第六話 『剣聖王の都は、裏切り者の血に染まる』 その6


 ―――その夜、三体目の『呪い尾』は爆薬入りだった。


 ヴァン・カーリーが、ジーロウ・カーンを再評価した結果かもしれない。


 ジーロウを名門が産んだ『虎』としてのみ、考えたのさ。


 『呪い尾』の戦闘能力をしのぐ存在を、『仕留める方法』……それがコレだった。




 ―――『呪い尾』と化した彼女のなかに、爆薬をありったけ手術で詰めたのさ。


 腹にも詰めたが、頭にも詰めさせている……全身に爆薬を詰めていたよ。


 爆薬の発火条件は、『呪い尾』の命の消失なのさ……。


 これならば『呪い尾』に勝てたとしても、その死体が至近距離で爆発する。




 ―――その爆発により、ターゲットを……ジーロウを殺すつもりだったのさ。


 ヴァン・カーリーよ?……たしかに、ジーロウならば殺せただろうね。


 でも、猟兵の鼻は、敵の腹に詰められた火薬のにおいだって嗅ぎ取る。


 そして……ソルジェが『風』の『壁』を作り始めた瞬間に……。




 ―――リエルも『風』を呼んでいたよ、さすがはソルジェの正妻だよね。


 あとはカミラが『コウモリ』に……無敵の回避技に皆を巻き込んで、助かった。


 爆風の被害は、かなり軽減されたよ。


 テントが幾つか吹き飛んでいたけど、無人だったから人的被害はなかったね。




 ―――アイリス・パナージュの『店』、そこは外のテントが焦げたぐらい。


 倒壊することも無かったよ、ピアノの旦那の密かな補強のおかげかな。


 彼はテントが燃えないように、テントの布に水をかけていた。


 『炎』の魔術対策だったけどね、彼の仕事はいつも静かに完璧さ。




 ―――ソルジェたちは『コウモリ』から戻る、ソルジェは皆に、無事か、と訊ねた。


 もちろん、みんな無事だったよ、カミラの『コウモリ』化は、どんな攻撃も無効化する。


 でも、心は痛みを上げるよ、子供をバケモノにしただけじゃなく、爆弾にするなんて?


 ……なんて、ヒドい行為なのだろう……ソルジェは、怒りで狂いそうだ。




 リエルもカミラも、悲しみと怒りに沈み……ジーロウは、さらに驚愕していた。


 子供に火薬を詰めて、爆弾にするなんて……そんな残忍な手段、彼は知らなかったから。


 ……そうさ、戦場をいつも僕らに教えてくれる。


 ヒトの残忍さに、上限なんてないのだと……それでもソルジェは猟兵だから。




 ―――魔眼を用いて、ゼファーに『連絡』を入れるよ。


 ゼファーは……今夜、二番目に現れた『呪い尾』を追いかけていたのさ。


 それの対応に当たったのは、ミアだったよ。


 『虎』の精鋭たちと、拠点の西の端にいたよ。




 ―――そこは『アーバンの厳律修道会』の拠点だったシャトーの、北にある杉林さ。


 ミアと『虎』たちは、この小さな林の木々を、『盾』にしながら戦っていた。


 素早い『虎』と、それよりもはるかに素早いミアにとって、その戦場は圧倒的に有利。


 『呪い尾』は、巨体が災いするよ……この狭い空間では、巨体は枷にしかならない。




 ―――ミアと『虎』たちは、武器を使うことよりも、逃げることに集中していたよ。


 敵のスタミナと魔力を消してしまうのだ、アイリスは教えていたよ?


 この杉林はね、魔物封じの聖なる祝福がかけられているんだって。


 『厳律修道会』の僧兵たちが、学生の娘たちもいるシャトーを守るために術を使った。




 ―――原初の森林のモンスターでさえ、この林に入れば力を奪われる……。


 さすがは、シスター・アビゲイルの『結界』だよね。


 その効果は、『呪い尾』にさえも効いていた。


 巨体であるほどに、聖なる祝福の刻まれた杉に触れるからね?




