第六話 『剣聖王の都は、裏切り者の血に染まる』 その8


 悲しい夜は過ぎ去って、罪深いオレたちにも、ちゃんと朝が来るよ。スズメが鳴いている……テントの屋根に集まって、朝礼でも開いてやがるのか?それとも、このきな臭い場所で生まれ育った鳥どもは、軍略でも会議してんのかね?


 チュンチュチュチュン!……心なしか、トゲトゲしい鳴き方のような気がするのは、オレの考え過ぎなのかなぁ。ああ、朝から、下らないこと考えちまったよ。


 ここは、我らがアジト的な『酒場』……アイリスの『店』だ。


 オレたち『パンジャール猟兵団』のメンバーは、昨夜、ここに戻ると、ねぎらうように出されたミートソース・パスタを食べて、そのまま寝ちまったんだよ。


 ……ああ、ピアノの旦那の作る軽食は、ヒトの心を軽くしてくれる。



 誰かが簡易ベッドを運び込んでくれていたおかげで、女子たち、みんなぐっすり。団長のオレだけ、なんでかソファーだったけどね……?


 別にいいさ。


 ソファーで寝るの、男って何故だか嫌いじゃないし?……実際、ゆっくり眠れたよ。まるで年寄りの犬みたいに、ぐっすりさ。


 もしかして、ピアノの旦那が、魔法の指を一仕事させて、子守歌がわりの一曲で、オレを眠りの世界へと誘ってくれたのかも。彼のピアノなら、誰もが赤ちゃんみたいに爆睡しちまいそうだもん。


 オレはゆっくりと起き上がる。足下の簡易ベッドにはミアが毛布を蹴飛ばして、とんでもない寝相で眠っているね?なんていうか、前衛芸術的だぞ……?きっと、疲れたんだな。昨夜もがんばってくれていたし。駆けつけたとき、ちょっと……泣いていた。


 あの涙を、オレは弱さだなんて思わない。


 哀れな者のために流す涙は、最高に尊いものに決まっている。オレは、自分の妹が、それを流しながらも、その重さに耐えて……あの不幸な少女を楽にしてやったことを誇りに思うよ。


 ミアのとなりにしゃがんで、彼女の黒髪を撫でてやる。ミアの猫耳が、ピクピクと愉快なリズムで揺れた。うむ、今日も朝から宇宙でいちばん可愛い!!


 妹の寝顔を見物出来たことで、オレのシスコン・ハートが癒やされる。ああ……昨夜も蟲の群れとか、『呪い尾』の子たちとの戦いだ。肉体だけじゃなく、心までもが疲れちまったよ……。


 カミラちゃんだって、ぐーぐー寝てる。ああ、いびきはかいてない。でも、その表現が似合うほどに深く眠っているのさ。シアンもそうだね、彼女は毛布に丸まって眠っている。あいかわらず……尻尾が、フワフワとリズミカルに動いているな。


 推察するに、アレ、カウンターのためのリズムだろう。


 不用意に近づくと、眠ったままでも飛びかかって来るさ。彼女の寝込みを襲おうと近づこうものなら、すぐさま双刀の餌食にされるんじゃないだろうかね。


 さーて……オレは気がついたぞ?


 リエル・ハーヴェルがいない。


 懐中時計は、朝の6時44分……リエルは44分前に起床していたのだろう。森のエルフは時間に厳格だからね。今朝は6時ピッタリに起きると、彼女は決めていたのさ。


 カウンターのところに置かれた水差しから、水をコップに入れて、そいつを飲む。寝ぼけた体に、丁度良い冷たさかな。オレのあくびを冷たい水が打ち消してくれたよ。ああ、アイリスとピアノの旦那は、どこに行ってるのかなぁ。


 消えたスパイの足取りを探すのは、面倒くさいに決まっている。まあ、どっかのテントが彼ら夫婦の家なんだろうよ?……もしくは、不眠不休で、ルード王国のために情報を採取しているのかもしれないけどね。


 『アイリスの店』を出ると、もう世の中は動き始めていた。オレが特別に寝坊したいたわけじゃないが、まあ、早起きでマジメな連中はたくさんいたよ。


 『虎』たちは武装していたよ……彼らは、そうだ。イーライと共に、南の砦に出かけることになるのさ。2500人の『捕虜』と一緒にね。


 強制労働と、食事を二回抜いたせいで、帝国軍の捕虜たちは、ぐったりとしている。いい徴候だ。さすがだな、イーライ、負傷者と体調不良の者を優先的に選んだ。人道的だし戦略的だな。


 これから、この捕虜たちは南の砦に捕らえられている、12000名の難民たちと『交換』されるのさ……応じなければ?捕虜を殺すと、先方には告げてある。そのために、彼らの首には『魔銀の首かせ』だよ。呪文一つで、2500人が殺せる。


