第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その3


 ―――ソルジェたちが休息を取り始めた頃、仲間たちは王国の各地で作業をしている。


 ジャン・レッドウッドは、冗談みたいに過酷な労働を強いられていたよ?


 巨狼に化けた彼の口は、ロープを咥えていたよ。


 そのロープの先にあるのは、たくさんの船だ。




 ―――スピード重視の『高速商船』さ、その数は七。


 もはや一つの船団とも言えるそれらは、互いをロープで結びつけていた。


 そのロープを『引っ張っている』のが、我らがジャンなのさ。


 ソルジェの命令を実行しているよ、『白虎』を殺し……『船』を奪う。




 ―――奪うだけではないよ?『使う』必要があるのさ。


 そのために、運んでいる最中だ……とにかく一秒でも早く、届けなくてはならない。


 西から吹く風は、この高速商船を素早く走らせたものの……風が無いときは困りもの。


 だから、ギンドウは思いついていた、ジャンに引かせよう!!




 ―――ジャンも最初は嫌がったが、ちょっとでも早く任務を完遂したい彼は……。


 けっきょく、巨狼に化けて、ロープを咥えて船引き作業だよ。


 さすがは巨狼・モードというわけか、ギンドウのかけ声のもと前へと進む。


 ソルジェへの尊敬が、ジャンを働かせているのさ。




 ―――『団長おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』ジャンは叫び、走ったよ。


 驚異的な力だよね、『人狼』という存在は?


 七つの船を引きずりながら、緩やかではあるものの、川の流れに逆らって、巨狼が走る!


 ギンドウは大笑い、マジで引いてやがるぜ!?ウルトラ受けるっすよう!!




 ―――ルード王国のスパイたちも、ジャンの力に驚愕している。


 これならば予定よりも早くに、辿り着けるかもしれない。


 そうだね、西風頼みと、人力で漕ぐだけでは、船は度々、減速してしまう。


 でも?……風が凪いだ時は、ジャンが船を引っ張り走るという荒技でカバーする!




 ―――風、人力、そして犬ぞり……三つの力がここに一つとなったのさ!


 『北上していた』この船団は、『西』へと疾走するんだよ。


 ああ、ちなみにこの川はね、『ヴァールナ川』ではないんだ。


 『ガイート川』、ヴァールナ川よりも、はるかに『北』を走る川さ。




 ―――ハイランド王国が『水運の国』となった理由はね、ヴァールナ川のおかげだよ?


 北の台地にぶつかった雲が、水へと化けて作った大河さ。


 台地を走り南へ下る、母なるヴァールナ川。


 その川は、やがて西へと大きく曲がり、国土を水で祝福しながら西の内海へと向かうんだよ。





 ―――でも、川はそれだけじゃあない。


 最大のヴァールナ川だけでも、幾つかの支流に別れているけれど。


 そもそも、台地から流れる大きな川は、それ以外にも四つあるのさ。


 その一つが、このガイート川だよ。




 ―――ガイート川は台地の北部から、西へとまっすぐ伸びていく。


 未開発の森林地帯を走り抜け、それはやがて南南西へと角度を変えて……。


 西の内海へと、たどり着くんだよ。


 僻地ばかりを行くコースで、商業的な価値もなく、なかなか細い川だからね。




 ―――ヴァールナ川に比べて使用されることは、ほとんど無いのさ。


 内海にたどり着く場所は、大型の帆船では座礁するほどの浅瀬だしね。


 だから、港も作られなかったよ。


 ヴァールナ川の開発に、ハイランド王国と『白虎』は全てを注いだのさ。




 ―――このうち捨てられた川を、今、ジャンの牽引する船が走っていた。


 どうして、ここを走っているのか?


 疲れたジャンは、この過酷な労働に耐えるために、自分たちの成果を思い出す……。


 あの港町で『白虎』どもを殺した後、ジャンとギンドウはルードのスパイと合流した。




 ―――そして、彼らの作戦はスタートしていたよ。


 まずは、難民たちを収容施設から解放し、彼らと一緒に港の船を奪った。


 『白虎』がいないものだから、港の漁師たちも、それまでになく協力的だったのさ。


 船を奪い、難民たちは内海へと旅立ったよ、西へと渡り、ルードやザクロアを目指し。




 ―――ジャンとギンドウとスパイたちも、内海に出ていた。


 内海を渡り終えると難民たちを下ろして、『白虎』の高速商船を七つ回収した。


 スパイたちは、この細長い帆船を操って、夕暮れの内海を北東へと疾走させた。


 どこを目指したのか?……このガイート川さ!!




