第七話 『悪鬼獣シャイターンと双刀の剣聖』 その2


 気づけばいつのまにか三時半を回っていたが、良い昼飯だったよ。オレの……というか、クラウスのハンバーグは栄養失調気味のガキどもに人気だったそうだ。オレは、ハンバーグを捏ねて、焼き続けていたから、その光景は見ていない。


 ハンバーグを運んでは、また厨房に取りに来るミアの、キラキラした笑顔による報告でそれを知っただけのこと。でも、十分だ。ミアの報告ほどに信じられるモノはない。


 『ホテル・アイリス』は、子供たちの『遊び場』となった。売春宿の拘束で、弱った足腰を鍛え直したいかのように、様々な人種のガキどもが走り回っている。


 究極の不作法だが……パナージュ支配人は、彼らにそれをすることを許していた。まあ、他に客はいないのだから、クラウス・パナージュにしか迷惑はかからない。彼がそれを許容したのだ、子供たちには走り回る権利があるんだよ。


 しかし……人間族もいる、フーレンも、エルフもドワーフもケットシーも……どうして幸福は限られた者にしか与えられやしないのに、不幸だけは、あらゆる種族に平等なのだろうな?


 世界の残酷な本性を、この子たちの構成は物語っているような気がして、なんだか切ない気持ちになるよ……はあ、宗教家たちが悩む理由も分かる。そして、いるかどうかも分からぬ神などに祈る気持ちもな。


 どうすることも出来ないほどに、人類が抱えている不幸と業は大きいのだ。それは、まるで太陽の光のように、あまねく全てに降り注ぐ。それらを避ける術などない。だから、空想じみた神に助けや救いを求めるだろう。


 常に、その存在と教義の不完全性を疑いながらね。


 どんな教義であろうとも、全ては救えやしないのだから。『救えぬ者』の存在が、その教義の限界でもあり、神さまの限界でもある。そして、その欠点を見過ごすことの出来ないヒトのやさしい心が、信仰を惑わすのだろう。


 ……さて。宗教の悪口は、もういいや。オレたちも行動をしなければならない。


 『パンジャール猟兵団』は無力ではない。この王国に、より多くの幸福を導くことは出来ないかもしれないが、圧倒的な暴力を用いて、あまりにも下らんこの国の現状を破壊してやることは可能だ。


 その活力を得るために、オレたち猟兵は遅めの昼食だよ。リエル、ミア、カミラ……そして、どこからか雨に濡れた体で戻って来たアイリス。少女たちと『お姉さん』と一緒にテーブルを囲み、ハンバーグを食べた。


 ミアは、お腹を空かせながらも……オレたちと一緒の昼食を選んだよ。そうだな、メシは誰かと食べると、味の美味しさは変わらないものの……心の中に感じる幸せが増えるんだよね!


 オレの作ったハンバーグが好評を得ているのが、たまらなく嬉しい。ああ、クラウスも一緒に食べれば良いのに?でも、彼は買い出しに行かねばならないそうだ。


 オレもついて行こうか迷ったが……街は『孤児院』の襲撃で騒がしくなっているだろうから、出歩くなと言われたよ。


 遠巻きに、オレが行くと帰ってリスクが増えると言われた気がしたし、事実そうだと思う。残念だが、従うほかなかった。


 でも、そのおかげでオレは女子たちの幸せそうな笑顔を見れたよ。


 ……ハンバーグを食べ終わり、リエルとカミラが入れてくれたコーヒーを飲みながら……ああ、ミアはカフェオレだったけど?―――アイリス・パナージュが情報を語り始めた。


「……まず、馬についてね?協力してくれるかどうかが、ちょっとだけ心配だったけれど、北部の商人たちは協力してくれたわ」


「じゃあ!!自分、馬泥棒をしなくていいんですね!!」


 第二夫人の吸血鬼さんが嬉しそうな顔で、その場に立ち上がる。そんなに馬泥棒をするのがイヤだったのか?……まあ、馬泥棒は土地によれば、死罪にもなるほどの重罪だもんな。


「ええ。動物を操る吸血鬼の能力というのも、この目で見たかった気もするけれど……それはまた別の機会になりそうよ」


「えへへ。小鳥さんぐらいなら呼べるっすよ?」


「いらないわ。小鳥じゃ、お腹の足しにもならないから」


「……そ、そーっすね」


 カミラが撃沈する。力なくイスに座るよ。小鳥もかわいいっすよね?オレにそう訊いてくるから、うんうんと首を縦に何度か振ったのさ。


 だが、馬飼いの協力を得ることが出来たのは大きい。彼らがこの『国盗り』のキーマンであることは違いないからね?……あとは、王国軍を『南』に誘導出来るかどうかだな。


「……ジーロウ・カーンは、上手く敵を引きつけているか?」


「ええ。カーン二等兵とその仲間たちは、『ギラア・バトゥ』の毛皮を被り、安全に原初の森林を駆け回れているみたいね。仕込みは十分よ」


「なるほど。敵を『南』に引きつけられているか、順調だな」


「ええ。こちらは『主力』を二つに分けて、『本命』は移動中。カーン二等兵たちの『陽動部隊』は、有効に機能しているわね……それに、幸か不幸か、帝国軍の増援が、あのキャンプ地に勢揃い。援軍が合流して、今は四万近くの大軍勢よ?……それに対する警戒を、ハイランド王国軍は取らなければならない……」