 帝国軍は、捕虜と難民……つまり、お互いの人質交換に合意するだろうね。


 帝国軍はそれを一時的な敗北と納得してくれはずだ。


 捕虜の交換は、軍人にとって何ら恥ではないよ。帝国軍は、喜んで、亜人種たちと交換してくれる。


 その後、戦力を整え直せば、彼らはここに大軍でやって来るだけでいい。そうなれば、『バガボンド』など、容易く粉砕出来ると信じているのさ。


 ……まあ、そう簡単にこの『バガボンド』に追いつけるとは思わないがね。


 それに、この捕虜の連中が……そう容易く戦線に復帰出来るとは限らないさ。彼らは傷つき、『バガボンド』や、昨夜、救助された難民たちにも暴力を受けている。失明させられた者や、手脚の指を潰された者が大勢いるんだ。


 帝国人が亜人種にしてきたことを、そのまま経験させられているな。もう戦士として肉体も精神も壊されているよ。二度と戦場に戻ろうとはしないさ。


 だって?……オレを見て、彼らの何人かが失禁するぐらいだ。オレを殺戮者だと思っているのかもな。


 くくく!朝から景気づけに帝国人の首をいくつか刎ねるのも楽しいかもしれないが、オレは、リエルちゃんと合流したい。


 ……きっと、あそこにいるよね?


 オレの足は『野戦病院』に併設されている、『調剤室』に向かうんだ。


 そうだよ、マジメなリエルちゃんは、やっぱりそこにいた。朝から、大量の薬草を大鍋で煮込む作業を始めているんだ。他のエルフの娘たちと一緒にね。


 グツグツという音と、強力な熱量を帯びた風が、そのテントの中には渦巻いている。この作業は暑くて、体力を消耗するこさ。だが、リエルは使命感に燃えている。


 『エルフの傷薬』を大量生産するつもりだ。薬草を煮込み、その奇跡の霊薬を精製していくんだよ。


 『バガボンド』には今後も必需品さ。リエルはそれを彼らに残そうとしている。アイテム自体もだが、その作り方のことも伝えるつもりなのだろう。若いエルフの娘たちに……っと、エルフだけじゃないな。


 おそらく興味があると申し出た連中に、リエルはその製法を伝授している。ドワーフの娘もいるし、妖精の子もいるぞ……ああ、金髪碧眼の小さいミアみたいな、キキラちゃんもいた!!


 額に汗の粒を浮かべながらも、おそらく初めての作業に集中している。


 そうだ、これは職業訓練でもあるんだ。『エルフの傷薬』は、さまざまな上位の秘薬たちの基礎になる、とってもシンプルな薬草液さ。


 『エルフの傷薬』を作れれば、これにアレンジを加えることで、風邪薬にもなるし、虫下しにもなる……滋養強壮剤や眠気覚ましにもね。


 つまり、『エルフの傷薬』という需要の高い薬品を精製できれば、どうなるか?


