第六話 『剣聖王の都は、裏切り者の血に染まる』 その5


「……『呪い尾』か。子供を呪いで……あんなモンスターに変えるというのか?」


 弓に矢を番えながら、リエルは怒りを隠さない。リエルのとなりで、カミラ・ブリーズは、いつかオレが買ってやった赤い紐で髪をポニーテールに結わえている。アメジスト色の瞳で、北を見つめていた。


 ああ、そうだよ。『彼女』は北からやって来る。とてもゆっくりと歩いている。昨夜の戦場跡に、今夜三体目の『呪い尾』が現れているよ。


 じらすような歩行さ。そうだな、彼女は、こちらを誘っているようだ。だが、その手には乗らない。


 金色の個体だった。ああなる前は、カミラと同じく、うつくしい金色の髪をしていたのだろう。巨大化して、歪んだその肉体は、あまりにも醜い……『不気味な巨猿』。そんな風に、表現するのが適しているかもな―――その事実は、あまりにも残酷だよ。


「アレが、女の子……?ヒドいっす……っ」


「……カミラ。彼女の『呪い』が見えるか?」


「……見えます。でも……ダメです。むしろ、アレだけ歪んでいると……『呪い』を解けば、そのまま死んでしまう……」


「つまり、不可逆的な『呪い』ということか……」


 そうか、それはそうだよな。ああまで、ヒトの体とは思えないほどに変形している。だいたい、もしも助けられるものならば?……シアンが教えてくれたはずだよ。彼女は、あれで、女子の面倒見は良いんだからさ……。


「……より苦しませることなく、仕留めるのが……救いなのか?」


 ……オレは歯を噛むよ。そうだ、違う。迷いを帯びた言葉では、責任を背負えないだろう。逃げることは1%だって許されない。


 断言しなくてはならない。


「……速やかに仕留めるぞ!それが、オレたちに出来る最善だ!!」


「ああ。そうだな……連携するぞ、微塵の容赦もなく、殺す。そして、私たちは罪を背負うのだ」


 弓姫は翡翠色の瞳は尻尾をうねらせている『呪い尾』に向いていた。まっすぐに、迷うことなく。戦場から来たる夜の北風を浴びて、銀色の長い髪が、うつくしく宙に踊る。


 気高い君と並んで戦えることが……猟兵として最高の喜びの時だよ、オレのリエル・ハーヴェル。


 そうだな、オレも迷わない。プロフェッショナルとして、ただただ最良を尽くすのみだ。竜太刀を抜く。殺すための連携を、頭のなかで練り上げながらな―――。


 ジーロウは、夜空を見上げながら語るよ。


「……ヴァン・カーリーは、スカウトだった」


「え?……スカウトっすか?」


「ああ。あの『呪い尾』はヤツが、貧乏人の家から連れてきて子供たちの中から、選んだ子だろう。『白夜』に『向いている』のを、見繕って来る係だよ。脅しやすいとか、言うことを聞かせやすいとか、娼婦にしやすいとか……そういうのを連れて来る」


「……不愉快な男だ……ッ。子供を、値踏みして、親から奪うのかッ」


 この国にあまねく悲劇に、リエルが怒りを隠せない。


 ジーロウも目の下の筋肉を引きつらせながら、うなだれるように太い首を動かした。


「……ああ。そうだなぁ。最低だよ、オレたちはさ……っ」


 彼の悔恨に、かけてやる声が見つからないな。


「でも……組織というのは、怖いんだよ。『仕方が無いことだ』、そんな風に認識してしまっていたもん。オレは……オレたちの国の連中は、本当にヘタレだ。悪事だと知っているのに……『白虎』に荷担して、依存して……あきらめていた」