 ―――生粋のモンスターなら、本能が忌避させるはずだけど……。


 元はフーレン族である『呪い尾』には、本能はなく、任務に縛られていた。


 ヴァン・カーリーは裏切り者の『虎』を殺せと、少女に命じたからだよ。


 闇雲に『虎』を追いかけ、邪魔するミアをも追いかけた。




 ―――聖なる杉が呪いを挫き、『呪い尾』を弱らせていく……。


 ただでさえ巨体だし、とくにこの子は『急ごしらえ』の『呪い尾』だったから。


 動きがメフィー・ファールよりも、粗雑なんだよ。


 まだ、巨体に慣れていないのさ、その上、獲物はとびっきり速く動く。




 ―――聖なる杉にぶつかる度に、聖なる杉の花粉を吸い込む度に……。


 『呪い尾』の動きが鈍り、その巨体が、わずかながらに小さくなっていったよ。


 『呪い尾』は……獲物の中でも最速で、もっとも邪魔なミアに怒りをぶつける!!


 『ぎゃがががああああああああああああああッ!!』……それは、言葉ではないよ?




 ―――ただの音の暴発のような、ムチャクチャな音だったんだけど。


 ミアは、風使いとしての才にあふれているからか……風に融けた意志を悟るんだ。


 『なんで!?なんで、こんなに、がんばる、わたしのじゃまをするのよ!?』


 同じような年頃の、同じ女の子だから?……ミアはね、『呪い尾』の心を知る。




 ―――『わたしは、ヴァンお兄ちゃんのために、がんばるんだ!!』


 『ヴァンお兄ちゃんが、わたしを、すくってくれるの!!』


 『わたしだけじゃない、おとうとだって、いもうとだって!!』


 『みんな、たすけてくれるって!!……おまえらを、ころせば!!ころせばああ!!』




 ―――『それなのに、どーして、からだが……おそくなるのよ!?』


 『わたしは、がんばらないといけないのに……わたしが、しないといけないのに!?』


 『ここまで……ここまでしているのよッ!?ばけものになって、ねがいのために……』


 『それなのに、そこのチビ!!なんで、あんたは、わたしのじゃまをするのよッ!?』




 ―――『なんなのよ!?わたしには、なにも、できないっていうの!?』


 『たすけてくれた、ヴァンお兄ちゃんのやくにもたてずに……ッ』


 『おとうとも、いもうとも……たすけてやれないの……!?』


 『『らせんでら』で、あんなに、しゅぎょうをしたのに。どうして!!どうして!?』




 ―――ミアはますます技巧を尽くすよ、すでに彼女の動きは見切っている。


 なにより、どんどん弱くなる彼女が、シアンよりも更に速いミアを追えるわけがない。


 ミアは『フェアリー・ムーブ』を使うのさ、『風』の加護と―――。


 ミア・マルー・ストラウスの、努力と鍛錬と祈りが作った、その体術の融合技さ。




 ―――あえて接近する、見せつけるためにだ。


 神速を帯びたミアが、『呪い尾』の射程圏内に飛び込んでいくよ。


 『呪い尾』は、歓喜の歌を上げるのだ……『螺旋寺』で学んだのは、手数!!


 双刀の代わりに、左右の拳を刃にして振り回す―――彼女の得意技だよ、その乱打はね。




 ―――でも、ミアはそれらの打撃を全て、躱してしまうのさ。


 左右の拳も、毒針の生えた尻尾さえも……全てがミアの幻影にすら追いつかない。


 『呪い尾』は驚愕するよ、そのときのミアの動きは『須弥山』のどの剣士よりも速い。


 『う、うそでしょう!?わ、わたしよりも、ずっと……チビのくせに……ッ!?』




 ―――ミアは、『呪い尾』の背後を取っていたよ、そして……語りかける。


 当たり前だよ……私には、本当に大切なお兄ちゃんがいるんだ。


 あなたのお兄ちゃんみたいな、ニセモノじゃないよ……?


 だから……あなたはね、私に絶対に勝てないんだよ。




 ―――『う、うるさああああああああああああいいいいッッ!!』


 毒の生えた尻尾が、ミアを狙うが……もちろん空を斬るばかりだった……。


 ミアは……腹が立っている。


 この『呪い尾』に、ちょっとだけ自分を重ねているんだよ。



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