第六話 『剣聖王の都は、裏切り者の血に染まる』 その4
アイリスからの情報は、たしかに衝撃的だった。
国王の崩御。オレが本来、クラリス陛下からの親書を渡す予定であった人物が……亡くなっていたとはな。
「……陛下。私が幼い頃は……狩りに連れて行って下さった。やさしく、弓の上手なお方であったのに」
王族の一員でもあるハント大佐は、死んだ国王のために祈りを捧げている。オレの知らない、鎮魂の言葉。なにせ、大陸中を旅したこのオレが、聞き取れないほどに珍しい言語だ……ハイランド王国の文化は、やはりかなり独特のようだな。
しかし。カーレイ王の死か?……このタイミングで?当然ながら、偶然ではないのだろうな。
「……ちなみに、彼の『死因』は自然死ではないわ」
ハント大佐の口が、死者への祈りの言葉を語り終えたタイミングで、アイリスはそう告げる。ハント大佐の表情が、険しくなるよ。
オレは?……正直、予想の範囲内だからか、感情的にはなれなかった。カーレイ王に面識がないせいだよ。薄情なぐらい客観視できている。この国では、殺伐としたことが当然のように起きているからな。
「なんだと……つまり、暗殺だと?」
「そう言われているわね」
「誰が……と、聞くまでもないな」
「ええ。決まっているわ……『白虎』のトップ……『アズー・ラーフマ』が仕組んだことでしょうね?」
「……ラーフマめッ!!陛下を、暗殺し、己の政治危機を回避したか……ッ!!」
「そんなところでしょうね。民衆は、反帝国に傾いていた。現実的かつ妥当な帰結だとは思うけれど。貴方や私、そして、サー・ストラウスの意志と行いが作用していた現象でもある」
「そうだ……私は、人間第一主義などを掲げる、差別主義者の帝国の所業を、許せない。そうだろう?……亜人種を敵視する侵略国家だ。このままでは、ある日いきなり侵略されて、滅ぼされるに決まっている。パナージュさんは、そういった国家を見てきているのではないか?」
「ええ。帝国に媚びておけるあいだはいい。でも、それもまた侵略の手法よね」
「……搾取に耐えられなくなり、あるいは誇りと共に反抗する者を増やすためだな」
「そうよ。そうなれば、帝国は建前を得るわ」
「反抗的な亜人種の国家を、滅ぼすためのロジックということか……支配に背けば、国家を侵略し、取り込んでいくのだ」
「例外は知らない。やがて、そうなる定めだったわね」
「……我々と帝国のあいだにある感情や利害関係は、日々、対立を深めているのだ。友好関係など砂上の楼閣。我々は、数的不利だ。結束し、同盟を組み、帝国の侵略に備えなければならないのだ―――」
なんだか、フーレン族の『虎』に対するイメージが変わっている最中だ……15才で武人の両目をえぐり取るシアン・ヴァティとか、その舎弟的存在であるジーロウ・カーンとか?
そういったヒトたちばかりを見てきたせいで、オレの脳内の『虎』に対するイメージに、知性という単語は混入していない。
でも、このハーディ・ハント大佐からは、たしかに知性を感じるのさ。革命家気質で、理想主義者であり……あと、『虎』らしく誇り高く、戦を否定しない。物騒なところは彼からも感じるものの、知性だって感じるんだよね。
「アズー・ラーフマは、おそらくカーレイ王を殺すことで民衆に衝撃を与え、この自分に不利な状況を乗り切ろうとした。民衆は、単純で狂暴なものよ。混乱した時に、『敵』を与えることで、権力者へ盲目的な信頼を捧げるようになる」
「……なるほど。新たな王さまの初めての仕事は、部下をまとめるために、隣国を攻めること。よくあるハナシだからな」
『敵』を創ればヒトの群れはまとまる。オレたち人類の不変の本能。政治家はそういう本能を利用して、人々のあいだに憎悪を撒くお仕事さ。善意で動かせる民衆はわずかだが、悪意で動かせる民衆はいくらでもいる。
オレが性悪説を信じたくなる、無数にある証拠の一つ。人類は、悪意による行動パターンの構築ってものに、どこまでも従うように設計されているのさ。
なぜ、善意でのまとまりは容易く壊れ……。
悪意でのまとまりは古びた鋼のように、壊れず、揺らがず、人類を永く支配するのか?