 ―――大型の帆船は入れないけれど、この高速商船ならば問題はない!!


 満潮を見計らい、浅瀬を乗り越えたよ……そして、この川へと侵入したのさ。


 王国軍は、西の海岸へと向かい、難民たちが奪った船の回収作業に追われていたよ。


 帝国からの経済封鎖が厳しい今、経済的なダメージを負うのは避けたいから必死だったね。




 ―――だから、夕闇の中、北西へ走ったこの船団を見逃していたよ。


 そのまま、西風を帆に受けながら、夜通し高速船はガイート川を上っていく。


 風が凪げばオールで漕ぎ、とにかく一秒だって休むことなく遡上をつづける。


 何カ所か、この遡上には、いくつかの『難所』があるよ?……使われない理由の場所がね。




 ―――そこの一つが、この風の凪ぎやすい場所さ……。


 そこを今、ジャンが引っ張っていたよ!!


 『がるるるるうるうううううううううううううッ!!』、巨狼が唸り、大地を蹴った!!


 全力で、七つもの船を牽引し……ジャンはこの無風の地、『船引きの地獄』を上るんだ!!




 ―――ギンドウは船の上で寝転がっていた、空に憧れる彼も、風を読めるよ。


 『飛行機械』を作りたくて、発明家なんてやっているぐらいだからね?


 雲を見て、山を見て、風の味を舌で舐める……ああ、そろそろだ。


 ギンドウは起き上がり、ジャンに止まれと命じたよ。




 ―――ジャンは、地獄の作業を中断する。


 さすがに七つの船を引き、かれこれ50キロ近く走ったからね……彼だって疲れていた。


 ギンドウに言われるがまま、ヒト型に戻り、船の上にゴロリと寝転ぶんだよ。


 そのジャンの顔に、風が当たった。




 ―――西風が吹き始めたよ、難所はとっくに抜けていたのさ。


 ギンドウは教えなかったけどね?その方が、きっと早く着くから。


 船を繋いでいたロープをほどき、西風を帆に受ける。


 先細で縦長な高速船が、加速を始めるよ。




 ―――帆を限界近くまで張り、そこに風を当てる……。


 ハイランドに吹く西からの風……これがあったから、この王国は水運で栄えた。


 ヴァールナ川を西に行くときは、流れのままに行けば良い。


 東に戻るときは、この風を頼りにすれば良いってことなんだよ。




 ―――『白虎』の技術と投資が注ぎ込まれた、この高速船は、風に乗ると速いのさ!!


 船団は進む……ジャンは、全身の疲労と共に、達成感を感じていたよ。


 これで、全然、予定よりも早くたどり着きますよね?


 ギンドウは、時計と地図を見て答えたよ、あー、3時間20分ぐらいは短縮出来るんでねえ?




 ―――3時間20分かあ……うん……微妙……っ?


 いいや、お前がもう一回、あれをやれば、合計5時間分は短縮出来るぜ?


 ソルジェ団長も、感心してくれるっすよ、そんだけ頑張れば?


 ギンドウは、いつもジャンとつるんでいるだけあって、彼の操縦方法を知っている。




 ―――ジャンが……分かりました、でも、ちょっとだけ、休みます、と答えて眠る。


 ハーフ・エルフのギンドウが、ニヤリと笑うのさ。


 ……やれやれ、団で最弱の男が、いい仕事をしたもんっすよねえ?


 はあ……ソルジェ団長、ボーナスくれるんすかねえ?




 ―――ギンドウは、ルード・スパイたちに提案するよ。


 このムチャなルートは、間違いなく、オレとジャンにムリさせる作りっすよ?


 だから、5時間の短縮では、ソルジェ団長にはバレる。


 団長も、オレと同じか、それ以上に風を読めるんだから!!




 ―――だから、オレも頑張らなくては、サボっていたのがバレる!!


 でも、可能なら、疲れたくないんすよ?


 だから……この風で、より加速させるんで、いいっすかね?


 暴風を作り、短時間で東に向かう……船が横転する危険は増えるっすが……。




 ―――プラスで2時間半は、短縮出来るはずっすが……?


 エージェントの皆さん、それで、いいっすかねえ?


