
『虎』は強いが、オレたちはそれを凌駕している。『須弥山』の技巧をシアンに見ていて、そして、実際、この野蛮な王国で『虎』たちとも戦った。『須弥山』を、すでに知ったオレたちは、『虎』の動きが手に取るように分かっている。
時間をかければ、ミアだけでも彼らを殲滅できるだろうさ。だが……オレたちには成すべきことが残っている。『白虎』を排除する―――それを成すためには、ここにいる幹部クラスを排除するだけでは足りない。
頂点にして、頭脳である支配者……アズー・ラーフマを殺さねば、この欲望と狂気で強く結ばれている組織は、滅びないだろう。そうさ、君らも、君らの『王』も、オレたちは殺すんだよ。
だから、せめて全力を見せてくれ。
君らの出来る、そして、オレたちに出来る。
最高の戦いをもって、『須弥山』の系譜に生きた君たちの終焉を飾るといい。勇気をもって殺されに来い。
シアン・ヴァティが、義務のように戦いを求めた理由が分かるか?
それは、まさに義務だからだ。
『須弥山』の長の一匹として、『須弥山』の仔らを、最も愛情をもって殺せるのは、シアン・ヴァティだからだよ。
『白虎』?マフィア?……君らは社会のクズだ。取るに足らない、軽い存在に過ぎない。歴史の汚点として、すぐに皆から忘れ去られる。
滅びた闇の死にざまは、あまりにもみじめなものさ。
あらゆる者たちから、軽んじられる。
だが。もしも、シアン・ヴァティに斬られたならば?
『須弥山』の伝説として歌われる、『虎姫』の物語の一部として、君たちは残るだろう。食い散らかされた無数の剣士たちの一つとなって、君らの故郷に永く伝わる『虎姫』の大いなる伝説に……抱かれるんだよ。
まるで、母性の物語さ。
血なまぐさいが、これは、シアン・ヴァティの、あまりにも軽い存在になる君たちへの愛情だ。彼女の双刀に斬られて、眠るがいい。剣聖に斬られた、悪鬼の群れの一つとして、歌へと至るがいい。
さて。
始めようか。
「……『長』よ、命じろ。お前の言葉が、要る」
「ああ。行くぞ!!『パンジャール猟兵団』!!敵を、殲滅しろッッ!!」
猟兵どもが風に化けるよ。
オレとシアンが並び、『白虎』どもに向かって走る。リエルの矢が放たれ、ミアがナイフを投げつける。アイリスの放つ炎の蛇が戦場を焼く……。
勇敢さと薬物使用で底上げされた狂気じみた実力で、『白虎』どもはオレたちへと襲いかかる。竜太刀に斬り殺され、双刀の剣舞に切り裂かれ、矢を胸に受け、ナイフが眉間に突き刺さり、炎に焼かれたとしても、止まらなかった。
だから。
殺戮の結界をすり抜けてきた速く小柄な双剣使いを、カミラの『闇』の拳が潰しにかかる。『闇』の拳はあまりにも速い。技巧をも超越したスピードと、未知の属性を帯びた魔力の牙が、交差された双剣の鋼が紡いだ守りを突き破る。
『闇』に身体を切られると、魔力をも消費させられ、一瞬で動けなくなる。意識も止まるよ……そうさ、吸血鬼は……オレたちヒトを捕食する存在。オレたちの愛すべき天敵だ。
邪悪ではない。
カミラはやさしいよ。君たちに、気味悪がられても……そのことに傷ついたとしても。君たちの物語を穢さぬように、全力をもって、殺しているんだ。それは、戦士にとって最高のリスペクト。オレは、彼女にそう教えてきたぞ。
カミラは後衛のエルフたちの前に出て、壁になる。それだからこそ、リエルは矢を放ちまくれるし、疲れ果てたアイリスは、一対一で、ただ一人の敵に集中することが出来た。
後ろを気にしなくてもいいから、オレとシアンとミアは、刃を合奏させることが出来るのだ。オレは『竜爪』を出して、『白虎』の手から双剣の一本をもぎ取る。二刀流へと化けるのさ。
二刀流でのストラウスの嵐。八連続の斬撃が、『白虎』の群れを圧倒する。その威圧で崩れた陣形に、オレたちはつけ込んでいくよ。
さっき、シアンが一人でやっていただろう、戦場を高速で駆け抜ける、そのスピードに君らは切り裂かれ、彼女を囲んで襲うことが出来なかった。唯一にして絶対の勝利の道。分かりきっていたはずのそれを、選べなかった。
あれよりも速い風が来るぞ。
ミアが疾風に化けて、加速する。オレの二刀流の剣舞は強いが粗雑、その隙を突こうとしてくる強者もいるが……それこそが誘いだよ。ミアは、低く走り抜け、その男の脚をナイフを切り裂く。動きが破綻した彼を、シアンの蹴りが頭を射抜く。
獲物の首の骨をへし折りながら、シアンは宙に舞う。しなやかだが、まるで無防備にすら映るそれ。そう無防備であり、誘いだよ。
万に一つしかない勝利を得たければ?死にたくなければ、飢えた猟犬のように、そのシアンを暗い殺すために跳びつかねばならない。
だからこそ……オレがいる。
シアンの飛翔に魅入られた君たちを、オレの二刀流が刻んで走る。
シアンが着地して、オレの二刀流を生き残る者へと襲いかかる。オレは襲いかかって来た大薙刀使いへ、左手に持っていた刀を投げつけた。薙刀が踊り、刀を弾く。そして、ミアに懐へ入られ、ノドを掻き切られるのさ。
