第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その15


 ―――ジャン・レッドウッドは、二体の黒い『呪い尾』たちを見た。


 同じ呪われた存在だからか、赤茶色の巨狼は、彼女たちがヒトであったことに気づく。


 ジャンは哀れんだよ、子供を死なせる者たちが、どうして世界にはこうも多い?


 無力だからか……?抵抗できないから……?




 ―――そうだとしても、そんなことをするヤツを、許しておいてはいけないんだッ!!


 『おかあさん』!!あの子たちを、あの世に送るよッ!!


 だから……あの世で……あなたのたくさんの腕で……抱きしめてあげてッ!!


 僕は、この、歪められて、壊されてしまった彼女たちを、すぐに、楽にしてやるッ!!




 ―――ジャンが空中に跳んだ、巨狼と『呪い尾』の一体が、宙でぶつかる!!


 ジャンの砲弾のような跳躍は、『呪い尾』の腕に牙を命中させていたよ。


 噛みつきながら、身を捻り、ソルジェが惚れた大回廊の一カ所にぶつけていた。


 『呪い尾』は腕を噛む巨狼に、拳を叩き込んでくる。




 ―――痛いがガマンする、この二日の強行軍で体力は残ってはいないが、踏ん張るのさ。


 この子たちの叫びが聞こえるんです、僕じゃ、この子たちを助けられない。


 してあげられるのは、こうやって、噛み殺してやることだけです!!


 あとは、『おかあさん』、あなたが……助けてやってください……。




 ―――僕は、まだ、この子たちと一緒には、行けません。


 団長が創る『未来』、それを見届けるまでは、死ねない……ッ!?


 二匹目の『呪い尾』が、ジャンの背に飛びついていた。


 ジャンの体をその巨大な拳で、ガンガン殴る。




 ―――もしも、一対一で、体調が万全なら?


 もうすでに『呪い尾』を噛み殺していたはずだけど、敵は二体いたんだよ。


 『ジャン先輩』を、援護するんだ!!


 ピエトロの言葉に従い、ジャンにのし掛かっていた『呪い尾』に矢が刺さる。




 ―――無数の矢が『呪い尾』に刺さり、痛みにあえいだ『呪い尾』が、跳んだ。


 猿のように、空中回廊を伝って走り、ピエトロの前に降り立った。


 ピエトロは勇気があるから、怯まず矢を放つ!!


 眉間に刺さったが……『呪い尾』の骨格は、それでは崩せない。




 ―――逃げられる間合いでないから、殺すことに賭けた。


 それなのに……僕ってば……。


 イーライが死の危険に晒された息子に気づき、走りながら矢を射る。


 矢は『呪い尾』の頭に刺さるが、『呪い尾』は笑う。




 ―――拳が振り上げられて、ピエトロ目掛けて、それは迫る。


 ……ピエトロは、ルードに行った、シスターを思い出していた。


 ああ、死ぬ前に、キスぐらいしてみたかったなあ。


 拳が迫る、次の矢を射るために体を動かしているが、間に合いそうになかった。




 ―――でも、ジャンは間に合った。


 『呪い尾』にボコボコにされた体で矢のように速く跳び、『呪い尾』を吹き飛ばした。


 そのまま、壁に衝突した『呪い尾』に、噛みついていく。


 その腹を、大きく噛み千切ってやったよ!!




 ―――でも、もう一匹の『呪い尾』に、復讐される。


 またガンガン拳を叩き込まれるよ、肋骨が何本もへし折られ、血反吐を吐いていた。


 ジャン先輩ッ!!ピエトロとイーライが並び、『呪い尾』の背に矢を突き立てていく。


 だが、『呪い尾』は止まらない、狂ったようにジャンを叩くんだ。




 ―――ジャンの戦い方に、幅は無いんだよね。


 それが、団最弱と呼ばれてしまう原因でもあるよ……そうさ、犬と同じ形だもん。


 牙で噛みつきどうにかするしかない、スピードもパワーもあるけど、技巧がない。


 フィジカル勝負だからね、対人間ならともかく『呪い尾』二体は厳しいよ。




 ―――でも、疲れていなければ、勝てる相手だろう……しかし闘志と逆に、体力は減る。


 参ったな、このままじゃあ……負ける……ッ?


 せめて、一対一なら……勝てるのに……。


 そうあきらめかけたときに、その人物は現れる。




 ―――うおおおおおおおおおおおッ!!歌と共に、ハーディ・ハントが剣舞を踊る!!


 ジャンを叩き続けていた『呪い尾』、その片脚をズタズタに切り裂いていたよ。


 『呪い尾』が叫び、ダメージを回復しようと、回廊に飛びついた。


 ジャンを下から殴り続けていた『呪い尾』も、ジャンから離れて回廊に跳ぶ。




 ―――だいじょうぶか、ジャン殿!!