 ルード・スパイは、うなずいたよ。


 彼らはスパイ、この作戦において、自分たちの動きの重要性を知っているからね。




 ―――いい答えっすわ!なーにせオレが楽できるから……サイコーの答えっすわ!!


 ギンドウ・アーヴィングの本領が発揮される、ハーフ・エルフの才能だよ!!


 リエルに匹敵するほどに強大な魔力を、彼はその身から解放していく。


 『風』よおおおおおおおおおおおおおおッ!!来るっすうううううううッッ!!




 ―――西風に、ギンドウは自分が作った『風』を相乗させたんだ。


 風が暴れ、帆は限界までに風を含み、その疾走が加速する!!


 水を切るように走るのさ、そのナイフのように尖った高速商船の船首がね!!


 ギンドウはこの船の構造を、ちゃんと理解していたよ。




 ―――風を受けた帆が、わずかにこの船の先を浮かせたときが最速になる。


 重心を後ろに持ってきている造りは、このフォームを生み出すためだよ。


 まるで、飛びたがっている船っすね?……気に入ったっすよ、この船は!!


 自分みたいだなあ、と思いながら、ギンドウはその船を暴風に乗せる。




 ―――飛行機械に憧れるギンドウは、風に乗ったその船を見つめながら確信する。


 いつか、きっと……ヒトは空を科学で飛べるようになるっすよ。


 風と対話し、風を受ける何かがあれば……あるいは、風を切り裂くほどの力があれば。


 きっと、空を飛ぶことは、難しくなんて、ないことっすよねえ……?




 ―――ゼファーの翼や、カミラの羽根がなくたって……きっと、空を飛べるっすよ。


 ああ……働いてやるっすよ、ソルジェ団長?


 どーせ、あんたは期待しているはずっすよね、オレの魔力が起こす『風』に。


 それも計算して、この作戦を立てたはずっすもん……。




 ―――団長の策に協力したことが、きっと到着時間で分かるはずっすよねえ。


 なか、オレ……働いたっすよ、珍しく。


 だから……金をくれッ!!ボーナスをくれ、団長ッ!!


 この高速商船の模造品を造り、より軽量化し、どれぐらいの風があれば飛べるか……。




 ―――計算したいっすよ、たぶん、10万シエルもあれば……いけるんすがねえ……。


 ギンドウ!それは、およそ家一軒ぶんの大金さ、ソルジェはそこまで出せないよ?


 ああ、ギンドウ……君が酒好きじゃないのであれば……。


 人生で、その15倍ほどの金を残せたのにね……。




 ―――ギンドウの珍しいやる気の原因は、ほとんどがボーナス目当てだけども。


 じつは、それ以外の理由もあるってことに、ジャンは気がついているんだよ。


 ギンドウは世間にあまねく悲惨な事実に興味がないよ、暗い気持ちになるからね。


 迫害される亜人種のことなんて、可能な限り、知るまいと努力をするよ。




 ―――だから、新聞なんて読みはしない、不幸の百科事典みたいなものだと思う。


 しかも、リアルタイムの悲劇ばかりだからね。


 そんなギンドウは、この国で起きていた悲劇も知りたくはなかったよ。


 でもね……知ってしまったから……彼は、今、怒っているんだ。




 ―――ガキを、母親から引き離したっすか?……へえ、なるほど、それはいけない。


 うちみたいな悲惨なハナシっすよ?……ああー、イヤっすねえ、だから世の中は嫌い。


 ザクロアに引きこもって、爆弾の研究をもうちょいしておきたかったすが……。


 ……知ってしまうと、イライラして、研究に集中できないんすよねえ。





 ―――団長、さっさと、このクソッタレな国を潰しましょうよ?


 そうしないと、オレ……なんだか、気分よく、研究できないんすよねえ。


 ああ……なんでか、こないだから……母ちゃんの死に顔ばかり、思い出す。


 サイテーの光景っすよ、グロっすもん……っ。




 ―――今の団長があのとき、あそこにいたら?


 うちの母ちゃんも死ななかったし、オレの左腕も失わなかったすよ?


 ……あんた、そういうヤツだ。


 今、オレと母ちゃんじゃないけど……同じような連中、いっぱいいるんだってよ?




 だからよう、オレの悪い夢を、ちょっと減らしてくれないっすかねえ?オレじゃないオレを、母ちゃんじゃない母ちゃんを、助けてやろうぜ、ソルジェ・ストラウス。


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