右に左に、オレたちはそれぞれの背後や弱点に飛び込むようにして、舞踏を交差させながら、戦場を縦横無尽に切り裂いていく。オレたちは、お互いの攻撃の影からも飛び出すぞ?守りも攻めも一体に融け合う。
『個』を極めた『須弥山』では得られない、集団戦闘の極意の一つだ。走り、移動し、翻弄する。それだけで、オレたちの数は『増える』んだ。数的不利は消え去るよ、君たちに混沌を与えることで、鈍らせることでな。
そして、何よりオレたち猟兵は、『個』の力が圧倒的に強い。それらが群れを組み、完璧な連携を伴い、『白虎』を襲うんだ。シアンの見せた、戦場を制圧する走りが、今、その真髄を見せつける。
アレは、一人で多勢と戦うための孤独な剣ではないのだ。
本来は、このように、仲間で組むことで、敵の群れを深く混乱させながら、切り刻んでいく技だ。君らからすれば、パワー系のオレの大振りを防いだと思えば、スピード系のミアに仕留められる。
ミアを囲もうとすれば、シアンの手数に妨害され、オレの竜太刀が破壊していくよ。そして、その背中を狙う者には、ミアが襲いかかるんだ。パワー、スピード、テクニック。オレたちは交差して入れ替わることで、常にお互いの最高のパフォーマンスで君らを攻撃出来るというわけさ。
この戦術はね、勢いで押し込まれたら使いにくい。複雑なモノは脆いモノだから。だからこそ、リエルの矢と、アイリスの魔術が有効だったのさ。飛び道具で出鼻を挫かれれば、その勢いは削がれてしまう。
オレたち三人は、だからこそ、ここまでの完璧な連携で殺戮を行えたのだ。オレたちは六人で、この攻撃を組み上げたというわけさ。ああ、どうだ?刃の歌が、戦場に響く。融け合う殺意と技巧が、この威力となって顕現するよ―――。
「―――『アサルト・ミラージュ』……オレたち猟兵の祖、『ナンバー・0/ガルフ・コルテス』が、そう名付けた陣形技さ」
必勝法を問う者に与えられる魔法の金言、『敵に混乱を与えろ』。それを形にしたのがこの陣形技さ。背後にいた後衛チームは、『囮』でもある。リエルたちに襲いかかることで、『白虎』の群れは『縦』に伸びてしまい、その『密度』と突破力を分散させた。
薄まったトコロを、オレたちに襲われているわけだ。色々と作戦がつまった動きだってことだよ?……なかなか、楽しい。群れでの戦いとは、こういうモノを理想としているんだよ。
全てが混じり、融け合う。複雑さを感じさせない一体感は、信頼と経験に裏打ちされているのさ。一朝一夕では出来ない。アイリスが、理解力の高い女性で良かった。オレたちの戦いを何度か見ている、その経験も大きい。
オレたちはお互い裏切らず、そして強い。そこを信じてくれているから、初めての策でも役回りを演じてくれるのさ。策を崩さず、リエルという同じエルフ族に合わせてアクションとポジションを選んだ。さすがに賢い。
さて。物語にピリオドが打たれるぞ。シアンが最後の一人に近づいていく。全身を切り刻まれながら、その『白虎』は唯一動く左腕に、刀を持っている。あまりにも不利だが、麻薬で興奮を高めている彼は、闘志を失っていない―――いいや、失えない。
「……見事だ」
狂気を帯びたその行いに、オレたち猟兵が捧げるべき言葉を、『虎姫』は語った。強さのために、戦いのために、あらゆるモノを捧げる。倫理や、己の健康さえもね?……その破滅的な行いは、それでも力を底上げさせた。
ゆえに、シアン・ヴァティは褒めたのだ。『虎』として、その行いは、もちろん正しい。クスリを使って強くなれるのならば、使うがいい。オレたちの流儀ではないが、それが『白虎』の生きざまさ。
よくぞ戦い抜いた。だが、疲れ果てただろう?シアンの伝説に抱かれて、仲間たちと共に星の海に旅立つがいい。今夜は曇っているが、雲の上は、いつだって晴れている。
「す、すげーぜ……最高だよ、アンタ、最高に強かったよ、『虎姫』えええええッ!!」
罪深い『虎』がシアンに襲いかかる、身体が壊れている彼は、意志の強さに反して動きは遅い。それでも走り、刃を振り、躱されて―――シアンの慈悲が、心臓を二つの方向から貫いていた。
「―――さらばだ、戦士よ。いい死にざまだ」
その言葉を捧げながら、シアンの尻尾はゆっくりと波打つように揺れていた。彼女に抱きしめられるようにして、最後の『白虎』は心臓の鼓動を止めるのさ。
戦い抜いたその男は……いいや、この場所を赤く染めた『虎』たちの全てが、『虎姫』の伝説と融け合い、歌となるだろう。シアンは、鋼の牙を獲物から抜いて、やさしく死者をその場に寝かせた。オレを見る。言葉はいらない、行くだけさ。
殺すべきヤツを、殺すために。
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