第六話 『剣聖王の都は、裏切り者の血に染まる』 その7


 ―――ミアも奴隷だったから、人買いから必死に逃げた子供だったから。


 この悲惨な運命に囚われている、少女の気持ちがよく分かる。


 ミアは、奴隷の運命がイヤだった……だから、必死に逃げたんだよ。


 逃げることが出来た、この少女と違ってね。




 ―――そのときのミアは、もう『自由』だったからね。


 ミアの母親は、死んだばかりだったのさ……『家族』は、もういない。


 だから、もう、人買のところにいる理由は、ミアにはなかったんだ。


 だから、母親の『私が死んだら、ひとりで逃げて』という『願い』を実行したのさ。




 ―――必死に逃げたよ?……けれど、子供の脚は遅くてね……ついに人買いに捕まる。


 地面に押し付けられたよ、ミアは、口惜しくて泣いたんだ、そんなとき。


 『セシル』!!……その『名前』を聞いたよ、自分ではない、知らない誰かの名前さ。


 赤毛の男が、その瞳を悲しみに歪ませて、怒りの炎を宿して走っていたよ。




 ―――人買いは、竜太刀の一刀の前に、斬り捨てられた。


 赤毛の男は……呼吸を整えていくと……彼女が『セシル』じゃないことに気づいたようだ。


 ……壊れているヒトだ……誰か、大切なヒトを失うと、ときどき、こうなるんだ。


 奴隷として生まれ育ったミアは、幼いながらも、その現象を知っていた。




 ―――自分は『セシル』に似ているのだろうか?……いいや、そうじゃないかも。


 このヒトにとっては、きっと小さな女の子は、みんな、『セシル』に見えてしまうのだろう。


 かわいそうなヒト……そんなに、大切な『セシル』を……失ったんだ。


 赤毛の男は……ソルジェ・ストラウスは、『ミア』を見て、微笑む。




 ―――だいじょうぶかい?……ケガは、なかったかな?


 その瞳は、悲しみを宿していたけれど……それだけでは無かった。


 そのときのミアは、ソルジェの瞳の奥に、太陽みたいなものを見つけていたよ。


 熱を帯びた、温かい光だった……。




 ―――ガルフ・コルテスは、笑うのさ。


 おい、ガキんちょ、一緒に来ないか?……もしも、来るならよ?


 今日からそいつが、お前の『兄貴』さ!!


 ……ミアはうなずくことで、その『契約』を受け入れたんだ。




 ―――自分は、『セシル』の『代わり』をしてあげよう。


 私を助けてくれた、ソルジェ・ストラウスのために。


 ソルジェ・ストラウスが『猟兵』を探すのなら、私は猟兵になろう。


 ソルジェ・ストラウスが『妹』を求めるのなら、私は妹になろう。




 ―――ニセモノのお兄ちゃんのために、努力したのさ。


 武術を習得し、魔術を研鑽し、暗殺の技巧を指にマスターさせていく。


 小さい体を利用して、殺戮の妖精へと自分を変えていった。


 ぜんぶ、お兄ちゃんのために……まるで?ヴァンの『妹』たちと同じように……?




 ―――あのね……私も、始まりは、あなたと同じようなものだと思うけど。


 私のお兄ちゃんは、本当にやさしかったよ?


 あなたのお兄ちゃんみたいに、『嘘』をつかない。


 ……騙されていることに、気づいているよね……?




 ―――クズは、クズだよ?