「ジーロウ・カーンよ。それを理解したならば、その一生をかけて償え」


 気高いエルフの弓姫は、ジーロウに甘えを許さない。それは彼女からすれば、ある意味でジーロウを認めたということの証でもあった。


 うちの正妻エルフさんは、クズに責任を問わない。見下して、その次の瞬間からは無視するか……どうしても気にくわなければ、射殺すだろう。


 ジーロウよ、お前は、リエル・ハーヴェルに認められた。己の罪過を背負える男だと評価されているのだ。その期待に、必ずや応えてみせろよ。


 お前がもう一度でも道を踏み外したとき……リエルを失望させたとき、彼女はお前の命をもって償いをさせるだろう。そして……それは、おそらくシアン・ヴァティも同じさ。


 ゼファーが教えてくれているぞ。今、シアン・ヴァティは単独で『呪い尾』の一体と戦っている。他の者を守るため、たった一人でな。


 高速で走り、あの巨大で長い腕をかいくぐりながら、赤熱を帯びた双刀の斬撃で傷をつけていく。昨夜、戦ったばかりだからな。シアンには、『呪い尾』の動きが全て、見切られるているんだ。シアンに『呪い尾』の攻撃は効かない。全てを躱し、その手脚を刻み……。


 そして……今、『呪い尾』の首を刎ねた。


 よろこんではいない……かなりの強敵を殺したというのに、まったく喜んでいない。『虎姫』は静かだが、琥珀色の瞳で、北をにらみつけている。


 分かるよ、ヴァン・カーリーをにらんでいるのさ。


 なあ、ジーロウ?お前は、今まで実力がありながら、『強さ』を発揮することが出来なかった。気弱な性格ゆえのことかもしれないが……今は、『盲虎』さえも超える『虎』に至ったんだ。


 シアン・ヴァティのことも失望させるな?シアンは、今、ゼファーが思わず『目』をそらしてしまうほどに、怒りを隠していない。ヴァン・カーリーの弟分であるお前にも、八つ当たりがいくかもしれない勢いだ。


 気をつけて生きろ。シアンが、『虎』に求める水準は高い。誇り高く生きることが、お前に出来ないと判断すれば?彼女もまた容赦なく、お前のことを斬り捨てるだろう。


 オレはお前に死んで欲しくないんだよ……だって、キキラちゃんは、お前が死ぬと、悲しむだろうからな。


 ジーロウ・カーンは……今、かつてなくマジメな表情をしているぜ。体を支えるために松葉杖を使っているけれど、その太い腰の裏に一組の手斧があるね。知っているよ、コレは……あの坑道の中から回収してきた、『盲虎』の双斧なんだ。


 意識を取り戻したヤツは、ピエトロにそれの回収を頼んでいた。やさしいピエトロは馬を走らせ、あの坑道に潜って、わざわざ回収してきたんだよ。


 『盲虎』の指は、死んでもそいつを離してはいなかったようだが、どうにかピエトロは持って帰ったよ。彼も義理堅いヤツだからね。それに、今ではこの二人のあいだにも友情めいたものがあるのかもしれない―――。


 ジーロウは、兄弟子の武器を継ぐのさ。


 それの意味は、『虎』の文化を知らないオレには、正しく理解出来るものじゃないのかもしれない。


 だが、お前は強くあることを選んだ。『盲虎』は、猟兵さえも満足させる実力があった男。ジーロウ、お前が勝てたのは、同門対決にヤツが付き合ってくれたからだ。ヤツがフィジカル任せに、技巧を捨てて迫れば……お前では勝てなかったはずさ。


 いつか、その斧に見合う実力をつけるという意思表明なのか?……よもや、その程度の実力で恥知らずなことに、強者を狩った証のトロフィーなどといった意味で持ち歩いてはいまい。


 しかし……それで武装はしたものの、ケガが酷すぎて、ろくに走れもしないだろう。


 当然、戦うことも出来ないさ。でも、エサとしてがんばってくれているよ。感心したことに震えていない。自分の命が危険に晒されることは、恐れていないな。


 罪悪感を背負った男は、いい仕事をする。ガルフ・コルテスが、よく言っていたよ。その罪の重さと痛みを、忘れるな。それがあるから、お前は真の『虎』でいられる。


「くそ……っ!!」


 ボロボロの『虎』は、『呪い尾』を悲しそうに見つめながら、歯ぎしりをしたよ。きっと、その奥歯にかかったのは覚悟の力だと、オレは信じることにした。


「―――ああ。オレは、もう二度と過ちは犯さない……オレは、バカだけど。ようやく、分かったんだ。ガキを泣かすようなヤツは、クズなんだ!!……オレは、二度と『虎』に相応しくないマネはしねえ……ッ」


