第六話 『剣聖王の都は、裏切り者の血に染まる』 その3


「ソルジェさまー、リエルちゃーん!!あと、他のみなさーん、お帰りなさいっすー!!」


 救い出した難民たちをイーライ・モルドーに預けたオレたちは、アイリス・パナージュとピアノの旦那の『店』へと向かう。


 そこにいたオレのカミラ・ブリーズに歓迎されるよ。なんだか、ちょっと緊張がほぐれる。カミラの笑顔は、そういう魔力を持っているね。


「カミラ。無事だったか。ルードまでの往復、疲れただろう?」


「ううん。大丈夫です。向こうで、ロロカさんとも会いました」


「おお。ロロカお姉さま、ルードに戻られていたか。元気であったか?」


「とっても元気でした。ソルジェさまに、よろしくとのことっす!」


「ああ。分かった」


 ロロカ先生も元気そうで何より。グラーセス王国で、ちょっと前に会ったばかりなのに。久しぶりの気がしてしまう。多忙であるということは、商売繁盛ってことだし、憎き帝国軍をそれだけ攻撃しているということだが―――『家族』が各地に離ればなれなのはさみしいねえ。


 一回、社員旅行とかでも企画してみるかね?……一週間ぐらい、思いっきり遊び呆けてみたいもんだが。乱世の傭兵稼業だからな、なかなか、そんなスケジュールにならないかな。


「……よし。とりあえず、ハイランド地方に派遣された猟兵は、このキャンプに全員集合ってことだな」


 ああ、ミアとシアン、ゼファーは哨戒任務についてくれている。オレの予感はよく当たる……とくに悪い予感に関してはね。そうさ、『呪い尾』だよ。あの子たちの襲撃を、ほぼ確信しているのさ。


 マフィアの野心的な幹部にケンカを売ったんだ。ヴァン・カーリー、舐められっぱなしで終わるようなタマじゃないだろう?……ヤツが狙うのは?……十中八九、自分を『裏切った部下』―――つまり、ジーロウ・カーン。


 昨夜までの体たらくを見ていれば、おそらくジーロウの評価はヤツの中でかなり低い。切り捨てられたぐらいだから、有能さでは『最低』の評価を受けていたんだろう。


 だらしなく体はたるみ、どこか気は弱い。鼻ピアスで見た目から受ける知性もないし、実際におつむの回転は、かーなり低い印象がするよ。でも?……フタを開ければ、『盲虎』に一対一で勝つほどの強者だったりするのだから面白い。


 くくく、『醜いアヒルの子』みたいなハナシだぜ?


 だが、どんな魔法の童話にも、それなりに理屈があるもんさ。そもそもだが、ジーロウ・カーンは元々、強い。なにせ、オレのパンチを腹にもらったというのに、すぐさま起き上がるほどだからな。凡人ならば、横隔膜が裂けて死ぬんだぞ?


 コイツがいた『螺旋寺』の道場は、なかなかの名門だったんじゃないか?イー・パール?シアンがなんか言っていた気がする。シアンが目をかけるレベルだ、それなりのもんだろう?


 つまり……ヴァン・カーリーも、ジーロウを侮りすぎていたものの、彼を再評価する材料は持っていた。『呪い尾』を、実力を発揮したジーロウが倒したと考えているんじゃないかな。そして、半期を翻したのだと。


 ……どうあれ、ヤツはジーロウ・カーンを狙うと踏んでいるんだよ。


 そう考えて、オレはこの『店』に重傷のジーロウを運んでいるんだ。『呪い尾』がここを襲ってくれるのなら?……オールスターで狩り殺せる。他に被害は出さないだろうからな。


 オレはそういう作戦を『店』にいるメンバーに話したよ。


 ピアノの旦那は無言。その代わり、彼のパートナーは文句をたれた。


「じゃあ、なあに?私の『店』を戦場にしたいっていうのかしら?」


「……言い方が悪いな。そもそも、ここは君の店じゃないだろ?」


「私がいる酒場は、みんな、私の店よ?たとえそれがテントの下にあるような臨時の店だとしてもね?」


「ふーむ。でも、合理的ではないか?ジーロウ・カーンをエサに、『呪い尾』を呼び寄せるなんてな。さすが私の夫だぞ」


「そーっすよ!他のところで暴れられるよりは、被害が最小限ですっ!」


 オレのヨメたちが賛同してくれている。やっぱり、ヨメにするのは同業者だよね、零細企業の場合!!