「つまり、問題ないわけだな!」


「ええ、そうよ、リエルちゃん。『陽動部隊』と帝国軍の存在が、彼らの兵力の大半を、南に釘付けにしている―――あと、ゼファーの行動もね!」


 ほう。さすがに、親・敵国の国家だけある。ゼファーはマークされているんだな。しかし、想像以上に『早かった』な。もうハイランド王国軍に情報が入ってるのか?……彼らの伝書鳩は、いい翼を持っているようだ。


「サー・ストラウス。貴方、三時間前から、ゼファーを南に戻していたのね?」


「ああ。そのとおりだ。『須弥山』を出たあとで、ちょっと思いついてね?……ゼファーには、こっちより『南』で目撃された方が、効果的だろ」


 だから、魔眼で連絡を入れたのさ。


 シャクディー・ラカから南東にある大きな湖。そこで水浴びしていたゼファーは、そのまま水中を40キロほど泳いで南下したんだよ。


 そして、台地から落ちる『滝』から飛び出したのさ!!ああ、その姿を見た兵士たちは、さぞや驚愕しただろうね。でも、いい光景を見れたと思うぜ?……流れ落ちる激流を砕いて、ゼファーが空へと飛翔するんだ!!……カッコいいだろ?


「竜が滝から飛び出して来たのを見て、王国軍は大慌てだったみたいよ?魔王に侵入されたのではないか……ってね」


「そして、南の『坂道』を偵察されているのではないか……そうなっているのか」


「その意見が多く出てるみたいね?『坂道』は警備を増やしそうよ?……今のところ、理想的なリアクションよね」


「ああ。あそこを駆け上れば、王都への道が開かれるからな。ラーフマからすれば、絶対に守りを緩められない場所ではある……あそこの守りを増員してくれるほどに、オレたちは助かるよ」


「そうね。でも……シャクディー・ラカに、魔王が侵入しているんじゃないかと疑う士官たちもいるみたいよ」


「ほう。鋭いね」


「……なにせ、二カ所での大きな被害が出ているもの。『螺旋寺』の方は、ヴァン・カーリーの仕業とされているけれど?……『孤児院』は、そう考えられてはいない」


「ああ。そうだろう。子供に残酷なヴァン・カーリーの行動方針とは、あまりにも違う」


「ええ。でも、戒厳令が好都合に働いているわ」


「まさかの目撃者ゼロか?」


「ゼロじゃないわ。むしろマイナスかも?」


 不思議なことを『お姉さん』が言っているぞ。ヒトの数え方でマイナスなんて聞いたことがない。オレの眉間にシワが浮かんだことで、女スパイは察したようだ。


「ごめんなさい。ややこしい言い方になったわね。目撃者がゼロってだけじゃない。むしろ、偽の目撃者を用意している。彼らは、兵士たちに嘘の目撃情報を流しているのよ、私の同僚たちがね」


「……ほう、それならば、情報の量としては、むしろマイナスか」


「そうよ」


「やるな、アイリス。しかし。君ら、ルード王国軍のスパイは、この街にどれだけヒトを送り込んでいるんだ?」


「企業秘密。でも、100人とかじゃない。もっといるわよ」


「なるほど……じゃあ、『螺旋寺』への道すがら、君を見ていた若い男たちは、全員そうなのか」


 アイリス『お姉さん』にしては、やけに露天商の若い男たちの視線を集めている気がしていたよ。アレは、もしかして……彼女の同僚なのだろうか?


「何人かは、そうね?……でも、きっと全員じゃないんじゃない?」


「ああ……多分そうだろうね」


 アイリス『お姉さん』へ興味を抱いている青年商人もいたんだろうね、きっと。


「でも、さすがの洞察ね。見抜いていたの?貴方たちへ視線を向けるようには、指示していなかったのに……」


「まあね。戦場で、四方八方から狙われるのが、猟兵だからさ」


 可能な限り、ヒトの視線の動きは観察するようにしているよ。自分以外に向けられた視線を含めてな。


 なにせ、ヒトというのは目玉に頼る動物だからね。視線の動き方ひとつが語る情報は多い。目玉は素直なのさ、興味のある場所しか見ることが出来ない。


 とくに注意すべきは、体の動きを伴わない目玉だけの動きだ。あるいは、動きに先んじて動く目玉にも注意が必要となる。9割方、そんなヤツは何かを企んでいるよ。監視していたり、警戒していたり、何かを探していたりする。