「お前なら出来る。命を賭けて、成し遂げようとする意志に、不可能はない」


「……ソルジェ・ストラウス……」


「どうした?」


「本当は、オレがしなくちゃ、ならねえことなんだが……情けねえことに、いい動きを出来そうにない」


「だろうな。心停止までしていた。実は、オレは一瞬だけ、死んだお前の声を聞いた」


「……マジかよッ!?」


「ああ、お前は一度死んだよ。もしも、あの蟲がいなければ―――」


「―――蟲を体に入れたハナシはやめてくれ」


「……わかった」


 うつくしい思い出とは言いがたいからな……。


「……とにかくよ。あの子を、頼む。アンタなら……苦しませずに、あの子を……楽にしてやれるだろう?……ヴァンの弟分だった、オレがしなくちゃならねえことなんだけど。口惜しいけど……今のオレじゃ、ムリなんだ。頼むよ、ソルジェ・ストラウス」


「……ああ。任せろ」


「……恩に着るぜ。いつか、借りは返す」


「―――ソルジェさま!!あの子が、こっちに、来ます……っ!!」


 カミラが教えてくれる。そうだ、『待ち』を選んでいた、あの金色の『呪い尾』が走ってくる。オレたちを誘い、カウンターを仕掛けるという戦略を、やめたのだな。


「……そうだ。お前から仕掛けてこい。そちらの方が―――戦いの時間が短くてすむ。ジーロウ、下がってろ」


「……いい。ここで、見せろ」


「『虎』らしい言葉だ。ああ、いいぞ……そこで見届けろ」


「……ソルジェ団長、来るぞ!!」


 『呪い尾』が手脚をつかい、獣のような四足歩行で突撃してくる。オレは、彼女に向かって走り始めていた。腕には『雷』を溜めている……『チャージ/筋力増強』の魔術さ。


「……来いよ。お前の力を、苦しみを……オレにぶつけて来いッ!!」


『ぎゅしゃあああああああああああああああああああああああああああああッッ!!』


 叫びと共に、『呪い尾』が跳んだ。


 夜空のなかを飛翔して、その金色の『呪い尾』が巨大な拳を振るってくる!!


 視界の全てを金色の奇妙な大猿が覆い尽くす。


 腕がうなりながら、『少女』の拳が矢のような勢いで、撃ち出されるぞッ!!想像以上に速いじゃないか―――加速で得たエネルギーを、この一撃に全て捧げたか。


 技巧を感じる……そうだな、メフィー・ファールも、ヴァン・カーリーに踊らされ、操られ、『螺旋寺』で暗殺者としての修行を経験した。


 ……君も、そうだったのだな。


 ……メフィー以上に辛く苦しい修行を、その幼い体に、刻みつけたか。


 奥歯を痛むほどに噛みしめる。耐えるために。この打撃の重さと……爆発しそうになる、ヴァン・カーリーへの怒りと……あまりに悲惨な君の物語に、耐えるためにだ!!


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッッ!!!


 竜太刀で、彼女の拳を受け止めるッ!!


 ああ、重いぜッッ!!鉄靴の底で、地面に噛みついているはずだが……あっさりと、体を持っていかれる。ズズズズという低い音を足裏で放ちながら、何メートルも押し込まれていた。


 だが、『チャージ』のおかげで、ここまでの重量でも、受け止めることが出来た。


『ぎゃるうううう!?』


「……スマンなッ。お兄さんはねッ。負けてやるわけには、いかないんだよ……ッ」


 オレの闘志にあふれる眼は、怖かったかな。ごめんよ、怖がらせちまって。


『があああああああああああああああああああああああああああああッッ!!』


 怯えた自分を奮い立たせるために、『呪い尾』は叫びながら、左右の拳を、オレに目掛けて叩きつけてくる。オレは、その乱打を、ステップで躱し、あるいは竜太刀で受けることで防いでいった。


 そうだよ、オレに集中しろ。そうすれば、君は……楽に死ねるんだ。


『ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』


 『呪い尾』が、その上体を持ち上げた。なかなか、オレを潰すという夢が実現しないから、苛立ち、強打を打ち込むつもりか―――しかし、待っていたぞ、君がその体勢になる瞬間を!!