 ハントの言葉に、彼は大きな巨狼の頭をうなずかせるよ。


 ……え、ええ、だ、だいじょうぶです。


 どうしても親しくない人物と話すときは、声が震えてしまうのさ。




 ―――きっと、この僕、シャーロン・ドーチェは、まだ君には負けない。


 さて、ハント大佐の周りに『虎』たちが集まるよ、仲間の『虎』だ。


 彼らは大佐の盾になるつもりだったけど、ジャンのために走った彼に置いていかれた。


 ……大佐、ムチャは困ります!!大佐は、我々の将なのですよ!!




 ―――すまないな、だが……私も『虎』なのだ。


 そう言いながら、彼は『呪い尾』たちを見上げる……。


 『呪い尾』たちは、まるで、お互いを庇っているようだった。


 ……ハントは予想し……的中させていた。




 ―――もしや、彼女たちは……『姉妹』なのか……?


 ジャンが答えるのさ、血が垂れているその大きな口で。


 ……は、はい、あ、あの子たちは……お、同じ、ま、魔力がするんです。


 ああ、なんて、哀れなことを……ッ。




 ―――正義の男は、悲しみと怒りのままに、戦場で叫ぶんだよ!!


 子供たちを、あんなバケモノにして、戦わせて!!


 それが、貴様らの正義か!!『白虎』よ!!


 こんな哀れな者たちを、権力を守るための闘争に、用いることに、恥を知れ!!




 ―――ハントの叫びは、正論で……『白虎』の戦士たちにも響く言葉だったよ。


 でもね、それでも『白虎』であることを選んだときから、弱者の搾取は彼らの生業だ。


 ハントの言葉は、まるで過去の自分の良心のようだ。


 捨てたはずの良心が、目の前に現れて、今の自分をなじってきたよ。




 ―――だから、たまらなく憎しみが募る、『白虎』の一人がハントに走る!!


 うるえええええええええ!!きれい事ばかり、ぬかしてんじゃねええええええ!!


 ハントは構えるが、ピエトロの矢が、『白虎』の眉間を射抜いていた。


 もう、今のピエトロは、その殺人に心を傷つけられることはなかったよ。




 ―――魔法の言葉を唱えていたよ、殺した以上に、救います。


 難しい言葉だ……オレは誰を救えると言うんでしょうか?


 でも……そうだ、オレは、誰かを救えるヒトたちを、守ると決めたじゃないか!!


 若き勇者は叫ぶんだ、正しいことを、正しいと思え!!このバカども!!




 ―――正しいことを否定しなくちゃ、生きていけない道なんて、捨てちゃえよ!!


 今ここが、最後のチャンスだ!!


 生まれ変わるなら、今しかないぞ!!


 子供を、あんな姿にしちゃうようなマネして、お前らは、本当に笑えるのかよッ!!




 ―――ピエトロは若すぎる、真の『悪』がこの世にはいるんだよね。


 誰かの泣き声でしか、笑えないようなヤツもいる。


 ヒトを不幸にしないと、食欲が減るようなヤツもいる。


 世の中にはね、本当の『悪』がいるんだよ……若きピエトロは、まだそれを知らない。




 ―――半端な悪党のジーロウ・カーンを見てしまったから、彼は優しい少年でいられる。


 ヒトが改心する動物だと、彼は誤解しているんだよ。


 だからこその叫びで、だからこその訴えで、だからこその間違いだ。


 『白虎』がピエトロに襲いかかって来る、悪党は、善人が嫌いでしかたない。




 ―――悪でなければ生きられない自分たちを、拒絶するような連中に劣等感を感じるよ。


 殺して拒絶することで、己を守らなければならない。


 劣等感に呑まれてしまった悪は、まあ、ほぼほぼ自殺してしまうからね?


 正しく生きられない者もいるんだ、ピエトロ……。




 ―――でもね、君や大佐の正義がね、ヒトに力を与えて導くんだよ。


 悪意は凡庸なる俗物を結束させる、でもね、善意は英雄を呼ぶ時がある。


 ……まあ、英雄っていうのは、言いすぎかな。


 紫電の牙が、戦場の大気を振動させて……稲光と共に『白虎』の群れを刻んでいた。




 ―――『雷槍・ジゲルフィン』……ギンドウの創った発明品の一つ。


 強力な『雷』で、敵を射抜き、引き裂き、破壊する、凶悪な魔術だよ。


 ……魔力切れが、治ったみたい。


 ギンドウ・アーヴィングが戦線復帰するよ。




 ―――あ、ありがとうございます……っ。


 若き勇者に礼を言われるが、ギンドウは彼の側を通り抜けていく。


 血が出過ぎて目眩を起こしていたジャンに、蹴りを入れたよギンドウは。


 おら、ジャン?……怠けてるんじゃねえっすよ?




 ―――ぎ、ギンドウさんだって……今まで、寝てたんですか、馬車の中で!?


 当たり前、夜は寝るもんすっよ……?


 だからといって、戦場で寝てたら、剥製にされるぞ、ジャン?