 あなたを、そんな目に遭わせるヤツが……あなたの妹や弟を助けるわけがない。


 間違いなく、あなたと同じことになる。


 あなたの妹も弟も、ヴァンとかいうクズ野郎の道具のまま、苦しんで、死ぬ。




 ―――『な、なんで!?なんで、そんなことをいうの!?』


 『ひどいわ!!ひどい!!……なんで、わたしに、『ほんとうのこと』を言うの!?』


 『どうして……うそでもいい、うそでもいいから、しんじたまま、しにたかった……』


 『わたしは……もう、ふたりに、あうこともできないのに……っ』




 ―――『あ、あえば……わたしは……た、『たべて』しまうもの……っ』


 『ヴァンお兄ちゃんは、そ、そう、いったもの……っ。そうなるようにしたって……』


 『だ、だから……わ、わたしには……か、かえるところなんて……ないんだ!!』


 『ぜんぶ、ぜんぶ……なにもかもないのに!?なのに、『うそ』まで、うばうなんて』




 ―――『ひどいよう……ひどいよう……ッ、おまえは……おまえは、あくまだッ!!』


 ミアは顔色一つ変えないよ、ミアは嘘つきの悪党なんて大嫌い。


 その悪党に騙されていることを許容する少女のことも、大嫌い。


 ……でも?ミア・マルー・ストラウスは悪魔じゃないよ……魔王の妹で、猟兵なのさ。




 ―――魔王の妹として、『パンジャール猟兵団』の猟兵として、義務を果たす。


 ……私は悪魔じゃないよ、猟兵なんだ。


 猟兵は、誰かにお願いされて、戦いを代理する……最強の傭兵なんだよ。


 あなたは、ずっと不幸ばかりの人生だったと思うけれど……最後に幸運を得た。




 ―――『家族』の運命を変えたいのなら、猟兵である私に依頼すればいい。


 あなたに代わり、あなたの願いを、あなたの祈りを、届けてあげる……。


 あなたが依頼してくれるのなら、ヴァン・カーリーでも、他のマフィアでも。


 私が誰だって、殺してあげる……あなたの『家族』にたかる悪党どもを、殺して、守る。




 ―――だから……依頼を、してくれないかな?


 名前と、居場所を、教えてよ……あなたの『家族』と、殺すべきクズどものことを。


 『…………』、『呪い尾』は、しばらく無言だった。


 でも……やがて、魔王の妹に訊いていたよ。




 ―――『ほんとに?ほんとうに、たすけて、くれる?』


 『わるいやつらを、ころして……わたしの『かぞく』を、まもってくれる?』


 ミアは、ニッコリと笑うんだ!!牙をキラキラさせる、あのストラウスの笑みで!!


 当たり前だよ、私は、ソルジェ・ストラウスの……魔王の、妹なんだから!!




 ―――だから……おいで?もう『呪い』が、暴れて、苦しいんでしょう!?


 獲物を殺せと、血に刻まれた『呪い』が、あなたを苦しめている……。


 ガマンをしないで……その衝動を、私にぶつけて。


 私は猟兵、魔王の妹、ミア・マルー・ストラウス!!




 ―――いつか、最強の女竜騎士になる猟兵!!


 だから、負けないよ、一瞬で、あなたを殺してあげるから……。


 だから、おいで……『リリアー・ゲイル』、『ミロウ』と『ククル』は、任せとけ!


 『風』が、教えてくれたのさ、魔物となった心が放つ、祈りの言葉を―――。




 ―――最も『風』に愛された猟兵が、風神の宿る、その両脚に『風』を集める。


 『呪い尾』は、呪われて歪められた本能のせいで、殺戮の衝動に支配されていく。


 お互いが、最強にして最速の技を出すのだ……勝負の行方は、知れていたけど。


 リリアー・ゲイルは、自我が崩壊していく最後の時間を、質問に費やした。




 ―――『ありがとう、ミア、魔王さまの妹……でも……私には、お金がない』


 『だから、依頼なんて……出来ないのよ?……する資格なんて、ない』


 ミアは笑うよ、あの魔王の妹だからね。


 あるよ!!だから、細かいコトは、気にしないの……さあ、おいで、後は任せて!




 ―――次の瞬間、リリアー・ゲイルの自我は、呪いに喰われて消えてしまう。


 それでも、『風』は教えてくれる……。


 彼女の告げる感謝の言葉と……呪いが強いる殺意の声を。


 『ぎがあがあああああああああああああああああああああああああッッ!!』




 ―――契約は成った、呪われし獣と、殺戮妖精は、闘志と魔力を解放する!!