 ああ、ジーロウは微妙な顔をしている。


「なんだよ、重傷のオレを『エサ』にモンスターを呼ぶとか?……テメー、悪魔かよ!?」


「だが、どこにいたところで『呪い尾』はやって来るだろうよ」


「そうだぞ。ケガ人だらけの野戦病院に、『呪い尾』が来るとか悲惨すぎではないか」


「ここなら、私たちが『虎』さんを守ってあげられるっすよ?」


「そう、つまり、ここなら被害が最小限ってことさ。そりゃあ戦いになっちまえば、店ぐらい壊れるだろうけど?大丈夫だろ?ここ、テントだし?すぐに直せるよ」


「……娯楽の場を創り、それを維持するのが、どれだけ大変で、どれだけ難しい任務なのかを、知らない子たちの言葉よね」


「……ズルいぞ?そんな言葉を言われたら、閉口しちまうよ」


「……まあ、いいわ。それで……そこのカウンターに座っている、小さいミアちゃんみたいな子はどなた?」


 アイリスはその金髪碧眼の小さなケットシー・レディーに、興味があるらしい。ピアノの旦那からもらったフルーツのジュースを、美味そうにグビグビ飲んでる腹ぺこさんさ。


「え?わたし?」


「そう。どなたかしら?この小さな猫さんは?……ああ、私はアイリスよ。『アイリスお姉さん』って呼んでね?」


 なるほど、先制攻撃だな。『おばさん』と呼ばれたくないんだろう、必死すぎて面白いぜ。


「わたし、キキラ」


「まあ、かわいい!!キキラちゃん、よろしくね!!」


「うん、アイリス……お姉さん!!」


「いい子!!ちょっと、この子のジュースおかわりよ!!」


 アイリス『お姉さん』の命令を受けて、ピアノの旦那が作業を始める。


「……キキラ、ムリすんなって?この女のことは、アイリスおばさ―――」


 ドガン!!


 ついさっき心停止までしていた重傷人の頭を、アイリス『お姉さん』がブン殴っていた。その事実を知っているのに、オレは笑えてしまえるからな。性格が悪いと言われても言い逃れは出来ない。


「ハハハハハッ!!」


「いってえ……ッ!?し、死にかけていたヤツの頭を、殴ってんじゃねえよッ!?」


「はいはい。そんなに元気なら、もう大丈夫でしょう。でも、いい処置したのね?死にかけた男には見えないわ。おかげで手加減なく殴られる。天才外科医は誰かしら?それとも、秘密のアイテム?」


「ああ。蟲でな、ちょっと?」


「……蟲?」


「色々あったよ。帝国軍には、『蟲使い』のスパイもいるらしいぜ?」


「……へー。初耳」


「ホントかよ?」


 知ってて伝え忘れていたとか?……ありえなくない。まあ、『蟲使い』だけじゃなく、帝国領内の特殊な能力者や部族が、大勢参加していそうな気がするよ。帝国軍は、亜人種を排除したわけだからな。


 亜人種と同じような、人間族離れした『特殊技能』。そういう異能のスキルホルダーたちが、帝国軍の特殊なエージェントとして雇われていたとしても?……不思議なハナシじゃない。



 実際に『ゴルゴホ』の連中は、帝国軍と結託していたのだから。もちろん、その大きくはないであろう集団の全員が帝国軍のスパイだったのかは分からないがね。


「まあ。そういう特殊なヤツがいた。殺したけどなあ……」


「あら、殺したのね。残念。連れてきてくれたら、拷問のし甲斐があったのに」


「彼は拷問にも耐えたと思う。だって、腕を斬り落としても再生したからね」


 体の65%が蟲だと言っていたしな。縄で捕縛しても、逃げられそうだ。ヤツは、殺すしか無かった存在だろう。どうあれ、あの男は害悪だったんだ。オレたちにとって大きな障害になりかねない存在だったからね。殺したのは正解さ。