 ヒトは向きを変える時、自然体ならば体も動く。首も動かさずに目玉だけを動かすような人物には、注意が必要だな。


「……はあ。若いエージェントたちは未熟なものね。今度、報告書でダメ出ししておく」


「修行の参考にしろ。『目玉の動きが分かりやすい』。隠そうとするから、悪目立ちするとな」


「ええ。伝えておくわ」


「そ、それで、アイリスよ!」


 リエルが話題に入ってくる。


「情報のマイナス……つまり偽情報を流すというのは、具体的には、どういうことをしたんだ?」


 そうか、リエルは自分が暴れすぎたのではないかと心配のようだな。まあ、一つの施設にいる敵を、全員射殺してしまったわけだ。暴れすぎたという自覚ぐらい起きるだろうよ。


 そのあと、大勢の子供といっしょに移動……?路地裏経由だったとしても、戒厳令下の雨降りでもなければ、何百人に目撃されたことか。敵地のまん中でするには、かなり派手な行動だ。


「『孤児院』を襲撃した『犯人』の目撃情報を操作している。巨人族とドワーフ族の屈強な戦士が、子供たちを連れ出したことになっているの……」


「ほう。それなら、見つかりっこないな!」


 リエルがコーヒーを一口すすりながらドヤ顔になっている。たしかに、彼女は巨人族でもドワーフ族でも、まして男ですらない。だが……。


「……お家に帰った子供たちがいるからね?『捜査』に行き詰まれば、彼らから事情を聞くでしょう。だから、万全とは言えないんだけれど。少しは時間が稼げるわ」


「ぬう……ソルジェ、私は、暴れすぎたのだろうか……っ」


 ドヤ顔が崩壊して、心配そうな顔の正妻エルフさんがそこにいた。


「いや、このホテルまで特定するのは難しいだろう。時間稼ぎが出来れば、問題ない。ここが見つかるより先に、全ては終わっているさ」


「そ、そうか!安心しても、いいんだな?」


「ああ。安心してろ。さて……あとは、タイミングを見計らうだけか……」


「そうね……現状では、他にすることもない。むしろ、これからは目立たないように、この拠点で、しばらくじっとしているのが最適でしょうね」


「……静かに潜むことも、仕事というわけか」


「ええ。これ以上の『策』は、もう必要がないと思うもの?……過剰なアクションは、追跡される元よ。この策はダイナミックな『策』だけど……バレたら、失敗よ」


「そうだな、あとは大人しくしておくか……休息と……ハント大佐たちの『到着』を待とう」


 そして?


 ハント大佐の到着に混乱するであろう王城に対して、ゼファーで奇襲する。オレたちでアズー・ラーフマを排除し、可能であればシーヴァ王子も救出する―――彼の居所は不明だが、ラーフマには傀儡の王。大事な道具だ。失いたくはないだろう。


 とにかく、ラーフマだ。ヤツが討たれたと分かれば、『白虎』どもの抵抗も削がれるはずだ。そうなれば、王国軍も戦う理由を失うだろう。ハント大佐なら、上手く状況を解決に導くはずだ……。


 問題は無い。無いが……懸念は、ただ一つ。『シャイターン』。フーレン族だらけの都で、もしも、それが使われたら?……ヤツに、カミラの『闇』が効かなければ?


 ……いくら倒しても、そこら中のフーレン族に転生するというその怪物に、オレはどう戦うべきなのだろうか……。


 アズー・ラーフマは邪悪なマフィアの親玉だ。己の破滅を悟ったら?『シャイターン』さえも使って来てもおかしくない。イヤな予感がするよな。困ったことに、戦関係のイヤの予感は、いつも当たるんだよな―――。


 どうあれ、考えるしかない。休息を取りながら、転生を繰り返す不死の怪物との戦い方……それに想像力を捧げるほかないな。


 『シャイターン』とやらが、衝動的にヒトを食らうだけの獣ならば、まだ、いいんだが……もしも、『呪い尾』のように、刻まれた命令に従う性質があれば?


 アズー・ラーフマのために、戦い続ける不死身の怪物……そんなことになったら、アズー・ラーフマを『長生き』させてしまう。ヤツが生きている限り、『白虎』は動く。


 そうなれば、この『国盗り』での被害者が増え続けるぞ?……最悪、ヤツを逃せば?……たとえば、帝国にでも逃げられたなら?この国に誰よりも詳しいラーフマがいれば、帝国の侵略の前に、ハイランド王国は無力だろう。


 アズー・ラーフマを確実に殺害するためにも、ヤツの護衛となりうる『シャイターン』の仕留め方、それを、オレは考えておかなければな……。


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