 それだけで生計を立てられる可能性が出てくるのだ。


 難民たちの多くは、生活の基盤を失っている。だから、何か少しでも生産性のあるスキルを保持していれば、より豊かな人生を送れるかもしれない。


 薬草の知識と、それを活かして最も流通量の多い薬草液を作り出す技術は、ここにいる若い娘たちに、売春以外にまとまった金を作り出す手段を与えるだろう。


 リエルはマジメな女子だよ。


 自分なりに、難民たちへのプレゼントを考えている。彼女の世界観も、この旅で大きく広がったのかもしれない。森のエルフの知識を他人に分け与えるか。


 真の王族となっていくのさ、弱者や貧者のために、汗を流すことを厭わない。それこそが、支配階級に生まれた者として、真に在るべき姿なのだとオレは信じている。


 エリート意識の高い、ツンデレ王族エルフだった頃も可愛いが……ヒトとして、その器の大きさを成長させている君を見るのも誇らしい。だって、オレは君の夫だもんね。


「……ん?おお、ソルジェか?」


「……ああ。気づかれたか。おはよう」


「うむ。おはよう。いい朝だな、私の夫」


「朝から精が出るな」


「まあな。でも、薬草液の蒸気は、美肌効果もある。あと、髪のツヤが良くなるんだぞ!」


 なるほど、君のうつくしい銀髪の秘密が、明らかになったね。


 周りの少女たちの食いつきが良い情報だ。リエルは質問攻めにされているよ。女子にとって、その情報は、何よりの福音だったのかもしれないな。


「ええい!!……ヒトの肌など、皆それぞれに個性がある!!どんなブレンドの薬草液が最適なのかは、自分で見つけ出せ!!薬草を煮詰める、修行にもなるだろうが!!」


 その言葉で美を求める娘たちを論破すると、オレの恋人エルフさんは、オレのそばにやって来る。


「……ふう。なんだか、疲れたぞ。不用意な発言は、己の身を苦しめるな」


「おつかれさま」


「ああ……しかし、お前、珍しく早起きだな」


「テントの上で、スズメさんたちが暴れていたから、起こされちまったのさ」


「鳥の歌でか。翼のある動物と、よくよく縁の深い男だ」


 竜騎士だもんね?それは、きっと宿命的な縁に縛られているんだろう。


「……だが。そういうリエルも、早起きだな。彼女たちに、薬草液の作り方を教えていたわけか」


「ま、まあな!作れるようになると、便利じゃないか!」


「ああ。君は、いい仕事をしている」


「うむ!王族として、当然のつとめだからな!」


「そうだな……王族もしっかりしておかないと、国が乱れて不幸なヤツが増えるからね」


「……そうだな。ハイランド王国は、まさに、それだ……」


「ああ。『白虎』なんぞをのさばらせた結果が、数々の悲劇的な暴力の連鎖と、弱者への搾取……ろくなものじゃない」


「うん。でも……だからこそ、私は努力したい。王族の娘として、生まれたのだ。そんな娘の生き方は、気高く……そして、慈悲深くなければならん」


「……ああ。オレもそう思うよ」


「だから。ヨソの王族がヘタレているのなら、私が代わりにがんばるのだ!……薬草は、野の恵み。あらゆるところに生えている。それを、お金に出来るならば、生活費をまかなえるかもしれない」


「いい考えだ」


「我ながらそう思う。でも……きっと、そう思えたのは、『パンジャール猟兵団』に入団できたからだ」


「そうなのか?」


「そうなのだ。お前と『再会』し、一緒に世界を旅して回れた。色々なことを知れた。強さも学べたし、弱さもだ。かつての私は、弱者が嫌いだった。でも、今は、そうじゃない……私の強さは、偶然が与えてくれた才能と……周囲の者たちによる協力で作られた」


「素敵な考え方だ」


 ……しかし、オレと『再会』ねえ?オレは、何かを忘れたままでいることを、覚えてはいる。何を忘れているのかは、まだ探し中。


「うむ。私も、気に入っている。だからな、強者と弱者の違いは、与えられたか与えられなかっただけの差でしかない……それに、気づけたから……色々な者たちに、ヒトより多く与えられてしまった私は、誰かに還元するべきなのだ!」


 くくく、まったく、マジメな子だな。オレのリエル・ハーヴェルは。


「なあ、ソルジェ」


「なんだい?」


「誰かに何かをしてもらうと、自分も誰かに何かをしてあげたくなるんだな!」


「そうだな。リエル、そういう動機を見つけられるお前のことが、とんでもなく誇らしいよ」


「……そ、そんなに褒めるな。な、なんだか、照れちゃうだろう……っ」


 ツンデレさんが照れてる。なんか、そういうの見ちまうと、ツンデレ好きのオレ、顔がニヤニヤしちまうんだけどな。


「な、なにをニヤニヤしておるかぁ!!」


「べつに?」


「まったく……汗ばんだ美少女エルフを見て、にやけるなど、破廉恥だぞ……っ」


 そんな方向性で作られた表情ではなかったのだが……ああ、言われると、汗ばんでいる薄着の美少女エルフさんは、色っぽい……。


「……す、スケベな顔になるな……っ!きょ、今日は……そんなこと、してる場合じゃないんだぞ!?」


「ああ、『今日は』な。今回の件が片付いたら、温泉に休暇だ。そこで、たっぷりと子作りしようぜ?」


「……っ。お、おう……っ。せ、正妻としての、つ、つとめは、は、果たさねばな……っ」


 リエルちゃんの顔が真っ赤に染まる。ああ、キキラちゃんに、じーっと見つめられていなければ?性欲が由来のスケベな行動しちまいそうだよ。他の少女たちには、いい性教育かなって刺激ぐらいの行為を―――。


「―――サー・ストラウス!!ここにいませんか!?」


 ピエトロ少年の登場だった。彼も朝から元気な男だ。若さか?十代め、うらやましい。


「どうした、ピエトロ?」


「あ!おはようございます!!あの、父さんが、サー・ストラウスのことを呼んでいまして」


「……捕虜を連れて出発するのか」


「はい!!」


「分かった。リエル……準備をしていろ。オレとお前とゼファーで、イーライたちを護衛することになるだろう」


「……うむ。薬草作りのレシピは伝授したしな……あとは、『本業』で正義を成そうではないか!」


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