その『理由』は、『人類の本性が悪だから』。
……そう考えてしまうオレは、悪い子ちゃんなのかもしれない。
癒やしを求めて、キキラちゃんへと視線を移すよ。
あの金髪碧眼のケットシーは、リエルとカミラのダブル膝枕の上に、うつ伏せで寝転がっている。もう深夜だからな?しっかりと眠るといい。
「……ラーフマは、つまり……この私を、民衆に対して『敵』として捧げたのか」
「ええ。『王殺しの犯人』にされた人物……それこそが、貴方よ、ハーディ・ハント大佐?」
「……なるほどなッ」
屈辱に耐えるために奥歯を噛みしめる。そうだろうな、口惜しいはずだぞ。自分を監禁したアズー・ラーフマ……そいつに、王殺しの罪を着せられるなんてことはな。
ハント大佐の隣……カウンター席に座り、ピアノの旦那が作ってくれたパンケーキを喰らう男、ジーロウ・カーンも大佐には同情を禁じ得ないようだった。
怒りに身を震わすハント大佐を見つめ、悲しそうな顔をする。
「……分かるぜ、大佐ぁ。クソ上司にハメられるって、辛いよなあ」
ヴァン・カーリーに謀略の一部として『生け贄』にされた経験が、その発言をさせるのかもしれない。ジーロウも苦労人じゃあるなあ。しかし、タフな男だ。あそこまで死にかけていたのに、もう食欲が出て来ているのか。
良いことだ。
シアン・ヴァティもそうだが、『虎』の生命力は野性を感じさせるレベルだ。しかし、『ゴルゴホの蟲』か?……見た目こそ最悪だが、驚異的なまでの治療効果を発揮しているな。
「……しかし、ハント大佐は、そのような悪行をなす人物には見えないぞ。ハイランドの民は、それほど容易く、この男が『王殺し』の大罪人だと信じたのか?」
うちの正妻エルフちゃんが疑問を口にする。若さを感じる素直な言葉だよ。リエルの二倍以上生きているアイリス『お姉さん』が答えてくれる。
「信じなくてもいいのよ」
「なに?どういうことだ、アイリス・パナージュ?」
「『話題性』があればいいのよ。真実だろうが偽りだろうが、民衆の関心を買うことが出来るのなら、それで別にいい」
「民衆の話題になれば、いい?」
「ええ。ヒトというのはね、素直なヒトもいれば、ひねくれているヒトもいるでしょ?」
「前者は私、後者はソルジェだな」
「そうね!エルフは素直女子だもの!!」
「うむ。純情にして可憐なものだ」
女エルフ・チームに、ひねくれ者と認定されちまってるよ。酒でも頼みたいが、パンケーキでもかじるかね?……オレはジーロウのパンケーキを、一枚ほど奪って食べる。ジーロウが目をまん丸くする。
「……大人のすることか?ケガ人の夜食を奪うなんて?」
「ひねくれた大人の指は、そんなものだよ。ああ、スマン。ピアノの旦那、ジーロウにパンケーキを追加してやってくれ。蜂蜜が最高にイケるよ」
エルフ女子のトークは続いていた。
「―――ショッキングな情報を与えられたとき、民衆の思考力・判断力は低下するの」
「うーむ。たしかに驚くよな、王が殺されたなどと言われれば」
「驚いて、不安になる。そして、指導者の言葉にすがるのよ?不安なとき、リードしてくれるヒトは、それだけで頼もしく思えるでしょう?」
「……だから、騙される?」
「ええ。アズー・ラーフマを信じる民衆も、半分ぐらい生まれるでしょうね、半分ぐらいは彼こそを疑うでしょうけれど」
「それで、いいのか?半分には疑われているのに?」
「いいのよ。集団の意見を二分させれば、その集団はもめるでしょう?もめているあいだは問題は起きないものよ。少なくとも、ラーフマは民衆の半分を味方につけたわ。そのおかげで、ファリス帝国と親密であるということを、『今』は追求されていない」
「……つまり、茶を濁しただけか?」
「ええ。反帝国勢力が強くなりすぎて、民衆が『白虎』とラーフマを血祭りにする……その状況を回避するためには、いい『生け贄』だったのよ、『王殺し』の登場はね?」
「……わからん。帝国の脅威が、『王殺し』が起きたことで消滅したわけではないだろう?なぜ、それなのに、この国の民衆の半分も、ラーフマを支持するのだ?」
「ここがマフィアの牛耳る、程度の低い国だからよ……ああ、ごめんなさいね、大佐、ジーロウくん?」
「……いいや、君の言う通りさ。この国の政治は……最低だ」
「そう落ち込むなよ、大佐。アンタがいるじゃん?」
ジーロウの励ましが効いているのかね?……分からないが、真心のこもった言葉は無力ではないだろう。他人任せな気配は、ちょっと頼りないが。オレたちがいるじゃん、なら、カッコ良かったんだけど。彼は、そうカッコ良くなれない運命なのだろうね。
……女子エルフたちのトークに、若い男のエルフが参加していた。勇者の心を持つエルフ男子、ピエトロ・モルドーさ。
「アイリスさん、どうして、ハイランドの連中は、ラーフマを支持したと?」
「……この国は長らくマフィアである『白虎』に支配されてきた。『白虎』の反論を許さぬ政治は、帝国との貿易で確かに富をもたらした時代もある―――暴力と利益に支配され、民衆は政治への参加を捨てたのよ」
「……政治への参加を、捨てた?……自分たちで、社会の在り方を、考えなくなった?」
「『白虎』の意見のままに全てが進む。異論は許されない。議会が事実上、消滅してしまったのよ?賢者の意見も、学者の意見も、民衆たちの声も……全部、『白虎』の利益の前には握りつぶされる」
「なるほど。ムダだから、あきらめたというわけだ」
リエルの言葉は、どこかハイランド王国の民たちをバカにしているようだ。勇敢な彼女にとって、人生を切り開くためにあがく行為は、当然のことだ。そうだ、『白虎』に骨抜きにされた、ハイランドの民たちは、臆病者ばかりさ。
まあ……勇敢な者たちは、『白虎』の暴力によって排除されたのだろうがな。ハイランド王国の『誇り』の化身のような、ハーディ・ハント大佐が、こうやって謀略の前に陥れられたようにね?