「合わせろ、カミラッ!!」


「はい!!リエルちゃんっ!!


 リエルとカミラが同時に攻撃する。リエルの矢が、『呪い尾』の左の膝を撃ち抜いて、カミラの呼んだ『闇』の茨が、地を這い上がり右脚を絡めて、強く締めあげていた。


『ぎゅあああああおおおおおおおおおおおううううううッッ!?』


 『ピンポイント・シャープネス』に強化された矢に撃ち抜かれた左膝が、悲鳴をあげる。加えられた体重に負けて、その亀裂を入れられた骨が、バギリと割れたんだよ。『闇』の茨は膝裏の腱を切り裂いて、膝を支えるための構造を破壊する。


 両膝を壊された脚は、くの字に大きく曲がり……『呪い尾』の上半身が前向きに倒れてくる。


 だから今……オレは、首狩りの斬撃を放つ……アーレスの刃が、漆黒の鋭さを帯びる。慈悲を示すためにな。さあて、行くぜッ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 ザシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!


 『呪い尾』の首を、漆黒の斬撃が斬り裂いていた。


 頚部の大動脈が断たれて、その太い首から爆発するような勢いで血を放つ―――ほぼ、一刀両断だ。骨は断てなかったが……この勢いの出血なら、脳へ回る血は無くなる。意識を失うはずだ……ッ!?


 生命力が消えて行く……だが、なぜだ?もう指一本も動かせないはずだろ?それなのに、彼女から、必殺の気配が消えない……!?狙っている!?何を、狙って……っ!!


 オレの鼻が、その『におい』を嗅ぎつけていた。


 畜生が!!ヴァン・カーリー、クズ野郎めッ!!


「カミラぁああああああああッ!!オレたち四人を、『コウモリ』に変えろおおおッッ!!」


「は、はいッ!?」


「……『風』よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!逆巻けええええええええええええええッッ!!」


 オレは全力で『風』を呼ぶ!!『風』で、壁を作るんだよ、『呪い尾』を包むようにしてな。オレは全身の血を爆ぜさせながら、ありたっけの魔力を使い、風を練るッ!!


 カミラの『闇』が伸びていき、オレとリエルとジーロウの影にたどり着く。


 オレたち四人が『コウモリ』になったのと……金色の『呪い尾』が『自爆』したのは、ほとんど同時だったのさ―――。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンッッッ!!!


 『呪い尾』の体内に詰め込まれていた火薬が炸裂し、爆炎の津波が、彼女の体を内部から吹き飛ばしながら世界に解き放たれていた。オレが呼んだ『風』がその爆炎をかき乱し、その威力を半減させる。


 だが。カミラがいなければ……死なないまでも、大きなケガを負わされていた可能性さえあった。『呪い尾』の砕けた骨が、散弾になって、オレたちの体へと突き刺さるところだったぞ……ッ。


 ちくしょうめ、まったく、予想していなかったよ。こんな哀れな子に、爆薬までも詰めて来やがるとは。クソが……ヴァン・カーリー。お前は、想像以上に、クズ野郎だぞッ!!


 ……そして、そして……すまない。


 誤解していた。君は……カウンターを狙っていたワケじゃない。


 君が、ずっと戦場をうろついきながら、待ち続けていたのは……ターゲット以外を、この爆風で焼き払ったりしないためか。作戦なんかじゃない!!歪まされた君に残った、最後のやさしさだったんだな―――ッ!!


 『コウモリ』になったまま熱さが残る空に舞う。無数の視野で燃えていく少女の残骸を見つめながら、オレは……オレは、叫んでいたぞ。


『ヴァン・カーリーッッ!!貴様は、オレが、ぶっ殺してやるぞおおおおおおおおおおッッッ!!!』



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