「サー・ストラウス」


「なんだい、アイリス・パナージュ?」


「その『未知の情報』を、今度、私にしっかりと教えるように。大変、興味深いわね」


「……『ゴルゴホ』について、君は知らないのか?」


 スパイの知らない情報を握っている?……なんだか、ワクワクしちゃうよ。


「スパイのお姉さんにだって、世界の秘密の全てが分かっているわけじゃないのよ?悪いかしら?」


「いいや。勉強熱心な『お姉さん』だと感心しているよ」


「感心してくれているならいいわ。でも、貴方の知らない情報もある……聞くわよね?」


「……ああ。その前に、もうしばらく待ってくれ」


「なに?結構な重要事案なんだけど?」


「……でも、すぐに話さなかった。ここからじゃあ、アクションのしようがない遠くのハナシなんだろう?」


「目ざといわね。その通りだけど……わざわざ待たせるの?『蟲使い』並みに面白いネタでもあるのかしら?」


「『蟲使い』よりは、とても重要な人物なんだ。異能を誇る存在ではないがね」


「へへへ、きっと、アンタもビックリするぜ、スパイのおばさんよお!?」


 懲りない男が意地を張る。アイリスが、投げナイフを放つ。ジーロウは、ピアノの旦那が彼のために運んでくれていた、オレンジ・ジュース……そのトレイを使ってナイフを止める。


「へへ!どうだ、オレだって、ダテに修行してたわ―――ッ!?」


 ドガン。


 ナイフと同時に後ろ手で投げていた、ゴツい灰皿がジーロウの頭頂部を打撲したいた。見事な技巧だ。ナイフは囮、その殺気に反応させておいて……密かに弧を描くように投げていた灰皿が、ジーロウの頭皮をしこたま強く打撃していた。


「こ、殺す気かあ!?」


「あはははは!!ジーロウ、アイリスお姉さん、おもしろい!!コントみたい!!」


「よろこんでくれたら、十分よ。そうよねえ?ジーロウくん?」


 アイリス『お姉さん』は笑顔だ。ガンダラが勧めてくれた本には、動物学者が書いていたよ。笑顔とは、本来、攻撃のために動物が獲得した表情が基礎となっているのである……。


 神さまじゃないから、本当にそうなのかはオレも知らない。でも、アイリス・パナージュの笑顔が放つプレッシャーに、『盲虎』を倒した男が威圧されて大人しくなるのだから。あの学説は、あながち嘘ってわけでもないのかも?


「……そっすねー。面白いなら、いいんじゃねー?」


 ジーロウの黒くて長い尻尾は、フワフワと揺れながらそう言った。ジーロウくんとは付き合いが短いから、あの尻尾が放つ意味はよく分からない。それほど興味もないしね。


「あと。あなたはルード王国軍の、『パナージュ隊』の隊員です。私のことは、パナージュ隊長と呼ぶように?いいかしらね?二等兵?」


「う、うっす。パナージュ隊長っす……っ!」


「いい教育方針だな」


「皮肉を言われているのかしら?」


「いいや、単純に褒めているだけさ。心の底からね」


「ならいいんだけどね?……さて。重要人物さんねえ?……それだけ、もったいつけるぐらいだから……かなりの重要人物なのね」


「そうだよ。ほら……イーライと一緒に、来るぜ?」


 オレの魔眼があの二人の到着を察知している。いや、三人だな。ピエトロも二人の護衛としているからな。


「―――お待たせしたかな」


 ハーディ・ハント大佐がそう言いながら、この『店』に入ってくる。アイリスは、驚いたかって?―――いいや、そんな顔をしていない。平然としている。


 彼がハント大佐だと知らないわけではないのだろう。


 ルード王国軍のスパイは、そこまでマヌケじゃないはずだから。つまり……彼女が頭の中に描いていた候補の中に、ハント大佐がここに来るというシナリオもあったというわけか。


 ……なるほど。結構な重要事案というモノの性質が、おぼろげながら見えてくるよ。サプライズが台無しなのは、お互いさまかな?


「……いいえ。楽しい身内トークで盛り上がっていたところよ。さて、ようこそ、ハーディ・ハント大佐。私の名は、アイリス・パナージュ。ルード王国軍の諜報員。ここは、帝国領だし、逮捕するとか言い出さないでね?」


「私には、そんな権限はないだろう……王族としての血も、大佐としての階級も、もはや意味を失ったようなものだ」


「……逮捕されないのなら、安心。さて、皆さん、席についてもらえるかしら?シャクディー・ラカから届いた、最新情報をお伝えするわよ?」


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