善意は、悪意の攻撃にもろいのさ。
「議会や王族、貴族たちや商人の同盟。そういうものが機能すれば、国家はある程度、民衆の心情を反映する形には落ち着くものだけど……『白虎』は、自分たち以外の政治機関を破壊し尽くしたのよ。ラーフマが支持される理由はね、そこなのよね」
「つまり……他に、『誰もいないから』……ですか?」
ピエトロは自分の放ったその言葉に対して、得体の知れぬ不気味さを感じているようでもあった。
たしかに、不気味なハナシかもしれない。選択肢を暴力で奪われときに、民衆は危機的状況を与えられれば?……最悪の存在にさえも、心から従うようになるんだってさ。世の中の半分ぐらいはね。
まあ、世の半分に支持されていれば?支配者は、とりあえず安泰。半分に殺されそうになっても、半分がどうにか守ってくれるからね。
もちろん、それは非生産的な行為である。何も生み出すことなく、『白虎』の政権が維持されて……どんどん腐っていく。やがて、隣接する超大国、ファリス帝国により、襲撃され、食い散らかされてお終いさ。
暴力により腐敗した政治体制……それが見せる、国家の混迷と、とりつくろうための欺瞞の跋扈―――マフィアなんぞに支配された国の終わりなんて、そんなものなのかもしれんな……。
「……三日後には、戴冠式らしいわよ」
アイリスは、この場で最も落ち込んでいる男、ハーディ・ハント大佐へ、その言葉を継げるのだ。ハント大佐の金色の尻尾が、ピクンと動いた。
「……シーヴァさまが、王になられるのか」
「ええ。6才のシーヴァさまが、この国の正式な王になり……その宰相として、アズー・ラーフマが就任する。その権力は、今以上。ラーフマは、『白虎』と自分の延命のためなら、どこまでだって帝国に媚びるでしょうね。彼は、政治家ではなく、マフィアでしかないもの」
「……ヤツに、欲望以上の行動原理はないッ!!大義など、民衆を守るための意識など……欠片もあるものかッ!!」
けっきょくはマフィアだからな。大義なんて、端からあるわけがないさ。そんなものの台頭を許したのが、この国の大いなる汚点だよ。さて、そろそろ誘おうか?
「―――おい、大佐?このまま、負け犬になるつもりか?」
「……いいや、私は、行くぞッ!!」
「くくく、それならハナシが早くていい。口説くヒマもなく、いい返事を聞けて、オレは嬉しいぜ。なあ、大佐よ、オレたちも行くぞ!」
「……君たちは、何を求める?」
「ファリス帝国と戦ってくれる政権さ。オレが望む『未来』のためだ。そのためならアンタに雇われてやるよ、オレたち『パンジャール猟兵団』は……そして……」
オレの誘いに、イーライ・モルドーは即応してくれる。うん、いつか、ガルーナ王国軍を創り上げたら、彼を絶対に勧誘しなきゃな?
「もちろん、我々、『バガボンド』も力を貸しますよ、ハント殿」
「……モルドー殿……いいのですか?あなた方には、この集団を守る使命が?」
「……帝国は強大すぎます。いつまでも、この場所には居られません。明日、新たに仲間を救い出した後は、『バガボンド』は一度、西の森林へと身を隠します」
「原初の森林は、危険ですぞ?……軍隊であっても、無事ではすまないかもしれない」
「大丈夫さ、大佐。そのための『策』はあるんだ。だから、そっちは気にしなくていい。アンタに訊きたいのは、この国を、奪い返す気があるかどうかってことだけだ」
オレの問いに、その『虎』は即答した。
「無論だ。ラーフマを討ち取り、この国を、正常な形へと戻す!!それが、私の命の使い方である!!」
「くくく、いい返事だ……これで、オレたちは同志だよ」
「ああ。頼みますぞ、サー・ストラウス」
「おうよ……任せとけ―――ん?……なるほど、やっぱり来たか。イーライ、ピエトロ。ピアノの旦那に、アイリス。ここを任せたぞ」
戦士たちはうなずくのさ。きょとんとする、大佐だけを除いてね。
「大佐とキキラちゃんはお任せよ。さて、ジーロウ二等兵?」
「……ああ、わかったよ、『隊長お姉さん』。店の外で、エサ役やりますよ?」
「いい心がけ。憩いの場を失うことは、とんでもない愚行。夜食を用意して待っていてあげる……『呪い尾』にされた子たちに、安らかな夜の眠りを与えてあげて?」
ああ。そうさ。
……今夜も、悲しい戦いがやって来たよ。
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