 お互いの体が加速した、音速にさえ近く……いいや、ミアは、音を超えて跳ぶ。


 『呪い尾』の拳を躱しながら―――ミアは宙で『風神』の宿った蹴りを放つ!!


 『風神』の蹴りが、断頭の刃となって―――瞬殺の祈りと共に、闇を切り裂いた!!




 ―――交差は一瞬であった、ミア・マルー・ストラウスの祈りは叶う。


 瞬殺の祈りは成就するよ……『呪い尾』の大きな首は、一瞬の元に断ち切られていた。


 ミアは、語るんだ……死にゆく少女の魂に。


 私の技巧に、融けて……『風』となって、宿って?……それなら、十分すぎる報酬だよ。




 ―――あなたの『祈り』を感じれば、私の『風』は、もっと大きな力を帯びるから。


 一緒に行こう、私に宿って……戦い抜くの。


 いつか、魔王が築く、本当にやさしい世界を……この『風』で、一緒に守るの。


 おいで、リリアー……『未来』に行こう!私と一緒に、あなたの『家族』を守るよ!!




 ―――リリアーの『風』が、風の申し子の影へと融ける……。


 ミアは、新たな奥義の完成と、さみしく切ない、友情を手にしていたよ。


 『最強の暗殺者』、ミア・マルー・ストラウスは……そのとき、微笑みながら。


 やっぱり、泣いたんだよ……。




 ―――だからね……シスコン野郎が、ゼファーで飛んで来ていた。


 聖なる杉の林を、ゼファーの強行着陸が破壊していく……竜の背から、シスコンが跳ぶ。


 ミアぁあああああああああああああああああああああ!!叫びながら、走ったよ。


 そのまま、ミアの元に来て、いきなりミアのことを抱きしめた。




 ―――お兄ちゃん?……どーしたの?


 ……爆弾を仕込まれた『呪い尾』がいた……だから、不安になった。


 ええー?私は、火薬の臭いに気づけるようっ!


 知っているさ!でも、知っているけど……心配したんだよ……『ミア』ッ。




 ―――ソルジェは妹を、もっと強く抱きしめていく……ミアの存在を確かめるために。


 いつからか……ミアは気がついている。


 かつて、交わした『契約』は終了を迎えているのだ。


 『セシル』の『代役』を、しているつもりだった。




 ―――助けられたから、救ってもらったから……。


 だから、この悲しくて、やさしいヒトの『セシル/妹』の『代役』をする。


 そうしてあげるつもりだったけれど……今は、もう違うのだ。


 今、ソルジェは、『セシル』じゃなくて、『ミア』を心配しているのさ。




 ―――『ミア・マルー・ストラウス』のことが、心配になったから。


 いてもたってもいられなくなって、ゼファーを呼んで、跳び乗ったんだよ。


 そして……この林に無理やりに着陸させてまで、ミアのところにやって来た。


 君のために……ミア・マルー・ストラウスのためだけに、やって来たんだよ!




 ―――ああ……私は、幸せ者だぁ……リリアーに、申し訳がないぐらい。


 『風』は、言葉を届けるよ……『そんなこと、ないよ!!』。


 友に許されたミアは、兄の生え始めた無精ヒゲに、頭をぐりぐりしてみる。


 兄は、妹の攻撃に、ぐりぐりとアゴを押し付けて反撃するのさ。




 ―――仲良しストラウス兄妹は、笑う……。


 笑いながら、それでも……理解しているよ。


 殺すべき敵を、知っている。


 背負ったんだから……罪無き者を殺して、その重すぎる罪をね。




 贖罪すべき術を、猟兵の流儀は一つしか知らない。悪党は、殺すのみさ。ヴァン・カーリーは、世界で最も怖くて強い『ストラウス兄妹』を、敵にしていたのさ―――。


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