 僕は、剥製には……なりたくないですよ。




 ―――その一瞬、ジャンはおかしな妄想をしていたよ。


 死んだ後、ソルジェの部屋に剥製として飾られて、毎日お香を焚いてもらう。


 それも悪くないとか考えるほど、彼はソルジェの信者だよ。


 どこか、オオカミというか、犬に属するフシがあるよね!




 ―――さて、ハント大佐だっけ?……オレとジャンで、あのデケえの仕留めるっすよ。


 ……頼むぞ、ギンドウ・アーヴィング、君たち猟兵ならば、彼女らを救える。


 救う?……そんな、都合の良い言葉は、オレには言えねえっすよ。


 でも……つまんねえ生きざまを、終わらせてやることは、得意っすね……。




 ―――ああ、それでいい……そうしてくれ、倒すことが、唯一の道だ。


 了解っす、依頼主……この国のボスになったら、ハーフ・エルフの街も許すっすよ?


 もちろんだ、誰もが、生きていてもいい国を、私は創ってみせるぞ!!


 ……へへへ、なら、オレじゃないオレと、母ちゃんじゃない母ちゃんを、助けてやるか。




 ―――ジャン、立て!!オレを乗せろ!!


 了解です!!ギンドウさん、僕に乗って下さいッ!!


 仲良しコンビが合体さ!!ギンドウが、ジャンの背に跳び乗る。


 そして、ジャンが走ったよ!!




 ―――咆吼を上げながら、『呪い尾』どもを威嚇する。


 『呪い尾』どもは、その異様に大きいが、やたらとキレイな歯並びを見せつけて。


 同時に跳んだよ!!ジャンも、跳びかかったのさ!!


 ジャンの牙が『呪い尾』の一匹に突き刺さる、ギンドウの『雷槍』がもう一匹を焼く!!




 ―――『呪い尾』どもが、回廊に叩きつけられ、それを壊した後で、地面に落ちた。


 ジャンは喰らいついたまま、アゴを振り、『呪い尾』の骨を割り、肉を裂き


 食い千切っていく、ああ、食べていたよ、生命力を横取りしている―――。


 『呪い尾』が喰われることに、恐怖して、腕を振り回すが、その捕食は止まらない。




 ―――『姉』が喰われていくことに気がついて、『妹』が起き上がる。


 だが……目の前には、ギンドウがいるんだよ。


 ギンドウは、その魔銀の義手に、紫電を滞留させていた。


 空中に、幾何学的な紋章が広がっていくよ……ギンドウは、魔力を昂ぶらせる。




 ―――オレの『ジゲルフィン』に、耐えるなんて、腹が立つっすねえ……。


 だから……この、『三倍・ジゲルフィン』で、殺してやるっすよ。


 体内の魔力を、その一撃に込めるつもりだ……。


 自分を拾い、アーヴィングの名字をくれた師匠に感謝だね。




 ―――彼女が造ってくれた、その義手を触媒にしなければ?


 『三倍・ジゲルフィン』は、撃つことも出来なかっただろう。


 生身じゃ焼けて、死んでいる……?


 いいや、斬られた腕が生えていたら、ギンドウは史上最大の魔力の使い手だったよ。




 ―――魔力は血肉に宿るから、肉体を斬り落とされると、それだけ目減りするからね。


 ギンドウは、哀れな『呪い尾』を見つめて、告げるよ。


 ……一瞬すよぅ……それで、全部、終わるから……。


 オレを許すっすよ……その誰にも聞けない小さな声を、ジャンだけは聞いていた。



 ―――『呪い尾』がギンドウを殺すために腕を振る、いや、振ろうとして―――。


 『三倍・ジゲルフィン』と名付けられた、巨大な紫電の固まりに襲われた。


 その全身を、紫電の牙が、暴力的に刻んでいき……それと同時に焼き払っていく。


 ジャンが、噛み千切り続けた『呪い尾』の奥に心臓を見つけ、それを噛み砕いた!!




 ―――雷鳴と断末魔が、混ざるようにこの空間に響いて行き……。


 猟兵たちは、仕事を完了させたのさ。


 死んだ『呪い尾』たちが、灰になって崩れていくよ……。


 疲れ果てた猟兵たちは、それでもなお『白虎』を見た。




 ―――ハッタリだ、元気に立ち回れるほどの力は残っちゃいなかった。


 それでも、猟兵は、その戦場にいるだけで『効果』を放つよ。


 いるだけで敵を萎縮させ、戦場を支配していくのさ!


 『呪い尾』を、圧倒して始末してみせたことで、敵は二人に怯えていたのさ。




 ―――ハント大佐は、戦況の圧倒的優位を確信する。


 そして……この状況で、降伏することのないラーフマを不気味に思う。


 何を考えているのか、分からないのさ。


 それはそうだ……ラーフマは狂気の人物、その心などマトモな者には読めないよ。


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